第10話 第二次ロンドベリア戦線
ルクメリア王国が北の国。ロンドベリア共和国。民衆が代表を選び、代表が政治を行い、民衆がその恩恵を受ける。この世界においても珍しい、民衆の為の国。
並ぶは黒。黒い鎧を着た男たち、嘗ての黒い兵士たちを思い起こさせるその兵士たちは、幾何学模様の綺麗な陣形を取り荒野に布陣していた。
神の軍勢、神の領域を統一した者には何の願いでも叶えることができる石が与えられる。神が生まれてから今まで、争いの耐えたことのない世界から現れた軍勢。
戦争の無い世界を築くために生まれたルクメリア騎士団、神種の者たちはそれに真っ向から対立する存在。
「レイス、石を貸せ。精霊の石だ。属性は何でもいい」
「あー……じゃあこれ。切断の石。たぶん一番お前向きだと思う」
「わかった」
真珠のような発色の石をレイスは投げ、ジョシュアは受け取る。それを鎧の中にしまい、背からジョシュアの身長程もある巨大な両手剣を取り出す。刀身に写り込むは高く昇った太陽の光。
神の軍勢に向かうは人の世界において最強の軍団。ルクメリア騎士団。中心に精霊騎士第13位ジョシュア・ユリウス・セブティリアン。
左右を固める同じく精霊騎士のグラーフ・リンドールとベルドルト・ディランド。一歩下がってヴィック・ザイノトル。
彼らの後ろには騎士たちが並び、その後ろには兵士たちが並ぶ。ルクメリア騎士団総勢1504名。
上空に浮かぶは黄金の城。城の城壁に伸びる巨大な筒、攻城兵器。
「すでに斥候が何人かやられている。敵の陣形は完璧だ。それでも僕らは最高の軍。ロンドベリアを解放することが任の一。では始めよう! 全員剣を抜け!」
グラーフの声に、騎士団の者たちはバラバラに、されど一斉に剣を抜き掲げる。
「騎士は前へ! さぁ、全員鎧化を!」
騎士たちはそれぞれ様々な色を放ち、輝く。光が一つずつ解けた先で現れるは全身に鎧を付けた騎士。
頭の先からつま先まで、鋼で覆われた騎士たちは、一斉に横に並んだ。先頭は赤い女騎士ミラルダ・ラインレイ。
「では参ろう! 目に見える敵は全て斬っていい! さぁ……」
ルクメリア騎士団騎士団長、グラーフ・リンドールはその赤く輝く剣を掲げ、そして敵陣へと突き出す。
「ロンドベリアの平和のために! 進めぇぇぇ勝利をぉぉぉ!」
その号令の下に土埃が上がった。雄叫びの下に、騎士団は今、神の軍勢に襲い掛かる。
そして、遠く、はるか遠く、神の軍勢の後方にて陣扇を持つ男がいた。その男の眼は鋭く、顎髭をさすりながら迫りくるルクメリア騎士団の動きを観察していた。
その男が陣扇を軽く振ると、神の軍勢の一部が動き出した。彼の眼はその動きを追う。そして考えを巡らす。
神の領域での戦いにおいて、軍神という二つ名をつけられた彼の本名は、バランドール・バルゼイオス。神の心臓を持つ男。もはや父と母の顔も思い出せない彼はただ、神の領域統一のために生きている。
その男は立ち上がり、口角を上げ笑みを浮かべた。
バランドールの前に広がる光景は、ルクメリア騎士団の強さを裏付けるものだった。
先頭、赤い鎧でできた馬に乗り走るは炎の騎士、グラーフ。彼の馬が走った跡には炎が舞い上がっていた。
「久々だが手伝ってもらうよミラルダ君! ゼイン君!」
「はいリンドール卿!」
「まっかせてくださいや!」
グラーフを先頭に、鎧の馬に乗ったミラルダとゼインが続く。火の属性を得意とする三騎士。三人とも真っ赤な鎧を着て、炎の中を掛けていく。
対して、黒い鎧の神の兵士たちは、彼らの前になすすべなくなぎ倒されていった。ある者は馬に踏まれ、ある者は鎧ごと断たれ、ある者は炎に焼かれ。
彼らの後ろでも縦横無尽に騎士たちが暴れている。兵士では止められないその戦力。バランドールは少し、眉間にしわを寄せた。
「ロンドベリアだっけ。その兵士とは比べ物にならないじゃないかバランドール。こりゃあれの味方になったりしたらやばいなぁ」
「うむ」
バランドールの後ろにいつの間にか立つ影があった。その者の眼は細く、狂気をにじませながらも、どこか透き通った男、少年だった。
バランドールの二回り以上小さくその顔は幼かった。
「まぁ君なら大丈夫か。アーカスたちが戻っているんだけど、貸そうか? といってもラーカスは殺されたけどね」
「そうか、となると雑兵では無理か」
「そりゃそうさ。君も使徒を出さないと」
「まだ早い」
「うん? また何か企んでるのか君、まさか今のうちに僕の領域を侵そうって魂胆じゃないだろうね」
「ふ……お前の領域はまだ不要だ。あれを殺すまではな」
「まっそりゃそうだねぇ」
その少年は笑いながら空間の隙間に消えていった。バランドールはまた顎髭をさすりながら、戦線を見る。
戦線では右に左に動く影が見える。ヴィック・ザイノトル。細身の剣を握り、走りながら斬り裂くその姿は、まるで影のように。
一人一人の戦力は相当なもの、神の軍勢はじりじりと追い込まれていった。
そう、確実に追い込まれて――
先頭をどんどんと突き進む精霊騎士たちの中で、一人兵士たちに交じって両手剣を振る男がいた。
その男の身体は大きく、そのサイズに見合った両手剣も大きく、黒い鎧を次々に斬り裂いていった。
「いい剣だ。さすがは錬鉄の森、いい仕事をする。それに切断の石もうまく反応している」
ジョシュアの後ろで兵士たちがカンカンと剣を打ち鳴らしている。一人、また一人と黒い兵士たちを打ち破っていくルクメリアの兵士たち。
それをみてジョシュアはいい鍛錬を摘んでいると感じ、少し微笑んだ。
ジョシュアは前を向く。敵がちらほらと迫ってくる。思ったほどの数じゃない、ジョシュアはそう思った。
一刀、反撃を受けるまでもなく、ジョシュアの間合いに入った敵は切断されていく。もはや剣の種によらず、彼は周囲にその強さを見せつける。
「父さん待って!」
「どうしたシリウス」
黒い鎧を叩き割り、真っ赤な血に染まるジョシュアの両手剣の前に、ジークフレッド・シリウス・セブティリアンは飛び出した。
寸前で剣を止め、ジョシュアは息子に問いかける。周りではルクメリアの兵士たちが神の兵士たちと斬り合っている。
「これ以上は危険です! 突出してる精霊騎士の方々を連れ戻してください!」
「何を言ってるんだ。敵は崩れ出してるじゃないか」
「違います! バランドールのいつもの戦法なんです! 最初は負けて、ゆっくりと下がって、そして……」
「そして?」
その時、上で、黄金の城で爆発音が鳴り響いた。
「敵の裏を突く。今回は……黄金の城、使徒がいないと思ったら……!」
バランドールは、軍勢の後ろで一人笑みを浮かべた。彼は真正面からの消耗戦は挑まないタイプであり、今回のような多人数戦では無類の強さを発揮する。
神の軍勢はなおも下がる。黄金の城に立ち上る黒煙に、先頭の騎士たちは気がついていないようだった。歩みが遅いジョシュアは幸いにも気が付いたが、下手を打つと攻め切ったあとで後ろを振りむくと敵だらけになっているという状況もありえただろう。
「何だと、どうやって入った!? 馬鹿な城には、レイスとマーディ・ロナ……そしてカレナの護衛につけていたシエラしか戦える者がいないんだぞ」
「僕の領域はやはりこの時代には小さいのか……父さん!」
「よし戻るぞシリウス。地上の陣……使えないかもしれん」
「精霊竜を呼んでください。直接飛んでいきましょう」
「わかってる。兵士たちはここを維持しろ! 無理に騎士たちについていこうとするな! わかったな!」
ジョシュアは声を上げ周囲の兵士たちに指示する。周りの兵士たちはそれに対し、戦いながら頷く。兵士たちは皆、ジョシュアをどこか、英雄をみるかのような、憧れを抱いて見ていた。
「ヌル・ディン・ヴィング!」
「ヌオオオオ!」
呼べばすぐさま目の前に現れる巨大な精霊竜。嘗てのように時間差は無い。呼べば空間をつっきって竜は現れる。
彼の、ジョシュアの身体に宿る精霊の力は、全てを一段上げる。精霊との契約、精霊の石。彼を一段上げる。
それは障害、ある意味では障害、人と呼べるものではなくなる前兆。
ジョシュアたちは精霊竜に飛び乗り、黄金の城へと向かった。羽ばたきは風を起こし、兵士たちは一瞬怯んだ。
竜が登る黄金の城には、黒煙が立ち上っていた。




