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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第二章 黄金の世界
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第18話 極寒の海

 海は青い。どこの世界であっても。


 翼のある馬が引く馬車は、独りでに走る。海に沿って。


 馬車の天幕を腕で押し、大柄の男が外を見る。


「半分凍ってるぞ海、渡れるのか?」


「今日はマシな方です先生。年中凍ってますんでここ、ちゃんと進める船を準備させてます」


「ならいい、ここへ来るまでに半月近くもかかってしまった。急いで長老の島まで渡りたい」


「先生、氷を溶かして砕きながらですので、到着までは数か月かかります。少し町で準備する必要があります。そこの女も震えすぎて何かもう火が起こせそうですし」


「こんなところだと知ってたらぁ! もっと服持ってきたのに! お前のドレス捨てなきゃよかったぁ!」


「体力はまだいけそうだなレイス。だが俺のマントでもさすがにこの寒さ、限界だな」


「食糧関係はある程度は運んでます。やかましいですし、とりあえずこいつの服を買っては? さすがにほぼ全裸では海越えは辛いでしょう。やかましいですし」


「二回言うなばか! っていうかお前もそんな厚着してないのに何で平気なんだぁ!?」


「私は慣れてるからな。服は完全防寒だし、ロンディアナ騎士団の技術力はそれなりにあるんだ」


「ジョシュアは何で平気なんだぁ!?」


「平気ではない、我慢してるだけだ。正直早くマントを返して欲しい。よし、シエラ買い物は任せる。俺はレイスを連れて宿に入る」


「はい、準備できたら宿へ行きます。船はすぐに出しますか? それとも一晩休みますか?」


「出せるならすぐに行きたい。寝るのは船の上でいい」


「わかりました」


 港町から船を出し、数か月の航路を耐えるため、彼らは町に入る。港町は雪が家々に積り、あまりの寒さから人々は家からでることはない。


 ジョシュアはレイスを連れ、宿に入る。宿の店主はジョシュアの顔を一瞥すると、宿の奥へと案内した。


 室内にはベッドと椅子、そして明かりが一つ、真っ赤な石が一つ。


「そちらの石は布等を掛けますと燃えますので、気をつけてください」


「ああ」


「ではごゆっくり」


 レイスはベッドに腰かけ、ジョシュアは椅子に座る。部屋の中心に置いてある赤い石は燃えるように熱く、火が灯っていた。


「あったかいなぁ。何だこれ、持って帰りたいんだけど貰えないかなぁ」


「精霊の石かこれ。法力はどこから取ってるんだ」


「知ってるのかこれ?」


「いや……そうだ、何故思いつかなかったんだ。レイス前に俺がやった石の欠片を出せ」


「えっ? あーうん」


 レイスは持っていた小物入れから欠片を一つ取り出す。それをジョシュアに手渡すと、彼はそれを握りしめた。


 ジョシュアが手を開くと、欠片は赤く光っていた。


「持ってみろレイス」


「あー? 何だこれ」


「いいから持ってみろ」


「わかった」


 赤く光る欠片をレイスは受け取る。それを取った彼女の手には暖かさが伝わっていた。


「何だこれ? こんなに暖かくなるのかよぉ」


「そうだ。この石で暖を取れる。だが注意しろ。お前は大丈夫だと思うが、法力が強いやつがやるとこれは爆発する。俺は弱いからこの程度だがな」


「はぁ!?」


「あと、法力関係なく鎧化してるやつが握ると爆発する。俺の剣に触れても爆発する。時間差はあるが、まぁお前には関係ないな」


「危なすぎるだろ! 法力って何だよ!」


「やってみろ。お前なら丁度いい感じになるだろう。カレナも料理に使ったりしていた。スープを沸かしたりするのに便利らしい」


「あ? 誰だそれ」


「気にするな。ほら石を一つ取り出して握るんだ。体温を移すようにな。念のため爆発しても大丈夫な小さいやつで試してみろ」


「わかったよもう」


 レイスは欠片を取り出した。爪の先ぐらいしかない石の欠片。それを握り込み、眼の前に手を持っていく。


 すると、ポンと音が鳴った。


「痛っ」


「どうしたレイス」


「なんか、破裂したんだけどぉ?」


「何? 手を見せろ」


「怪我してないだろうなぁ……びっくりしたぁ」


 レイスが手を開く。彼女の手は少しだけ黒くなっていた。


「あたしの手がぁ!?」


「落ち着け表面がくすんだだけだ。洗えば綺麗になる。しかしお前の法力相当強いな。さすがは精霊か」


「あーびっくりした。欠片返すよもう」


「いや、持っておけ。これだけ反応するんなら逆に使える」


「こんな爆発物が中に入ってたら怖すぎるだろ!」


「意識しなければ爆発はしない。練習しろ。全然使ってこなかったからな、山ほどあるぞ。つねに誰かがお前を守ってくれるとは限らない。身を守る術は多い方がいい」


「ぬぅ……わかったよもう」


「俺の石を全てくれてやる。持っておけ。お前が爆発させようと思わない限り爆発はしない。怖がってるうちは大丈夫だ安心しろ」


「あー……怖いなぁ」


 レイスはジョシュアから欠片の入った袋を貰う。翼を少し浮かせ、彼女はその袋を腰に結び付ける。


 袋を結び終わったと同時に部屋の扉が開いた。扉から金色の髪がのぞく。シエラが荷物を片手に部屋へ入ってくる。


「お待たせしました先生。これはその女の服です」


「そろそろ名前で呼べよなぁ。そんなんだからいろいろ成長しないんだぞぉ?」


「やかましい! 服やらないぞ!」


「悪い悪い、早くくれよなぁ」


「まったく……ほら」


「おー大きい大きい。翼もすっぽりだなぁ」


 レイスは立ち上がり、上着を羽織った。毛皮のローブ。翼を上から覆うように羽織られたそれは彼女の体格を一回り大きく見せた。


 ジョシュアはそれを一瞥し、立ち上がり深紅のマントをつける。


「シエラもういけるのか?」


「いえ、少し問題が、先生お手伝い願えますか」


「何かあったのか」


「はい、船は準備できてるのですが、氷を解かす魂結晶が起動しません。何分、大きいので。先生ならば容易く起動できるできますよね?」


「魂結晶……精霊の石か。お前では無理かシエラ?」


「私一人では、精霊竜の魂結晶ですからね。あれほどの石を起動できるのは世界広しと言えども祖父ぐらいです。あ、いえすみません」


「参ったな……俺は、そういうのは不得意なんだ。全開で動かせばいいというのならば話は別だが、全開だとまずいだろう?」


「はい、全力で起動してしまうと船が燃えてしまいます。先生できないのですか?」


「ああ、俺はその才能がないんだ。鎧化で無理やり起動させるのは駄目だろうな。どうしたものか。シエラ他に手は?」


「騎士団の部下を呼ぶにしてもまた半月かかります。参りましたね先生」


 シエラは腕を組み、ジョシュアは手を顎にあてる。静かな空間にローブのすれる音が響く。


 毛皮のローブの下で白い翼は右へ左へと交差する。そのレイスの動きに合わせて音が鳴り響く。


「……そうだ。お前がやれレイス」


「えっ? 何を?」


「レイスは才能がある。できるさ」


「何の話?」


「先生お待ちください。誰でも魂結晶を起動させれるとは限りません。特に翼持ちは加減を知らない。できたとしても暴走するだけです」


「だからシエラが制御しろ。レイスは起動、シエラが制御だ。できなかったら半月待つしかないだろう」


「一人で起動できると? そんな馬鹿な。極寒の地にほぼ全裸で来るような女にそんなことが……」


「何かよくわかんないけどお前あたし馬鹿にしてるなぁ?」


「そうと決まったらいくぞ」


「わかりました。ではこちらに」


「あ、いくのか? ちょっと待って、ジョシュアあたしの荷物ちょっと持ってくれないかぁ?」


「ああ」


 三人は宿を出る。宿を出る際に店主が頭を下げた。


 雪の町を船着き場へと三人は歩いた。そこにあるのは鉄の船。ジョシュアの世界であっても船は木製が基本だったが、ここにあるのは鉄の船、船は氷で囲まれ船員たちは皆厚い毛皮を着ている。


 船に続く橋を渡ると、氷の海が一望できた。流氷が海を覆い、あまりの寒さに水蒸気は白いもやとなっている。さすがのジョシュアもマント一枚では寒いと思ったが、となりで毛皮を着ていながら震えているレイスをみて何も言えなかった。


「先生は甲板にいてください。魂結晶が起動しますと艦内は熱くなります。外気で調整して温度を下げるんですが……まぁ安定するまでは外にいた方がいいですよ」


「わかった」


「それじゃ、おいお前ついてこい」


「あー? 名前で呼べよなぁ。呼ぶまであたしは動かないぞ」


「わかったよ。レイスついてこい。これでいいか?」


「まーよしとするかなぁ? で何するんだぁ?」


「移動しながら話す。では先生。少しお待ちください」


「ああ、頼む」


 シエラはレイスを連れ、艦内へと入っていく。ジョシュアは甲板に立ち、遠くを見る。


 海は広く、空は白く、船員たちは皆あわただしく走り回る。


 深紅のマントが風に煽られ、なびく。あまりの寒さにジョシュアは拳を握る。


 しばらく風に耐えていると、船がゆっくりと動き出した。船の周りからは白い蒸気が上がり、視界は煙で包まれる。


 ゆっくりと、ゆっくりと、バキバキと音を立てながら船は前へと進みだした。


 気が付くと寒さも和らぎ、足元からは暖かな空気が舞い上がっていた。


「……動き出したか。やるじゃないかレイス」


 船は速度を増し、氷を割る音はさらに大きくなる。船員たちは右へ左へ走り回る。


 開かれた扉から金属を踏み抜くような足音が近づいてくる。


「あっつ! お前! こんなんなるなら先に、ってさっむい!」


「上着脱ぐからだろう? 私は熱くなるっていったぞ? 覚悟しておけばよかったんだ」


「いきなり熱くなるとかどう覚悟しろと! まだ火の方が優しいぞあの熱さ!」


「私もあそこまで急に反応するとは思わなかったぞ。あ、先生、成功しました」


「そうか、レイス大丈夫か」


「大丈夫じゃない! 一瞬で汗だくになった上に外は超寒いし!」


「大丈夫そうだな。シエラ、どれぐらいで中に入れる?」


「すぐに行けるはずです。しばらくお待ちください。それにしても……レイスかなりのものですね。まぁ誰にでも一つは取り柄があるものです」


「何か……ひっかかるなぁお前ぇ……あたしは才能の塊だぞ地味に。歌もうまいんだぞ」


「ほぅ、冗談もうまいようですね先生」


「冗談じゃないぞ! あー……熱くて寒くて暑くて、何かもう……あーひどい目にあった」


「ふ、いい経験になったなレイス。ここから海の上で数か月か。早く船になれないとな。シエラ何か食べさせてくれ。今朝から何も喰ってない」


「はいわかってます。では船内に入れるようになったら、食堂へ行きましょう」


 船は速度を上げながら進む、氷を打ち砕きながら。


 三人は船内の温度が安定した後、食事をとるべく中へと入っていった。船は動く、目的地に向かって。

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