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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
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第5話 動乱 中編

 ――あなたがそう思うなら、あたしはあなたを否定します。




 黄金の眼は草の一本すらも見通す。彼は、空から降りる。一歩前へ、空から落ちる彼の姿はそのまま地へと落ちる。


 土埃を上げ、彼は地に立つ。彼の輝く眼の先には、赤子を抱く黒いフードを被った女性。そして、黒い髪をなびかせる精霊騎士が第2位、ユークリッド・ファム・セブティリアン。


「んー早いわねぇ。そんなに眼がよかったのかしら」


「母様、きっと義姉さんを斬ったから急いできたんだ」


「ふふふ、そう。中陸奥ましくて何よりよ」


 赤子を、ジョシュアの子であるジークフレッド・シリウス・セブティリアンを抱えた女性は、黒いフードを脱いだ。現れる顔はジョシュアとユークリッドの母親、マリィメア・ファリーナ・セブティリアン。


 傾く日の下で、ジョシュアの右眼は黄金に輝く。ギリギリと歯を食いしばり、彼はシエラに借りた曲刀を抜き、鞘を投げ捨てた。


「あーらまぁ、さすがに思い切りがいいわねユリウス。シリウスを返して欲しいの?」


 ジョシュアは歯を食いしばる。彼の眼は真っ直ぐに正面を見る。しかしながら彼の足は、そこに縛られたかのように動かない。


「ふ、ふふ、足が止まってるじゃない。やらなきゃいけないことがわかってるのに、わからないフリしてるのね。本当にできそこない」


「しょうがないだろう母様、兄さんは才能がないんだから、だからこれだけ精霊の力に曝されても、目覚めることはない」


「身体まで浸食されても目覚めることはない。本当に、本当に、弱い子。ふ、ふふふ、でも最高よ。私の子。シリウスを産ませたもの。最高、ふふふ……」


「まさかできそこないの兄さんと、力の欠片もない義姉さんから産れるなんて、奇跡ってあるんだな母様」


「カレナさんは腐ってもラングルージュよ。運命? いや……奇跡ね。ふふふ、はははは!」


「奇跡だらけだな母様。ふふふ……」


 ユークリッドとマリィメアは、笑い合う。その顔は、ジョシュアの家で見せる顔と何一つ変わらない。


 似た顔をした二人は、笑う。


 ジョシュアは察した。この二人は、彼の知っている二人ではないのだということを。


「シリウスを返せ。早く。シリウスは関係ない。まだ赤ん坊だぞ」


「駄目よ。返したら意味がないじゃない。ねぇファム」


「兄さん大丈夫。この子は私たちが立派に育ててみせる。だから帰ってくれないかな。義姉さんと好きなだけ抱き合って、次の子供でも作ればいい。あれだけ毎日毎日抱き合ってたんだ。簡単だろ兄さん?」


「ふざけるな! お前、お前は……ファム、何が変わった。何故変わった。髪はどうした。戻ってる。何故戻ってる。黒髪に戻ってる。何があった」


「何故何故何故、聞くことしかできないのか兄さん。あー髪は戻ったんだ。兄さん金髪あんまり好きじゃないみたいだったし。母様兄さんやっぱり帰ってくれないぞ」


「じゃあ仕方ないわねぇ。仕方ない。ファムやっちゃいなさい。これからの世界に、この子はもういらない」


「やっぱりこうなるのかぁ。兄さんは頑固だからなぁ。あー残念だな」


 ユークリッドは剣を抜く、赤い血がしたたり落ちるその剣を、彼女は正面に構え、右に振る。


 剣が振られると、地面に赤い血の線が走った。


 血で染まった剣。抜いた鞘の口から少しずつ溢れるその赤色に、ジョシュアは怒りを覚えた。


「義姉さんの血がこびりついて、これじゃ錆びてしまうな。もったいないなぁ。曲刀は特注品なんだ。汚いなぁ」


 ジョシュアは走り出した。右手に持つ曲刀を握りしめて。彼の頭の中はもう、怒りしかなかった。


 一足で飛び、シエラから借りた剣を振り下ろす。


 ユークリッドから笑みが消える。表情は凍り、剣を振り上げる。


「シリウスは寝てなさい。静かに眠りなさい。起きる頃には、終わってるわ」


 マリィメアの腕の中で、赤子は眠る。何も知らずに。


 振りあげられた剣と振り下ろされた剣は、かち合う。大きな金属音を発し、土埃が上がる。


「うっ……!」


 ユークリッドの腕が落ちる。ジョシュアの剣は、ユークリッドの剣を簡単に抑え込む。彼の腕力はもはや人の域ではなく、押し返せる者などいない。


 彼女は腰を落とす。ジョシュアが押し込むその力に、ユークリッドは押し込まれ膝を着く。


「ファム……お前は、カレナをっ……何故だ! お前はそんなっ……」


 押し込まれる剣の下で、ユークリッドは口角を上げた。


「兄さんは、本当に義姉さんが好きだな。嫉妬するよ」


 そういうと、ユークリッドの周りに水の刃が現れる。青く、透明なその刃は日の光を受けて赤く染まった。


 それらは一切の躊躇なく、ジョシュアの全身に突き刺さった。


「うぐっ!? な、がっ」


 足、腕、胸、水の刃が貫いたその部分から、鮮血が流れる。


 その鮮血も刃となって、さらにジョシュアの身体を貫く。次から次へと連鎖して、ジョシュアは全身から刃が生えたような姿になった。


「さようなら兄さん。ありがとう、兄さんのおかげで世界は救われるんだ」


「さよならユリウス。シリウスには不自由させないわ」


 水の刃が弾ける。ジョシュアの全身から血が噴き出す。


 強さだけなら、きっとさほど差は無い。だが彼には、ジョシュアにはユークリッドに絶対に勝てない理由があった。


「斬れないわよね。ユリウスは、ファムを。できそこないの、最高のお兄さん。ふふふ……」


 二人は真っ赤に染まったジョシュアを背にし、その場から離れようと足を踏み出した。


「……ぐっぬっ、待て」


 だが彼は死なない。彼の身体はすでに、人ならざる身体。契約した相手である、セイレ・レナ・レイスの治癒の力がある限り、簡単には死にはしない。


「なっ……死んでない……!?」


「契約ですって……こっそり重婚してるんじゃないわよ……最低ねこの子」


 血を止め、傷を再生させ、歩く。ジョシュアの歩みは止められない。


「本気で殺しにきたなファム……もうお前を妹とは思わん。お前の手足を叩き斬ってでも、シリウスを取り戻す」


「首を落としなさいファム。そうしないと、死なない。本当に面倒な方向に強くなったわ……」


「……わかった。さぁ覚悟しろ兄さん」


 ユークリッドの周りに水の剣が浮かび上がる。その剣は全て彼女の方へと刃を向ける。剣を胸の前で構え、ユークリッドは眼を瞑る。


 彼女を貫く水の刃、彼女に触れるたびにその刃は水へと姿を変える。


 現れるは青い鎧。水でできた鎧、二股の深紅のマントを伸ばし、現れる青い騎士。


 ユークリッド・ファム・セブティリアン。その鎧化を果たした姿が、ジョシュアの目の前に現れた。


 対するジョシュアの剣はシエラに借りた曲刀。精霊の石もなく、鎧化をする術はない。


 だが彼は怯まない。


「来い。お前がやってることが正しいと、そう思うなら、通してみろ」


「……何も知らないくせに。説教くさくなったな……兄さん」


「子ができたからな。さぁこい。簡単にはいかないぞ」


 ユークリッドの周りに浮かぶのは青い剣、無数の剣。全てがジョシュアの方へと向き、刃は彼を貫かんと宙に浮く。


 ジョシュアは走り出す。曲刀を片手に。


 そして降り注ぐ青い剣。ジョシュアはその一本一本を叩き落し、致命傷を避け、進む。


「兄さんは、人だから、私たちについてこれないから。それならここで、終わった方がいい」


「終わらせてしまったら、生涯後悔しますよ」


「何!?」


 一閃、ユークリッドの鎧化した身体は、くの字になって空を飛んだ。


 彼女がいた位置に、男が剣を振り上げ立っていた。その剣は刃が返され、峰をもって彼女を打ったのだ。


 彼の背には赤い布が巻かれた剣らしきもの、赤い布を背負い、曲刀を振る彼は、ジョシュアがあの島であった男だった。


 ジョシュアは足を止め、彼を見る。


「ぐうっ!? 誰だお前は!」


「……誰あなた。ファムを飛ばすなんて」


 その男は曲刀を鞘に納める。黒い髪に黄金の眼。赤い布を背に背負った長身の彼は右手をジョシュアの前に広げた。


「動かないでくださいユリウスさん。あの赤ん坊は、今はファリーナたちに連れていかれた方が安心です」


「何を言ってる! カレナは斬られたんだぞ!」


「……大丈夫です。あの人は生きています。それとファムさん」


「え……」


「方法は一つしかないと思いこまないようにしてください。その赤ん坊は、確かに切り札でしょうが、そうはうまくいきませんよ」


「……何だと」


「さぁ行ってください。神種として産まれてしまったその子を守る手段は、確かにあなたたちが考えてる方法が今はベストです」


「ファム。ユリウスはもういいわ。急ぎましょう。それじゃあねユリウス。できそこないの、かわいい私の子」


「死にたくないのなら隠れててくれ兄さん。ここからは人や精霊の領域じゃない。もう兄さんは何もしないでいいんだ」


「待て! ふざけるな! 説明しろ!」


「ユリウスさん。駄目です。こらえて、僕が説明します」


「ふざけるな!」


 ユークリッドとマリィメアは背を向け走り出した。ジョシュアは謎の男に、腕を掴まれ彼女たちを追うことはできなかった。


 ジョシュアは怒りの矛先を変え、その男を殴り飛ばす。男は倒れ込み、土埃を上げた。


「お前は……何故邪魔をする。シリウスが……」


「大丈夫です。あの子は大丈夫です。それよりも殺されるところでしたよユリウスさん。ファムさんは知らないんですよ。あなたが使える治癒の力は、日に一回が限度だってことを」


「……何故それを知ってる」


「彼女はあなたを殺す気はなかったんですよ。最初の一撃、派手に血を出しましたが臓器は破損してないでしょう」


「……そうだ。さすがに臓器が飛ばされてたらあんなにすぐには治せなかった」


「あのままやっていたら、次は容赦されませんでしたよ。ファムさんは思ったんです。これで死なないなら大丈夫だろうと」


「なぜそこまでわかる。お前は何だ」


「もう一人救わねばなりません。ユリウスさん、手伝ってください」


「待て、説明してからだ」


「駄目です。ルクメリアが滅びますよ。急ぎましょうユリウスさん」


「何? おい、何だ……シリウス、ファム……母さん……何が起こってるんだ……」


 走り出した謎の男を追いかけて、ジョシュアは走った。頭の中をゴチャゴチャにしながら。

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