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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
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第3話 現れた島

 そこは、巨大な島だった。高い崖に覆われたその島は、緑が生い茂り、中央には巨大な木が生えている。


 島の端の森の中に、彼らは現れる。草をかき分け、辺りを見回すのは精霊騎士第8位ヴィック・ザイノトル。


 彼は周囲が安全であることを確認すると手を下げる。


「悪いがジョシュア卿。君は目立つ。ミリアンヌ嬢も同じだ。少し探ってくるから待ってろ」


「はい、お気をつけて」


 ヴィックは腰を落とし、まるで地面に溶け込むかのように草を分け消えていった。草をかき分ける音すらしない。完璧な隠密行動。彼が最高の斥候であるということを誰もが理解できるその動きに、ジョシュアは感心した。


「はぁぁぁぁ……これでザイノトル卿にまで知られてしまいましたわ私の石……何なんですのもう……まぁ金貨一箱貰ったからいいものの……」


「ミリアンヌ嬢、お静かに。何があるかわかりません」


「わかってますわ。といっても平和な感じですけど。ちょっとした南国旅行の気分ですわ」


 潜入任務でありながら、ミリアンヌは宝石がちりばめられたドレスを着て草むらの中に伏せていた。草の一本一本がドレスに突き刺さっても、ミリアンヌは気にもしない。


「抵抗があると言ってましたが、無いですね」


「確かに、まぁなければないで、いいのですけども。少しわたくし眠りますわ。ザイノトル卿が戻ってきたら起こしてくださいな」


「はい」


 そういうとミリアンヌは微妙に浮いて横になった。よく見ると彼女の身体は細い紐で空に浮いていた。器用だなとジョシュアは思った。


 ジョシュアは周囲の安全を確認すると、立ち上がって数歩歩いた。周囲には人の気配はない。


 草を見る。その草は彼のよく知っている草。生えてる植物はほとんどが人の世界の植物。きっとこの島は人の世界にあったのだろうと彼は思った。


 だがルクメリア王国はこの島を発見できなかった。何故かは考えてもわからないことがはっきりしていたので、ジョシュアは考えないようにした。


「やあ、来てましたね」


 唐突に、ジョシュアの背から声がした。彼は驚き、すさまじい速さで振り返ると、腰の白銀の剣を抜こうとした。


「ま、待ってください。戦う気はありません」


 ジョシュアが剣を鞘から抜こうとした時、その男は両手を上げ敵意がないことを示した。ジョシュアは剣から手を離す。


 その男は、背に赤い布を巻いた剣のようなものを担ぎ、腰には反った曲刀を下げていた。


「誰だ?」


「僕の名は……それよりも早くこの島から出て行ってください」


「何?」


「この島は人でも、精霊でもない者たちが住む島。あるモノを封印していた島。それがある者の存在のせいでこの世界へと現れてしまった。いいですか、この島には触れてはいけません。あなたにはまだ早い」


「……お前、俺を知ってるのか? あったことはあるか? その剣、ファムやシエラが使っていた剣に似ている」


「剣は……ある人に貰いました。ええ僕はあなたをよく知ってます。お会いしたのは初めてですが。あなたの武勇は世界のどこにいても聞こえてきましたよ」


「そうか、宣伝をした覚えはないんだがな。何か知ってるようだが、詳しく聞かせてくれないか?」


「すみません。詳しくは話せません。ただこれだけは聞いてください。もし、何かから逃げる時が来たら、南へと逃げてください。ルクメリア南の沖へ行ってください」


「何を言ってるんだ」


「お願いします。聞いてください。僕は、あなたにそれを伝えるためにここへ来ました。いいですね。僕には今はそれしか言えません」


「そうか。必死だな。だが誰かも話せないような者には従えないだろう?」


「お願いします。南ですよ。確かに言いましたからね」


「話を聞かないやつだな。誰だお前は」


「何度も答えましょう。今は話せません、と。頼みます。気に留めるだけでいいんです。行先に迷ったら南へ、南へ向かってください」


「……分かった。気にはしておこう」


「ありがとうございます。では」


「待てお前は」


 その男は頬むと、背を向け走った。その足は速く、みるみるうちに見えなくなった。彼の笑顔は何故かジョシュアには深く、心に残った。


「……何をしている。俺は出るな、と言ったぞジョシュア卿」


「ザイノトル卿」


 ジョシュアが振り返るとそこには複雑な顔をしたヴィックが立っていた。彼は自分の頭に手を当てると、溜息を一つつく。


「お前はまだ若い。だが精霊騎士だ。精霊騎士だからこそ、騎士として勝手な行動は慎め。お前を見る者はお前が思ってる以上に多い」


「はい、すみません」


「……ミリアンヌはどこだ」


「草むらで寝ています」


「……やれやれ、最近の若い騎士はどうなってるんだ」


 ヴィックは草むらに入り、何もない空間に紐を伸ばし、宙づりになって寝ているミリアンヌの腰を蹴った。一切の容赦もなく。


「ふうっ!?」


 一瞬ミリアンヌの腰が折れ、彼女は驚きながら地面へと落ちた。彼女に絡まっていた紐は彼女の身体をすり抜け、全て袖の中へと一瞬で吸い込まれていった。


「器用だなミリアンヌ嬢」


「ざ、ザイノトル卿……あなた、今わたくし蹴りましたわね?」


「さて、ではジョシュア卿、ミリアンヌ嬢。報告をさせていただこう」


「そこ流します!?」


「……まずは、前回俺がここへ来た時に抵抗してきた相手、仮に、原住民としておこう」


「普通に話し始めましたわこの人……レディを蹴っておいて」


「話の腰を折るな。それで、彼らだがざっと見た限りはいなかった。だが代わりに、バラバラになった死骸が向こうに転がっていた。血の色は赤、そして金、人と精霊種が混在しているみたいだな」


「精霊に近づいた人かもしれませんね。ゼインさんのように」


「ああ、あの、妻を三人娶ったあいつか。そうかもしれないな。判断はできんが」


「彼らが原住民でしょうか」


「かもしれない。だが不用意に憶測を混ぜるな。不確定なことは不確定なままにしておくべきだ。斥候は事実のみ伝えるものだ。覚えておくといい」


「はい」


「それと、奥には行けない。ミリアンヌ嬢すまんがどこでもいい、あの岩山を超えてみてくれないか」


「いいですけど、危険はないですわね?」


「それを知るためだ」


「わかりました。ではザイノトル卿、ジョシュア卿、少し行って参りますわ」


 スカートの端を持ち、ミリアンヌは深々と頭を下げる。そのままの姿勢で、彼女は消えた。


 空の属性は空間を飛ぶ。世界に類を見ないその属性は、彼女を思い通りの場所へと運ぶ。


「文字通り距離を縮めるかのようだ。便利なものだな。地形に突っ込まないのだろうか」


「突っ込む場合もあるそうです。危険すぎて精霊の長老は人には貸せないと言ってました」


「君の家に居候している彼女か。今更だが、精霊様と言って崇めていた者がああやって出てくると、不思議なものだな。普段は何をしているんだ君の家にいる精霊たちは」


「マーディ・ロナは家で本ばかり読んでます。最近は本を書くことに目覚めたのか、難しい本を書いてます。シエラとレイスは、普通に暮らしてます」


「そうか、特別変わらないものだな」


「そうですね」


 ヴィックはジョシュアとは眼を合わせない。一つも眼をあわせることなく、淡々と質問をし、淡々と会話した。


 彼は騎士としては異質な存在だった。名誉を求める騎士たちの中で、彼だけが自分を殺すことができた。つまり彼は戦場において、一度たりとも真正面から戦ったことがないのだ。


 敵地に忍び込み、知恵を巡らせ、敵戦力を削ぐ。ロンドベリア戦線では情報戦だけで神官兵の半数を無力化した。


 世界最高の騎士である精霊騎士において、彼は一人異彩を放つ。全ては勝って帰るために。


「……ただいま戻りましたわ」


 ミリアンヌが複雑な顔をして現れた。顔を伏せ、不思議な経験をしたかのように彼女は頭を傾ける。


「どうだったミリアンヌ嬢」


「ザイノトル卿が行けないといった意味。何となくわかりましたわ。あの木、巨大な木、あーなんだかもう、もやもやしますわぁ」


「ああ、やはり君も無理だったか」


「ええ、木に近づけないんですもの。何度飛んでも、何度飛んでも、距離が縮まらない。かといって戻ったらすぐ戻ってこれる……あーもう全然わかりませんわ」


「……どういうことですかミリアンヌ嬢」


「つまり、えーっと、あーどういえばいいんでしょう。つまりこう、前に進んでるのに地面が同じように後ろに下がってるという感じ? とにかく、進めないんですわ」


「お手上げだな。ジョシュア卿、ミリアンヌ嬢、この島は探索不能だ。どうやらまだまだ世界は広いらしい」


「一体この島は何なんだ。それにあの男は……」


「長居は無用だ。しばらくは監視に留めておこう。ミリアンヌ嬢」


「はいはい、では戻りますわ。わたくしの手を御取りになってくださいな」


 ミリアンヌの手をジョシュアたちは掴み、そして彼らは瞬きをする間に消えていった。


 新しい世界に現れた新しい島は、誰の侵入も許さない。巨大な木は全ての生物の侵入を防ぐかのように、そこに立っていた。


 ジョシュアたちが消えた跡を見る男がいた。赤布を巻いたモノを背にし、高台から見下ろす彼の黒髪は風になびいていた。


「……始めちゃったよ。叱ってくれるかな? どうだろ」


 彼は憂いを帯びた顔で、ジョシュアたちがいた場所を見続けていた。

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