第15話 騎士の矜持
騎士団が支配する都市の一番奥、丘の上に大きな建物がある。その建物はもはや城。騎士団の兵士たちが槍を持ち、その城の門を守る。
ゼインは兵士と話すと、兵士たちは門を開ける。音を立て、門は開いていく。
黄金色の絨毯。そして豪華な内装。そこはまさに、城だった。
「はぁー……金持ってるなぁ……なぁこれ土産にもらってっていいかなぁ? 弟の結婚資金にしてやりたいんだ」
「壺を戻せレイス。そんなもの持って歩けないだろう」
「じょーだんだよ……半分ぐらい」
ゼインは城を進み、また兵士に話しかけた。兵士は奥を指さすと、ゼインは手をあげ感謝の意を示し進んだ。
そして、ある部屋にたどり着いた。扉に手をかけ、ゼインはその扉を開ける。そこには金色の鎧に身を包み、金色の髪に赤い眼をした女が立っていた。
その顔は、ジョシュアもよく知っている顔。レイスはその女を指さすとあっと声を上げた。
「お、お前! ジョシュアに何回もぶっ飛ばされた女!」
「それは言うなぁ! っていうかゼインお前の友人はこいつらだったのか!?」
「はい、シエラ嬢久しぶりです。無理聞いてもらってすんません」
「全くだ!」
女は両手を抱え、機嫌の悪そうな顔をすると、強く息を吐いた。
「……だがゼインの頼みだ。お前の貢献には応えねばならない。父上に会いたいんだったな。ゼイン、あとその友人たちよ。ついてこい」
「助かります」
金色の女に皆は付いていく。城の豪華な飾りは、外とはまた別世界。レイスは周囲をキョロキョロと見ながら歩き、ジョシュアは城の雰囲気に昔を思い出していた。
大きな扉が現れる。金色の女は、シエラは扉をノックし、返事を聞くことなく扉を開いた。
そこには、大きな椅子があった。そしてその椅子には、金色の男が座っていた。
煌びやかな鎧。黄金の座。彼は、そこに、ただそこに座っていた。
ロンディアナ騎士団団長ランディルト・ディランド。黄金の男。
「おーしばらくだなゼイン。半年ぶりか?」
「団長も変わりなく……えっと、すんません。今日は俺の友人を連れてきました」
「おう、誰かと思えばお前じゃないか。娘が世話になった。お前のおかげで娘が鍛錬に身が入るようになった。感謝するぞ」
そう言うとランディルトは笑った。シエラは少し眉間にしわを寄せ顔を伏せた。
「客人をもてなすのは領主なんだが……残念ながら父は一年以上留守にしててな。俺の挨拶で勘弁してくれ。で、何か用があるんだろう? 言ってみろジョシュア」
「……長老、精霊の長老の居場所を知りたい。知らないか?」
「ほぅ、あのばあさんに用か……何の用だ?」
「聞きたいことがあるだけだ」
「うむ……そうだなぁ……」
ランディルトは口角を上げ、微笑む。ジョシュアはそれに、何かを感じ、表情を曇らせた。
「シエラ、今日はどんなやつだ?」
「はい?」
「執行だよ執行」
「あ、はい。今日は領民を獣の餌にして楽しんでた……えーっと名前は」
「罪人の名など興味はない。そいつの執行、こいつにやらせる。連絡しろ」
「あの父上お言葉ですが……その者をわざわざ使わなくても、本日の執行人はおります」
「鈍い奴だな。公開でやるんだよ」
「こ、公開で? 旅人を公開執行人にするんですか?」
「そーだ」
シエラは、顔を落とし、ゼインは眼を見開く。ランディルトの言葉を受け、二人は震えていた。
「何をさせようというんだ」
「ジョシュア君、俺は……これが嫌で騎士団やめたんだ」
「そうだったなゼイン。さてでは、確かジョシュアだったか。お前に一つ任を与える。我が牢には多くの罪人がいる。その中で今日は領民を犠牲に私腹を肥やしていた領主の処刑が行われる。その処刑を……」
「俺にやれというのか?」
「そうだ。しかも、公開執行だ。住民たちの前で、首を落とすのだ。それでお前の知りたがっていることは全て教えよう」
「断る。邪魔したな」
深紅のマントを羽織る彼は即答した。その答えは、ランディルトを固め、シエラを固め、ゼインを驚かせ、そしてレイスを笑わせた。
「待て、話も聞かないのか? ただその剣を振るだけでいいんだぞ?」
「お前の悪趣味に付き合う気はない」
「はっ! 面白い奴だ! そんなに嫌か? ゼインもそうだ。何が嫌だ? 悪人を処断できるんだぞ? お前たちは何故そんなに嫌がる?」
「……わかりきったことを答えなければならないのか? くだらんことに時間を費やした。レイス行くぞ」
「ふふふ、わかった」
ジョシュアは振り返り、入ってきた扉の方を向いた。彼の顔は少しだけ怒りに染まっていた。
「シエラ」
「ち、父上……わ、私は……!」
「シエラ!」
「……はい」
ジョシュアは聞いた。ランディルトの怒号と、剣が鞘から抜かれる音を。
彼は振り返る。そこには、曲剣を持ち、白い翼を握るシエラが立っていた。
「何のつもりだ」
「動くな。この女の翼を斬り落とすぞ」
「なぁっ!? や、やめろ馬鹿! 強く握るな翼!」
シエラは剣を返し、レイスの翼に刃を当てた。冷たい刃が翼に触れた瞬間、レイスはビクッと身体が跳ねた。
「シエラ嬢! 何やってるんすか!」
「ゼインも動くなよ」
「ちょ、ちょっと待ってぇ! つばさっ擦らないでっ!」
「変な声出すな! 動くなよ白い翼の女! 斬れちゃうぞ!」
レイスは動くのをやめた。ゼインはランディルトを見る。
「……団長、あんた」
「ゼイン、俺はお前には興味がない。今はジョシュアだ。さぁこれで話を聞かせてくれるかな? 何故俺の要求をのめん? 簡単だろう?」
「女を使って脅すか。騎士として恥ずかしくないのか」
「今は騎士などどうでもいい。聞かせてくれ」
「騎士は、いや、俺は俺の意志でしか剣は振らん。それ以上の理由はない。レイスを離せ」
「矛盾してないか? お前はそこの女のために領主を斬ったのだろう?」
「俺は俺が助けたいと思ったから、そうしたまでだ。お前のために見世物になる気はない」
「……ほぅ。立派だな」
ランディルトは立つ。黄金の鎧を鳴らして。そしてゆっくりとシエラとレイスに近づく。
「気に入った。何が何でも俺のために剣を振るってもらう」
「断る」
「これでもか?」
ランディルトは、黒い剣を抜くとレイスの首元に当てた。その動きは一瞬、レイスは首元に冷たさを感じるまで何も気づかなかった。
レイスの顔が恐怖でこわばる。
「シエラ、翼を斬るなどと甘いことを言いやがって。俺はこういう場合は首に突き付けろと毎回言ってるだろう」
「ち、父上……私は……騎士として……」
「黙ってみてろ。効果はすぐに表れる」
レイスの首筋から、金色の血が流れる。その血の輝きと同時に、ダンと地面を踏み抜く音が部屋に響き渡った。
歯をギリギリと食いしばり、彼は、ジョシュアは、剣に手をかけた。
「貴様ら! それ以上レイスに手を出せば、叩き伏せるぞ!」
「う、父上っ」
「ほぅ……いい覇気だな。ビリビリと感じるぞ」
ランディルトは笑った。その笑いが、ジョシュアにさらに怒りを感じさせた。
「ジョシュア君、落ち着け! 本気で斬るわけがねぇさ!」
「騎士として名乗るのならば! 騎士の矜持があるだろう! 処刑だと!? うぬぼれるな!」
「そのようなもので、世界は平和にはならんさ」
「少なくとも……最後は、お前の父は騎士だった。ロンディアナは、騎士だったぞ」
「……何?」
ロンディアナの名を出した瞬間に、ランディルトの微笑みは消え失せた。
「最後、最後だと? 父の最後……だと? 父が死んだというのか?」
ジョシュアは胸の物入れを開け、そこから真っ白の石を取り出し、ランディルトに向かって投げた。
ランディルトはレイスの首元から剣を離し、その石を左手を伸ばして掴んだ。
「……これは魂結晶? 光の魂結晶だと。ま、まさか?」
「ロンディアナのモノだ。あいつとの決闘の証に、俺が貰っていた」
「父と決闘だと!? 馬鹿な、父が、一介の剣士と決闘などするはずがない。いやそもそも、決闘に至るわけがない!」
「信じられないならそれでいい。レイスを開放しろ。さもなくば今俺は剣を抜く」
「本物、本物だこの密度……ということは……こいつは父を殺した……いや、父に勝った男なのかっ……!」
常に余裕を持っていたランディルトの姿はもはやどこにもなかった。ランディルトは強く剣を握り、ジョシュアを睨みつけた。
「気が変わった、変わったぞ。シエラ、今日はビストロの処刑を行う」
「び、ビストロですか? あの……」
「そうだ、ロンディアナ騎士団全騎士総がかりで捕らえた男。獣化したやつは仲間をも喰らい、歩く先にいる女は全て弄ばれた上で殺される。最高のクズであり、最悪の罪人だ」
「仲間殺しの、あの元騎士団の……怪物を?」
「シエラ、あいつに武器を持たせろ。あいつがジョシュアに勝てば、無罪放免だと伝えろ。欲しいモノもくれてやるとな」
「ち、父上……それじゃ……私がっ」
「あいつはお前に惚れてたからな。自分の娘を差し出すか……ハハハ……ハハハハハ!」
「ぐっ……父上……」
「さぁジョシュアよ! この白い翼の娘を無事に返してほしければ、我が騎士団史上最悪の騎士を、斬り伏せてみせろ! 公開処刑ではない! これは公開の、試合、いや、死合いだ! それならばよかろう!?」
「……斬り伏せてみせろと言われたならば、答えよう。やってやる、と。レイス少しだけ我慢しててくれ。すぐに終わらせて来る」
「う、うん……」
「くくく……ハーッハッハ!」
ランディルトの笑い声が城内に響き渡る。レイスの翼を握るシエラは震え、そしてゼインは息を飲む。
城内の中庭にある闘技場で、ジョシュアは深紅のマントをひるがえし、剣を握るのだった。




