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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第二章 黄金の世界
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第29話 落日は昇日の為に

 ――結局、成したものは無に帰したのだろうか。




 王は空に、無数の黄金の騎士を携えて、眼下には黒き獣、全ては前へ、ただ前へ。


 王は行きたい。ただ行きたい。あの場所に、あの場所に、あの場所に。


 故に王は命ずる。全ての者へと命ずる。進めと、進めと。


「はぁっ……はぁっ……ヌル・ディン・ヴィング、悪い、連れて行ってしまうかも、しれない……」


「自分が消えかける感覚は何とも言えんな。契約の代償。だが、まだ早かろう?」


「そうだ、まだ早い。鎧も解けた、剣も戻った、血は止まらない。だが、まだ早い」


「足掻け。それが、お前らしい」


「王を斬る、まだ早い」


 竜は舞う、紅き布をはためかせ、彼はその背にて前を向く。


 腹部に巻かれた布からは赤き血が滴り落ち、竜の背を染める。血と共に抜けていく何かを必死に抑え、ジョシュアは前を向く。


「ヌル・ディン・ヴィング、近くまででいい、俺を、王の上から落とせ。もはや俺は跳べない」


「……うむ、分かった。悔いの無い様にせよ」


「悔いになるが、できれば、子の名を決めてやりたかった」


「そうか」


 決死の覚悟というよりも諦め。ジョシュアの切り裂かれた腹部はすでに痛みは無く、内臓が露出しないのはそのものが半分無くなっているから、致命傷と呼ぶにふさわしい傷口。


 黄金の光の中で、輝く王の上で、ジョシュアは剣を掲げる。日の光を反射させ、その白銀の剣は光り輝く。


 最後の一刀、それを確実に振り下ろすために、彼は竜の背から落ちようと背から首の根へと歩く。


 そして、躊躇なく、思考もなく、彼は足を空へと踏み出そうとした。そして彼はふと、何気なく顔を上げた。


 そこには白銀の翼を持った女性、どことなく自分の妻に似た雰囲気を持ったその女性は、両手を広げ彼を制止する。幻と呼ぶにははっきりしすぎていて、ジョシュアはその姿を見て、空へと出した足を引いた。


「本当に足掻きたいのならば、やめなさい」


 はっきりと声が聞こえた。彼女の声は、幻ではなく、はっきりとジョシュアの耳に届いた。


「悪いが、話す体力も勿体ないんだ」


「この状態で、王に剣など届かない。わかるでしょう?」


「……やってみないと」


「わかるでしょう? 死にたくないと思ってる心があるなら、最後まで死なないようにしなさい」


「……どうしろというんだ。ほっとけば俺は死ぬ。自分でもわかる。王の一撃は、俺の中から大事なものをいくつか吹き飛ばした」


「あなたは死なない。降りなさい、降りて、会いなさい。あなたの大切な人に、とても良く似た娘に。彼女は持ってる、あなたを生かす方法を」


「お前は誰だ?」


「私は記憶、あなたの剣の元になった記憶、彼女であって、彼女ではない。私は記憶」


「……わけがわからないが、タイミングを逃した。言うとおりにしてやるが、そのまま死んだら恨むぞ」


「たっぷり恨みなさい。慣れてるわ」


 言い終わると、ジョシュアが瞬きをする間に彼女は消えた。ヌル・ディン・ヴィングは中々飛び降りないジョシュアに疑問を抱き、首を傾げた。


「どうしたジョシュアよ。時間は無いぞ」


「気が変わったヌル・ディン・ヴィング、俺を降ろしてくれ」


「何?」


「あそこで派手に暴れてるのは、マーディ・ロナだな。レイス、近くにいればいいが……あそこに降ろしてくれ」


「死ぬ前に女子に会いたいと? そんな男だったかお前は」


「違う、あいつが俺を治せる。治れば、もう一度やれる。俺は同じ奴には二度負けない」


「……ほぅ、ワシが消える前に頼むぞ」


 獣たちの中心で、四枚の黄金の翼は右に左に、ひらひらと飛びまわる。その羽ばたきに追従するように、地は爆破され、水は獣を断ち、雷は獣を撃ち、そして土は獣を落とす。


 精霊の長老は世界最高の魂の使い手。その小さな手をかざせば獣は砕ける。


 爆風を伴って、ヌル・ディン・ヴィングは獣を踏みつぶしながら彼女の後ろに降りた。


「む? ヌル・ディン・ヴィングどうしたんじゃ? 消えかかっとるぞ」


「ワシのことはいい。それよりも」


 ヌル・ディン・ヴィングが言い終わるよりも早く、ジョシュアは彼の背から落ちた。受け身を取ることもなく、その巨体は地面にぶつかり派手に土埃を上げる。


 もはや立つことはできない。獣たちの中心で、彼は倒れ込みながらも強い眼光で、マーディ・ロナを見る。


「ジョシュアか!? な、なんじゃその状態!? ちょっと待て、ええと、待て、ワシの石……あーくそっ全部ランディルトにくれてやったんだったっ! せめて止血できる石、属性の組み合わせを……」


「こいつが、レイスなら治せると言ってる。本当か? いや、本当であってくれ。どこにいる」


「こいつ? お主の剣が? 何言って……なっこれはラングルージュの娘!? なんとお主持っとったのか!? 気づかなかった……っていうか気にもしてなかったのぉ……あーそうか白銀、友人、そういうことか……」


「急いでくれ。もう一歩も動けない。意識が飛んだら、きっと戻れない」


「そんな怪我しとるのにはっきり喋れるとは……お主獣なみじゃの生命力。どれ飛ぶぞ、ヌル・ディン・ヴィング一歩も進ませるなよ獣たちを」


「うむ」


 マーディ・ロナはジョシュアを抱える。目の前が揺れ、そして一瞬の内に景色は移動する。


「便利じゃろう空の魂結晶。やらんぞ? む、いかんな冗談すら聞けぬか」


 マーディ・ロナは岩陰にジョシュアを引きずり込む、赤い血が線となって、黄金の光の中で一際目立っていた。


「せ、先生!? どうしたんですか!?」


「ジョシュアお前ぇ……」


「傷を見るぞ。シエラとレイスは手伝え。レイス、お主の母の、再生の石貸すのだ。ワシが治す」


「あ、うん、これ……」


「シエラ、剣で布を切れ」


「はい」


 ジョシュアの腹部を覆っていた布は、シエラの剣で一度二度、引っかけるように破られる。やぶれた先から溢れる赤い水、血の色。


「こ、この赤いの、血ですか? 人の血」


「色以外は同じもんじゃ、身体の構造も同じじゃ。いつも通りやればいい。布を剥がせシエラ」


「は、はい……うっこれは」


 シエラが見たのは赤い血、ぱっくりとわれる腹部、そして腹部の空洞。


「……思った以上じゃ、どうやって動いてたんじゃこれで。臓物が無い。この傷、王の武器か? シエラは傷口を抑えとけ、レイスはワシを手伝え、丁寧にせねばならん。レイス、レイス?」


 レイスは立ち尽くす。ジョシュアの傷口を見て、誰もが思う絶望的な傷口、普通ならば即死しているような傷口。


「これ、お前殺したくは無かろう? ならばはっきり見ろ、前を見ろ。まだこやつは生きとる。だがもうすぐ死ぬ。ならばどうする?」


「手伝う、手伝う。ごめん……何をすれば?」


「だが再生の属性は元には戻せぬ。うーむ……せめて形だけでも……辛いの、どうにも……息をするだけの人形になってしまう可能性が高い……治癒の石は、もうないんじゃよなぁ……」


「治癒の属性って、あたしは治癒じゃなかったっけ? つかえない?」


「お前は若すぎる。石が体外に露出すらしとらん。それでは密度が足りなさすぎる。例え命懸けで取り出したとしても、使う前に欠片となるであろう」


「駄目? ぐぅぅ……」


「よしやるぞ。とにかく傷を埋める。レイスまずは……」


『まずは、彼と契約しなさい。ただ治すだけでは駄目、元通りにしないと』


「……何か言うたかレイス?」


「え? いや、えっ?」


 唐突に聞こえた女の声、レイスとマーディ・ロナにだけ届いたその声。それは白銀の剣から漏れる、主人を失いたくないと願う声。


 マーディ・ロナは少し考え、そして手をジョシュアの傷口から離した。真っ赤に染まったその手を、彼女はレイスの方へと伸ばす。


「……契約するか? こやつと」


「えっ? それしたら、どうなるの?」


「お前の全てと、こやつの全てが繋がる。お前の治癒の魂結晶はこやつの魂に触れ、力を得る。逆にこやつはお前の魂に触れ、こやつができもしなかったかのような力を発揮するであろう」


「いいこと尽くめじゃないか! どうやってやるの?」


「だが失敗したら、死ぬぞ。今この場で」


「はっ?」


「……レイス、私は、契約は勧めない」


「シエラ? どういうこと?」


「契約は本来、巨大な魂を持つ精霊竜とその主人がやるものだ。小さな魂結晶しか作れない者だと互いに汚染されて死ぬ。耐えきれないんだ互いの魂に」


「さすがにシエラは知っとるか。そうじゃ、ワシ並みに力があればなんとかなるが、シエラやお主だときっとジョシュアの魂に押し負けて死ぬ」


「それじゃ……」


「ワシの見立てじゃと、レイスの才能は素晴らしいものがある、成功する可能性はあるが、どうかの」


「やめるんだレイス。私は、友人に死ねとは言えない」


「……でも成功したら?」


「この傷など簡単に治る。それどころか自然治癒力も高まるであろう。きっと、よっぽどのことではないと死ななくなるぞこやつ」


「じゃあ、いいじゃん。やろう。どうせほっといたら死ぬんだし。どうせ、死んだら、つまんないってあたし。生きてる意味ないって」


「……であろうなぁ。では方法だが」


「待てレイス! いいか? 精霊の契約っていうのは、今では危険すぎてされなくなったが、本来男女の魂の契約は、数千年連れ添った者たちが、やっとできる最高の婚姻の証。それぐらい困難なことなんだ! 16にしかなってないお前ができるわけないだろう!? 長老様も何をやらせようというんですか!」


「シエラ、言いたいことはわかる。だがの」


「死なせるか! 先生や、私は騎士だ。死ぬときは、死ぬ! だがレイスは、レイスは騎士じゃないんだ! あんなに辛いことがあって、それで、自分もってあんまりじゃないか! なぁレイス、やめるんだ。私は、お前には幸せになって貰いたい。心の底からそう思う」


「シエラ、ありがとう、でも、決めたから。それに婚姻って、最高じゃん。ますますやる気になっちゃった」


「馬鹿お前……契約した者は、互いに命も繋がるんだぞ。自分が死ねば相手も死ぬ。生涯に一度の、命懸けの……!」


「シエラ、決めたから、ありがとう」


「くそっ。なんで、そんなにお前……」


「それで、どうするの?」


「そうじゃな。うむ、互いに魂結晶が体外にでとらんし、血の交換でやるか。古典的だが確実じゃ。レイス、お主の手を少し切ってジョシュアの手に、いや、もう傷口に手を突っ込め、面倒じゃ」


「え、えぐいなぁ……わかった。シエラ、剣を貸して」


「……勝手にしろ」


 レイスは言われたとおりに、シエラの剣の刃を手のひらで握り、金色の血を流す。そして震わせながら、彼女はジョシュアの傷口にその手を添える。


 手が当てられ、待つ。ゆっくりと、互いの血が少しずつ、体内にはいるように。


 唐突に、突然に、レイスはめまいを覚えた。それは意識を飛ばすかのように。


「レイス!? 長老様やはり!?」


「いや、違う、これは」


 レイスは見た。ジョシュアの中にいる二つの何かを、一つは精霊竜ヌル・ディン・ヴィング、そしてもう一つ。


 それは銀色の翼を持つ、美しい女性。彼女は手を広げ、レイスを守る。ジョシュアの力に押し潰れさない様に、逆に押しつぶしてしまわないように。


 レイスの白い翼は、片翼の色が変わる。それは銀色に、ジョシュアの魂の色に引っ張られるように銀色に。


 そして唐突に、レイスの意識は表に引き戻された。


「っはぁっ!? あ、え? 終わった? えっ? あたしの翼、色変わってる。片方だけ」


「……すんなりいったの。思った以上に。よしレイス、ジョシュアを治……って治っとる。なんじゃお前、本当に天才か?」


「レイス、大丈夫か? 痛くないか?」


「大丈夫、全然、なんか、変わった気がしない」


「そうか……失敗したのか?」


 シエラが複雑な顔をしていると、ジョシュアは眼をカッと開き、そして飛び起きた。血で真っ赤に染まった服の下には綺麗な肌色の肉体が覗く。


 ジョシュアは驚きながら、口を開いた。


「失敗はしていない……まさか、こんなに完全に治るとは。しかもこの感じ、溢れるようだ力が。レイス大丈夫か?」


「あ、うん。大丈夫。って普通あたしがお前に言う言葉じゃん。だいじょうぶー?って」


「そうだな。俺は大丈夫だ。これだけあれば、次は勝てる」


「……なぁジョシュア、ちょっとだけ、さ。互いに考えてること、わかるよね?」


「……そうだな」


「あたしもちょっとだけ、わかるよ。ジョシュア、いたんだな、お嫁さん」


「ああ」


「そっか、当たり前、っていったら、当たり前か」


「……お前がいなければ、きっと俺はこの旅、ここまではこれなかった。俺は感謝している。わかるだろう?」


「わかるよ。わかる」


「カレナが俺の太陽だとしたら、お前は俺の月だ。お前が照らしてくれたから、俺の夜は明るかった」


「あたしも、楽しかった。この旅」


「今、偽物の月を叩き壊してやる。お前のために、お前の生きている世界は、俺が救ってやる」


「うん、一生ものの傷、あげたんだから、それぐらいしてよね」


「それぐらいと来たか。いいだろう」


 ジョシュアは白銀の剣を地面に突き立てる、地面は一瞬でジョシュアを覆い、そして白銀の鎧に姿を変える。


「俺はお前のためならば、すべてをそれぐらいで片づけてやる」


「それ、私たちも手伝おう」


 そして白銀の騎士の背に現れる、三人の騎士。ジョシュアは振り向き、騎士の名を呼ぶ。


「……やっときたのかファム。一回死にかけてから来るとはな」


「兄さんごめん、ミリアンヌが道全然知らないから……」


「知るわけないでしょうわたくしが……はぁ」


「リンドール卿も、来てくれたんですか」


「うん、まぁね。女性2人と両手に花で旅ができると思ったら、いきなりわけのわからない獣に襲われてさ。何が起こってるんだい?」


「説明は、後にしましょう。とにかくあそこで暴れてる金色の騎士と獣は敵です。できる限りこの辺りで排除してください。町まではいかさないように」


「わかった。ユークリッドさんも、ミリアンヌ嬢もいいね?」


「ああ」


「よろしくてよ」


 騎士たちは集う。王の軍勢の前に、決戦は、黄金の光の中で。彼らは今、力を振るう。


 顔も知らぬ、名も知らぬ、その者たちのために戦えるからこそ、騎士。四人の騎士は今、王へと挑む。世界を救うために。

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