第7話 運命
王は一命をとりとめたが、目覚めることはなかった。王の寝室には多数の医師が王の治療に専念する。寝室の外では城にいる精霊騎士たちが交代で番をしていた。
「ユリウス、今夜は俺が番をする。一旦帰って一眠りしてから代わってくれ。ファムにもそう伝えてくれ」
「わかった父さん」
疲れた顔をみせたジョシュアを気に掛けたのか、彼の父であるゼッシュは彼を家へ帰すよう促した。それに従い、ジョシュアは城を出る。
ジョシュアが城の門を潜ると門は閉まる。城の門は硬く閉ざされ騎士団の者以外は誰一人出ることも入ることもできなくなっていた。
門の外には赤い布を背負った長身の男が彼を待っていた。優しく微笑むと、ジョシュアの横に並ぶ。
その男とジョシュアの身長は同じぐらいだが、筋肉量的にはジョシュアの方が多かった。二人並んで薄暗い城下町を歩く。
赤い布で巻いた長いものを背負った男は、何故か微笑んでいた。こみあげてくるものを我慢できないと言った様子の彼に、ジョシュアは少し、不謹慎さを覚えた。
「……楽しそうだな」
「いえ、すみません。気に障りましたか」
「いや」
その男は顔を無理やり引き締め、歩みを速めた。その様子に、バツが悪くなったジョシュアは何かを話そうと思い、口を開いた。
「すまなかったな。殴りつけて。痛むか?」
「あ、いえ、あれは仕方ありません。少しひりひりしますが、治りますよすぐに」
「そうか、ところでそろそろ名を教えてくれないか?」
「……そうですねユリウスさん。これからは僕のしらない領域です。もう伝えても大丈夫でしょう」
首都の、貴族街へと通じる分かれ道の中心で、彼は立ち止まってジョシュアの眼を見た。
彼の眼は澄んでいて、黄金で、両目に淡い光がみえる。
「僕の名はジークフレッド。ジークフレッド・シリウス・セブティリアン、あなたの子です」
彼のその言葉は、一つの震えもなく、躊躇もなく、ただ真っ直ぐにジョシュアの耳へと届く。嘘偽りのない表情をして、はっきりと言うその男の顔は決意の表情が塗り固められていた。
「冗談を言うな。まだ産まれて一年もたってないんだぞ。いきなりでかくなりすぎだろう。母さんが……マリィメアが連れて行っただろうそもそも」
「はい、今から25年後の未来からある力で僕はここへ来ました」
「待て、待て、いや、待て……」
「信じられないということはよくわかります。しかし現実に僕はジークフレッド本人です。それを踏まえてあなたには伝えることがあります」
「……とにかく家に帰ろう。道で話すことではない。どういうことだ」
「僕を育ててくれた人の話では、僕は母親似らしいです」
「言われてみると。いや、待て、そうだ、カレナが無事か。会せて、いや待て」
ジョシュアの頭の中は今、混乱の中にあった。自分を息子だと名乗ったその男は、困惑するジョシュアの姿を見て、少し笑った。その笑顔もどこかジョシュアの妻に似ていて――
それからは口を閉ざし、二人はジョシュアの家に急いだ。どう歩いたかはジョシュアは覚えていなかったが、気が付けば自宅の門を潜り玄関の扉を開けていた。
玄関先の椅子に腰かけ本を読んでいた女性が立ち上がり、ランプを持ってジョシュアを迎える。ランプに照らされる顔は、セブティリアン家使用人のメリア。微笑みをジョシュアに向け、一礼するメリアの姿に、ジョシュアの混乱していた頭は少しだけ、正常な思考を取り戻した。
「おかえりなさいませジョシュア様」
「今戻ったメリア。カレナはどうだ?」
「先ほどカレナ様はお目覚めいたしました。寝室の方へおられます。他の方も一緒に居られますので顔を出されてください」
「わかった。あと食事を用意してくれ。後ろのやつにも、今夜は泊まっていかせる。客だ」
「かしこまりました。丁度皆様の食事を作ってるところです。すぐ追加で用意いたしましょう」
「悪いな」
ジョシュアの後ろについて来ていたジョシュアの子を名乗る彼は、メリアに一礼するとジョシュアについて二階へと上がった。
ジョシュアは寝室の扉を開け、部屋へと入る。それに続いて赤布を背負った彼も、遠慮しつつ室内へと入っていった。
「ああ、先生、お帰りです。レイス、先生が戻ったぞ」
「あーうん、おかえり」
寝室にはジョシュアの弟子であるシエラと同居人であるレイスが椅子に座っていた。どこか上の空のレイスの声に、ジョシュアは少し違和感を感じつつも部屋を見回す。
「あ、おかえり遅かったじゃない」
ベッドに腰かけるその女性の姿に、ジョシュアは少し驚き、後ろについてきた男の視界をふさぐ。
「カレナお前……服はどうした。レイス、カレナの服を持ってこい」
「いやぁおいてあるんだけどさぁ……」
下着姿でベッドに腰かけ微笑むカレナ、その隣で頭を押さえレイスは服を指さした。
「治ったのを見せないと駄目でしょレイスさん? ほら傷一つ残ってない。ちょっと太り気味なんだけど、いい身体よねぇ」
「あれぇ、カレナさんこんなんだっけ……なぁジョシュアどう思う?」
「どうしたんだカレナ、お前は肌を出すのは嫌いだったんじゃ……」
「えぇ? あなたこの身体好きなくせにそういうこというんだ。へぇ、やっぱり隠したいってこと? ふふふ」
足を組み換え、妖艶に笑う彼女の表情に、ジョシュアは強い違和感を覚えた。
「どうしたんだカレナは、明らかに違うぞ。まさか治療が失敗したのか?」
「完璧治したぞぉ。マーディ・ロナのばあちゃんも完璧だって言ってたし。ばあちゃん力ほっとんど使って寝てるけど」
「先生の奥様は大量に出血していましたが、血さえ何とかすれば大丈夫でした。致命傷になるような傷ではなかったみたいです。問題は体温低下でしたが、レイスが抱き続けてそちらも持ち直しました」
「そうか。レイスよくやったな」
「あーうん、でもなんか、違うんだよなぁ。何だろう、表情っていうか、何だろうなぁこれ。体の中にある何か、力的なものが……」
「表情、力? まさか……カレナ、俺の剣は、マリアはどうした?」
「うん? 持ってる持ってる。あ、しばらく貸しててね。これないと私、今動けないのよ。血が出すぎてて」
「その喋り方……この感じ、力、お前マリアか?」
「やっぱりわかるぅ? ふふふ、もうちょっとからかっていたかったけど」
そういうとカレナは隣に置いてあったワンピースの服を着る。着終わると笑いながらベッドへドカッと座り込み、そして足を組んだ。
「やっぱりちょっと重いわこの身体。翼の分軽いかなと思ったけど、やっぱり筋肉の付き具合が変わるのね。ねぇレイスさん悪いんだけど水くれない?」
「うん、何だろうなぁこれ……はい」
カレナはレイスをから水が入ったグラスを受け取ると、くいっと一息に飲みほし、そしてレイスにグラスを返した。
その仕草は彼女が普段はしない仕草。そのことは彼女に中に別人が入ってることをジョシュアに強く伝える。
カレナの中に入ってるのは白銀の剣の記憶、嘗て翼を持つ精霊だったマリアの記憶。
「マリア……お前、何故カレナの中に?」
「すっごいでしょ。自分でもびっくりよ。契約も何もなしに、入れちゃったわ」
「カレナはどうした?」
「寝てる。あなたの妹に斬られたのがかなりショックだったみたい。寝てるっていうか、目覚める気分じゃないっていう感じね」
「そうか……剣、お前を離したら本当にまずいのか?」
「しばらく動けなくなるわね。治癒と私の力で強引に治したけど、この子は普通の人間なのよ。妹さん手加減してたみたいだけどそれでも下手したら即死だったわ。今度会ったらお仕置きしときなさい」
「わかってる」
「で、子供、ジークはどうしたの? 抱いてないみたいだけど」
「そ、そうだ先生、結局見つからなかったんですか?」
「シリウスは、攫われた。すまない、俺も殺されるところだった」
「……そう、これはますますお仕置きね」
「それで、こいつが、何というか、いろいろ説明してくれるみたいだが……おい」
「はい」
ジョシュアの背で眼を背けていた男がジョシュアに促されて寝室へと入ってきた。彼は背の赤い布に包まれた荷物を下し、カレナの姿を見ると、眼を潤ませた。
「この人が、僕の……初めまして、僕はジークフレッド。ジークフレッド・シリウス・セブティリアン。あなたたちの息子です」
「はぁ?」
最初に声を発したのは、椅子に腰かけていたレイス。シエラは驚きのあまり固まる。
「でかすぎるだろぉ? っていうかさぁ、明らかにカレナさんよりも年取ってるだろ? お前いくつだよ」
「はい、25になります。25年後の未来から僕は来ました」
「はぁ? お前病院行った方がいいんじゃないの?」
「黙ってろレイス。話が進まない」
「いやだって……」
「わかります。そういう反応だと思いまして、僕はこれを持ってきました」
彼は、そういうと赤い布で包まれたものを持ち上げ、そして布をゆっくりと剥がし始めた。
現れるのは赤い錆た剣。錆と錆の間に、辛うじて残る銀色の剣。
錆びた白銀の剣。それが赤い布の下から現れた。
「この剣はこの世に二本とありません。わかるはずです。特に、あなた……父さんなら、わかるはずです」
ジョシュアは言葉を失った。確かに、彼が持ち、数々の死地を共に潜り抜けてきた剣が、眼の前にあるのだ。
カレナの身体を借りたマリアは、背から白銀の剣を取り出した。それは銀色の上に金の脈が走る剣。その銀色は間違いなく、錆びた剣と同じ色をしていた。
「それにこの赤布。ファム母さんが形見として持っていたものです。精霊の世界を救ったときにはおっていたものだとか。もうボロボロですけど」
レイスはその布を触り、確かに旅の中でジョシュアがはおっていたものだということを確認し、そして一言も言えなくなった。
「形見だと? どういうことだ?」
「本来ならば、あなたは先ほどの戦闘で、ファム母さんに殺されていました」
「何……いや待て、一つずつだ。情報が多すぎる。一つずつ頼む」
「わかりました。ではご説明しましょう。できれば、精霊の長、マーディ・ロナにも聞いて欲しいのですが」
「シエラ呼んできてくれ」
「はい」
そして数刻、シエラがマーディ・ロナを呼んでくる間、寝室内は無言だった。誰も何も言わず、ただ目の前で赤い布に包まれる錆びた剣を見ていた。
暫く待つと、眠い目を擦りながら小さな身体をした精霊の長老マーディ・ロナがシエラに連れられてやってきた。
「何じゃもうワシ結構疲れとるのに。早寝は大事なんじゃぞ」
「子供じゃないんだ。夕食を取ってから寝ろ」
「全く、で、なんじゃ」
「揃いましたね」
男は、ジークフレッドはマーディ・ロナに自分がジョシュアの息子であるということを伝えた。マーディ・ロナは最初笑っていたが、地面に置かれている錆びた剣をみて、冗談ではないことを察し、顔をこわばらせた。
「では、最初から、まず今日の出来事ですが、全ては僕がが生まれたことが発端になってます。僕の身体は見た目は人と変わりませんが、一つだけ違うところがあります。それは胸、僕の心臓」
ジークフレッドは上着を脱ぎ、服をめくり、自分の胸を出した。そこには何もなかったが、暗闇においてうっすら、ぼんやりと光って見えた。
「魂結晶か? いや生前からこんな光る魂結晶なんぞワシはみたことないぞ」
「魂結晶ではありません。これは、神種の心臓。属性ではなくあり方、その者の運命の在り方を具現化する心臓です」
「なるほどのぉ」
「……マーディ・ロナ知ってるのか?」
「知らん。ぜんぜん」
「……続けてくれ」
「はい父さん。僕は正真正銘、ジョシュア・ユリウス・セブティリアンとカレナ・セブティリアンの間に生まれた子です。ですがこの心臓を持って生まれてきました。何故かはわかりません。奇跡としか言えないとファム母さんたちは言ってました」
「何でファムが母さんなんだ。お前の母親は、カレナじゃないのか」
「ああ、すみません、ずっとそう呼んでましたから……えっと、ファム母さんが僕を育ててくれたんです。剣も彼女から習いました。そうですね、では、ここからは、もしもの世界の話をしましょう。これからの話はあくまでも僕がいた世界での話です。今はもう変わってしまいました。いいですね」
「ああ」
「まず、今日、父さん、精霊騎士第13位ジョシュア卿は同じく第2位のユークリッドの手によって亡くなります。それによって、父さんと契約してる精霊竜と、レイスさんも消えます。契約解除する暇もなかったようですね」
「……それで?」
「ルクメリア国王も殺されました。その後はルクメリアはアイレウス国王を軸に立て直すのですが、残念ながら半年後の二度目の侵攻で滅ぼされてしまいます。侵攻してきたのは神の軍勢。僕と同じ神の心臓を持つ者たちが結託し、攻めてきました。理由は……僕を殺すためです。僕を守るためにファム母さんたちは僕を攫いました」
「……母さんたちは知ってたのか?」
「はい、こんなに早く来るとは思ってなかったようですが」
「母さんたちは、今のお前は、どこにいる?」
「隣の世界、彼女の領域にいます。神種には生まれた瞬間に世界から一つの領土を与えられます。ファリーナは……祖母は数万年生きてる神種の生き残りなんです。それでですね」
「……駄目だ情報が多すぎる。理解できない。要点だけを言ってくれ」
「わかりました。結論として、神の軍勢は神種の子供を探しています。そしてこれから世界中で人探しという名の戦争になります。多すぎる人と精霊の数を減らしてから探そうということですね。彼らは寿命とかありませんから」
「なんだと……」
「神の軍勢は願いの魂結晶を探しています。それは神種の領域が統一された時に初めてできるもの、まぁ今までもほぼ統一されてたんですが、ある一人の男が神域に至ったせいでその持ち主たちが……これは僕らは関係ありませんね。ここまでわかりましたか?」
そのジークフレッドの問いに、答えれる者はいなかった。マーディ・ロナも下をみたまま動かなかった。
眼を泳がせ、うろたえ始めたジークフレッドに対して、ジョシュアは口を出した。
「そうか……話が大きすぎてよくわからないな……何をすればいいんだ」
「僕と一緒に戦争を止めてください。まずは北の国、ロンドベリアの子供がほとんど攫われています。彼らを救いに行きます」
「わかった。では早速明日、騎士団に掛け合ってみる」
「詳しくは説明しないようにしてください。これ以上歴史を変えると、何が起こるかわからなくなります」
「……わかった。とりあえず援軍に行くのは決まっていたことだ。お前も俺の部下として連れて行ってやろう」
「あ、そうです。最初に向かうのは南方がいいでしょう。大軍を動かすのにいいものがあります」
「わかった信じよう」
「ありがとうございます」
ジークフレッドは頭を下げ、微笑んだ。彼はジョシュアと、ベッドに腰かけるカレナを見て恥ずかしそうに顔を反らした。
「シリウス」
「は、はい」
「あたしわからないけど、大変だったのね。疲れた顔してる。ご飯いっぱいたべていきなさい」
「は、はいありがとうございます。か、母さん……」
カレナはジークフレッドに対して微笑んだ。その顔は母親を知らずに生きてきた彼にとって、初めて見るもの。
ジークフレッドは心の中で、歓喜していた。戦いしかなかった彼の人生において、彼が欲しかったものとあえたから。
「カレナ? 大丈夫なのか?」
「うん、でもあーやっぱ動けない……マリアさん、貸したげるけど、絶対、ずぇったいに、服はちゃんと着てよ。頼むわよ」
それだけ呟くとカレナの表情が変わり、彼女は立ち上がった。そして扉を開き、振り返る。
「いい匂いね。食事、とりましょう皆。面倒なことは後で考えるのが、美しさのコツよ」
カレナの身体に入ったマリアがウインクをして他の皆の促す。
新たな敵との戦いが、また始まる。今日この日から。
――夢は叶った。さぁ次の夢をみにいこう。




