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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第二章 黄金の世界
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第32話 そして新しい世界が始まる

 世界は繋がった。草原には翼を持つ生き物と、持たない生き物が互いに草を食べ合う。


 草花は混ざり、虫は飛ぶ。建物も、土地も、何もかもが今一つに戻り、混ざった。


 それは1000年ぶりの光景。青空を精霊たちは見上げ、道を歩いていた人は翼のある者と出会う。


 この日、世界の至る所で出会いが生まれた。


 そして、彼は――


「ジョシュア・ユリウス・セブティリアンよ。大儀であった。少し結果は異なったが、これで人が狂うことはなくなったのであろう?」

 

「はい、国王陛下」


 ルクメリア王国が城内中庭で、ルクメリア騎士団全騎士及び兵士の前で、国王はジョシュアに賛美の言葉を贈る。


 ジョシュアの姿はもはやボロボロで、その背に広がる紅布はもはや血と汚れでボロ布のようになっていた。


 そして輝く彼の右目、淡い黄金の光を放つ彼の眼は、彼が人ならざる者に足を踏み入れていることを周囲に伝える。


「その眼、視力はあるのか?」


「はい、昔よりも見えているぐらいです。右目で物を見ると少し色合いが違っていますが、特に問題はありません」


「そうか……ならばよいのだが、身体に異変はあるのか?」


「……特に異常はありません。むしろ体調がよくて、不思議な感じです」


「そうか、それでは、褒美を取らさねばならんな。リンドール卿とユークリッド、そしてミリアンヌよ。精霊会議にお前たちは出席していなかったが、例の件、承諾を得たい。よいな?」


「私は問題はありません。ユークリッド嬢も、ミリアンヌ嬢も異論はないね?」


「わたくしは問題ありません」


「右に同じ」


「うむ、ではジョシュアよ。このマントを受け取るがいい」


 国王が出すのは黒く、黄金の刺繍がされたマント。その刺繍はある形を成している。


 それは、精霊騎士の紋章。数字は13。


 ジョシュアはそれを受け取り、ボロボロの紅布の上からマントを纏う。


「ルクメリア騎士団精霊騎士12名及びラズグレイズ・ルクメリアの名の下に、ジョシュア・ユリウス・セブティリアンに公爵の爵位を渡し、そして精霊騎士13位の称号を与える」


「公爵? いや、それよりも、13位?」


「そうだ、本来、精霊騎士は12名しかいない。伝説に沿った称号であるからな。だが、貴公は新しい世界を創った男だ。精霊と人、世界を繋ぐという偉業を成した者に、過去に縛られた称号など似合わぬ。故に創った、13番目の精霊騎士。不服か?」


「いえ、国王が私のために創っていただいたものです。ありがとうございます」


「13はお主のみの称号だ。今までも、これからも、精霊騎士第13位は貴公だセブティリアン卿、いや、ジョシュア卿よ。誠に、誠に、よくやってくれた。全国民を代表し、感謝する。何か望みはあるか? 出来る限り叶えよう」


「では、一つだけ」


「うむ」


「精霊の世界は、嘗て王が支配していました。彼は不器用で、過激で、彼がいなくなったあとは、後継者争いから精霊の世界は、また混沌となりました」


「……ほぅ」


「今、その世界をランディルトが救おうとしています。彼は北の果ての城に戻って、戦いを始めています。国王陛下、ルクメリア騎士団を彼の下へ送ってください。人手が足りないんです彼には」


「わかった。早速明日朝一番で派兵しよう」


「ありがとうございます」


「……見事であった。さぁ戻ってきたところ呼んで悪かったな。家に戻り、疲れを癒すがいい。何度も何度も言うが、ありがとうジョシュア卿」


「できることをしただけです。では、失礼します」


「うむ」


 ジョシュアは王に頭を垂れると、黒いマントをひるがえし、城から出る。彼の通りに道にいる兵士たちは、騎士たちは、全員彼に向かって剣を胸に構え、敬礼をする。


 城門の外では白い翼と銀色の翼を持つレイスと、金髪をなびかせるシエラが立っていた。見慣れないレイスの姿に、道行く人たちは皆一度は足を止め眼を奪われる。


「レイス、シエラ、待たせたな」


「おっそかったなぁ。何かじろじろ見られるから居心地悪いっちゃ仕方なかったぞぉ?」


「お前は目立つからな。さぁ行こう。俺の家に。シエラも行くぞ」


「はい」


 ジョシュアたちは町を歩く。通る人は通る人皆立ち止まり、レイスの姿に眼を奪われる。


 町を歩く、ジョシュアの家がある貴族街に近づく、そして見えてくるのは生まれ育った場所、懐かしい場所。


 ジョシュアの屋敷、その屋敷の前で、黄金の翼を持つマーディ・ロナは椅子に座って本を読んでいた。


「おーおかえり。人の世界の本面白いのぉ。物書きの才能は圧倒的に人じゃな。文化って素晴らしいのぉ」


「マーディ・ロナ、本当に住む気かここに」


「とーぜんじゃ。弟子のレイスがここに住むというとるし、お前の嫁もいいと言ってくれたしの」


「幼精たちが寂しがるんじゃないのか」


「そのうち幼精も呼ぶわい。家の庭に小屋作らんといかんしな」


「……賑やかになるな全く。カレナは?」


「二階、お主の息子のところ」


「ああ、わかった」


 ジョシュアは黒いマントをマーディ・ロナの前の椅子に頬り投げると、家の扉を開く、見慣れた光景が彼の目に飛び込む。


「おーっと、シエラとレイスはここいとれ。空気読んだれ空気」


「あ、そうですね。レイス」


「……ちぇっ」


 ジョシュアは一人、家に入る。そこに漂う匂いも、赤い絨毯も、何もかもが彼の記憶通り。階段を上り、少し広くなった二階の角の部屋の前にジョシュアは立つ。そして彼は、扉を開けた。


「ん? あ、おかえり。王様の話は終わったの?」


「ああ、カレナ。やっと休めるよ」


「そう、着替える間もくれないなんて大変だったわね。ほらこっちに来て。顔を見せてあげて」


「わかってる」


 ジョシュアは後ろ手に扉を静かに締めると部屋の中央に置いてある小さなベッドへと歩いた。


 そこには小さな赤ん坊が静かに寝ていた。ジョシュアは静かに微笑むと、ベッドを覗き込んだ。


「寝てるじゃないか。顔を見てくれないぞ」


「しー、見てくれなくてもいるだけでいいものよ」


「そうか、そうだな」


「ミラルダさんが、手伝ってくれたのよ。産むの。まぁ後から考えるとかなり恥ずかしいことされた気がするけど、痛くてそれどころじゃなかったしね。うん」


「もっと早く帰りたかったが、まぁ、帰ってこれたから文句は無しだな」


「それで? その眼は結局大丈夫なの?」


「今は大丈夫だ」


「後は大丈夫じゃないの?」


「マーディ・ロナもわからないと言ってる。俺にもわからんし、きっと誰もわからんさ」


「マリアさんは? ねぇどうなの?」


『こんなの初めてだからね。わかんないわ』


 ジョシュアの腰に光る剣が二人に語り掛ける。精霊の世界にあった力を吸いつくした影響で、白銀の剣に眠るマリアの記憶は意志を伝えてるまでになっていた。


「やったのはお前だろう。俺に何が起きたか説明してやってくれ」


『力を吸っただけよ思いっきり王の力を。あと勘違いしないで欲しいんだけど、私あくまでも記憶だからね。本人じゃないのよ。だからマリアっていう名前もなんか違うっていうか……まぁお父さんがつけてくれた銘に文句ないけどねぇ』


「全く、無責任だな」


『何とかしろって言ったから何とかしたげたんでしょ。全くもう、とりあえず大丈夫でしょ。駄目だったらもうすでに身体が爆ぜてるわよ』


「怖いこと言うなお前……だそうだカレナ」


「あんなに清楚そうな感じだったのに実際喋ると意外と軽いのよねマリアさん」


『生前はよく言われました』


「本当に魂ないのかお前は」


「ふぅ……っと、駄目駄目、静かに静かに、この子が起きちゃうわ」


「おっと、そうだな」


 カレナはベッドで眠る赤ん坊に手を伸ばす。カレナの指は小さな手に握られて、彼女は優しく微笑む。


 その顔につられて、ジョシュアも微笑む。そしてボロボロになったマントを下すと、ジョシュアはベッドに身を乗り出した。


「……俺の子か。実際見てしまうと、なんていうか、そうだな。不思議なんだが、こう愛しいもんだな。まさかこんな気持ちになるなんてな」


「あたしも、数年前は出産とか、結婚とか全然想像もできなかった」


「そうだな。そうだ、こいつの名を決めてきたぞ」


「あ、やっと名前つけてあげれる? 名前ないと意外と不便だったのよね。で、何?」


「こいつの名は、ジークだ。ジークフレッド」


「あ、それいい。結構好きよ」


『えっその名前』


「マリアもいいと言ってる。いい名だろ」


『……そうね。凄く、真っ直ぐに生きそうね』


「じゃあ決まりねジークフレッド」


「カレナ、お前の方は何と名付けるんだ。真ん中の」


「シリウス。もう決めてあるの」


「そうか、悪くない」


 ジョシュアは赤子の、ジークフレッド・シリウス・セブティリアンの頬を優しく撫でる。触れた手から伝わる暖かな体温に、ジョシュアは生を感じた。


「……カレナ、ありがとう。ただただ、俺は、幸せだ」


「ありがとうはこっちの台詞よ。あたしは、幸せです。ありがとうジョシュア。本当にありがとう」


 ジョシュアとカレナは子供が眠るベッドの横で優しく口づけをする。長い長い口づけを。


「で、レイスさんとのご関係は? これからたっぷり教えてもらいましょうか?」


「……何?」


 人の精霊は今日この日より、共存の道を歩む。それは王が、ジークフレッドが目指した世界。


 空は高くて青い。その空に、翼を持つ小さな精霊が飛んでいた。まるで世界を祝福するかのように。



 

 二章 黄金の世界 完

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