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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第二章 黄金の世界
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第26話 災厄の日 悲海

 空を羽ばたき、世界が移る。


 老いないのならば、省かねばならない。永遠の命はありえない。精霊の数は災厄によって制限される。


 空間を裂き、彼女たちは村に着く。レイスの生まれ故郷に着く。


「あー……こんな時だけど懐かしい……ちょっと綺麗になったかな村」


「随分さっぱりした村だな。ここがレイスの故郷か」


「さっぱりっていい意味だよなぁシエラぁ」


 レイスは村を見回す。半年ほどではあるが離れていた自分の村。見慣れたはずの村は彼女の眼には何故か新鮮に感じられた。


 ふとレイスは眼を止める。そこには畑を耕す青い翼の男。汗にまみれ、せっせと鍬を振る男がいた。


「おーいライオ! 姉ちゃん帰ってきたぞぉー」


「ん? お、姉ちゃん! 何だよ帰ってこないと思ってたぞ!」


 その男、レイスの弟であるライオは姉の顔をみると鍬を掘り投げ、レイスの下へと駆け寄った。畑を踏み荒らさないようひょこひょこと踏み場を確かめながら。


「ひっさしぶりだなぁ姉ちゃん。そっちの二人は?」


「姉ちゃんの友達のシエラと、精霊の長老様だぞライオ。こんながきんちょでも一万歳以上だぞ? 世の中ひっろいよなぁー」


「まじかよ! そりゃ四枚も翼できるよな!」


「生まれつきなんじゃが翼は……」


「彼は、レイスの弟か? 随分と大きい弟だな」


「まだ14なんだけどなぁ。恋人もいるし、何かもういろいろ早いんだよなぁ。そういえば、ナデアとはどうしたんだ?」


「ああ、あいつは今うちで飯作ってるよ。一緒に暮らしてるんだ今」


「おっまえ、早いんじゃないの?」


「男おっかけて家飛び出る姉ちゃんに言われたくないね」


「なっ、おっまえなぁ」


「へへへ、あれ、その、あの剣士様はどうしたんだ?」


「ちょっと仕事中、ってやつかなぁ」


「ふられたんか?」


「ちっげぇよばぁか。まだ何もしてないしふられる以前の問題だって」


「んな格好してるくせにうぶいなぁ姉ちゃんは……」


「黙ってろっての。今に見てろよぉ」


 ライオは笑う。村の一角で、遠くでは災厄が起こってるなど知る由もない彼は心の底から笑う。レイスはそのまま彼に笑っていてほしいと思ったのだろうか、彼女も同じように笑おうとして、笑った。


「レイスぅ、それでどこにあるんじゃ無属性の魂結晶」


「あー……あるかは知らねぇぞ。あっちにさ、屋敷がみえるからさ、あっちにあるんだ」


「そうかぁ、再会を楽しむのもワシはいいとは思うが、今は時間がない。いくぞ?」


「わぁってるよ。じゃあなライオ、あたし行くから……元気でね。お前は料理もうまいし、きっといい家庭作れるわ」


「ああ? 何言ってるんだよこれで会えなくなるみたいにさぁ。っていうか口調戻ってるぜ」


「……そうだなぁ、それじゃ、またあとでな」


「おう、姉ちゃんも身体大切にな」


 レイスは白い翼を少しだけ広げ、弟に対して微笑む。手を少しだけ振り、別れを告げる。


 そして、景色は移る。一瞬暗くなったと思ったら、もうそこは目的の屋敷。大きな屋敷。レイスにとって二度と訪れたくない屋敷。


 領主の屋敷。


「……レイス、私は自分で言うのもなんだが鈍い方だ。その私がわかる。レイス、何をそんなに、思い詰めてるんだ? 友達だろ? 私にいってみてくれないか?」


「シエラごめん、気をつかわせたなぁ。あのさ、ごめん、手を繋いでくれないか? 気持ち悪いかもしれないけどさ。あたしは、こ、ここは……」


「ああ、いいぞ。それぐらいならな」


 領主の館の真ん中で、レイスはシエラと手を繋ぐ、互いの白い指が繋がれる。


「ふむ、ここでなんかあったのかの……それで、レイス、お主の心当たりはどこにあるんじゃ? 気持ちのいい場所ではないのだろう? なればさっさと取っていこう」


「……この庭にさ。埋めたんだよ。いっぱい、いっぱい。あたしは、心が弱いからさ、無理だからさ、あたしの代わりにジョシュアとライオが埋めたんだよ。二人で、いっぱい、いっぱい。一晩掛けて」


「うむ?」


「その時のことはジョシュアは一言も言わないんだ。でも、必ずいるはずなんだ。どこかに。ここは、ここにいた領主が、ここら周辺の村から、女たちを攫って死ぬまで抱いては、捨てていた場所。土の下に行くまでは、野ざらしで捨てられていた場所。毎日誰かが捨てられる、最悪の場所」


「すまない、レイス、ロンディアナ騎士団が、我々がもっと早く知っていれば……」


「シエラには罪はないわ……だから、いるはずなんだよ。一人や二人」


「……そうか、子を宿して死んだ女がおるってことか。ひどいのぉ」


「あ、あ、あたしの母も、ここで子、つくっ、うっ」


「レイス、もういい。お前は屋敷から離れてるんだ。あとは私と長老様がやる。なっ? 全てに向き合う必要はないんだ。そんなことができるのは、鉄の心を持ったものだけだ。きっと先生もそう思って、お前には何も言わないんだ」


「いや、いや……見ないと、見ないと駄目。あの時は、逃げたから、次は見ないと。でないとあたしは、彼の傍に立てない」


「……そうか、わかった。もう私は何も言わない。長老様、ここら一体掘り起こしますか?」


「いんや、さすがに墓を暴くようなことはしたくはないからの。ここに埋まっとるというならば、何とでもできる。すまんが集中させてくれ」


「はい、長老様」


 レイスの強く握るその手に込められた思いに、シエラは握り返すことで応える。ただただ強く二人は手を握り合う。


 もう誰もいない屋敷の中で、四枚の黄金の翼は輝く、どこからともなく杖を出した精霊の長老マーディ・ロナは地面を二度三度と杖で打つ。


 土の上でコンコンと音が響く、マーディ・ロナは眼を瞑りその音に集中する。コンコンと、音が鳴る。


 その音がシエラの心を落ち着かせる。音が鳴り続ける。


「……数えるものきっついわ。なんつー数じゃ。どれもこれも身体の損傷……っと、すまぬ。ワシはすぐに口に出してしまうのぉ」


 マーディ・ロナは杖を地面へ突き刺す。彼女の翼が輝く。


「あった。無属性の魂結晶を持つ子じゃ。む、なぜこやつだけ……母体を上に出すぞ。レイス、よいか? きつければ引いても良いのじゃぞ。よいのか?」


 レイスは俯き、強くシエラの手を握る。シエラは手を引こうとするが、それを拒むかのようにレイスは手を引き返した。


「……出して。早く」


「そーか、年寄り臭いかもしれんが、辛いことから逃げることもまた、勇気ぞ。では出すぞ」


 マーディ・ロナは杖を掲げる。空間が裂ける。大きく縦に、大きく横に。


 そして現れる真っ白な翼を持った女性。その身体は煌びやかなドレスに身を包む。


 精霊は死してもその身体は腐敗しない。生きてるかのようなその女性は、マーディ・ロナの杖の先で浮いていた。


 レイスは見る。その真っ白な翼を。レイスは見る。その女性の顔を。


「ば、馬鹿な、長老様。この顔!?」


「はぁ、言っとくが、偶然じゃぞ。きっついのぉ、あーきっついのぉ」


 レイスは眼を見開く、瞬きすら忘れて、その女性の顔を見る。零れる涙は、彼女の頬を伝う。


 ――その顔は、レイスと瓜二つ、誰が見ても空に浮く女性はレイスの母親だとわかるだろう。


「あ、あ……そんな、やっぱりいた、いたぁ……!」


「……レイス、いや、くそっ言葉が見つからない」


「ワシも長生きしてるがなぁ……」


 レイスは涙を流す。もはや止めることは誰にもできない。シエラも、マーディ・ロナも、止めることはなかった。




「レイス、服、着替えろ。」




 唐突に、ジョシュアの言葉が彼女の頭の中で響いた。




「何で? これでいいじゃん。帰ってから着替えればさぁ?」


「何でもだ。早く着替えろ。」




 あの夜の会話をレイスは唐突に思い出した。そして見上げる。自分の母を見上げる。


「そっか……ジョシュア、あのドレス、ママに着せてくれたんだ」


 レイスは自分の母の着ている服が、自分があの夜に着ていた服であることに


「一人で、ライオにもきっと知られないように、着せたんだ。それが一番いいって思って……それで何も言わないって……こんな機会がなかったら、あたしが知ることはなかったなんて、そんな、そんなの」


 レイスの母は死しても尚、美しく着飾られて、その翼は白く、レイスの翼も白く、ただその姿に、生前の姿のままのその姿に、レイスは十年ぶりに会った母親に、顔を向けた。


「ばぁーか、かっこよすぎるんだよぉ……」


 そしてレイスは手を伸ばす、母親の亡骸に向かって手を伸ばす。


 レイスの手が母親の手に触れた瞬間に、レイスの母の胸から石がこぼれた。その石は真っ白で、光沢があって、まるで白い宝石のようで。


 その石を拾うレイスの手は、石の白さにも負けないぐらいに白く透き通っていた。


「……魂結晶か、もらっとけ。その色、最上級の石じゃな。属性は……いや、野暮かの。お主の母親も世が世なら、素晴らしい才能を発揮していたであろうな」


 レイスは石を握る。石が弱く光る。枯れた屋敷の庭に花が咲いた。


「……再生、何と優しい属性じゃ。レイスよ、無属性の石、取り出すぞ。よいな?」


「うん」


 マーディ・ロナが杖でレイスの母親の亡骸をぽんと叩くと、石が空へとあらわれた。それは無色透明の、小さな石。


「レイスよ。次は失敗するでないぞ。ほれ、母親の目の前で、最高の仕事をしてみせぃ」


 マーディ・ロナは透明の石と、水色の石をレイスに渡す。レイスは迷うことなく、その二つの石を片手で持ち、胸の前で握り込んだ。


 レイスが手を広げると、無色の石はうっすらと水色に輝いていた。


「……半分、これでいいかぁ?」


「じょーできじゃ。シエラの制御いらなかったの」


「とーぜん、ママの前で、失敗なんてできないって」


「次は固定、固める属性を移す。ほれ、これじゃ。同じように半分移してみせぃ」


 今度は黒い石、レイスは躊躇せずそれを握り、透明の石へと色を移す。その手際にシエラも驚きを隠せなかった。


「……汚い色だなぁこれ」


「完成じゃ。集めて固める魂結晶。これで王が死しても力だけなら吸収できるじゃろう。よぉやったなレイス。そしてよい子を産んだなレイスの母よ。また地の中で、今度は永遠に、眠るがいい。精霊は永遠、故に墓標は無い、だがワシは、ここに墓標を作ってやろうと思う。しばし待っとれよ」


「……さようなら、ママ。」


 レイスが別れを告げると空に浮いていたレイスの母はまた空間の中へと帰って行った。


 マーディ・ロナ地面をポンと叩き、そして振り向く。


「さぁー戻るぞ。今度はひとっとびじゃ。参るぞ」


「はい、長老様。レイス行こう、先生たちが待ってる」


「わぁってる。あたしも、やるだけやってみるって」


 レイス達はマーディ・ロナの肩に捕まる。そして一瞬でまた空間を飛んだ。


 そして、一瞬で戻る。ジョシュアと、ランディルトが戦うその場に。


「……!? なんじゃこれ!? も、もたなかったのか!?」


 戻った時、彼女たちは見た。


 黒い海が見える限りすべてを覆いつくそうとしている光景を。

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