第6話 動乱 後編
――願いを叶えるのは誰か、続きを始めよう。
ルクメリア城にはあるリストがある。国民のそれぞれの名前、住居、家族構成、どこの国にもある、生まれた時からの記録。
その記録を届け出る場所に、ある二人の男がきていた。男の一人は受付の兵に対してある要求をしていた。
「はい、国民の家族構成、ですか?」
「うむ、ここ二年で生まれた子の居場所が知りたい」
「いや、それは……申し訳ございませんができません。そういった情報はご家族様以外は……」
「そうか、やはり駄目なようだ」
男はもう一人の男に話しかけた。困ったような顔をして、相手の男は溜息を吐いた。
「だから最初から攻め落としてじっくり探そうと言ったんだ私は」
「何を言うか、そのせいで北の国では大変苦労しているだろう。今の世界に、人は何人いると思ってるんだ。昔ならいざ知らず」
「全く、集落に留まっていればいいものを」
「とにかくあやつの側につかれてはやっかいだ。ここの戦力、削いでおくとしよう」
「うむ」
男たちは互いに溜息をついて、顔を上げた。その様子に受付の兵は困惑したが、後ろに並んでいる者たちの様子を見て彼らに要件を再び聞く。
「あの、他に御用は……」
「ああ、この国の長はどこにいるかな?」
「国王陛下ですか? ただいまの時間ですと……謁見の時間は終了しておりますので後日になりますが」
「後日……待てないなアーカス」
「どうせ王だ。王座におるのだろう。聞くまでもない。行こう」
「ふ、それはそうだな」
「あの、謁見は」
そして、城は鮮血に染まった。
男の一人は、赤い髪をして刀身が青い剣を握る。
男の一人は、青い髪をして刀身が赤い剣を握る。
ルクメリア城内にいる兵士は約500、その中で騎士は8名。
ほとんどがロンドベリア遠征のために外へと出ている。ルクメリア城内にいる騎士団の者たちは、城を訪れたこの二人の男の手によって次々と倒されていく。
1000年来一度たりとも敵の侵入を許さず、一度たりとも領内で戦を起こしたことは無い。人の世界において最高戦力を有するこの国は今、存亡の危機に瀕していた。
青い男は兵士の一人を突きさして笑う。その笑みに、兵士たちは恐怖を覚える。
赤い男は一振りで兵士の首を落とす。無表情で、その姿に兵士たちは誰も近づけない。
たじろぐ兵士たちを押しのけ飛び出したのは精霊騎士第6位バルガス・エルフレッドと、精霊騎士第12位ゼッシュレイド・セブティリアン。
「兵士は下がれ! 何だこいつらは……おいバルガスのおっさんは赤い方を。俺は青い方をやる」
「任せぃ」
双剣を握るバルガス。風を纏い、彼は一瞬で緑色の鎧を纏う。
長剣を握るゼッシュレイド。雷を纏い、彼は黄色い鎧を纏う。
二人の背に伸びる深紅のマント。ルクメリア最高戦力が二人。城内に現れる。
「ゼッシュ、ここから追い出せ。市民もおるのじゃ」
「おう、中庭に叩き出す。壁の修理費はちゃんと計上しとけよ」
ゼッシュは青い男に飛び掛かる。微笑んでいた青い男は、その表情のまま、赤い剣で鎧化で鋸のようになったゼッシュの剣を受け止めた。
「ちぇりゃっとぉ!」
剣を引ききったゼッシュの目の前で、雷が走った。青い男は電撃に弾かれて頑強な壁を砕き部屋の外へと追い出された。
そこは城内の通路。赤いカーペットが敷かれたその通路には兵士たちが遠目に立っている。その中には騎士たちも数名いた。
壁の破片の中から青い男は立ち上がる。口元は微笑みを絶やさずに、されど怒りの表情を張り付けて。
「北の国とは違うな。あいつの創った国か。粒がそろっている」
「あれで無傷かよ。おい兵士たちは近づくなよ。騎士を先頭に、ここから動かすなこいつを」
「はい!」
騎士と兵士たちは声を合わせてゼッシュに返事を返した。青い男は剣を突き出し、そして超手で剣を構えた。
「それ故に今やっておくべきだな。精霊の力を鎧とするか。人は相変わらず、非効率的なことをする」
「何人も兵士をやりやがって。何のつもりかはわからねぇが、もうやらせねぇぞ」
「そうか、できるならばやってみせてくれ。少し興味があるな」
青い男は剣を二回振る。そして彼の身体は金属で覆われる。
額に、肩に、胸に、足に、腕に。青い金属は彼を覆い、そして鎧となった。
「自分の力で出した方が鎧は強いぞ? 覚えておけ」
「何だその鎧、すかすかじゃねぇか顔も丸出しだし。そんなんで守れると思うのかよ」
「行くぞ」
二人は距離を縮める。片方は雷光の下に、片方は炎の下に。
一刀、押して、引く。ゼッシュの剣は鋸状、引く時が最も光を放つ。青い男は赤い剣の前に広がる雷の光に、眼を細めた。
二刀、空気を擦りながらゼッシュの剣は雷を放ち青い男に襲い掛かる。それを見ることなく受け止める赤い剣。
「中々の実力者。それ故に、長く相手ができないことが残念だ」
「んだと? わりぃがお前はここで終わりだぜ。運がなかったな。俺はこう見えても、意外と強いぞ」
「ふふふ、では、実力をみせてくれ」
「ついてこれるかよ」
彼らは剣を互いに押し合い、距離を取った。弾かれる勢いを殺すように、ゼッシュは踏ん張り、また踏み込む。
両手で剣を握りしめ、雷を走らせゼッシュは走る。青い男は体制を崩したまま、彼の剣は青い男に胸に向かって、一切の躊躇もなく叩き込まれた。
「ぬうううう! うっ!?」
ゼッシュの剣はそこで止まった。青い男の胸を覆う鎧の前に、彼の剣は引くことも押すこともできなくなっていた。
「スカスカでも、固ければ問題はない。だろう?」
青い男は赤い剣を振り上げた。その剣の軌道は、ゼッシュの黄色い鎧を砕き、胸を裂き、鮮血を飛び散らせる。
ゼッシュは剣を手放し飛びのいた。
「ぐおっ!? な、なんだと、俺の胸が。また傷が増えちまった……ファリーナに怒られるなこれは、綺麗に治りゃいいけどなぁ……」
「いい反応だな。うむ……名はなんという。お前の名は」
「ゼッシュレイド・セブティリアン。っとお前の名も聞いておこう」
「アーカスだ。人のように姓は無い」
「そっか」
「ふぅむ……できれば死合うまでやりたかったが。ベルセックのやつがお前たちの長を見つけたらしい」
「何だと? 誰だそれは、赤い奴か?」
「違う、色か、色で言うならば、黒い奴だな」
「……はっ!? おい王の下へ急げ! 三人だ! 三人いるぞ!」
ゼッシュは胸から血を流しながら、大声をあげ兵士たちに指示を飛ばす。青い男はにやりと笑って自らの鎧を解いた。
「では楽しんでくれ。国の混乱を」
そしてその男は消える。霧のように。
「消えて、いきなり出てきたのか? なんつーでたらめな……おいお前ついて来い! 俺も王の下へ行く!」
「はい!」
胸に血を流しながら、黄色い騎士は走る。
「おいゼッシュ! 俺の相手いきなり消えたぞ!」
「バルガスのおっさんもこい! 王がまずい!」
「何だと!?」
城に敷かれてる赤い絨毯を踏みしめ、彼らは走った。
二階、周囲に血の匂いが漂う。
三階、使用人たちが何人か倒れている。
そして、四階、王の座。
そこには血の海に沈む大臣であるシグルス・ライアノックとルクメリア国王、その傍には黒い髪の男が立っていた。
「シグルスのおっさんと国王陛下!?」
「こ、こやつめ!」
バルガスはその双剣を持ち、黒い男へと飛び込んでいった。左右から繰り出される剣を、その男は身を捻じって丁寧に躱した。
蹴り飛ばされるバルガス。鎧姿のバルガスは壁に叩き付けられる。軽々と飛ばされたバルガスの姿に、ゼッシュは驚きを隠せなかった。
「まじかよ……! くそっ、お前何やってるかわかってんのか! この人はなぁ!」
黒い男は無表情で何もない空間から剣を取り出した。それは長くて細い、身長の数倍はあろうかという剣だった。
ゼッシュが剣を構えると、黒い男は同じように剣を構えた。にらみ合う二人、伸びる窓の光。
その時、窓が割れ、二人の男が飛び込んで来た。
一人は赤い布で覆われたものを背にし、転がりながら地面を手で打ち立ち上がる。
もう一人は大きな足で地面を揺らし、立ち上がる。
「国王陛下に、ライアノック卿……まさか本当に、事が起こってるとは」
「間に合いませんでしたかユリウスさん。いや、まだ手はある。ここで彼を排除します。手伝ってください」
「わかった」
飛び込んで来た赤布を背負った男とジョシュアは二人とも剣を抜く。ジョシュアは腰を落とし、その曲刀を構える。黒い男に向かって。
「……ユリウス? お前、何故ここに。そいつは誰だ?」
「説明は後だ父さん。こいつを倒す」
「あ、ああ……」
ゼッシュも改めて剣を構えた。長い長い剣を構える黒い男に、三人が剣を構え対峙する。
その男の判断は早かった。自分が不利であると悟った黒い男は、ジョシュアたちに向かって投げた。
ジョシュアは飛んでくる長剣を払い、赤布を背負った男は飛び込んだ。一瞬で黒い男の傍に着く。
「逃がすと思うかい? 残念だが、今回の君はここで終わりだ」
払いあげられる曲刀、黒い男の首はその一刀で宙へと舞った。赤い布を背負い、曲刀を持つ謎の男の動きに、ゼッシュは息を飲んだ。
落ちる首、流れる赤い血。黒い男だったものは膝を着き、倒れ込んだ。
「国王陛下!」
ジョシュアは国王に駆け寄る。抱き起したその王はかろうじて息をしていたが、その眼には光は無かった。
「シグルスのおっさんはまだ息がある! おいユリウス国王はどうだ!?」
「まだ生きている。だがこれは生きているだけだ……魂の力を感じない……」
「なんてこった……」
ジョシュアは王を丁寧におろすと、携帯していた包帯と糸で治療を始めた。
傷口は深く、流れ出る血はとめどなく、生きているのが奇跡というありさまだった。
だが赤布を背負った男はジョシュアたちの背後で満足げな顔をしていた。
「変わった。救えた。母さん……」
その男のつぶやきは誰にも聞こえることはなかった。




