第30話 黄金の世界
――何故、元通りになる。何が駄目なんだ。
世界は完全に黄金の光に包まれ、都市では獣と化した市民が暴れていた。ある町でも、獣たちが暴れまわっていた。
「くそっ! ケーナたちは出るなよここから! どうすればいいんだこれ! せっかく世界中飛び回って飛ばされた人集めてきたのによ!」
「ゼイン殺しちゃ駄目よ?」
「わぁってるよ! 騎士は市民を殺さないんだ! 俺が獣になっちまった奴も、後ろで震えてるやつも、俺の嫁さんも、子供も、みーんな守ってやるよ! サリシャ手伝えよ! 500歳だろ年季見せろ!」
「歳のことはいわないの。さぁ、伊達に長老様の弟子してなかったわよん」
「へっさすがは俺の嫁さん、いっくぜぇ……! ボコボコにして動きを止めてやるぜ」
世界のいたるところで、精霊たちは獣と化し、傷ついていた。
だが、だがしかし、彼らは知っている。絶望することはないと。
ロンディアナ騎士団の騎士たちは、自分が獣になることも顧みずに皆を守る。力のある精霊たちは、己の力を皆を守るのために振う。
嘗て災厄は誰一人抵抗することはなかった。精霊たちに抵抗する知恵を与えたのは王。王とその仲間。絶望の世界の中で、王が成したことは確かに、形となって残っていた。
王の前に立つは世界最高戦力。ルクメリア騎士団が精霊騎士。そして、白銀の騎士。
「ヌル・ディン・ヴィング!」
ジョシュアは空に向かって竜を呼ぶ。竜はそれに呼応され、舞い降りる。
「ヌオオオオ! すっかり元通りになったなジョシュアよ!」
「さぁ、皆乗るんだ」
騎士たちは竜へと飛び乗る。先頭に白銀の鎧を着たジョシュア、その後ろに騎士が三人。
「マーディ・ロナ! 二人を頼む!」
「わぁっとる!」
精霊竜は空へと舞う。轟音を発して、空は黄金に光、その中を竜は舞う。
「ジョシュア君、あのレディたちは君の仲間かい?」
「ええ、まぁ」
「君既婚者だろ? 全く、困ったやつだね」
「そういうのではないです」
「兄さん少し説明してくれないか? 私たちはこっちへ来たばかりなんだ。ミリアンヌとあっちこっち飛んでたけど、実質三日も経ってないんだ。ヌル・ディン・ヴィングが見えたからやっとつけたけど」
「……下にいる獣は敵だ。あと上に飛んでる王も敵だ。全部倒さねば精霊が全部死ぬ」
「簡潔すぎないか兄さん」
「事実だ」
「そうか、まぁ……簡単に言えば全部斬ればいいんだな兄さん?」
「そうだ。余すことなくな」
「分かりやすくていい。それじゃ私は下のやつをやる。リンドール卿と、ミリアンヌ、三人で三等分でいいか?」
「この海みたいにいる獣の三分の一かい? ユークリッドさん半分やってくれないかい? 大会優勝したんだから余裕だろ?」
「何だ、まだ根に持ってるのか? 今年も私が勝ってしまったからな」
「ははは、まぁね。昇進はできたけど、最後に負けたらなんかこう、気持ちいいものじゃないよね。ねぇミリアンヌ嬢」
「わたくしは勝敗などどーでもいいですわ。賞金も十分いただきましたし、最後にユークリッドさんに負けたのは忘れました。忘れましたとも」
「ミリアンヌが忘れてても、私が優勝、お前が準優勝。それは変わらないぞ?」
「全くもう、生まれつき貴族は性格が悪くって困りますわ」
「成金女がそれを言うか? 全く、それじゃ兄さん。いってくる」
「ああ、やってこい」
曲剣を握り、ユークリッドはヌル・ディン・ヴィングの背から飛び降りる。黒い獣の海に向かって両手を広げ、彼女は舞い降りる。
空に現れる水色の刃。ユークリッドの身体の周りに現れたそれは、彼女を抜き去り、高速で地面へと降り注ぐ。
それは雨ような水の刃。その刃は全てを貫く。雨の下にいた獣たちは細切れになった。
水の刃に遅れてユークリッドは着地する。高所から降りたとは思えないように勢いを殺して、フワッと着地する。
ユークリッドは舌を少しだけ出し、剣を抜く。剣を胸の前で構え、右に振る。
無数の水の刃が彼女の周りに出現する。
ユークリッドは走る。獣の中を走る。水の刃を八方へと撃ちだしながら。彼女が通る道にいる獣たちは全て、細切れになって消えていった。
そして二人目、グラーフ・リンドールは剣を抜き、首を左右に二度鳴らす。
「さぁーて、ちょっと運動するかな。僕も降りるよジョシュア君。ああそうだ、僕結婚したんだ。一か月前に」
「おめでとうございますリンドール卿」
「ルードの医者してた娘でね。それはもう美人なんだ。君の奥さんにも負けないと僕は思っている。今度会わせてあげるよ」
「楽しみにしてます」
「ははは、では、また後で」
グラーフもまた、同じように飛び降りる。空中で彼の周りに火が起こり、一瞬の内に彼は燃え上がる真っ赤な鎧姿になった。
そして、現れる炎の馬、空中で彼はそれに飛び乗り、空を滑空する。燃え上がる炎と共に。
落ちれば、地に着く。着地すると共に赤き炎の馬の足から炎が舞い上がる。獣たちは一瞬の内に身を焼き、あっという間に炭となる。
グラーフは馬上で剣を構える。現れる無数の炎の馬。
全ては同じ動きで、横一列に並んで走る。馬に踏まれた獣たちから順に灰へと姿を消していく。
「でぇは、わたくしですわね。ユークリッドさんたちがいないからこそ言いますが、わたくし気乗りしませんでしたのこの世界へ来るの。どーせ足に使われるだけですし」
「そうですか」
「でも景色はいいですわね。できれば観光したかったですわ。ジョシュアさん、あなたあとで旅のお話してくださいな。特に風景とかのお話が聞きたいですわ」
「いいでしょう」
「ふふふ、ではまたあとで」
ミリアンヌは長いスカートを両手でつまみ、丁寧にお辞儀をするとその姿を消した。
現れたのは眼下の獣たちの中、ミリアンヌは両手の爪を口にくわえると、手を下す。口に残ったのは刃が着いたつけ爪。一本一本が細いワイヤーで手に繋がっていた。
その数左右十本。腕を腕を下げると地面にその爪は触れる。
ミリアンヌは勢いよく腕を左右に広げる。爪は弧を描き、空へと舞う。
そして、爪は空間を舞い、空間を移動し、獣たちの頭に突き刺さる。まるで紐遊びのように。十体の獣は頭を貫かれ白目を剥く。
ミリアンヌは腕を消す、足を消す、顔の半分を消す。空に腰駆けるように指から伸びる紐をひたすらに伸ばし、空間を舞わせる。
獣たちはミリアンヌが飛ばした爪に貫かれ、そこに繋がれる紐に切断され、次々と細切れになっていった。
世界最高戦力と呼ばれた精霊騎士が三人、獣たちの中心で、彼らは敵を切り裂く。次々に、次々に。
その殲滅速度は圧倒的で、次々と黒い獣たちは姿を消していった。
「……なんつーやつらじゃ。負けてられんな」
そして置いて行かれたマーディ・ロナは黄金の翼を広げて獣たちの下へと出る。
「レイス、手伝え。お前はもう光で変異することはない。契約を果たしたんじゃからの。純潔を捨てた女子の強さみしてみぃ」
「な、生々しいって! で、何すればいいんだよ?」
「ワシの杖を一本かしてやろう。魂結晶が埋められておる。ワシと同じようにしてみるんじゃ」
「わかった」
二人は翼を広げ獣たちの前に立つ。マーディ・ロナの四枚の黄金の翼。レイスの白銀の翼と白い翼。
獣たちは二人に気付く。牙を剥き、爪を立て、彼女たちを切り裂こうとする。
「言うとおりに発動させるんじゃ。表、まずは二つ、火と大地」
「火と大地……これかぁ?」
「狙いは中心……発破ッ!」
獣の中心で、二つの爆発が起こる。獣たちはそれに驚き、爆発の中心にいた獣は消し飛んだ。
「次! 水と火! 発破!」
二人は杖をくるりと回す。マーディ・ロナの声でまた爆発が起こる。今度は水蒸気爆発。獣がまた数を減らす。
「返して三つ! 火と水と大地! 発破!」
またくるりと杖を回す。爆発が起こる。今度は爆破の範囲が広く、獣たちを広範囲で吹き飛ばす。
「よぉしいいぞ。今度は破壊力をあげるぞ。四つじゃ。雷と火と水と大地。発破!」
二人は並び、同じ動きで杖を回す。爆発は雷光を伴い、また威力を上げる。
「基本五つ! 狙いはやや上空、雷と火と水と大地に風! そーれ舞い上げろ!」
杖を回す。火柱が舞い上がり、獣たちが飲み込まれていく。
「カーハハハ! 何か楽しくなってきたぞ! やるではないかレイスや! 裏行くぞ裏! 横にして裏属性三つ! 空と吸引と切断!」
杖を横にして、発動させる石三つ。眼に見えない刃が獣たちを細切れにする。
「全部いってしまうか! 回せ回せ! 表裏合わせて9つ! 雷、火、水、大地、風、空間、吸引、切断、光!」
くるくると回される二人の杖、光と共に、獣たちは次々と体内から爆ぜていく。
「レイス! お主天才じゃな! ここまでできるやつはいなかったぞ!」
「どーも、何かもうよくわかんなくなってきたなぁ……全然疲れないし……」
マーディ・ロナたちは次々と獣を消していく。二人の石の前に、獣たちは近づくこともできない。
物陰から見ていたシエラは、唇を噛みその様子を見ていた。
「先生たちが戦っているときに、私は……」
「シエラ、おい、こっちみろおい」
「はっ?」
シエラが振り向いた先には、箱、数個の石が入った箱。そして黄金の髪を持つランディルトが剣を握り立っていた。
「ち、父上! ご無事で!」
「ああ、なんとかな、100個以上あった石もあとこれだけだ。シエラ、最後の踏ん張り、一緒にやるか?」
「は、はい!」
「へへへ、そう来ると思ったぜ。ほれ、父が残した石をお前にやろう。これは俺の腹違いの兄の魂結晶だ。父の死別した子の石だ。もちろん属性は光、いけるだろ?」
「はい!」
シエラは箱の中からいくつか石を取り、岩陰の外へと飛び出した。
ランディルトとシエラルド。親子二人で白い鎧を纏う。
互いに頷くと、マーディ・ロナとレイスを通り越し、二人は獣の群れへと斬り込んでいった。
閃光となってランディルト達親子二人は獣たちを切断していく。
四方八方、獣たちは次々となぎ倒されていく。歩くだけの守護騎士も巻き込み、獣の海を彼らはどんどん押しかえてしていく。
そして、空の上、精霊竜の背の上でその光景を見ていたジョシュアは顔を上げた。目の前には黄金の翼を持つ精霊の王。彼は無言で大剣に槍の柄がついた武器を取り出すと、ジョシュアをみる。
「王よまた会ったな。さぁお前もヌル・ディン・ヴィングの背に来い。こいつの背は無駄に広い」
「おいおいジョシュアよ。ワシを斬るなよ?」
「ふ、相手に言うんだな。邪魔者がこないようにしてくれよ」
「やってみよう」
王はゆっくりと羽ばたき精霊竜の背に降りる。ヌル・ディン・ヴィングが空を飛ぶ獣を攻撃するたびに、左右に少し揺れる。
ジョシュアと王は竜の背にて再び対峙する。竜の揺れを膝で吸収しながら。
白銀の騎士は白銀の大剣を掲げ、王は巨大な武器を掲げる。
瞬き、汗、呼吸、音。
一つずつ消していく。必要な仕草だけを残し、ジョシュアは静かに王の眼を見る。
ヌル・ディン・ヴィングの背が安定した。
王とジョシュアは互いに踏み込む。大きく振るわれた互いの武器は、刃の根で互いにぶつかり合う。
竜の背は揺れる。互いの剣を打ち合い、互いに力の限り押し込む。
「ぬうううう!」
押し込み合う。力はほぼ互角、一度は力負けした相手だったが、レイスとの契約によってジョシュアの肉体は活性化されている。
王が刃を滑らす。ジョシュアはその動きにつられ、片手を離してしまう。
ジョシュアは片手を持ち替えて剣の腹を向ける。その一瞬で、王の巨大な剣はジョシュアの大剣に食い込んだ。
「……遊びは、終わりにしよう王。小細工では俺は倒せない」
王はにやりと笑う。彼の肉体はきっと、戦いを楽しむ記憶が残っているのだ。
王はジョシュアから離れ、手を広げる。それは王の力、境界を操る力。
ジョシュアの白銀の鎧は、王の手のひらに力を吸われ形を失う。白銀の鎧は砂となって消え去る。
銀色のヘルムが解け、現れるジョシュアの顔に、一切の恐怖心なし。
王は襲い掛かる。その巨大な武器を振り回し、暴風が吹き荒れるように。
空高く舞う竜は斜めに傾く、王は一つも怯まずにジョシュアに襲い掛かる。空を滑るかのように。
ジョシュアはそれを受ける、白銀の大剣を生身で構え、暴風に対して真正面から。
そして、交差する。
結果は、結果は同じ。ジョシュアの身体は強くなったわけではない。王は弱くなったわけではない。
弾ける鮮血、ジョシュアの腕は今、空へと舞う。王の剣は鎧の無いジョシュアには防ぐことはできない。
だがここからは違う。ジョシュアはすぐさま飛ぶ自分の腕の切断面を、肩側の切断面で受け止める。
彼が契約した精霊の娘の能力は、治癒。本来ならば数百年、数千年は生きなければ発動できないその能力は、レイスのその過酷な半生と、その深すぎる愛情で開花した。
ジョシュアの切断された腕は繋がる。一瞬で、淡い光を放って。
王は、王の記憶を持つ肉体は、その光景に――――動きを止めた。
「むん!」
次に飛んだのは、王の両腕。王の武器ごと空へ舞い、それは竜の背から零れ落ちた。
ジョシュアは、すぐさま剣を返し、王の胸に光る石を貫かんと剣を繰り出す。
触れればすべてが終わる、石に向かう白銀の大剣は、今まさに王の胸を貫かんとした。
その瞬間に、空は割れた。
「うっ!?」
突き出されたジョシュアの剣は空を斬り、一瞬のうちに王は空高く舞い上がった。
「……素晴らしきかな。人の力」
「くそっ! ヌル・ディン・ヴィング! 上だ上!」
「黄金色に汚された空を、私はずっとみていた。始まりのあの場所へ、私は」
「ヌオオオオ! 何だこの波動は! 上がれんっ!」
「ヌル・ディン・ヴィング上がれ! また何かするつもりだ!」
「王は、玉座に、精霊よ歌え、人よ歌え。我が覇道、我が夢、我が生涯」
「ヌオオオオオオ! 羽ばたけぬ!」
「想え、我が心、想う、あの日の夢、友よ見てくれ。これが、これが」
「ヌウウウ……!」
「くそっ……くそ! これ以上は! これ以上はもう無理だ! 聞こえてるのか!?」
「黄金の世界」
世界のヒビは、今割れる。ガラスのように、世界に空の欠片が降り注ぐ。
王は黄金の鎧を纏い、黄金の翼を広げ、斬られた腕も再生し、光が差さない場所は無いほどの黄金の光の下、王は君臨する。
獣たちは蒸発する。その光の中で、世界中の精霊も、同じように消えかかる。仲間であるレイスの身体も、マーディ・ロナの身体も、シエラの身体も。
「せ、精霊が消える! 精霊たちが消えていいのか!? 最後の最後でぎりぎりで! 前も出てきただろう! 何度も出てきただろう! だったら、だったら!」
精霊は今、全てが光になろうと――
「何とかしろマリアぁぁぁぁ!」
そして世界が光になろうとして、それは止まった。
王は全ての精霊と言う境界を壊した。それは存在すらも曖昧にする。王の最後の暴走。
だが止まる。
無意識に握られたジョシュアの左手の中。白銀の剣が、マリアが握らせたその手の中に、その暴走を止めた答えがある。
それはルクメリアの国王より授かったもの。無属性の精霊の石。
ジョシュアの腕を借りたマリアは、その石を白銀の剣に押し付けた。
石は形を変え、透明な線となって、白銀の剣に溶けて混ざった。
ジョシュアは剣を掲げる。空高く。
剣に集まるのは黄金の光、世界中に充満した精霊の魂。その光。
剣に走った透明の線はみるみるうちに色を変え、黄金の線となる。白銀の上に乗った黄金の模様。それは白銀の剣が、精霊の魂を吸った証。世界を覆う有り余る力を全て吸った証。
当然、その担い手のジョシュアの身体にも影響はある。ジョシュアの右目は色が抜け、黄金の輝きを発するようになる。人の身でありながら、精霊の魂を宿す存在へと彼は変わる。
ジョシュアは剣を掲げる。高く、高く。世界中の黄金の光はその剣に集まり、ジョシュアの身体に集まり、そして形を成す。
それは、白銀の上に黄金の線が走る鎧。
そして伸びる巨大な白銀の翼。
銀の上に黄金を塗り固め、巨大な銀色の翼を持つその姿。精霊の世界を覆う精霊の力を全て凝縮させたその姿。
後世は、彼をこう呼んだ。『黄金の王』と。




