第28話 災厄の日
――黄金の世界は全てを飲み込み、そして消える。それは王の夢。
世界は今、黄金の光に包まれていた。暖かな光は大地に降り注ぎ、外にいる者から心が無くなっていった。
「いかん! 岩陰に隠れろ二人とも!」
マーディ・ロナはその小さな手で二人の同行者を岩陰に引きずり込んだ。そして翼の一枚に手を突っ込むと、二つの石を取り出し二人に渡す。
「長老様、一体何が、いきなり光が……」
「手を出すんじゃないぞシエラよ。レイスも、光に直接触れれば獣となるぞ」
「あ、あたし少し浴びたんだけど……」
「純血の精霊は少しは耐えれる。レイスは大丈夫じゃ。だがの……それも程度の問題じゃ」
「どうします長老様」
「どこまで広がっておるか、それが問題じゃがこの感じ、一気に広がってるの、ん? あれは……」
マーディ・ロナがみた先で、黄金の騎士が12人歩いていた。ゆっくりと、獣を携えて。
彼らの歩む先は草原の先、精霊の住む町。
「……そうか、そういうことか。災厄、そして王の記憶。あやつめどこまでも寂しがりやなやつじゃの」
黄金の守護騎士は、王を守る。
一方、空に浮かぶ王の城。城の壁を壊して、最強の竜は最高の騎士を携えて城へと乗り込んでいた。
「ヌウウ……さすがに城の中ではワシは動けん」
「ヌル・ディン・ヴィング、ここまででいい。すまんが後ろから来るやつらを相手しててくれ」
「うむ、ジョシュアよ急ぐのだ。空より見えていたであろう、この光、世界の果てまでも照らしておる。どういう仕組みかは全然わからぬがよいことはおこらんぞ」
「わかってる」
「では後ろに纏わりついとるやつらをやっておこう。何、ワシにかかれば飛ぶ獣など、ただの食糧よ」
「変なものは食べるなよ。カレナに怒られるぞ」
「ヌハハハ、そうであるな。それではな!」
竜は城を壊し、飛び立つ。空を飛ぶ獣が待ち受ける中へと竜は飛ぶ。獣を薙ぎ払い、彼は空に君臨する。
それを背に、白銀の鎧を纏った騎士は城へと足を踏み入れる。一度は来た場所、彼は迷うことなく壁を砕き、玉座へと急いだ。
そして、再び王の前へと立つ。黄金の座にて、黄金の騎士を携え、王は座にて待つ。
「いい加減金色すぎて眼が疲れてきたな。王よ今度は全力で、あなたの胸を貫く。お覚悟を」
ジョシュアは白銀の大剣を構え、王とその護衛をする騎士たちの前で腰を落とす。
護衛の騎士たちは、守護騎士たちは、王の守護をする者たち。初めて彼らは目の前の敵に対して構える。その構えは12人それぞれで異なる。
王が立ち上がり、手を上げる。王の声は発せられずとも、その仕草のみで騎士たちは動く。黄金の鎧を輝かせ、彼らは走り出す。白銀の騎士を排除しようと走り出す。
黄金の輝きは一様に、動きは多様に。
最も動きの速い騎士が真っ先に襲い掛かる。最初にジョシュアに襲い掛かったのは、短剣を両手に握る者。
左右から繰り出される短剣の鋭さに、ジョシュアは眼が追い付かなかった。だが彼にはそれは関係のないこと、短剣を鎧で受けると白銀の大剣を払い、短剣の騎士を斬る。
斜めに分断されて消えゆく騎士の後ろから、槍の穂先が突き出される。ジョシュアは柄でそれを下に落とすと、その勢いで柄を引いて剣先を前に向ける。
そして突き出される大剣、槍の騎士は頭を貫かれる。無残にも分断された頭から、騎士は消える。
ジョシュアが前に出る。双剣の騎士は横に滑るように、刃を向けてジョシュアの歩みを止めようとする。
一刀、それだけで双剣は砕け、騎士は消える。
黄金の騎士は、次々となぎ倒されていく。白銀の鎧を纏う者にとって、黄金色の騎士は相手にならず。
守護騎士は黄金の光の下では不滅、それは王の記憶故に、だが場内は、黄金の光は無く、騎士たちが復活することはない。
ついに対峙する。王と白銀の騎士。王に刃向かうことそれ即ち反逆の騎士。
王は、王の身体は、それに対しての行動をとる。それは大きな、大きな刃を持ち、そして柄の長い武器、槍と大剣の中間のような武器。
黄金の翼を広げ、王はその巨大な武器を片手で握る。高速で右に振り、左に振り、王は武器を構える。
それは嘗て伝説の騎士として名を馳せた男の姿そのもの。ジョシュアは今、神域に至った男と対峙しているのだ。
「友よ、もはや我が肉体、動かすことはできぬ。どうか、嘗てのように、私を負かしてくれ。負かしてくれ……」
王はひねり出すように声を出した。その声はジョシュアの胸に響く。
ジョシュアが返すのは言葉にあらず。白銀の大剣を握り、彼は王に応える。
王は巨大な武器をまるで小枝を振るかのように振り回す。
踏み込む、二人は踏み込む、一瞬で互いの距離は縮み、そして間合いに入る。それは剣の間合い、決死の間合い。
振る、互いに武器をかちあわせる。武器同士が触れる音、その音で王座の後ろにあった巨大なステンドグラスは砕け散る。
赤、青、黄、様々な色のガラスが降り注ぐ中、彼らは一心不乱に剣を打ち合わす。互いの巨大な武器をガンガンと打ち合わせるその光景は、まるで巨人が殴り合うかのような無骨さを醸し出す。
王は柄の末端を持ち、武器を振りまわす。遠心力を伴って、すさまじい勢いで振られた武器は、受け止めたジョシュアの身体を吹き飛ばす。
連戦に次ぐ連戦で疲れ切ったジョシュアの身体は、白銀の鎧を通して響くその衝撃に一瞬気が飛ばされそうになった。
王はその隙を逃さない。黄金の翼を羽ばたかせ、踏み込むというよりは低所を滑空するかのようにジョシュアに襲い掛かった。
文字通り飛び掛かってくる王の一撃に、ジョシュアは一瞬冷や汗をかいた。迫りくる王の武器は辛うじて横に向けられた白銀の大剣に受け止められた。
そしてギリギリとジョシュアは押し込まれる。彼が全力で押し返しても押し返せない。それは彼にとって初めての経験。
たまらずジョシュアは足が出る。大剣に添えられた手と片足、全ての力を込めて一気に押し返し、ジョシュアは王の武器から逃れる。
距離を取った時にはジョシュアはすでに息が上がっていた。
「つ、強い……ロンディアナよりも……! これが、精霊の王。世界を一時は征服した男の剣。鎧も着ずにこれか」
王はその美しい顔をジョシュアに向け、再び剣を構える。
「我が友よ、境界は、わかれ」
「何?」
「人は、精霊は、共に、友に」
「何を言ってるんだ?」
王は構えを解き、手を突き出す。ジョシュアの方へ右手を突き出す。そしてその手は光る。
その瞬間に、ジョシュアの白銀の鎧は砕け散った。
身体から抜ける鎧の力、その感覚にジョシュアは少し、少しだけ恐怖した。
白銀の剣は未だ大剣の状態でそこにある。だがジョシュアの身体にはもう鎧は無い。
王は構える。武器を構える。条件は同じ、互いに鎧無し。だが鎧の力があっても尚、押され気味だったジョシュアには分が悪い。
王は飛び掛かる。鎧無しにみる王の動きは圧倒的で、彼が初めて真正面から負けたロンディアナの時の一戦を思い出されるようで。
『逃げなさい! 一人じゃかなわない!』
誰かの声が聞こえるようで。
ジョシュアは集中した。一撃でも喰らえばそれで終わり、鎧の無い身体に王の武器は耐えられない。
王の武器が振り下ろされる。ジョシュアは受け止める。斜めから受け止める。
思い出す、ロンディアナと、ランディルトの動き、力を流し、腕の力を残し、王の武器と自分の剣を流す。
王は姿勢を崩す。深くは斬る必要はない、ジョシュアの剣はまだ大剣。触れれば致命傷は相手も同じ。
ジョシュアは王の肩に向かって大剣を振り下ろす。鎧の補助がなくなって、いつも以上に重さを感じるその剣を、ジョシュアは振り下ろす。
白銀の大剣は王を襲う。王を斬る。
だが斬れない。当然のように、巨大な武器を使う者ならば当然のように、王はジョシュアの剣を最低限の動きで受け止める。受け流したはずの巨大な武器は、いつの間にかジョシュアの剣の前にあった。
ジョシュアは――諦めた。自分が考えられる最高の動きを、こんなに簡単に受け止められたのだ。
赤い血が飛ぶ。ジョシュアの腹部は、大きく切り裂かれた。
「くっ……くそっ……ここで、終わる、か……」
王は倒れるジョシュアを見もしない。鎧を解いたことで、彼に興味が無くなったのか。王はジョシュアにとどめを刺すことなく、ジョシュアに背を向ける。
その背に、数本の小さな刃が刺さる。牽制用にジョシュアが持っていた飛刀。小さなナイフ。
王の黄金の翼から羽が数枚落ちる。王は、背に刃が突き立てられても振り返ることはない。
「終われるか……まだ、まだ大丈夫だ、倒れん、王の石、俺が、砕く」
王はジョシュアの言葉を受けとめない。羽ばたき、金色の羽を落としながら、王は割れたステンドグラスを潜ってその場から離れた。
光が差し込む、黄金の光が。ジョシュアは流れ出ようとする腹部の血を深紅のマントを切って縛ることで強引に止め、王を追う。
白銀の大剣は、ついに力を失い、白銀の剣へと姿を戻した。
今にも気を失いそうなその出血の中で、ジョシュアは呼んだ。己の友人を。精霊竜を。
「内臓が飛び出ないだけ、まだ大丈夫なのか? ぐ、ぐっ……まだ負けてない。まだ負けてないぞ俺は……」
そして王は外の世界へと現れる。
世界中の精霊は気を失い、弱きものは身体を変異させ、町は、精霊は、今、まさに全滅しようとしていた。
そう、これこそが精霊の世界を覆う、災厄。今日は災厄の日。その黄金の世界は今、終わりを迎えようとしていた。




