第3話 狂戦士
闘技大会二日目、闘技場の隅でジョシュアはダンフィルと話していた。
「ミラルダさんが負けた? まさか……あの人が?」
「ああ、俺も驚いたぜ。ミラルダさんあれでかなり強い方なんだがなぁ……あっさり負けちまったぜ」
「いい腕してるやつもいるんだな……どいつだ?」
「あいつ、あの女。騎士の塔から出てきたばっかりのやつらしいぜ。えれぇ美人だがありゃ人気出るぜ」
ダンフィルは顎でジョシュアを促した。控室の隅に長髪の目つきが鋭い女が座っていた。その近づき難い空気のせいか、周りの出場者は彼女を中心に離れて座っていた。
「そうか、ミラルダさん油断したか」
「いんや、ありゃマジで負けてたぜ。へへ、今どんな顔して観客席に座ってるのかね」
「まぁ、そういってやるな。お前は勝ったんだろ?」
「おうよ。まぁ組み合わせがな……俺お前の妹君と同じ組なんだよなぁ。あーせめて準決勝まで当たりませんように頼むぜ精霊様ぁ」
「何だそれじゃ俺と当たることはないな。いい気味だ」
「こんのやろう……あーくそまぁやってみねぇとわかんねぇけど。今日はお前、何戦目だ?」
「俺は最初の方だな。リンドール卿の次か? 相手はわからんが」
「相手ぐらいみとけよ。っていうか話は変わるんだけどよ……友人として言っとくが、お前結婚してから何かもう嫁さんとべったりすぎてさ。結構……なんだ、騎士としてちょっと、威厳みたいなのがあれじゃねぇか?」
「いや、それは……言いたいことはわかるが……俺もちょっととは思うんだが……中々どうにも……」
「まぁわかるけどよ。好きなもんはしょうがねぇしな。しかしまっさかあの堅物がこんなにふにゃふにゃになっちまうとは……俺ぁ悲しいぜ」
「言うな。いいだろ別に。仕事には支障はない」
「それが不思議でなんね。へへへ……」
「お前も相手を見つけるんだな。ふ……」
ジョシュアとダンフィルは談笑する。いつものように。
ダンフィルから眼を離し、ジョシュアは控室の方を見た。そこにはグラーフが立っていた。闘技場を見て彼は難しい顔をしていた。
ジョシュアは自然とダンフィルを連れ、グラーフの元へと向かった。
「リンドール卿? どうしたんですか?」
「ああジョシュア君、ダンフィル君も。いや……特に何もないんだが……少し気になることがあってね」
「ところでリンドール卿。ミラルダさんが負けましたぜ?」
「ああ、僕も見ていた。ダンフィル君も見ていたのかい」
「元部下がぽっと出の新人に負けたのはどんな気分ですかい? へへへ」
「ははは、ひどいな君。まぁ……僕がいない間はユークリッドさんの部下として働いていたみたいだけど、また僕が鍛え直した方がいいかなって思ったかな? 冗談だけど」
「……気のせいかもしれませんけど。リンドール卿昨日から何か、楽しんでませんか?」
「わかる? そうなんだ……何かこう楽しくってさ。復帰しょっぱなってのもあるけど、何より……なんだろうなぁ。この空気? ああ帰って来たんだなぁって。ジョシュア君やダンフィル君は初めてだろうけど僕はもう十年近く出続けてるからね。そもそも……あれ? どこまで話したっけ? まぁいいか。ははは」
「……なぁジョシュアよ。リンドール卿ってさ、実はすっげー話好きなんじゃねぇの? 何かこう早口でまくしたてられるとこう……疲れるぜ」
「言うな。聞こえるだろう」
「ん? ダンフィル君何かあるかい?」
「い、いえ別に」
ジョシュアはグラーフから眼を離し、ミラルダに勝った女性を見た。長い髪、だが虚ろな眼をして机の一点を見ている。
ジョシュアは何故か、彼女が気になった。グラーフとダンフィルから離れ、ジョシュアは彼女の元へ向かった。
隣の席に座る。控室の机に、ジョシュアとミラルダに勝った女性が並ぶ。
「君、名はなんという? 俺はジョシュアと言う。ユリウス・セブティリアンだ」
「メルシュレッド……メルフィ・メルシュレッド」
「そうか……緊張するのもわかるが、落ち着いた方がいい。どうだ他の試合を見ないか? きっといい勉強になる」
メルフィは顔を上げ、ジョシュアを見た。その顔は呆けてるようで、眠っているような顔だった。
美形とのうわさに違わないその顔に、ジョシュアはこれは噂になるなと思った。それだけ整った顔をしていたのだ。
「試合、勝たないと。私は精霊騎士になって……お母さんに楽を……」
「そうか、精霊騎士になりたいのか。精霊騎士になれば報酬もいいしな。リンドール卿も君には期待してるみたいだぞ」
「リンドール……勝てば、精霊騎士になれる?」
「なれるかどうかはわからないが……可能性はあるんじゃないか」
「勝てば、なれる……お母さんにもう苦労させなくてすむ……はぁはぁ……」
「む? メルフィ、お前体調が悪いのか? いや……何だこの違和感、どこかで……」
メルフィは息を荒げ、席から立ちあがる。その長い髪から覗く眼は、充血して赤く染まっていた。
「精霊騎士になれる……勝てば……なれる! ああ、お母さん!」
「メルフィ待て、何をする気だ」
メルフィは、手を胸に当てた。光る手、周囲に浮かぶ雷。
「待てメルフィ!」
控室にいる全ての人がメルフィを見た。周囲の人の視線の先で、メルフィは雷光に包まれる。
そして彼女は雷を纏う黄色の鎧姿となった。
「グラーフ・リンドール……私の……私の……!」
メルフィは鎧姿となってよろよろと歩き出した。その歩みの先にはグラーフ、そしてダンフィルが眼を丸くしていた。
「な、何だ? どうしたんだい? ジョシュア君何を話したんだい?」
「おいジョシュアよぉ。嫁さんいるのに口説いてんじゃねぇよ。何かえらいことになってるじゃねぇか」
「いや緊張してたんで世間話を……待てメルフィ、闘技大会失格になるぞ。精霊騎士になりたいんだろう?」
「はぁはぁ……ああ……私何してるの……私に……」
「鎧を解くんだ。緊張して我を忘れただけだろう。しかし空気中の放電で鎧を出したのか? すごいな中級とは思えない」
「精霊騎士にならないと、お母さん、もう働けないの。身体が……だから、私、勝たないと。必死に……」
「落ち着け。鎧を解くんだ。法力がもたなくなるぞ。騎士の塔で習っただろう? 法力が切れると気怠さがすごいらしいぞ」
「……勝たないと? 勝てばいいじゃん。そうよ……精霊騎士を倒せば、私も精霊騎士……! 精霊騎士!」
「待て、メルフィ。待て!」
「グラーフ・リンドールゥゥゥ!」
メルフィは、飛び出した。迸る雷に、彼女とグラーフとの間にあった机や椅子は弾け飛んだ。
その砕けた木片は出場者にあたり、数人が怯んだ。
ダンフィルは横に飛び、グラーフは飛び込んでくるメルフィを真っ直ぐ見ていた。
「メルフィ君、だったかな? 君、やはり最近問題になっている例の病気にかかっているね」
「うああああああ!」
「騎士の塔出たての人が、早々ミラルダ君に勝てるわけないんだ。彼女は騎士の中でも指折りの実力者だ。あんなに簡単に負けるはずがない」
メルフィは光り輝く雷の中から剣を取り出した。その剣は雷を帯び、すさまじいばかりの勢いで空気を裂いていった。
「ジョシュア君すまない、彼女を止めてくれ。僕がやると制裁になってしまう」
メルフィは急に伸びてきた腕に捕まり、止まった。太い腕に抱え込まれ彼女は宙に浮く。
足掻きながらも彼女は雷を放つ。太い腕の持ち主、ジョシュアはその雷に耐えながら彼女に話しかける。
「ぐ、っ! 落ち着けメルフィ。今戦っても意味がないぞ!」
「は、離せ! 私は勝たないといけないんだ!」
「ジョシュア外に出せ! ちょっとやべぇぞ! その雷の剣、普通に斬れるぞ!」
「仕方ない……! おいお前たちそこを開けろ! 闘技場に出す! うおおおおお!」
ジョシュアはメルフィを抱え走り出した。闘技場へ出る道に向かって。
ジョシュアは思ったのだ。彼女とこのまま控室でやりあうと、他の者に巻き添えが出ると。そのため、彼は走り出した。
幸い、二回戦はまだ始まっていない。闘技場は誰もいない。
ジョシュアが飛び出すと、観客が沸いた。観客は試合が始まったと思ったのだ。
「よし門を閉めろダンフィル! 闘技場に閉じ込める!」
「俺かよ!? わかった締めとくぜ!」
控室への門が閉まる。闘技場にジョシュアとメルフィ。彼ら二人は闘技場に立った。
ジョシュアはメルフィを離した。メルフィは飛び退き、ジョシュアと距離を取る。
「先輩ぃぃ……なんで邪魔するんですかねぇぇぇ……お前も沈めてやる! あの女騎士のように!」
「メルフィ、俺は人を説教するほど歳はとっていない。だがあえて言おう……ルールは守れ」
「勝てばいいんでしょ!? 勝てば……精霊騎士に!」
「仕方ない奴だ。気絶させて鎧を引っぺがす。さぁ来いメルフィ。第二回戦だ」
観客の声援が飛ぶ。審判は狼狽する。大会は始まったのだ。
ジョシュアは剣を持っていない。刃をつぶした両手剣は控室の中。大会までまだ時間があるからとジョシュアは剣を降ろしていたのだ。
対するは鎧化した上、真剣をもった騎士。メルフィは雷を纏い、雷光のような速さで駆けた。
メルフィの剣が光る。光のようにジョシュアに襲い掛かる。
ジョシュアは剣を掴もうとしたが、あまりの速さであったため断念し、剣を避けた。
「うあああああああ!」
雄叫びをあげながらメルフィは剣を連続で振る。剣閃が光のように、ジョシュアに襲い掛かる。
「は、速い! くっ……剣が……!」
ジョシュアは何とか見切って避けていたが、頬を斬られ、服を斬られ、腕を斬られた。傷は浅いが、血が周囲に弾かれ浮いた。
「はぁはぁ……あ、ああ……か、勝たないと……!」
メルフィは突然動きを止めるとよろめきだした。ジョシュアはその隙に彼女から離れる。
「メルフィの法力が切れかかってるのか? 持久戦……仕方ない。これ以上怪我はしたくないからな。カレナ!」
ジョシュアは特別席の方へ片手を広げ、掲げた。その特別席には彼の妻であるカレナが座っていた。
その手を見てカレナは剣を投げる。白銀の剣。それは一直線に、迷いなく、ジョシュアの手に飛び込む。
ジョシュアは白銀の剣を受け取るとそのままの勢いで地面に突き刺した。
盛り上がる地面、弾ける石。
メルフィは頭を左右に強く振ると、剣を構えジョシュアに飛び込んだ。
浮き上がる砂。
メルフィは剣を振り上げる。
ジョシュアの身体に砂と石が張り付く。白銀の光が漏れる。
メルフィは石と砂の塊になったジョシュアに剣を振り下ろした。響く金属音。彼女の振り下ろした剣は、ジョシュアの肩に食い込んだ。
剣の食い込んだジョシュアの肩から石と砂がはがれる。
覗く白銀の鎧。
ジョシュアが腕を横に払うと、砂と石が吹き飛び、そこから深紅のマントを纏った白銀の騎士が現れた。
メルフィは剣を引き、一歩飛び退いた。そしてメルフィはゆっくりと歩き出す。
「先輩……反則じゃないですか。先輩は鎧着ちゃだめなんですけどぉ?」
「俺は着てはいけないわけじゃない。俺との対戦では鎧化ありになるというだけだ。ルールはよく読め」
ジョシュアは地面に突き刺さった白銀の大剣を引き抜いた。白銀の剣は鎧化の影響でジョシュアの場合は大きな剣となる。白銀の大剣は大きく、ジョシュアの身長とほぼ変わらない長さの大剣だった。
剣を振り下ろす。その風圧でメルフィは歩みを止める。
「メルフィ、この剣はよく斬れる。だから、お前に振り下ろす気はない。いいかメルフィ。暴れたかったら暴れてもいい。好きなだけ俺に打ち込んで来い。俺は一切抵抗しない」
「な、何? 何言ってるのこの筋肉男……」
「さぁ、やってみろ。さぁ!」
「生意気な……生意気なぁぁぁぁ!」
メルフィは打ち込んだ。全力で、雷を纏いながら。
ジョシュアは受けた。その剣を一切動くことなく。
メルフィは打ち込んだ。打ち込み続けた。右から左から。白銀の鎧に向かって撃ち続けた。
ジョシュアは剣を下げ、それを受け続けた。
空しく音が響き渡る。
白銀の鎧、その鎧は、雷光を受け続けても尚、一つの傷もつかない。
「はぁはぁ……な、なんなのその鎧いいいい……ありえ…ない…」
打ち込み続けたメルフィは力尽き、その場に倒れた。彼女は今法力をきらし、精霊の石の力を維持できなくなったのだ。
ジョシュアは白銀の鎧姿で倒れているメルフィから精霊の石を取った。それは何の変哲もない、精霊の石だった。
白銀の鎧を解き精霊の石を見る。
「……この石で雷光がでるほどの鎧になるのか?」
観客は勝利の宣言がないことに疑問を持ったが、拍手をしていた。
観客たちは知らなかった。この戦いは大会とは関係ないということを。
控室の方ではグラーフと審判が話し込んでいた。ジョシュアはメルフィを抱え、控室へと向かう。彼の胸の中で、メルフィは荒く息を切らしていた。




