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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第二章 黄金の世界
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第16話 白銀の騎士

 彼にとっての騎士の道とは、自分を裏切らないこと。


 城内の広場は闘技場のようになっている。その中心で、深紅のマントに身を包んだ男が剣を突き立て腕を組み、立っている。


 ロンディアナ騎士団の兵たちは客席から彼を見る。都市に住む裕福層の者たちもちらほらといる。皆は期待している。


 静かな怒りを秘め、彼は、強い眼光で相手を待つ。突き立てられた白銀の剣は輝き、紅のマントは風にはためいている。


 観客席の最上段にロンディアナ騎士団団長のランディルトが座っている。隣には白い翼を持つ精霊、レイス。その姿はロープで縛られ、彼女の翼は長い金髪を持つ女に握られている。


 そして傍らにはゼインがいる。抵抗することもなく、身を乗り上げジョシュアの姿を見ている。


「っていうかなぁ! お前こっそりあたしの翼揉んでるだろ! ビリビリ来るんだよやめろっ!」


「わ、悪い気持ちよくて……って違う! お前は捕らわれの身なんだからもぞもぞするな!」


「無理言うなよなぁ! 縛ってるんだから翼握るのやめろよぉ! 翼無しにはわかんねぇだろうけど結構くるんだよ翼いじられると!」


「黙ってろ! くそっ……何でこんな、私が……くそっ!」


「あああっ! 翼握るなぁ! お、女に握られて、き、気持ち悪いんだぁ……よぉ!」


「黙ってろっ!」


 ランディルトの娘であるシエラは、いらだちを隠せなかった。彼女は知ってるのだ。今闘技場の中央でに立つ男に、自分の運命がかかっていることを。命を狙った男に期待せねばならないということを。


 ランディルトは笑う。しかし彼の眼は笑っていない。真正面に、闘技場の中心にいるジョシュアを見ている。


「ゼインよ」


「はい、なんすかね団長」


「あの男が勝つと思うか? ビストロに」


「さぁて……俺はビストロとかいうやつにあったことありませんので」


「そうだったな。まぁ……俺がやってもビストロは苦労するやつだ。普通なら一介の剣士に勝てる相手ではない。だが……あの圧。俺はあそこまで圧を放つ剣士を見たことがない」


「……俺もですよ。ジョシュア君どんな修羅場をくぐったんだ。騎士の塔を出て一年とは思えないぞ」


 ゼインはジョシュアから目が離せなくなっていた。彼の記憶の中のジョシュアは、もっと甘さがあり、どこか青さが残る男だった。だが今目の前にいる男に、青さは一つもなかった。


 闘技場の柵が開く。鎖のすれる音が鳴る。


 騒いでいた観客も、口論していたレイスとシエラも、皆口を閉じる。


 賑やかな闘技場から音が消えた。その中で響く鎖の音。


 初めに入ってきたのは全身に鎧を纏った兵士だった。その数五人、彼らは鎖を持ち、何かを引っ張るように闘技場へ入ってきた。


 次に入ってきたのは足だった。鉄球が繋がれた足。


 そして腿、胸、腕、首、頭。ゆっくりと影の中から現れる。


 その男はまさに、巨人だった。


 傷だらけの身体に全身を鎖で拘束された男、その男の身長は一般男性の二倍ほどあった。背が高いジョシュアをして、見上げねば顔が見えないほどの大きさの男。


 兵士たちが鎖の鍵を外していく、足が解放され、腕が解放され、そして顔を覆っていた鉄仮面が外された。


 ジョシュアの身の程もある巨大な剣がその男に渡される。男の身長のせいか、その巨大な剣は普通の片手剣程の大きさにみえる。


 そして最後に、その男の口に繋がっていた鎖が外された。


「ふぅぅぅ……はぁ!」


 大きく男は息をした。顔は無精髭が伸び、歯は欠け、その男はひどく醜い顔をしていた。


「うーん……いい気分だ! やっと解放される上に、シエラまでもらえる! 最高だぜ! なぁ最高だなオイ!」


 男は身をかがめ、兵士の一人の頭を持つ。鉄の仮面に覆われ、見えないはずの兵士の表情が恐怖で固まっているのを、この闘技場にいる全ての者が理解した。


「なぁ! なんとか言えよ! なぁ!?」


 男が兵士の返事を求め、持った頭を強く揺らした。まるで、人形が揺さぶられるように、兵士の身体が首を軸に左右に振られた。


「おっ? あー失敗失敗またやっちまった。フヘヘ」


 そして兵士の頭は、二度と正面を向くことはなかった。


 首が真後ろにまで周り黄色い泡を吹いて倒れる兵士だったモノ。観客たちは、唾をのんだ。


 首を折られた者以外の兵士たちはたじろぎ、闘技場から走って去っていった。闘技場残ったのは二人、巨大な男、味方殺しの罪で投獄されていた元騎士であるビストロと、別世界から来た白銀の剣を持つ男、ジョシュア・ユリウス・セブティリアン。


 ジョシュアは目の前で兵士が殺されても尚、表情を一つ変えずに巨人を見ていた。


「シエラ! おおシエラ! 俺はこいつぶち殺して勝つからよぉ! あとでたっぷりやろうぜ! 俺のはでけぇぞ覚悟しとけや!」


 ビストロは大きな声で観客席にいるシエラに向かって叫んだ。観客たちの眼がシエラに集まる。


「く、腐ってるっ……父上! 耐えられません! 何とか言ってください!」


 ランディルトは微笑む。シエラはそんな父の表情を見て、何を言っても無駄だと感じた。


「いだだだ! あたしの翼に八つ当たりするなぁ!」


 シエラは歯を食いしばり、レイスの翼を強く握った。


「ん? おお……あの白い翼の女も、なかなかいいな。あいつも貰っちまうかぁ。よぉし……そんじゃあまぁさくっとやっちまおうかねぇ!」


 ビスロトは巨大な剣をまるで小枝を振るかのように軽く横に払った。その風圧で、ジョシュアの前髪が一瞬浮いた。


 ジョシュアは無言で白銀の剣を地面から抜き、両手で構えた。


「ふへへへ! 俺はぁ執行人を何人も殺した。素手でだ。騎士団の仲間どもはふれれば死にやがる。女は大概やってる途中に死にやがる! 俺はなぁ……強いんだよ! 今度はどんな執行人かはしらねぇがとっととやらせてもらうぜぇ!」


 ビストロのその巨体は、まるで大砲のように加速し、ジョシュアに襲い掛かった。


 体格差は圧倒的。剣の大きさだけでも圧倒的な差がある。


 もはや剣と言うよりも大きな鉄の板と呼ぶにふさわしいビストロの剣は、真上からジョシュアに振り下ろされた。


 ジョシュアは白銀の剣でそれを受け止める。金属音というよりも爆発音、闘技場に音が鳴り響いた。


「お? 止まったぁ?」


 ビストロの剣はジョシュアの頭の上で止まった。深紅のマントが衝撃を受け、舞い上がる。


「相当腕力には自信あるなぁ? だぁぁがなぁ!」


 ジョシュアの脚が地面にめり込む。ジョシュアの腕の血管が浮き出る。


「ぬぅひひひ! 埋めてやろうかぁ!?」


 力を込めるビストロに対し、ジョシュアは剣を斜めに傾けた。火花を放ち白銀の剣に沿ってビストロの巨大な剣が斜めに落ちる。


 ビストロの剣は地面を穿つ。ジョシュアは飛び上がる。


「おっ流すかよ? どいつもこいつも、俺と正面からやる度胸はねぇのかぁ!?」


 ジョシュアはビストロから離れ、着地した。白銀の剣には金色の液体が着いていた。


 それを払い、彼はまた剣を構える。


「なんだぁ……はぁっ!?」


 地面に何か落ちてるのをみて初めて、ビストロは自分の指が一本無くなってることに気付いた。


「斬られた感触はなかったぜぇ!? これは俺の指かぁ!?」


 言葉を忘れていた観客たちは、その光景を見て、沸いた。


 歓声が巻き起こる。シエラも、ゼインも、そしてランディルトも、皆ジョシュアを見る目が変わった。


「うめぇ! すげぇぞジョシュア君!」


「ビストロの剣を受け止めるだと……何だあいつ……!」


 ゼインとシエラは、感歎の声を漏らす。ランディルトから笑みが消える。


「すっげぇ切れ味だなその剣……おー痛くなってきた。へぇ……これが痛みかぁ……ほぅ」


 ジョシュアは剣を突き付け、ビストロを挑発する。その程度かと、無言で語りかける。


「クソが。お前、調子に乗ったな? そんなに俺斬れたのが嬉しいかぁ? なぁ!? 畜生め! シエラにだっせぇところ見られちまったぜ! 糞が! 本気でやられてぇようだなぁ!」


「話すな時間の無駄だ。かかってこい」


「ちっ後悔させてやるぜ!」


 ビストロは走る、地面を揺らせて。巨大な剣を振りかぶりながら。


 ジョシュアは走る。深紅のマントをなびかせながら。


 振り下ろされる巨大な剣、振り上げられる白銀の剣。


 音が鳴り響いた。灰色の線となったビストロの剣と、銀色の線となったジョシュアの剣。触れ合うたびに音が鳴り響いた。


「速い!」


 誰かが叫んだ。観客の眼には彼らの動きはほとんどみることができなかった。


 ジョシュアの倍近い身長を持つビストロだが、その巨体を感じさせないほどの速さで剣を振る。ジョシュアもまた、身体に見合わない速度で剣を振る。


 打ち合った箇所に火花が舞い。二人は暴風のように剣をぶつけ合った。


 最初に止まったのはビストロの剣。思い切りよく振り下ろされた彼の剣は、真っ二つに割れ、飛んだ。


 いかな剣と言えども、白銀の剣に勝る業物は無し。


 ジョシュアは一瞬止まったビストロの隙を逃すことはなかった。白銀の剣をビストロの腕に振り下ろす。


 飛ぶ黄金の血、巨大なビストロの右腕は今、ひじから叩き落され吹っ飛んだ。


「ぬおおおおお!」


 ビストロの声が響き渡る。観客は沸く。


 ランディルトは、その様子を瞬きせずに見つめていた。


「ぬあああ! 何て剣だ! 卑怯だろ!? うおおお……」


 ジョシュアは剣を振り、刀身に着いた金色の血を払った。


「どーだ! あたしのジョシュアは強いだろ! あんな下品なやつに負けるわけないんだよなぁ! どーしたシエラとかいう女ぁ!?」


「おい獣化するぞ! 早くトドメをさせ!」


 レイスの煽りを無視し、シエラは叫ぶ、しかしながらその声はジョシュアには届かなかった。


「ぐぐぐ……仕方ねぇなぁ! シエラを貰うためだぁ……疲れるがやるしかねぇなぁ!」


 ビストロは斬り落とされた右腕を左腕で掴むと、切断面を自分の胸に押し当てた。金色の血がビストロの胸を染める。


 ビストロの心臓が、爆ぜる。


「はぁはぁ……ウオオオオオオオ!」


 右手を投げ捨てると、ビストロは雄叫びをあげた。その声は、だんだんと低くなり、そして獣のような声になり、声は、唸りになり


 身体から茶色い殻が生える。ビストロの身体に金属の殻が生える。針金のような毛が伸び、顎は裂け、身体から生み出された鋼で獣の顔が創られていく。


 巨大だったビストロはさらに巨大になる。その身長はもはやジョシュアの三倍。闘技場の観客席に腕を伸ばせば届くほどの巨大になる。


 そして、鋼の獣が、現れた。


「ウオオオオオアアアアア!」


 ビストロだった獣は、雄叫びをあげる。観客は耳をふさぐ。獣の腕は再生し、巨大な両手両足をプルプルと痙攣させる。


 獣は腕を振る。無造作に。その腕の振りで観客席の最前列にいた者たちは、黄金色の血を放ち消え去った。


 観客たちから悲鳴が上がる。そして観客は逃げ出す。我先に逃げようと前にいる者を押しながら。


「し、市民が! 父上!」


「シエラ、黙ってみてろ」


「しかし!」


「黙ってみてろ!」


「は、はい……」


 観客は誰も助けない。ロンディアナ騎士団は誰も助けない。


 市民を守らない騎士団の姿は、殺戮を行った獣以上にジョシュアを怒らせた。


「騎士、こんなものが……こんなものは騎士ではないっ……!」


 ジョシュアは歯を食いしばると呟いた。


 一瞬、眼線を下にした一瞬。その一瞬でジョシュアは反対側の壁まで吹っ飛ばされた。ビストロの腕がジョシュアを払ったのだ。


「はぁああ……手ごたえあったぜぇぇぇ……!」


 獣の声でビストロは言葉を発した。ジョシュアは壁に叩き付けられ、破片で頬を切り血を流した。真っ赤な血を流した。


 その血の色に最初に気付いたのは、ランディルトだった。


「人! 人だあいつは! あれが人! 父が愛した人!」


 ランディルトの言葉に、シエラは眼を開き、呟く。


「人……あれが……見た目ほとんど変わらないじゃないか……」


 観客たちは誰もジョシュアが人であることに気付かない。ジョシュアは血をぬぐうと、剣を地面に突き刺した。


「すさまじい力だ……似たようなものを俺も使わせてもらう」


「グオオオオオオ!」


 白銀の剣を突き刺したその地面が弾け、石や土が舞い上がる。石と土はジョシュアに張り付き、一瞬でジョシュアを土の塊に変える。


 何をしているんだとビストロは動きを止める。できるようになったのかとゼインは唾を飲む。


 最初に現れたのは、白銀の腕、ぐっと手を握り、そして腕を力強く払う。


 土がすべて砕け現れるのは白銀、頭の先からつま先まで、余すところなく銀色の鎧。深紅のマントをなびかせ、白銀の騎士はここに降臨する。


 白銀の剣は巨大な大剣へと姿を変える。白銀の大剣を振り回し、そして腰の前で構える。


 ジョシュア・ユリウス・セブティリアン。彼の最強の技。それがこの鎧化を果たした姿であった。


「なんだぁ鎧を出すだと! それを何故お前ができるぅ!」


「答える義務はない」


 ビスロトは巨大な身体であることを無視するかのように、すさまじい速さで弾け飛んだ。一足、ただそれだけでジョシュアの位置までその巨体を運ぶ。


 ジョシュアは大上段に白銀の大剣を構える。突っ込んでくる巨大な獣。


 獣は拳を突き出した。それは音速を超え、爆風と共に突き出された。


 そして、その拳は、白銀の騎士を一歩たりとも動かすことはできなかった。


 ランディルトは立ち上がる。ビストロの拳は、完全にジョシュアを捕らえた。ジョシュアの身体を覆い隠すほどの巨大な拳は、ジョシュアにあたった。


 完全に命中した。


 だが、ジョシュアは、白銀の騎士は一歩たりとも、動かなかった。まるでジョシュアのいる位置で寸止めしたかのように拳はピタリととまった。


 ビストロは、恐怖した。


 自分の真正面にある腕に、ジョシュアは剣を振り下ろす。力の限り振り下ろす。


 白銀の大剣が腕を通り、地面に叩き付けられる。


「――あ」


 ビストロの最後の言葉はたったそれ一文字だった。一文字だけ発すると、ビストロは突き出した腕から肩、頭とまるで裂けるように真っ二つになって落ちた。


 ビストロだったモノを中心に闘技場に金色の池ができた。


 観客は、シエラは、ランディルトは、ゼインは、そしてレイスは、言葉を失った。


 ジョシュアは金色の池に沈むビストロを一瞥すると、鎧を解き、深紅のマントを腕で払った。


「……くだらんやつを斬ったか」


 剣を鞘に納め、ジョシュアは二度とビストロをみることはなかった。ロンディアナ騎士団最大の罪人であるビストロは今、旅の剣士にただの一撃で裁かれたのだ。


 ランディルトは笑った。心の底から、ただ笑うことでしか、反応できなかった。

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