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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第二章 黄金の世界
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第9話 紅布の剣士 中編

 朝、まだ暗闇が残る空。村人は広場に集まる。


 純白のドレスを身にまとった灰色の翼の女性を囲み、村人は広場に集まる。


 一人、涙を流す男。一人、歯を食いしばる男。一人、感情を殺す男。


 皆無念さだけをにじませ、女性を囲む。女性は一人でただ祈りを、祈りをささげている。


 ――それはまさしく生贄だった。


「ナデア! 行く必要はねぇ! 姉ちゃんが助けを連れて来てくれたぞ!」


 レイスの弟、ライオは、大きな声をその女性に向かって発した。女性は瞼を開け、振り返るとライオを見る。その顔は白く、そして暗かった。


「ライオ……ごめんなさい。私……あなたの愛に応えることが……」


「できるんだよ! 見ろ! 皆も見ろ! この男を見てくれ!」


 村人は一斉に、ライオの後ろにいた紅い布を纏った男を見た。そして、大きくため息をする村人たち。


「またレイスが……無駄金使ったのか。前のやつは逃げ出したんだぞ。ナデアを期待させるなよ」


 村人の一人が顔を沈めながら言葉を発した。その言葉は、レイスの怒りを呼んだ。


「馬鹿お前! いいかぁ!? いつまでこんなこと続けるんだ! 死にたくないってだけで何人殺すんだ! ナデアはお前の娘だろ!?」


「う、うう……」


 レイスの言葉に男は歯を食いしばり震える。彼は、涙を流していた。レイスはその様子を見て、さらに言葉を叩き付ける。


「泣くぐらいなら守って見せろ! 男だろ!? ナデアはこのままだとボロ雑巾のように使われて! 死ぬんだぞ! ナデアは死ぬんだぞ! 女として最悪の! ただの人形にされて! ナデアそれでいいのかぁ!?」


 純白の女、ナデアは、レイスの言葉を聞いてついに涙を流した。さめざめと、言葉を発することなく、涙を流した。


「レイス、わ、私は……」


「嫌なら嫌って言うんだよ! あたしは……あたしは嫌だ! 絶対に捧げられたりしない! たとえお前たち全員奴隷に落とすことになってもだ!」


「レイス、そ、れは……」


「ママと……同じような死に方だけは……しない……! だから! 今日皆戦うんだ! 立ち上がるんだ!」


 レイスは剣を掲げ、村人に向かい大声で叫んだ。


 だがレイスの声は虚しく響くだけだった。村人は誰一人、レイスに賛同することはなかった。捧げられようとしているナデアでさえも。


「……おい」


「……はい」


 村人の一人が、レイスに近づき、レイスの腕を掴む。そして力任せに村人の列へ並べようと引っ張った。


「な、なにをするっ……村長……!」


「レイスよ。抵抗したい気持ちもわかる。だがな、抵抗することでさらなる悲劇を生むのだ」


「村長……お前ぇぇ……!」


「ライオも。酷だろうが一人や二人追い払っても仕方ない。あいては数百人の兵隊だ。それに犠牲者は私たちだけではないんだ。他の村人も、死んでしまうぞ」


「腰抜けめぇぇ……!」


「抵抗しないことで、抵抗するんだ」


「そんな……ことで……誰を守れるんだぁ!」


 村長と呼ばれた黒い翼を持つ若い顔の男は、手で村人にまた支持をだした。指示された村人は眉間にしわを寄せ、レイスの口を布で覆い、地面に寝かせた。


 ライオはそれを見て、村人に殴りかかろうとしたが、ナデアが腕を掴むとライオはとどまった。


「ナデア、俺は……」


「いいの、私は、あなたさえ生きていれば……」


「畜生……」


 村人は、皆、暗く俯いていた。紅布の剣士はそれを遠目に見る。


 そして、時が来た。やってくるは数十人の男たち。皆が皆一様に汚れた翼を丸め、ニヤニヤと笑いながら村へやってきた。


 先頭は身なりのいい男。


「わたくし、領主の第一補佐をしておりますバンデと申します。本日は領主の妻となる女性をお迎えにあがりました村長様」


「こちらに……」


 村長は、バンデと名乗った男の方へとナデアを押した。押されてナデアはよろめき、一歩進む。


 ライオは歯を食いしばっている。数人だと思っていた相手が数十人もいるのだ。ライオにも想定外だった。


 レイスは口をふさがれているため、隅でうーうーと唸っている。


「ほぅ、これはお綺麗な。さて、では住民の人数を確認いたしましょうか。ふむ……こちらの方は旅の者ですかな? これはこれは大変な時に。ゆっくりしていってください」


 バンデはジョシュアをちらりと見ると、手元のリストと村人の数を照らし合わせていた。


「はい、こちらのお嬢さんは随分変わったご趣味で……まぁいいでしょう。さて、ではいただきましょう。お前たち帰るぞ」


 バンデはナデアの背中に手を当てると、村の外へと歩き出した。


 ――結局、連れていかれるのか。


 レイスは唸り、布を噛み、頭を振り、口を出す。


「あっレイスっ」


「馬鹿野郎! ナデア行くな! 何黙ってるんだライオ! お前の恋人だろ!?」


「そ、そうだ……そうだ! 待ってくれ! いかないでくれナデア!」


 ナデアはその声に、振り向いた。その顔は、涙を流し、悲しみに染まっており、そして


「ライオ……ごめ……えっ!?」


 驚きで固まった。


「おい……うおっ!?」


 ナデアを押していたバンデは、振り向くと、その視界は全て真っ赤に染まった。


 真っ赤な視界。顔を上げると、巨大な男。


「な、なんだおま……ブボハッ!?」


 そしてバンデは、宙に飛んだ。紅布を押しのけてとんで来た拳に、バンデの顔面はへこみ、黄金色の血を吹き出しながら吹っ飛んだ。


 その飛んだ距離は人数人分はあろうか。地面に派手に土埃を上げると、バンデは倒れた。その身体はぴくぴくと痙攣していた。


「盛り上がってるところ悪いな。レイスが何か言うまで黙っていようと思ったんだがな」


「な、な、な……何てこと! 私が黙っていかないと皆奴隷にされちゃうのよ!? ひ、非常識よ!? ここだけで何十人いると思ってるのよ!?」


 ナデアは、今まで泣いていたこともすっかり忘れ、ジョシュアに向かって抗議した。その顔からは悲しみは消え去っていた。


「嫁ぐ気がなくなったんならどいてろ」


「な、なぁんですって!? ちょっとあなたちょっと大きいからって! 大体何よその服のセンス! 真っ赤って!」


「ナデア! 戻ってこい!」


「ライオ! でもこいつ!」


「いいから! もうどうにでもなれだ!」


 ジョシュアはナデアをライオの方へと押すと、一人集団の方へと歩き出した。深紅のマントを腕で払い、白銀の剣を抜き、数十人の男たちと対峙する。


「……お前本気か? 俺たち何人いると思ってるんだよ?」


「数えるのも面倒だ。かかってこい」


「な、なんだと……なら俺から行くぜ。領主様の軍団最強と呼ばれたこの俺の剣、受けれるもんなら……受けてみやがれ!」


 集団の中で一番身体の大きい男がジョシュアに向かって走った。大きな鉈のようなものを振り回しながら。


 ジョシュアは一歩も動かず、鉈に向かって剣を振った。


 鉈は白銀の剣に撫でられたことによって真っ二つになった。持ち主の腕ごと。


「お、おぼぉ!? 俺の腕ェェ!?」


「最強、か。どこの世界も蛮族は似たようなことを言う」


 腕から金色の血が飛び出る。精霊の血は金色なんだなと、ジョシュアは思った。


「な、なんだと……軍団最強のあいつが……」


 男たちは、眼を見開き、目の前で起こったことが信じられないという様子でそれをみていた。


「ま、まて皆……何十人もいるんだぞ俺たち……一斉にかかれば……」


「そ、そうだな! よし!」


 男たちは皆武器を持ち、ジョシュアに襲い掛かる。一斉に、雄叫びをあげながら。


 ジョシュアは一歩も動かず、剣を振る。


 一振り、二振り、三振り、四振り。一振りごとに男たちの悲鳴が上がる。


 腕が飛ぶ、武器が真っ二つになる、足が裂ける。


 その様子は、まるで流れてくる水をかき分けるが如く、ジョシュアの剣が触れた者から順々に倒れていく。


 そして、日が動く間すらなく、全ての男たちは地面に倒れた。


 白銀の剣を強く振り、そこに着いた金色の血を払う。白銀の剣は一つの曇りも無く、汚れもなく、ジョシュアは剣を鞘へ納める。


「す、すげぇ。すげぇ腕の剣士だ。何十人もいたのに……」


「あたしの……十年……なんだったんだぁ……何か泣けてきた……」


 ライオとレイスは、ジョシュアを見て、絶望を忘れた。


 村人もまた、悲しみを忘れ、ただただ固まった。


 風に揺られ、広がる深紅のマント。異世界にて、その男は立つ。その男は、紅布の剣士。白銀の剣を持つ、強い男。


「レイス、行くぞ準備しろ」


「えっ? ど、どこへ?」


「領主の屋敷だ」


「あ、え……そうだな……うん、何かお前、何か……よし、ナデアぁ」


「何よ? 何かすごい馬鹿らしくなってきたわさっきまでの私……」


「こーなったらおちょくってやろう。確か女連れて行った最初の夜って、踊るんだろう舞台で?」


「え、ええ……」


「へへへ、踊ってやろうじゃん。しかも歌劇だ。最高の舞台、領主様にみせてやる。あたしの一番好きな歌劇。やろうよ」


「え、え?」


「そうと決まったらライオ! あの馬鹿どもの馬車回して来い!」


「わかったぜ!」


 レイスは心の底から、何か救われたような顔をして、ナデアを連れて村の外へと走る。村人は声を上げ、村長は叫ぶ。


「き、貴様なんてことを!? 俺が自分の妻すら捧げて! 十年以上もかけて守った平和をぉ! これでこの村は終わりだぁ! 早くレイスをささげておけばよかったのだぁ!」


「人が泣くことで得られる平穏など偽物だ。レイスは泣いていた」


「黙れ! 暴力は暴力しか生まない! お前みたいな中途半端に強い奴が一番なぁ!」


「……長としての決意、それは理解しよう。だが、この世にはお前の考えなど及ばない世界がある」


「黙れ黙れ! こうなったら俺がレイスを連れて領主様に! レイスは母親に似て容姿は最高だ! きっと領主も喜ぶ! そうだ女だ! 何人も連れていけばきっと許してくださる! ヒ、ヒヒ……こんなんで……解決したら……俺の……やってきたことは何だったんだ……妻を……娘も……ヒヒヒヒ……」


「お前は、間違ってはいない。だが、そこまでして得たお前の生に、意味はあったのか? 他の者たちもそうだ。それでよかったのか?」


 村人たちは、答えなかった。答えれなかった。


「俺は人に説教をするほど歳を取っていないし、偉くもない。だが、俺には、自分の家族を守ろうとして死んだレイスの両親の方が、お前たちよりもずっと幸せに見える」


 ジョシュアはそういうと、レイス達の元へと歩いて行った。村人は皆、俯き、そして、歯を食いしばって悔しさを噛みしめていた。


 紅布の剣士は歩く。絶望を消し、希望の火を灯すために。その男の歩みはただ、自分に正直に、彼は全てを正面から打ち壊す。


 日が動く、領主の屋敷が照らされる。今、この領内は救われようとしていた。

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