第9話 決戦前
「おぉい! 攻城兵器の車輪しっかり固定しとけよぉ! 杭使え杭! 先輩床に穴開けてもいいっつってたぞ!」
「はいキラッグさん!」
黄金の城の城壁に生えるは巨大な筒。その筒は巨大な精霊の石に繋がれている。
攻城兵器、ルクメリアが誇る最高威力の兵器。その一撃は如何な門でも破壊し、小さな砦ならば丸ごと吹き飛ばす。
それが黄金の城に次々と運び込まれ、城壁へと杭と鎖で縫いつけられていく。それを行うはルクメリア騎士団が騎士と兵士たち。
「これで全部ですか? 砲の数の割には兵の数が少ないようですが。精霊騎士はどうしたんですか父さん」
城全てを見下ろせるバルコニーよりその様子を見ていたジークフレッド・シリウス・セブティリアンは、己が父の方を見てそう声を投げかけた。赤い布に包まれた白銀の剣を背負った彼は、兵士たちの数を数えると不安そうな顔を見せる。
「王の警備で他の精霊騎士たちは動けない。ロンドべリアに向かう精霊騎士は俺だけだ」
「戦力に不安がありますね。神の軍勢にこれだけの数で向かうなどと」
「先行してリンドール卿たちが動いている。相当な戦力だ心配するな」
「先行してる者がいるとは言えですね……」
「お前は知らないのか。ルクメリア騎士団を。心配するな。ルクメリア騎士団で勝てないような相手に、この世界で抵抗できるものはいないだろう」
「……それほどですかね」
「お前は人を信頼することを覚えた方がいい。少し、固い部分があるぞ」
「ファム母さんと同じこと言うんですね父さん」
「ふ……誰でも同じことを言うさ」
真新しい深紅のマントを手で払い、ジョシュアは王の間へと向かった。王の間の中央には黄金に輝く椅子がある。
彼は迷わずその椅子に腰かける。王は玉座に。黄金の王は黄金の玉座に。
彼の目の前には赤い線で描かれた円形の陣があった。それは城の下層と、中庭、そして城の外、空飛ぶ城の下と城を繋ぐ陣。
陣の傍で胡坐をかいている黄金の翼を四枚持つ少女、精霊の長マーディ・ロナは杖を陣に立て、頬杖をついていた。
「マーディ・ロナ、どういう仕組み何だこの陣は」
「精霊種ですら失った技術の一つ。転移陣。見る者が見たらあまりのすばらしさに狂喜乱舞するような技じゃぞ。簡単には教えんわい」
「そうか……レイスどういう仕組みなんだ?」
「空の魂結晶を流してるだけだって。もったいぶるような技じゃねぇよなぁばあちゃん」
マーディ・ロナの反対で杖を陣に当て座るは白銀の翼と白い翼を持つセイレ・レナ・レイス。稀代の才能を持つ精霊種。精霊の世界を旅した頃よりもさらに露出の多い姿をしていた。
「ばるんばるんさせよって……隠すところは隠さないといろいろもったいないじゃろうが。ばかめ、カレナ嬢にまた迷惑をかけるぞぃ」
「だってこっちの方が力出せるんだからさぁ。やっぱり肌でも放出してるんじゃないの魂の力ぁ?」
「そんなわけなかろう。たぶんの気持ちの問題じゃよ気持ちの」
「そうかなぁ。でもさばあちゃん。組み合わせっていうけどあたしは……」
陣を挟んで二人は話し合う。精霊の長に半ば無理やりに弟子入りさせられたレイスは、ここ数か月で圧倒的な魂結晶の使い手となっていた。
杖を振ればそこは火の海になり、もう一振れば濁流にのまれ、もう一度振れば風で粉みじんとなる。
それは精霊の世界で発達した、精霊の石のもう一つの使い方。
彼女たちが話し込んでると王座の前の陣が光る。そこから現れるのは長身の男、ルクメリア騎士団ではジョシュアの後輩にあたる騎士、キラッグが複雑そうな顔をしながらやってきた。
「あーこれ慣れねぇ……先輩、攻城兵器の積み込みおわったっす。メルフィのやつが早く出発してくれってそわそわしますぜ」
「わかった。シリウス! ロンドベリアに出してくれ!」
「はい」
王座から正面のバルコニーに立つジークフレッドに対してジョシュアは言葉を飛ばした。ジークフレッドは手を少し上げると、前へと突き出す。
それに合わせてゆっくりと城が動き出した。城壁にいた兵士たちからは感嘆の声が漏れる。
「キラッグ、見張りに伝えておけ。リンドール卿たちの軍をみつけたら報告しろと。どうせこの城は目立つ。前哨と合流して真正面からロンドベリア首都を奪還する」
「わっかりました」
キラッグは手を胸に当て、頭を下げた。陣が光、彼はその姿勢のまま消える。
「お后様の椅子は無いのかしらねここ、ねぇジョシュア」
「玉座は一つしかないんだカレナ。いやマリアか。寝てるのかカレナは」
「ええ、ぐっすりと、やっぱり彼女、何か薄くなってるわ。原因はわからないけど」
王の間の角、階段を昇ってくるは長いエプロンの上に胸当てを付けたカレナ。その胸当ては彼女には少し大きく、そのため紐できちきちに身体に結び付けられていた。
「ユークリッドさんの胸当て大きいのよねぇ。シエラさんのは逆にちっちゃいし」
「あくまでの俺がお前を、土壇場で剣を使えるようにするために来たんだぞマリア。戦闘になったら城から出るなよ」
「わかってますって。ふふふ」
カレナは、マリアの記憶で動いている彼女の身体は、ジョシュアの前まで歩いた後、彼の膝の上に座った。妖艶な笑みを浮かべながら。
ジョシュアは押しのけようとしたが、自分の妻の身体なのだ。怪我でもしたらと思い、ジョシュアは自分の膝の上に座るカレナをそのままにした。
王の間の片隅で、横になりながらそれを見ていたレイスはフンと鼻から息を出すと、彼らに背を向ける。やるせない気持ちで眼をつぶり、レイスは眠った。
カレナの身体の中のマリアは、カレナの口を使ってジョシュアの耳元でささやく。細い声で、耳に唇と近づけて。
「ねぇカレナさん寝てる今だから言うけど、レイスさんあなた好いてるわ。相手してあげないの?」
「……あいつはまだ子供だ。近くの、ちょっと自分を守ってくれただけの男にあこがれを抱いてるだけさ。時間が経てば、覚めるだろう」
「契約して繋がってるからそうじゃないってわかるでしょうに。意地悪ね。契約したら一生ものなのよ。ちょっとぐらい手を出してあげなさいな。カレナさんは誤魔化しとくから」
「冗談が過ぎるぞ」
「この堅物」
「そんなことで柔らかくなりたくはない」
二人は眼を合わせ、近距離で互いを見合う。しばらくして互いに耐えきれなくなったのか、ふふんと笑いあった。
「よぉ、あんまり人前でやるような行為じゃないなジョシュア君」
その声に、ジョシュアはカレナの顔越しに部屋の中央をみて、マリアはゆっくりと振り向いた。
そこに立っていたのはルクメリア騎士団に復帰した騎士ゼイン。それと彼の三人の妻のうちの二人。そして顔を背けるミラルダ。
「ちょっとジョシュア君、なんていうかもう、やめときなさいって。人前よ」
「ミラルダさん、ゼインさん。部屋の準備は終わりましたか?」
「おわったおわった。兵士全員分のベッドと、医療室、臨時だけど作っといたわ。ゼインさん自分の部屋作れって憤ってたけどね。変わりましたねゼインさん」
「だって自分の部屋がないと俺と嫁さん、水入らずできないだろう」
「きっもちわるい……っていうか奥さんもう一人いませんでしたっけゼインさん。どうしたんですか」
「ケーナは子供育ててるからな。ミスティとサリシャだけ連れてきた。心配すんな二人ともミラルダ並みに強いぞ」
「ええ? どうだかぁ」
「へへへ」
ゼインの妻たち、髪の短い女性ミスティと、翼のある女性サリシャ。二人は大人の余裕を見せ、ひらひらとミラルダに手を振る。
「さぁて、でっかい戦いになるんだろう? とりあえず敵の大将の情報ぐらい欲しいんだが。ジョシュア君何か掴んでるか?」
「……シリウス。その辺どうなんだ」
「はい」
バルコニーから歩いてくるジークフレッド。その姿は堂々としてて、ゼイン達は何故か一歩下がって道を開けた。
「これがジョシュア君の……ああ、似てるわね」
ミラルダがつぶやく。目の前の男がジョシュアの息子であるということは騎士団の中では数名しか知らない。ミラルダもその一人だった。
「神の軍勢、ロンドベリアを襲っているのはその中の一人、バランドールという男です。彼は神種となって数万年間を戦いの中で生きてきた経験があります。そのため、かなり戦略家な面があります」
「戦略家かぁ……ジョシュア君や俺と一番遠いタイプだな」
「はい、実際ファム母さんが言うには、兄さんたちでは軍の扱いでは勝てるわけがないと言っておりました。ですが弱点があります。実際それで、僕は彼に勝ちました」
「聞かせてくれシリウス」
「個人の戦闘力が低いんです。彼は文学家のようなタイプですから。彼の領域でなければ、直接対峙さえできればきっと白銀の剣を持たない父さんでも勝てます」
「そうか、それはいいことを聞いた」
「神種で現在この時代に生き残っているのはマリィメアを抜けば4人。普通であれば自らの領域に籠られたら勝てません。ですがこの人と精霊の世界に出て来てる今なら勝てます。基本は待ちで、でてきたら倒す。それの繰り返しでいきましょう」
「わかった。神の軍勢、四人全員結託してる、ということでいいんだな?」
「はい、彼らはある男に抵抗するために、手を組んでいます。普段は領土を互いに狙い合う関係ですが」
「それで全ての敵、神の軍勢を倒したらどうなる? どうすればいい?」
「その時は……その時に教えます。今は先のことよりも目先です。ロンドベリアを奪還し、僕を探すために連れ去られ、今事身体を調べられているだろう赤子たちを連れ戻す。これに集中しましょう」
「わかった」
城は進む。空はゆっくりと後ろへと流れる。
一時、一時の休息。彼らの向かう先では、神々の軍勢が群れを成して待っている。
ジョシュアは眼をつぶる。膝から伝わる自分の妻のぬくもりに、ジョシュアは一時、心を預けるのだった。




