第22話 金色の城
黄金の月は地に降り注ぎ、大地には黄金の丘ができあがる。
丘は形を作り、それは現れる。
「……城? 城だ。相当でかいぞ」
「王は玉座に、か。本当にそこしか知らんのじゃなぁ……」
黄金の城、王の旗が立てられたその城は、何もなかったその草原に光り輝く。
「ヌオオ……あれは、ジョシュアよ。降りるか城に?」
「ああ、ゆっくり頼む。城から少し離してくれヌル・ディン・ヴィング。
「うむ、しかし相変わらずこの世界の空気は、重いな。ワシはやはり向こうが好きだ」
「俺は綺麗で好きだがなこっちも」
精霊竜ヌル・ディン・ヴィングは空をゆっくりと降りる。竜の背に立つジョシュアとは対象に、レイスとシエラは背にしがみ付く。
「何て巨大な竜なんだ。ロンディアナ騎士団が持ってた竜なんぞ子供じゃないかこれに比べると……先生は何でも大きいですね」
「何で立てるんだジョシュアぁ……」
「慣れだ。それじゃマーディ・ロナ、月はどうなったんだ? 話してくれ」
「うーむ、まぁ、まず心配しとるだろうから言っておくが、月が落ちたのは特に問題は無い。魂結晶は簡単には砕けん。まだ王の胸に輝いとるだろうのぉ」
「上から下に落ちただけで、王に会いやすくなったということでいいのか」
「うむ、わざわざ上に行かんでも会える分、楽になったの。つーぎーに、ランディルトがやろうとしてることじゃが、シエラには悪いが、あやつはもう壊れとる。昔はもっと、男前だったんじゃがな」
「……あの時、はっきりわかりました長老様。昔の父上ならば、あんなに軽々しく殺せとは言わなかったでしょう」
「何があったのかはわからんがな。案外娘が家出したのがショックだったのかのー」
「あいつの感情などどうでもいい。何をしたんだあいつは」
「あやつは、あやつらは王を蘇らせようとしてた。王の力によって集めに集められた精霊の力で魂結晶の中の魂を呼び起こしてな。まぁーできんけどな! クハハハ! ばっかじゃのー!」
精霊の長老であるマーディ・ロナは精霊竜の上で器用に笑い転げた。その黄金の翼がバタバタと竜の背を叩くたびにシエラは複雑な顔をした。
「それが本当だったら私の半生なんだったんだ……」
「はぁー……って笑いまくったらあいつ顔真っ赤にしてな。盛大に口喧嘩よ。あの頃はまだ友人じゃったからのぉ。ワシも相手してやったもんじゃ」
「それで、意地になってやったのか? その結果がこれか?」
「違う、あやつはさすがに聞く耳持ったようだの。方法を変えよった。王の魂はすでに天へ昇ってしまったのならば、代わりを入れようとな。まー月が落ちたのは月の中心から王が取り出されたからじゃ」
「……そうか、話を聞いてもまだわからんが、ランディルトが必死になるほど王が欲しいのか。支配されたいとは変わった想いだ」
「うーむ、まぁあいつなりに何かを掴んだかもしれんな。さぁ、あの城の中に王はおる。ランディルトは王を剥がしはしたが、掴み損ねた。きっと今は城の中で右往左往しとるだろう。さぁ、どうするかの? お主の声を聞かせてくれぃ」
「ならば迷うことはない。ランディルトよりも早く王の亡骸を手にする。死んだ者にさせるのは酷かもしれないが、王には意地でも世界をつなげてもらう」
「うむ、お主その決断力、王になれる器かもしれんな」
「ヌル・ディン・ヴィング、さっきのは無しだ。直接城につけろ」
「うむ、暴れてやれジョシュアよ。人の世を救ったその力、精霊共に見せつけてやるがいい」
精霊竜は空を舞い、黄金の城へと向かって飛ぶ。
大地はゆっくりと近づき、黄金の城が眼前へと迫った。巨大なヌル・ディン・ヴィングが小さく見えるほどの巨大な城。その目の前に精霊竜は降り立った。
ヌル・ディン・ヴィングの背からジョシュアたちは飛び降りる。マーディ・ロナもゆっくりと地面へと降りる。
「ジョシュアよ、ワシは入れん。ここで待つ」
「ああ、世界を繋げたら真っ先に家に連れてってもらうぞ」
「わかっとるわ」
ジョシュアたちは城の門の前に立つ。ジョシュアは剣を持ち、門に手を掛ける。
門は固く閉ざされていたが、ジョシュアが門を押すとそれはゆっくりと開いていった。
「……招き入れてるのか?」
「かもしれんなぁ。さーてどうするジョシュアよ。ロンディアナ騎士団はきっとお前らを見ると襲ってくるぞ」
「だが時間がもったいない。これだけ大きい城だ。危険かもしれないが手分けしよう。俺は……いや俺は一人でいい、レイスとシエラは二人で行動しろ」
「はい、レイス邪魔はするなよ」
「邪魔なんかするかよぉって」
「マーディ・ロナどうする? 帰るか?」
「ワシも行こう。暇じゃしな」
「そうか、それじゃレイスについていてやってくれ。レイスは戦えないからな」
「わぁった、任せぃ。ワシはすっごい強いから期待しとけ」
「こんなちびっこに守られるほどあたしは弱くないぞっ」
「では行くか。お前たちは右、俺は左だ」
「はい、では、先生、どちらが先に王をみつけるか、競争ですね」
「そうだな、無理はするなよ」
「はい、それじゃあ行くぞレイス、長老様は後ろを守ってください」
「うむ」
「そんじゃまたなぁジョシュア」
レイスが白い翼と手を振り、シエラとマーディ・ロナと共にジョシュアとは別の道へと分かれていった。
三人を見送り、その影が見えなくなった後、ジョシュアは白銀の剣を抜いた。
「マーディ・ロナは気づいていたな。あえて何も反応しなかった。さて、では、続きと行こうかランディルト」
「ああ、待ってたぞジョシュアよ」
ジョシュアが振り返ると、黄金色の鎧を着たランディルトが立っていた。片手には漆黒の剣。周囲には誰もいない。彼一人でそこに立っていた。
「ランディルト、お前何か別に狙いがあるな?」
「ははは、気づくか。お前は意外と聡明なやつだな」
「買いかぶりすぎだ。俺は頭はよくない。だがお前の行動には違和感を感じた。お前はシエラを自分から離そうとしていた。何かをするのに、自分の娘を巻き込みたくないのか? わざわざ俺に敵わないフリまでして」
「そうだ。俺はあいつだけは死んでほしくない。俺のただ一人の娘だからな。だからあいつが月に着くのを待ってからこの城を創った。これであいつは、俺が悪だと理解しただろう。しかしよくわかったな親の気持ちなど」
「わからんさ。だが、あれだけあからさまなことをするからな。シエラは素直なやつだ。大分苦悩していたぞ」
「まったく……ジョシュア、お前は手ごわい奴だ。俺の作戦、壊れかねない。さぁて、やるか。悪いがここで死んでもらうぞ」
「悪いがランド、お前の作戦ごと叩き斬らせてもらう」
「言うねぇ。やっぱり騎士って最高だなぁおい」
ランディルトは光を放ち、真っ白い鎧に身を包む。
ジョシュアは剣を地面に突き立て、白銀の鎧に身を包む。
そして現れる深紅のマント。両社共に深紅を背に、それぞれ形を変えた剣を握る。
二人は互いの眼を見る。最初に動いたのは、ランディルト。
月の上でのランディルトとは別人の動き、まさに閃光。その動きはロンディアナに匹敵する。
ジョシュアは迫りくる剣閃を一歩も動かずに鎧と剣で受ける。光は彼を容赦なく貫く。
当然のように、白銀の鎧は傷一つつかない。
「やっぱり、な。よし、遊びは終わりだ。いいか?」
「……手を抜くな。いいな? お前の技で来い」
「ふ、わかるよな。いくぞ」
ランディルトは構えを変える。剣を掲げる。
ジョシュアは白銀の大剣を胸の前で構える。一点をみて、集中する。
息を吸う、吐く。
そして二人は、人の眼には映らなくなった。
「うおおおおお!」
「ぬおおおおお!」
二人が叫ぶ、剣を合わせる。一瞬剣を合わせて、一瞬で切り返し、一瞬でまた剣を合わせる。
響く金属の音、一合ごとにその音は大きくなっていく。
ジョシュアが右下からえぐるように剣を振り上げれば、それは下から払われ、ランディルトが真上から剣を振り下ろせば、それは真正面から受け止められ。
彼らの動きは圧倒的で、破壊的で。
ジョシュアの剣が壁を砕く。破片がランディルトの鎧を打つ。
「速いな。ランド」
「お前は力が強いな。ジョシュア」
きっと、彼らは敵同士なのだろう。きっと、彼らの目的は互いに交わることはないのだろう。
剣はぶつかる。そこに憎しみは無く、苦しみもなく。
白銀の鎧は少しだが、傷がついていく。その傷一つ一つがランディルトの強さを示している。
白い鎧は剥がれるたびに修復されていく。ジョシュアの白銀の大剣がまともに入ればランディルトの身体は吹き飛ぶ。だがランディルトは一つも怯むことはない。
一瞬で死ぬという状況下でも尚、ランディルトは笑みを浮かべた。
「楽しいなぁ! なぁおい!」
「変わったやつだ、だが、悪くない。悪くないぞ。この世界へ来て初めて俺は思いっきりやれてる」
「そりゃどーも! でもなぁその硬い鎧なんとかしてくれねぇかな! 勝てる気がしないぜ! なぁジョシュアよ! 関節も硬いなんてかすり傷負わすのも一苦労だ!」
「お前の身のこなしも、何とかしてくれないか? 俺の剣が一つもまともにあたらん。まるでロンディアナとやってるみたいだ。少し、頭にくるぞ」
「ははは、はははは!」
二人は黄金の城の中で剣をぶつけ合った。まるで訓練のように、一撃一撃をぶつけ合った。
その剣は城を壊しながら、彼らは上に下にと縦横無尽に飛び回り剣をぶつけ合った。ランディルトの野望も、ジョシュアの目的も今は無い。
彼らはただ、斬り合った。それは全てが止まる斬り合い、それは全てが動く斬り合い。
王は、玉座にて、彼らを見ていた。




