第5話 旅立ち
ルクメリア王国場内広場。広き城の庭にて赤い陣が描かれた。
その陣から漏れる金色の光。周囲には八つの精霊の石。そしてそれを使う騎士たち。
「おっと……中級じゃこの箇所は駄目だな。上級の石を」
「俺のを使え」
陣を準備する騎士たちから離れ、巨大な紅い布を羽織った男がいた。全身に物入れをつけた鎧に、手袋、厚手のブーツ。そして肩からくるぶしまで達する紅いマント。
「少し派手じゃないか? カレナ他の色は無いのか?」
「うちにある一番丈夫な布がそれだったのよ。鎧出したらどうせマントでるんだからいいでしょもう。ほらジョシュア、剣」
「冒険者用の装備が揃わないとはいえ……こんな格好する羽目になるとはな……」
ジョシュアは鎧の物入れを開け、中身を確認していった。そこには小さな刃や精霊の石の欠片、そして緊急用の傷薬に縫合用の糸。そして銀貨。腰には食料として干し肉と豆。火打石。
「ヌル・ディン・ヴィング。向こうの水や食事は大丈夫なんだな?」
「うむ、人が食べるものと人と同じ形をした精霊が食べるものに差はない。だが羽虫……いや、小さき虫のような羽を持った精霊がおるが、そやつらの食べ物では腹を下すぞ。もし機会が来れば注意いたせ。基本的には狩りを行った方がよいであろう。獣肉は癖があるがこちらよりも油がのってうまいぞ」
「狩りか……」
ジョシュアは鎧の腰から小型の弓を出し、そして仕舞う。矢は数十本束ねて物入れに入っている。
「それで、俺はどこを目指せばいい」
「長老は北の端に住んでおったが今はどこにおるかワシにもわからん。ワシと同じように言葉が通じるはずであるから、情報を集めることを優先するのだ。だが背は見せるな」
「背中を? どういうことだ?」
「あやつらは人に対する拒否感がひどい。翼が無いことが分かれば少しやりにくくなるぞ。あと赤い血は見せるな。貴様らが思ってる以上に人は嫌われておるぞ。問題を避けるためにも必要以上に交流せん方がよかろう」
「わかった。ところで何度も聞くが、ちゃんと戻れるんだろうな」
「戻りたくなったら戻れるものではないが、いざという時のために双方行き来する方法はある。こちらの陣のようなものがな」
「わかった。すぐに戻りたいものだな」
「よし荷物は全部大丈夫ね。最低限の着替えを入れた鞄をぶら下げれば旅ができるはずよ」
「ああ、カレナ助かる。ファムそっちの準備はどうだ?」
「もう少しでできる。父様そこ間違ってるぞ。ちゃんと見てやってくれ」
「難しいぞこれ……はぁおじさんにはきついなぁ」
「愚痴るな父様が手伝うと言ったんだろう」
「へいへい、そこは母親に似なくていいんだけどなぁおい」
陣を書くのは精霊騎士数名。書物を片手に支持を出すユークリッドの下で、朱色の筆で陣を書く。
「おいこれだけありゃしばらく飯大丈夫だろ?」
大きな袋がジョシュアの傍に置かれた。袋の口を開け、ジョシュアはそれを確認する。
肉、米、そして水袋。保存のきくパンも入っている。
「急に言われて揃えたからよ。味は気にすんなよ? 干し肉はうちにぶら下がってたやつだからな。腐ってるかもしれねぇから注意しろよ」
「お前そこはみといてくれよ。まぁいいか、ダンフィル助かった」
「まぁな」
「お前は今日は勝ったのか?」
「勝ったよ。だけど明日間違いなくお前の妹か、もう一人の精霊騎士とあたるぜ」
「明日で終わりか。何だ意外と勝ち残れたじゃないか」
「まだ負けてねぇよバカ。やるだけやってやるぜ」
「ははは、まぁこれだけやれれば親父さんも鼻が高いだろう」
「親父は守備兵だからそりゃな」
「ダンフィル」
「あん?」
「悪いが俺の居ない間頼む」
「わぁってるよ。お前がやる予定だったことは全部俺がやってやる。給金だってお前の嫁さんに運んでやる」
「助かる」
「なげぇ付き合いだからな、気にすんな。お前のことだから大丈夫だと思うがよ。きぃつけろよ。楽なもんじゃねぇぞたぶんな」
「ああ、お前もな」
ジョシュアは荷物を置き、ダンフィルと腕を合わせた。ジョシュアの手甲とダンフィルの手甲が合わさり、カツンと音がなった。
「あーあ、いいわねぇ勝った人はぁ。私はわけわかんない間に負けて今年は昇格無し決定よ……はぁ」
「ミラルダさんは残念だったな。俺の勝ちを譲りたいぐらいだ」
「辞退するのなら譲ってよ。はぁああ大会早く終わんないかしら」
「来年があるさ。ミラルダさんなら一年あればいいところいくだろ?」
「あー一年長いわぁ。ほら頼まれてた薬。袋に入れとくわね。熱さましとかもあるから病気になったら使いなさい」
「助かる。いい薬の選択だ。ミラルダさん医療方面に才能あるんじゃないか?」
「実家が病院なだけよ」
「初耳だな。何かあったらうちもミラルダさんの家に行くように言っておくか」
「やめてよなんか恥ずかしいから」
「ふ、薬助かった」
「どういたしまして」
ジョシュアはミラルダに微笑むと、荷物の袋を持ち上げた。その重さは彼には苦ではなかった。
「よし、これならば長旅で疲れることもないだろう。さて……ファムどうだ?」
「兄さんそろそろいいぞ。これで文献通りなはずだ」
「わかった。それじゃ……カレナすまないな。またしばらく帰ってこれそうにない。しばらく寂しい思いをさせるかもしれないが、頼む」
「ほんっとに。もう何なの行ったり来たり。騎士団に嫁ぐとしんどいもんねぇ」
「下っ端の辛いところだ。大会に勝てばもう少しましになるかと思ったんだがな」
「闘技大会辞退だし……あーなんだかなぁ。ケインもいっちゃったし」
「そうだな。でもやらないとな」
「わかってますようん。ちょっと、ちょっとほら」
「……ああわかった」
ジョシュアは纏っていた深紅のマントを広げ、カレナを包んだ。ジョシュアの大きな身体に遮られ、マントの中は二人だけの空間になる。
「ジョシュア、まぁちょっと……こんなところで言うのもなんだけど」
「何だ。まだ言い足りないことがあったのか? 好きなだけいうといいさ」
「あーまだわかんないから期待して欲しくないんだけど。っていうか普通ならもうちょっと置いといてからいうんだけど」
「ああ」
「ちょっと……うんまぁー……えーと? つまり、最近きてないのよねぇ。だからまー変だなぁって思って? でも気のせいかなって思って? あー何て言えばいいのかなぁ」
「どういうことだ?」
「ちょっと察してよ。まだわかんないのよ? まだね。でも……えーっと。うん。子供が、できた、かもって?」
「何? 誰のだ?」
「あんたのに決まってるでしょ馬鹿! あんたとあたしの!」
「俺の? お前の……本当か?」
「まだはっきりしてないけど。医者に相談したらそうじゃないかなって」
「俺に、子供ができるのか? 俺に?」
「うんまぁ……実際あたしもちょーっと、自覚無いんだけどねぇ。できるみたいですよはい」
「俺に子供が、そうか……俺にもできるんだな」
「そりゃできるでしょ何言ってるの」
「なら帰ってくるまでに名前を考えておかないとな……俺が上の名だ」
「あたしが真ん中の名前ね。はいはい知ってますよ」
「男か、女か。ああどっちでもいいな……俺の子供か。それじゃあ帰らないとな。平和な場所だといいんだが」
「それじゃあ約束約束。ほらほら、あれやってよあれ」
「うん? ああ……我が名に従って、悠久の誓約を。我が帰還をもって貴君が命に従う。破は我が生を」
「生は無しよ生は」
「おっと、そうだないつもの癖で、それじゃ破は無しだ。必ず帰る。待っててくれ。いざとなったら……世界の壁をぶち破ってでも帰ってくる」
「それ本末転倒ってやつじゃないの?」
「知るかそんなもん」
「騎士が言っていい言葉じゃないでしょそれ」
「貴族嫌いの割には騎士のしきたりが好きだなカレナは」
「かっこいいのはいいのよ。ねぇあたしの騎士様」
「現金なやつだな」
ジョシュアは、屈み、カレナに口づけをした。それは丁寧で、深く、時間が止まるかのように長い口づけだった。
深紅のマントを広げ、二人は外へでる。外では皆が揃って待っていた。
「別れは済んだかな? いやはや若いとよいな。ハハハ」
その中には荘厳な出で立ちの国王がいた。国王が口を開くと、カレナはジョシュアから離れて姿勢を正し、ジョシュアは身を正した。
「国王陛下、これは失礼を」
「よい、しかしお主にすべてを任せる形になってすまんな」
「いえ、これも騎士の務め。それに私の力が皆を救うのであれば、拒否することはありません」
「うむ、遅れたが、これを受け取るがいい」
国王はジョシュアに向かって手を出した。ジョシュアはそれを両手で受け取る。
ジョシュアに渡された物は光り輝く一つの宝玉だった。透明な、水のよりも澄んでいる宝玉。
「これは?」
「我が国に伝わる精霊の石だ。といっても属性は無い。そうだ、世界で唯一の、無属性の精霊の石だ。使い道はわからん。だが、1000年来続く我が国において最高の宝とされているものだ。きっと何かあろう。持っていくとよい」
「はい。ではいただきます」
「お主に……託す。我らが人の命運」
「お任せください」
ジョシュアは深紅のマントを身体に巻き寄せると、荷物を持ちあげ方に担いだ。
「ファム、父さん。カレナを頼む。身重だ守ってやってくれ」
「わかった……えっ? 兄さんどういうことだ?」
「子供ができたみたいなんだ。頼む」
「ちょっと、ここで言う?」
「何だと!? 俺にも孫が!? そ、それは……マジか! いかんこうしてはいられんぞ……子供用の物を揃えねば、いかん昨日酒買いすぎた……金は残っておったかな……そうだファリーナにも言わねば……」
「父様黙ってろ。わかった、私に任せろ。義姉さんは守ってみせる」
「ちょっとまだできてるかわかんないから! 話大きくしないで!」
「頼んだぞ」
ジョシュアは歩き出す。赤い陣に向かって。ジョシュアに対しすべての騎士と兵士は剣を胸に、敬礼をした。
ジョシュアは赤い陣に立つ。
「ジョシュアよ。何とかして援軍を出せる手段を考える。それまでは一人耐えてくれ」
「アイレウス殿下、ありがとうございます」
赤い陣の一本一本の線が光り、ジョシュアの身体を包む。
「ジョシュアよ。お前が向こうに行けばワシはお前の元へ飛べる。いざとなれば呼ぶがいい」
「ヌル・ディン・ヴィング。頼りにしてるぞ」
「ウム、そのうち声を届ける。待つがいい」
「ああ、よくわからないが待っている」
ジョシュアの周りが赤く光る。そして、ゆっくりとジョシュアの身体が透明になっていく。
「皆、では行ってくる。土産を待っててくれ」
ジョシュアを見る兵は、騎士は、友は、家族は、皆彼を黙って見ていた。
そして、ジョシュアの身体は消えた。陣の光と共に消えた。
「ヌル・ディン・ヴィング? どう?」
カレナはヌル・ディン・ヴィングに問いかける。
「成功した。ワシが消えとらんことがその証拠。今は……どこだ、さすがに1000年経つと場所まではわからんな……」
「そう……頑張ってジョシュア。待ってるから」
陣の周りにいる人たちは、再び剣を胸に敬礼をした。金属音が響き渡った。
世界は周り、新たな世界が開かれる。紅の布を身にまとった剣士は、今精霊の世界へと旅立ったのだ。




