第20話 老いのない長老
氷の中心で、その島だけは、陽に包まれていた。
極彩色の花々が咲いている。小さな精霊は笑い、空を舞う。
小舟から伸びる足が、砂浜に足跡を残す。
「何これ……別世界じゃん。あぁったかい」
「不思議なところだ」
レイスとジョシュアは砂浜を歩く。小さな精霊たちは彼らを見ると、驚き散っていく。
「無事着けた、ということでいいのか。長老はどこだ」
「シエラぁ? 案内しろよぉ」
「地図を探していたんだ。さぁ先生参りましょう。ああ、幼精には触れないようにしてください。気性が荒いんで噛まれますよ」
「わかった」
三人は花畑を歩く。白い道を歩く。そこは花が咲く島。温かみと、平和がそこにはあった。
レイスは白い翼を広げながらその暖かな空気を身体に受ける。やがて三人は、木でできた小屋へとたどり着いた。
素朴な小屋、小さな精霊、幼精に囲まれて、四枚の翼がそこにはあった。
金色の翼が四枚。翼の真ん中には小さな女の子。彼女は幼精たちを手で留めると、ジョシュアの方を向いた。
「何じゃお前らは?」
「えらっそうながきんちょだなぁ……」
「なんじゃと? おい、そこの、白い翼の女、こっちゃこいこっちゃこい」
「ばぁーか、年上に対する礼儀がなってないんだよ。言葉遣い直してから呼べよなぁ」
「なんつーやつじゃ。仕方ないのぉ」
四枚の翼を持つ少女は、手をかざした。その仕草と共に、光の輪が現れる。
「お、おおっ何これぇ!? ジョシュアぁ!」
一瞬の内に光の輪はレイスを捕らえ、宙へと彼女を飛ばす。それは宙に輪を描くように、彼女は飛んだ。
「レイス……!? なんだあの光は」
「動けないぃ!」
レイスは空を飛び、四枚の翼を持つ少女の目の前に連れていかれる。
「ばかと言った方がばかなんじゃぞ。ほれっ」
「痛っ!」
レイスの額は少女の指で弾かれる。レイスを捕らえていた光は解け、レイスは地に倒れた。
少女は手を腰に当て、勝ち誇る。シエラは倒れてるレイスに駆け寄った。
「大丈夫かレイス!」
「えっ、えっ!? 今なにされたんだあたし……っ」
「ふぅむ、精霊種か。それで? 貴様らは何じゃ」
「何なんだこの子供はぁ……シエラ知ってるのかぁ?」
「……長老だ馬鹿。私も会ったことはなかったが、この島にいる四枚の翼の女、長老の情報と一致する。まさかこんなに見た目が幼いとは思ってなかったが」
「はぁ?」
シエラはレイスを起こす。ジョシュアはゆっくりと歩き、彼女たちの元へと行く。
「ほぅ、お主人か。珍しいの」
「わかるのか?」
「そりゃの。それで? お主ら何じゃ」
四枚の翼は器用に折りたたまれ、黄金色のローブとなった。彼女はひょこひょこと歩き、小屋の椅子に腰かける。
「はよ答えよ。ワシは暇ではないぞ。のぉ?」
「長老様ひまでしょー」
「ひまでしょー」
周りに飛ぶ昆虫のような翼を持つ小さな幼精たちが一斉に声を上げる。長老と名乗った少女は、幼精たちの声を受けてふてくされたような顔になった。
「日向をあびるのもまた仕事じゃ。日の光は精霊の力を高めるんじゃぞ。一日一回日向ぼっこ。それが若さの秘訣じゃ」
「若さって……それ以上行くと赤ん坊になるだろぉ……」
「レイス聞こえるだろ! 長老すみません。私はロンディアナ騎士団の団長、ランディルトの娘のシエラルドです」
「ロンディアナぁ? ワシを邪魔者扱いしといてなんじゃそれは。元はあの城ワシのなんじゃぞ。幼精をこき使ってせっかく建てたのにのぉ。50年かかったんじゃぞあそこまででかくするのに」
「すみません、私は知らないこととは言え、祖父や父のやったことは……」
「まぁーここはワシも気に入っとるがのぉ。で? 何のようじゃワシに」
「はい、それは我が師であるジョシュア・ユリウス・セブティリアンから……」
ジョシュアは一歩前に出る。その大きな身体と、長老の小さな身体。長老は椅子から見上げるようにジョシュアを見た。
「でっかいのぉ。それで何のようじゃ人よ」
「はい、では長老、単刀直入に言います。今人の世界と精霊の世界が繋がりそうになってます。それで、人の世界では気が狂う者たちが……」
「あーよいよい。だいたいわかった。馬鹿が不完全な形で召還陣を使うからじゃ。ばっかじゃのぉ」
「それで、再び、今度は力が漏れることないよう、塞ぎたいのです。方法を知ってはおりませんか」
「知っとる。もちろんな」
「では」
「無理だ。諦めよ」
「無理……だと? 馬鹿な、それでは人々が……」
「ずれとるんじゃよ。誰に吹き込まれたんじゃ? 壁をしたところで意味などないぞ。人が狂うのは別の原因があるんじゃよ」
「……何だって? いや、それじゃ、俺は、何のためにここに」
「うむぅ……気の毒な奴じゃの」
「ならば、原因を教えてください。防げないのなら、原因を断ちます」
「それこそ無理じゃの。うーむ……どーしたもんかのぉー」
「長老、頼む、手ぶらでは帰れない」
「うーーーーん。どこから話すべきか、よいかジョシュアよ。人は精霊の力を受けると、精霊に近づく。血の色が混じる。老いがなくなる」
「はい、心当たりはあります」
「人と精霊が愛し合うと、その子供は翼のない精霊になる。そこのシエラのようにな。混血の子供が数世代重なると、ほぼ肉体は人になる。たまに先祖還りして精霊になる者もおる。だが人の血が一滴でも混じると翼は生えなくなる。の? シエラ」
「はい、私の父も、祖父も翼はありませんでした。母は翼がありましたが」
「そして……混血は呪いを生む」
「……精霊の血を取り除かない限り、呪いは解けないと?」
「血と言うよりは精霊の魂としての形じゃの。残るんじゃよずーっと、で、精霊は人に害成す者と判断した者たちが、暴走したのが1000年前の人と精霊の戦争じゃの。精霊を全員殺したところで、もう変わらんのになぁ……全くあのガキはのぉ。本当に、馬鹿じゃのぉ」
「どうすれば、どうすればいいんだ? 無理なのか?」
「うーーーーーん。どーしたもんかの。実は呪いと狂うという現象、これはの、別もんなんじゃ。だから消す方法あるんじゃよなぁ。その現象だけなら」
「もったいぶらずに、教えてくれ」
「……教えるだけじゃぞ。よいか、結局は狂うという現象は、理性が吹っ飛ぶせいじゃ。それは急激に高められた精霊の力が頭の中をかき乱すせいじゃ」
「……よくわからん。つまり?」
「つーまーり、空気中に漂う精霊の力、薄めてしまえばよい。そちらの世界にある力を、固めて、一つの石にする。上にういとるでっかい石はその考え方でむかーし作った、いわゆる精霊の力を制御する石じゃ。濃すぎるものを一気に飲むと苦しいが、薄いものを分けて飲めば飲めんことないってことじゃの」
「なんだと? シエラそうなのか?」
「いえ初耳です。あれは月だと……魂結晶なのですかつまり」
「まぁちょっと違うがの。精霊もな、皆気づいてはおらんがあの石が無ければ、狂っとるよ。人ほど敏感ではないがの」
「それじゃ、あれと同じものをつくれば」
「で、話は戻る。無理じゃ、作れん」
「……あれはどうやってできたんだ長老」
「あれは、王が自分を柱にしてできたもんじゃ。ふぅ……王の魂結晶の属性は、境界。分けて閉じ込める。1万年の精霊の歴史の中で唯一無二の属性、神域へと至った男が、全てを捨てて守った証。あーかっこいいのぉー」
「魂結晶、自分の? なんて……魂結晶は……ということは王はすでに……」
「そうだシエラよ、魂結晶は死んで初めて属性が発現する。そう、王は死んだ。上にあるのはその死骸。ランディルトの願いは永遠に叶わないのじゃよ。それで口論したら、ワシを追い出すんじゃから子供じゃのぉー」
「ならどうすればいいんだ。人は、くそっ……ん? まて、それじゃ」
「そう、気づいたか。あれと同じもんは作れん。ならば」
「世界を、つなげてしまえばいい?」
「そう、完全につなげてしまえばいい。それであの石の効力は人の世にも至るだろう。誰がやったか知らんが今の状況はそれのやりかけってやつじゃの」
「そうか……ロンディアナは、そのために人を送り続けていたのか」
「それも一つの手じゃの。もう一つ手があるが、お主わかるかの? ヒントは世界を分けたのも王の魂結晶だということじゃの」
「石、いや……月を」
「そう、月を」
「起動させる」
ジョシュアは、シエラは、レイスは、空を見上げる。よくできましたと言わんばかりに、長老は微笑み、背を椅子に押し付ける。
空高く輝く月は、長老の金色の翼と共に、黄金色に輝いていた。




