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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第二章 黄金の世界
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第7話 白い翼

 精霊の世界で、白い翼が揺れている。左右に、上下に、歩行のテンポに乗って。


 ジョシュアはそれ自然と眼で追っていた。ジョシュアの妻と同じ顔をし、翼を持つ精霊、セイレ・レナ・レイスは左右に揺れながらギルドの依頼書を見ていた。


「あー、こっちかぁ? あたし地図見るの苦手なんだよなぁ。なぁお前、地図見れる? なぁ、なぁって!」


 レイスの甲高い声が響く。その声はジョシュアの意識を白い翼から離させた。


「何か言ったか?」


「お前ぇ……そんなに珍しいか翼」


「翼、触ってもいいか?」


「なっお前っ! こんなところでそんなこと言うかぁ!?」


「おかしなこと言ったか?」


「言ったよ! 翼に触るって! あーお前そういうやつか! さ、触るなよ翼に! っていうかそれ以上近づくな!」


「何だ翼ごときで……」


「お前どういう教育受けてきたんだぁ! 全く男ってやつは最低だなぁ!」


 レイスはジョシュアから距離をとると、翼をまるでエプロンをかけるかのように前に揃えて身体にそわした。背中が露わになったが、彼女は気にしていなかった。


 ジョシュアは彼女の背に眼を奪われたが、すぐに眼をそらした。


 そして、ジョシュアは周囲を見回した。街はすでに遠くとなり、道から外れて歩く二人の周りは黒い岩山となっていった。


 レイスは身軽に飛び、岩の上に立った。そして依頼書を見て、斜め下を指さした。


「ジョシュア、あの洞窟だ。何かえーっと? 青い宝石らしいぞ依頼主が落としたの。早く拾って来いよぉっ」


「色だけか、まぁいいだろう。お前は来ないのか?」


「あたしはここで見てる。おっとでも報酬は山分けだぞぉ? この依頼書なければお前報酬もらえないんだからなぁ。しっかり頑張ってこいよっ」


 勝ち誇ったような表情をするレイスの前で、ジョシュアはため息をついた。無言で岩肌をおり、洞窟へ入る。


 洞窟の中は光り輝くコケのようなもので明るかった。ジョシュアはカビ臭さのようなものも感じた。


「洞窟はあまり変わらないな。しかし、カレナに似てるのは顔だけだな。いやでもあいつもあんなところあったか」


 ジョシュアは洞窟を進む。洞窟はだんだんと広さを増し、いつの間にか空洞のようなところへ出た。その空洞には黄色い木で作られた机や椅子が無造作に置かれていた。


 明らかに誰かがねぐらとして使ってるような、そんな洞窟だった。ジョシュアはこのような風景に見覚えがあった。


 それは蛮族、そのねぐらの様子にそっくりだった。


 ジョシュアは机の上にあった青い宝石を取った。周りに宝石はこれしかない。きっとこれが依頼の品なのだろうとジョシュアは思った。そして彼はその宝石を鎧についてる物入れに入れた。


 そして振り返る。


「おう、お前俺たちの家で何やってんの?」


 振り返った先には無精ひげを生やし、汚らしい恰好をした男が数人いた。皆汚れた翼を畳み、その体臭はまるで獣のようだった。


 ジョシュアは笑った。精霊とは言えただの翼の生えた男なのだ。顔は確かに若々しいが、雰囲気はただの中年だった。


「何がおかしい! ああんなめてんのかお前!? 盗賊の家に盗みに入るとか頭大丈夫かお前!」


 そして、その典型的な盗賊の反応に、ジョシュアはどこか安心感を覚えた。やはり精霊と言えども中身は人と変わらない、ジョシュアはそう思った。


「ああん!? 聞いてんのか!?」


「おい、やっちまおうぜ。こいつの持ってるもん、珍しいもんだぜ。きっと高く売れる」


「おうそうだな。おいこら、盗賊からモノ盗めると思うなよくそったれ。ぶっ殺してひん剥いてやるよ」


 盗賊たちは短剣を握り、ジョシュアにじりじりと近づいていった。ジョシュアはそれをみて溜息をつく。


「こっちへ来てまで賊の相手か」


 ――そして、一方その頃、洞窟の外、光る空の下でレイスは白い翼を広げたり畳んだりしていた。


「あいつ……出てこないな……殺されたかなぁ……」


 レイスは翼を動かしながら、ジョシュアを待っていた。


「力試し……難易度高かったかなぁ……でもこれぐらいやれなきゃなぁ……うーん」


 レイスは丸めていたギルドの依頼書を広げた。そこには精霊の文字で、こう書かれていた。


 ――盗賊に盗られた宝石を取り戻してください。家族の形見なんです。当然最上級任務です。


「助けに行こうかなぁ。でもなぁ。あたしまで死んだら……」


 レイスは翼を動かしながら、剣を抜きさしして自問自答していた。彼女は良心の呵責からか、ジョシュアを助けに行こうか悩んでいた。


 レイスは洞窟の入り口に眼をやった。すると、洞窟から紅い布を纏った大男が出てきた。


「おっ、あいつ……おー結構やるじゃん。って、え、えぇ……何やってるんだぁあいつ……」


 赤い布の大男、ジョシュアは洞窟から何かを引きずっていた。それは、顔をあざだらけにしてロープに繋がれた男たちだった。


 男は四人。その四人の男をジョシュアは片手で引きずっていた。ジョシュアは男たちを引きずりながらレイスの前に立つ。


「レイス、こいつらはどうすればいい」


「あ、いやーどうしよっかなぁって……に、逃がしていいんじゃないかな? 別に盗賊退治に来たわけじゃないし……」


「そうか、お前ら消えろ」


「へ、へい……旦那ありがとうございやす……」


 盗賊たちは腕を縛られたまま、立ち上がるとそそくさと走り去っていった。ジョシュアはそれを見送り、そしてレイスに向き直った。


 ジョシュアは、無言でレイスを見た。無言で見続けた。


「も、もしかして……怒ってる?」


 レイスの問いかけに、ジョシュアは沈黙で答えた。


「ちょ、ちょっと冗談だってさぁ……な? や、やめ……」


 ジョシュアは、無言で右手を伸ばした。ジョシュアの腕はレイスの顔へ向かう。


「や、やめて! やめてよぉ! あたしにはまだやることがあるんだからぁ!」


 そして、ジョシュアの手は


「いや、ちょっ……な、どこ触って!? ひぃぃぃ」


 レイスの翼を握った。その手触りは、絹や羽毛といったもの以上に、さらさらとして柔らかく、ジョシュアが触ったことのないような心地のいい手触りだった。


「ちょ、やめぇぇぇ! 離せぇぇぇぇ! いやぁぁぁぁ!」


 ジョシュアは、翼から手を離した。手を揉み、感触を思い出すとまた触りたくなったが、レイスが自分の翼を丸めてしゃがみ込み、息を荒くしているのを見て、思いとどまった。


「お前ぇ……いいかお前ぇ……女の翼はなぁ……翼は……女の胸触るのと同じなんだぞ……撫でくりまわしやがってぇ……これだから男はぁ……」


「まぁ、これで許してやる。次同じようなことをしたら、羽抜くぞ」


「変態かお前は! この馬鹿!」


 レイスは立ち上がり顔を真っ赤にして下がった。


「さぁ戻ろう。これで俺も旅が続けられる」


「……あーちょっと、ちょっとジョシュア……なぁお前、盗賊お前がやったんだよな?」


「ああ、そうだが」


「強いんだよな?」


「盗賊よりはな」


「……なぁもう一個、任務受けてみないかぁ? ギルドの仕事じゃなくて、あたしの仕事」


「また騙すつもりか? 懲りないやつだな」


「ち、違う! ジョシュア……なぁあたしのさ、村を守ってほしいんだ。報酬はちゃんとやるからさぁ! あんなに簡単に盗賊退治してしまうんだ! お前ならできるよ!」


「村か、悪いが俺にも時間が……」


「頼むよなぁ! 翼でもなんでも触らしてやるからさぁ!」


「とりあえず戻りながら話そう。報酬を受け取らないとな」


 ジョシュアは紅いマントを身体に巻くと、レイスを連れて歩き出した。


 黒い岩肌を登り、来た道へ戻る。


「あたしの村はさぁ。あそこの分かれ道行くとあるんだ。素朴な村で……皆街に出稼ぎに来てたりするんだよ」


「そうか、この看板、お前の村を示していたのか」


「うん、で、あっちの方、正確にはそこの道からなんだけど、領主が治めてるんだ。治めるって言っても通貨の流通とかは全部この街に依存してるから、正直なぁんもしてないんだけどさぁ。でも……な」


 レイスは、自分の白い翼を握り、震えていた。


「女をさ、献上しないといけないんだ。毎年、一人、あたしの村からだけってわけじゃないんだけど」


「お前が今年、なのか?」


「違う、あたしは違うんだ。あたしの、友達なんだ」


「そうか……それは、気が重いな」


「うん……まだナデアは若いのに……殺されちゃうんだそのままじゃ……ああ……」


「殺される? まて、なぜ殺される? 女を貢ぐってことは、その、なんだ……そういうことじゃないのか?」


「領主は一人。自分の領地から毎年何人も女を娶る。新しい女がきたら、捨てられるんだよ。捨てられた女はあいつの部下のものさ。あいつの部下は800人の荒くれ者さ。あとは、言えないよ……」


「何てことを。どこにでもクズはいるんだな」


「あいつの部下は強いんだ。あたしの村からも、何とかしようと男たちが立ち上がったこともあるさ。でも、数人の村人が、800人の武器を持った兵隊に、勝てるわけないだろ……ギルドだって手出しできない……パパも立ち上がったけど殺され……ま、ママはその償いとして捧げられ……て」


「無理に言わなくていい」


「……助けてくれジョシュア。このままじゃ、あたしは、進めないよ……一年お金を貯めたんだ。助けてくれる人を雇うために」


「……わかった。それで、領主を殺せばいいのか?」


「800人の部下がいるんだ。無理だよ。あたしにだってそれはわかる。だから、追い払うんだ。あたしたちの村に手を出したらやられるって印象付けて、追い払うんだ。それで、交渉すれば……」


「それでいいのか?」


「全員殺せれば、なんて妄想したこともある。でも無理なんだ。そんなに強い奴いるわけがない。それに、あたしは……腐ってるとは言え同じ精霊の仲間を、殺せないよ」


「……お前がそれでいいのなら、俺は従おう。その仕事、俺がやろう」


「……本当か?」


「本当だ」


「よっし! じゃあお前今からあたしの手足な! よぉしそうときまればあのブタ領主をボコボコにする作戦を考えるぞぉ!」


「ボコボコにしないんじゃなかったのか」


「言葉のあやってやつ? まーいいじゃん! さぁ今年はつっよいやつが来たしやるぞぉ! まずジョシュア! お前あたしの翼撫で繰り回したことを謝れ! あたしは依頼主だぞぉ!」


「調子に乗るな」


 ジョシュアはレイスの翼が震えているのを見た。レイスは無理をしている、そうジョシュアは感じた。


 精霊、人、身体の構造に違いがあるのかもしれないが、心は同じなのだということを、ジョシュアはレイスとの会話から知ることとなった。


 街に戻りギルドに報告し、報酬を貰った二人は、レイスの村へと行くのであった。

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