第17話 指導者
城内において、彼らは向き合う。
ランディルトは笑い、ジョシュアは怒る。
「どうだ? 俺の騎士団に入らないか? 俺はお前が欲しい。お前ならばすぐに俺の右腕になれる」
「俺は腕などになる気はない。早く長老の場所を教えろ。ここは、俺にとっては不快な場所だ」
「そうかぁ……まぁ、そうだろうな。シエラ地図を持ってこい」
「はい、父上」
「地図には長老の居場所が記されている。船に乗る必要があるが、港までは我らが馬車を使うといい。ビストロを排除してくれた礼だ」
「……レイス行くぞ。ゼインさんに挨拶をして、先を急ごう」
ジョシュアは深紅のマントを揺らし、ランディルトに背を向けた。レイスは白い翼を翻し、それに続いて歩き出す。
歩いて、彼らはランディルトがいる部屋から出る。彼らは城を堂々と歩く。途中の兵士たちは皆、彼らを避け、そして頭を垂れる。
ロンディアナ騎士団最強と呼ばれたビストロを一蹴した彼に、騎士団の兵たちは皆畏怖の念を抱いていた。
「まるで化け物扱いだなぁジョシュア」
「そうだな……何が嬉しいレイス」
「べぇーつに? へへへ」
レイスは白い歯を見せて笑った。彼女は、自分の隣にいる男が強いことに、その強さに周りの者たちが畏怖してることに、誇らしさを感じていた。
「ま、待て! 聞きたいことがある!」
「あー? お前……あの偉そうにしてるやつの娘じゃないか。ぺらっぺらの胸して何か用かよぉ?」
「お前自分があるからって何なんだ! ち、ちがう、待ってくれ!」
黄金色の鎧を纏ったシエラは、ジョシュアの背に向かって話しかけた。
ジョシュアは立ち止まる。だが振り返らない。彼はこの城にいる騎士というモノに、少なからず失望していたのだ。
「馬車と地図を早く準備しろ。俺にはお前たちに用はない」
「待ってくれ! 頼む! 馬車はもちろん用意する! だがその前に……! 聞かせてくれ!」
「あーもう……なぁジョシュア?」
「はぁ……何が聞きたいんだ?」
「あ、その……」
シエラは必死に問いかける。彼女の疑問を投げかける。その顔は今にも泣きだしそうで、レイスは少しだけ、彼女に対して同情した。
「き、騎士とは、何だ? 騎士の矜持とは? 悪を斬るだけでは駄目なのか? 父は教えてくれないんだ。だから!」
「お前は何だと思う?」
「わ、私は……父は、秩序をもたらすための、力で……騎士は」
「騎士は力ではない。そして、俺はお前の父の騎士感など聞いていない。もう一度聞こう。お前は何だと思う?」
「だから……わからないんだ!」
「お前の父の振る舞いは、お前に何を感じさせた? お前は自分を餌にされた時に、何を感じた?」
「それは……」
「レイスの首に流れた血に何を感じた?」
「……私は」
「その気持ちが、俺は騎士だと思う。偽るな自分を。レイス行くぞ」
「わかった。なぁんか……難しい奴だなぁ」
レイスは前を向いた。そしてまた二人、歩く。
その後ろ姿を見たシエラは走った。そして、ジョシュアたちの前に滑り込んだ。
シエラは膝をつき、ジョシュアに対して頭を下げる。
「何の真似だ」
「私を、弟子にしてくれ! お前の弟子に!」
声が、場内に響く。シエラが人払いをしたのだろうか、気が付けば周囲には誰もいない。
シエラが膝をつく姿を、ロンディアナ騎士団は誰も知らない。
「何故だ?」
「惚れた! 私はお前の剣に! お前の振る舞いに! お前に! 頼む私に……お前の技を! 心を! 教えてくれ!」
「おーい? お前、あたしに黙って何言ってるんだぁ? ジョシュアは忙しいんだ。お前みたいなやつを育てる余裕なんかあるかよぉ」
「頼む!」
「おまえなぁ! だいたい何回も何回も襲ってきたくせに調子いいんだよなぁ!」
「それは謝る! 頼む!」
「なぁ、ジョシュアも何か言ってやれよぉ」
「レイスは黙ってろ。俺は弟子を取るほど歳はとっていない。諦めろ」
「わ、私もまだ23だ! お前よりも若いはずだ!」
「俺は22だ」
「えっ!?」
「えっ!?」
「なんだ? レイスまで、何故驚く」
「いや、お前ぇ……あたしが言うのも何だが威厳ありすぎだろう……」
「老けてるか?」
「い、いや! それでもいい! 頼む弟子に!」
「……老けてるのか?」
「老けてないから弟子に! 頼む! 頼むぅ!」
シエラは頭を下げた。いつの間にか両膝をつき、頭を地面に擦りつけんが如く頭を下げた。
「何故、そこまでする? お前にも誇りがあるだろう。俺一人に、そこまでこだわる必要はない」
「頼む……私は、騎士になりたいんだ。本当の騎士に、父上は、立派な人だが、違う、違うんだ! 私は強くなりたい! 心も、身体も!」
「そうか」
「どうするんだよジョシュア? いい加減決めてやれよ」
ジョシュアは顎に手を当て、考え込んだ。そして、彼は答えを出す。
「……明日の朝まで待つ。馬車を連れて、ゼインさんの家に来い」
「えっ?」
「その金色の鎧はやめろ。戦場では使えるかもしれないが、旅には邪魔だ」
「それじゃ!」
「俺は教えれることはない、剣も違うしな。だが俺もまだまだ強くなるつもりだ。追いつけるか? やってみろ」
「あ、ああ! ありがとう!」
「お前の口から名を名乗れ。師事するなら当然だ」
「はい、先生! シエラルド・ベルディック、よろしくお願いします!」
「早く準備してこい。レイス、ゼインさんの家に行くぞ。別れを告げないと」
「うん、なんか……あーちょっとあれだなぁ。女が同行かぁ……」
ジョシュアたちは、城をあとにした。そして、ゼインの家に寄り、また一日、世話になった。
日が昇る前に、シエラは家の前に立った。黒い装束に身を包み、曲刀を腰に、金髪の髪を濡らし馬車の傍に彼女は立っていた。余りにも朝が早いためか、ゼインの家の中の者は皆まだ寝ていた。
一人を除いて。レイスは眠い目をこすりながら、白い翼にクシを入れシエラの前に立った。
「はっやいなぁ……お前父親には何か言ったの?」
「父上には何も言ってない。私は私の意志でついていくんだ。父上に従うばかりの私は終わりだ」
「ふぅーん」
「これからは自由だ自由。本当はこんな可愛くない恰好はしたくないんだが、生憎これしかなくってな」
「そっかぁ。でも早すぎないかぁ? さすがにジョシュアたちも寝てるぞ?」
「本当は昨晩の内に来たかったんだがな。荷造りが大変で」
「あー? ちょっと馬車見せろ馬車」
レイスは馬車の扉を開けた。そこには大量の箱、木箱が詰まっている。
レイスは箱を一つ開ける。そこには煌びやかなドレスが何着も折りたたまれて入っていた。
「なんだこれ?」
「えっ? 旅の着替えだが?」
「はぁ? まさか、これ全部?」
「勿論だが?」
「……ジョシュアにバレる前に全部捨ててこいよ。連れてってくれなくなるぞ」
「何故だ!?」
「お前どこまで箱入りなんだよ……こんなん着て旅なんかできるか。歩きにくいだろう? あたしみたいな服はないのかぁ?」
「そんなほぼ全裸な服などあるわけないだろう。恥ずかしくないのか?」
「馬鹿にする気皆無で言われたらあたしはどう反応しろっていうんだ……あーとりあえず荷物整理するぞ。手伝えよぉ?」
「わ、わかった」
シエラとレイスは馬車から箱を出し、どんどん荷物の選別をしていった。日が昇るころには荷物は袋一つに収まるほどになった。
「下着数枚しかないぞいいのか?」
「途中で洗うんだよばぁか」
「う、うーん? なぁこれ一枚ぐらいいいだろう?」
「だぁめだ。ドレスは諦めろ」
「騎士は社交場も大事なんだぞ?」
「だぁーめだ。社交場なんざ世の中ほとんどない」
「……そうなのか?」
「そうなんだ。お前ジョシュアに弟子入りする前に学ぶこと多すぎるんじゃないかぁ? はぁ……今日は朝日肌に浴びれなかったなぁ……」
日は登り、家から深紅のマントを纏ったジョシュアと、それを見送るゼインの一家が皆でてきた。
「せ、先生! 今日はよろしくお願いします!」
「あ、ああ。朝から元気だな」
ジョシュアは馬車を見た。そして振り返り、ゼイン達に頭を下げた。
「ゼインさん、そして奥さんたち。世話になりました」
「おう、元の世界に戻れるようになったら教えてくれよ。俺も実家に帰りたいからな」
「はい、その時は騎士団に復帰ですね」
「そうだなぁ。おふくろに嫁さんみせねぇとなぁ」
「それじゃあ、行きます」
「おうよ。あーお前は強くなったよなぁ。やっぱり……環境なんだな」
「ゼインさんも強くなったはずですよ。家族を持ったんですから」
「かもな」
ジョシュアは手を胸に当て、ルクメリアの無手での敬礼をする。ゼインも同じく、手を胸に当て敬礼をする。
そして、ジョシュアはマントを払い、馬車へと向かう。馬車には二人の女性、レイスとシエラ。
「先生、急ぎましょう」
「ああ、ところで……馬車の裏に捨ててある大量の服は何なんだ。レイス知ってるか?」
「あーははは。なんだろうなぁと」
翼を持つ馬が走り出す。馬車はゆっくりと動き出す。景色がゆっくりと後ろに流れる。
馬は駆けだす。目的地に向かって、世界はゆっくりと、確実に動き出すのだった。




