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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第二章 黄金の世界
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第13話 騎士団の都市

 別の世界に、自分が見慣れた光景がある。そのことは彼に驚きを与えた。


 道行く者はほとんどが翼を持っておらず、翼を持っていたとしても幅の広い布でその翼を隠している。


 町並みは彼が育った国の光景と何ら変わらない。建物の様式、道行く者たちの服装、露天、そして兵士たち。


 彼は、まるで元の世界に戻ったかのような錯覚を覚えたが、こと翼の有る同行者はこの町並みに対し、子供のようにはしゃいでいた。


「すごい大きいよこれ! 世の中にこんな場所があったなんてぇ……めちゃめちゃ寒いけど、なんて豪華な街なんだぁ!」


 レイスは白い翼を広げ、街の門の前で走り回った。門を守る兵士たちはそれを冷ややかな眼で見ていたが、彼女にとってはそれも尊厳のある姿にみえるのだろう。兵士に対しても笑顔を振りまき、彼女ははしゃいだ。


「北のはじっこにこんな都市があるなんて……翼無しもいっぱいいるし、めちゃめちゃ寒いけど!」


 彼女は後ろに立っている深紅のマントを羽織っているジョシュアを見た。寒いと訴えるたびに彼を見た。レイスの服装は動きやすさを求めるため、露出が多い。白い肌は赤らみ、寒さを伝えるには十分だった。


 その眼に負けたジョシュアはマントの金具を外し、彼女に向かって広げる。入れと顎で合図する。


「おっ、悪いね。お前のマントごっついから暖かいんだよなぁ」


 道の隅につもる白く淡く光る雪。光る雪は辛うじてここが別世界であるということをジョシュアに伝える。


 レイスは自分の翼ごと、深紅のマントを身体に巻きそして微笑んだ。


「おーだーいぶマシ。さぁ早く入ろう。こんな町初めてだけどギルドぐらいあるだろ。もーすっからかんだし、お金稼がなきゃ」


「その前に情報収集だ。結局ここへ来るまで長老の情報は一切なかった。物知りなやつがいればいいんだが」


 旅をして早一か月、様々な村へ立ち寄ったが、彼らは有意義な情報を得ることはなかった。


 レイスが持っていた路銀も底をつき、狩りで食料を得たりしたことで、レイスもすっかり逞しくなっていた。


「お前! やっと来たか寒かったぞ!」


 黒い服を着て、後ろにまとめた黄金色の髪を持つ女が門の真ん中に立っている。黒ずくめの女に向かって兵士たちは剣を抱え、敬礼をする。


 その敬礼する兵士たちを一瞥すると、彼女は剣を抜いた。


「今日こそは……斬るッ」


「またお前か」


「懲りないなぁあんたぁ」


 ジョシュアは溜息をつき、レイスは飽きれたような顔をした。黒い女は、彼らの道中で何度も何度も襲ってきたのだ。


 ある時はすれ違った馬車から飛び降り、ある時は寝ているところを襲い、ある時は狩りの途中に野獣に恐れてるところをジョシュアに助けられたり。


 ある意味彼女もこの旅の同行者となっていた。


「どうした? 剣を抜け罪人っ……!」


「お前意地になってないか」


「黙れ! ロンディアナ騎士団団長の娘だぞ私は……何度も負けてられるか! この屈辱!」


「やかましいやつだ」


 黒い女は独特の反りがある剣を胸の前で構え、そして右に払った。その仕草はジョシュアの妹の癖に似て、剣技も彼の妹と似ていて、流派が同じとしか思えないほど剣筋が妹に似ていた。


 黒い女は踏み込む、一歩、その突進力は圧倒的で、真っ直ぐで。


 ジョシュアはいつものように、彼女の剣を一瞬で抜いた白銀の剣で受け流し、そして剣を押さえつけ動きを止める。何度も繰り返された光景。


 悔しそうな顔を彼に向け、彼女は剣を納める。何度も繰り返された光景。


「くそっ! ついに私の街に着くまで勝てなかった! 何なんだお前は、くそっ!」


 その女はジョシュアの胸を軽く叩くと、顔をあげ、手を胸にし足を揃えた。


「……不本意だが、この都市では翼無しは一切の過去を許される。お前はこの街にいる間は、無罪放免だ。ようこそ都市ロンディアナへ。領主は不在だが羽を広げるがいい」


 彼女は頭を下げた。騎士としての礼儀、ジョシュアは懐かしい気分になった。


 自然とジョシュアは微笑んだ。彼女はそれを見て、馬鹿されたと思ったのだろうか、顔がみるみるうちに怒りの顔となった。


「お前! せっかく私が礼儀をだな! 何が可笑しい!」


「そう言うつもりじゃない。悪いな」


「くそっ……」


 黒い女は白い息を吐くと、立ち去って行った。歩きながら彼女は髪を解き、傍に走ってきた兵士たちから上着を取り、羽織った。兵士たちがどんどん彼女の周りに集まっていく。


 その集まりを遠目に見てたジョシュアは、レイスに腕を引かれた。


「ジョシュア、いつまでも突っ立ってないで早く行こう」


「ああ、とりあえずは情報収集……の前に食事だな。金はいくらかあるか?」


「パン買うぐらいならいけるけど」


「……きついな。仕方ないか」


 ジョシュアたちは街へと入る。そこは翼無しの楽園。翼あるなし関係なく、皆笑っていた。


 都市の外では翼無しは石を投げられるような存在。だがここでは翼の有る者との差はない。むしろ過去の罪を許される分、優遇されている。


 ジョシュアは歩く、そして見る。兵士たちは談笑し、女たちは世間話に花を咲かせる。それは彼の知っている町並みと変わらない。


 歩いていく兵士たち、豪華な鎧を着た騎士たち、ジョシュアは自然とその者たちを眼で追っていた。全ては懐かしい。


「なぁ、なぁ?」


「どうしたレイス」


「お前騎士になりたいのか?」


「いやそういうわけじゃない。悪いな目新しくてな」


「そっか、それじゃしょうがないな」


 レイスは紅いマントを身体に巻き直し、周囲を見回した。キョロキョロとする彼女を横目に、ジョシュアは何気なく露店の商品を取る。


 赤い石。赤色が少ないこの世界で見つけた赤い石。それは綺麗な宝石のようで、ジョシュアはこの石が少し気に入った。


「いらっしゃい。買うかい?」


「いや、金が……」


 店主が話かけてくる。ジョシュアは眼線を上げて、店主の顔を見た。


 その顔は、どこかでみたことがある顔。


「……ゼイン、さん?」


「えっ? 何で俺の名を……あ!」


 店主の顔は嘗て死んだ。彼の先輩騎士。その太い腕と、角張った顔、そしてくたびれた雰囲気。


 間違いなくその店主は、ジョシュアの知るゼインだった。


 彼らは眼を合わせ、固まった。レイスがそれに気づいてジョシュアの背を叩くまで。


「知り合いかよジョシュア?」


「やっぱりお前! リンドール卿の部下の、ルクメリアのジョシュア君か! あー懐かしいな! 何でお前ここにいるんだ? っていうかでかくなったなぁ昔より。ははは!」


「え、ああ……な」


 ジョシュアは絶句した。間違いなく、彼の知っている男が露店にいるのだ。服装も何もかもこちらの世界のものだったが、間違いなくジョシュアの知ってる男が目の前にいるのだ。


「ぜ、ゼインさん、何故ここに?」


「ええ? 何故って……飛ばされてずっとこっちで暮らしてただけなんだが」


「違う、死んだんじゃ?」


「えっ俺死んでるの? まじで?」


「い、いや……どういうことだ。わけがわからん」


 ジョシュアは混乱した。目の前の男はもう一年も前に、ルクメリア騎士団ではゼインは一年前から離籍となっている。ジョシュアは混乱した。


 レイスはジョシュアの腕を引いて、紹介しろと言う顔をした。ジョシュアの混乱はそれですこし、治まった。


「あ、ああこの人は、俺の先輩の……剣の先輩のゼインさんだ」


「へぇ、やっぱり翼無し同士、会うもんなんだなぁ。あたしはレイスだ」


「おうよろしくな」


「いろいろと聞きたいことはありますゼインさん。ただ仕事中みたいだから出直した方がいいですか?」


「いーや、今日はさっむいからな。俺も店じまいだ。今日の飯代は稼げたし、俺の家に来いよ」


「はい」


 ゼインは店に並べている宝石を鞄に仕舞うと、手慣れた様子で露店を畳んだ。荷物を担ぎゼインは付いてこいと合図した。


 ジョシュアはゼインに並び歩く。レイスは一歩遅れて、二人についていく。


「ゼインさん。長いんですか?」


「この町にきてからは半年ぐらいになるかなぁ……それまではギルドとかで働いてた。字を覚えるのが大変だったぜ。文法は同じなんだけど書くのがな」


「そうですか」


「向こうは……いや未練だなぁ。俺たちはもう戻れないんだし、ここで暮らさねぇとな。ところで、お前の連れ、マントで隠れてるが、翼有りだろ?」


「はい」


「恋人か何か?」


「違います。ただの同行者です」


「そうか、なぁ……一個面白い事教えてやるぞ。翼有りの女のな、翼の寝っこな、さするとな……腰が抜けるんだ。すっげー面白いぞ今度やってみな」


「まぁ……機会があれば」


「んー……しかしジョシュア君は強くなったな。見ただけでわかるよ」


「ありがとうございます。ゼインさんは剣は?」


「全然、俺こっちで結婚してさ。身を固めてるんだ」


「それは、おめでとうございます」


「嫁さん三人いるんだ。しっかり稼がないと大変だ。ちっちゃい子供もいる」


「そうですか……はっ?」


「着いたぜここだ。少し待っててくれ、嫁さんたちに準備させるから」


 ゼインは一人、家に入り家の表でジョシュアとレイスは待つことになった。


 ジョシュアは家を見る。それはレンガ造りの、堅強な家。これならば風にも堪え切れるだろう。


 家に灯がともる、中が騒がしくなる。


 意図せず出会いは、彼らの旅に展開をもたらすのだった。

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