第2話 闘技大会
ルクメリア王国には大きな行事が三つある。王国の誕生を祝い国中の村と街で三日間続く王国生誕祭、新年を祝う新年祭、そして騎士団の闘技大会。
闘技大会は一対一で騎士団の者たちが実際に戦い、勝敗を決することにより技術を高めることを目的とし、そこでの戦いぶりにより騎士、さらには精霊騎士へとなることができる。
出場するのは出場を志望する兵士、騎士、そして精霊騎士たち。この大会は王国首都より離れた闘技場で行われ、闘技場で行われる大会では最高規模となる。
「む? やあジョシュア君。君もこっちの組かい?」
「リンドール卿、お久しぶりです」
大会当日、闘技場の控室にてジョシュアはグラーフと会った。精霊騎士第10位グラーフ・リンドール、一年前の傷も癒え、鎧から覗く腕や足もすっかり元通りの太さになっていた。
「いやぁ本当に久しぶりだ。しかし悪いね結婚式行けなくって。治療でずっとルードにいたからね。でもほら、すっかり元通りさ。正直死ぬと思ったんだけどね」
「復帰おめでとうございます。一年も養生してたとは思えない身体ですね」
「鍛え直したんだ。いや苦労したよ。歩くのもきつかったからね。でも君がいてくれてよかったよ。ほら他の騎士とか兵は僕に近づかないじゃないか。少し寂しかったよ。僕そんなに近づきにくいかな?」
「いえ、それは……そういえば他の精霊騎士は別の組ですか?」
「カインネル卿とザイノトル卿はこっちらしいけどみてないな。まぁ、僕たちは二回戦からだからね。最初から控室にいたりしないさ」
「そうですか……ファムは?」
「ユークリッドさんかい? 彼女は三回戦からだからね。まだ組も決まってないんじゃないかな。いやぁ今回は彼女に勝たないとね。優勝させすぎて年長者の威厳が危なくなってるからさ。復帰早々だけど僕も結構燃えてるんだ。君も妹君には負けれないだろ?」
「そうですね」
ジョシュアは周りを見回した。剣を握り何かを呟いている者、知り合いと話し込んでる者、武器を何度も確認する者。
皆一様に緊張しているようだった。ジョシュアはそれを見て、自分は緊張してないことに逆に違和感を覚えた。
「ジョシュア君、負ける気しないだろ?」
「あ、いえそれは……」
グラーフはそれを見抜いたかのように、ジョシュアの顔をみて笑った。
「まぁ、当然って感じかな。遠征の報告書何度か見たけど、どれもこれも簡単に終わらしてるしね。僕も頑張らないとな。初出場の人に負けると結構きついもんがあるんだよね。負けたらどうしようかな……」
「いや、そんな、リンドール卿の強さならば俺如きに」
「ハハハ、正直僕も誰にも負ける気はないさ。まぁ、楽しみしてるさ君とやるのを。こうやって同じ組になったし、あー早く二回戦にならないかな」
「はい、しかしリンドール卿何故もう控室に? 二回戦は明日からのはずでは」
「うん、久しぶりに復帰するし、ライアノック卿にちょっと言われてね。今回はしっかり観戦して行こうと思うんだ。実際ここからみると観戦しやすいしね」
「まぁ……確かに」
控室から一歩外に出ればそこは闘技場の中心、ジョシュアは闘技場を見た。観客としては何度か入場したことのある彼だったが、出場者の視線から闘技場を見るのはジョシュアは初めてだった。
「さて、それじゃそろそろ一回戦が始まるかな。ジョシュア君対戦相手は見たかい?」
「はい、対戦表は持ってきてます。幸か不幸か、第一試合ですからね。勝てばすぐ帰れますよ」
ジョシュアは胸当ての間から紙を出した。そこには一回戦の対戦表が載っていた。
「それはついてるね……相手はキラッグ君か。彼は今年騎士の塔から出てきたところで、かなりの新米だ。能力はまだまだだが結構生意気と聞く。まぁ、軽く相手してあげればいいんじゃないかな」
「今年……そうですか。今年も騎士の塔からの卒業者が……」
「うん今年は四人卒業者がいるからね。一人は一年早く卒業してるから19歳、女性だったかな? かなりの美形らしいよって結婚した君にはあんまり関係ないか。ハハハ」
「美形か……」
ジョシュアは周りを見回し、美形の女性を探した。だが見当たらなかった。いるのはほとんど男。ジョシュアは少し残念な気持ちになった。
「一回戦第一試合始めます。選手は闘技場入口へ」
「来たね。頑張ってきて」
「はい」
審判兵から声がかかる。一回戦の第一試合。それはジョシュアの出番。ジョシュアは刃をつぶした両手剣を持つと、グラーフに一礼し闘技場の入り口へ向かった。
横につくのは長身の男、その顔はやる気と緊張で固まっていた。
「ああ、先輩。聞いてましたがでかいっすね……」
「君も背が高いな」
「うう、あの……対戦相手ってことで。こんなこと言うのは変な感じなんすけど。そんなでかくてよく動けますね。俺は筋肉は大事だと思うんすけど。それだけじゃのろくってきついんじゃないっすか? 俺の剣躱せますかねぇ……」
「中々言うじゃないか。えっと……キラッグ、だったか?」
「はい。覚えてもらって光栄です先輩」
「君、精霊の石持ってるか?」
「は、はい持ってますぜ? おっ先輩使わないでくれって言うんでしょ? 駄目駄目、俺だって言っちゃなんですが緊張してるし勝ちたいんだ。でもどうしてもっていうんなら……」
「ああ、どうしても使ってほしい」
「なっ?」
「君、震えてるな足。でかい口叩くのはいいんだが、心が着いて来てない。まだまだだな」
「ぐ、ぐったった一年差でそんな先輩面するなよ……! よしやってやる!」
「悪かったな」
ジョシュアはキラッグに対して、未熟さを感じていた。よく騎士の塔を卒業できたものだと彼は思った。
闘技場への扉が開く。審判兵と共に二人は闘技場へ入る。
歓声が上がる。
「おおおおお! 第一試合から大物だぜ!」
「すげぇ! でけぇ! 両手剣が片手剣にみえるぞ!」
声が、二人に叩き付けられる。ジョシュアはその声を聞き流し、眼を凝らして自分の家族を探した。
それはすぐ見つかった。見慣れた服装、セブティリアン家の使用人であるメリアとジョシュアの妻のカレナは闘技場の最上階に二人で座っていた。
ユークリッドが気を利かして貴族用の最高級の席を取ったのだ。目立つせいかカレナはいつもよりも縮こまっていた。
ジョシュアが手を振る。カレナは小さく振り返す。
「おいおい女ばっかみてんじゃねぇ。オラ構えろよ剣を合わすんだ」
「……キラッグ、気負うのは勝手だが、少し教育が足りなかったみたいだな」
ジョシュアは両手剣を掲げた。キラッグは剣を掲げそれに剣先を合わせる。
「では一回戦第一試合。初めるぞ。騎士の誉をここに! これにて闘技大会開始を宣言する! 一回戦第一試合初め!」
キラッグはジョシュアの両手剣を弾き、懐から水袋を取り出した。蓋を開け、袋を押し込み水を出す。
水は空中に留まり、それはキラッグの身体に纏わり、それは青き鎧となった。
「いくぞオラ! 俺はどっちかというとお前の妹に会いてえんだよ! そのために必死に卒業したんだ!」
「お前のような品のない奴にファムは会わせん。来い。叩き斬る……と負けてしまうから、叩きのめす」
観客が息を飲む。鎧化をした騎士の強さを観客は知っている。
ジョシュアは功績を上げたとはいえ未だ騎士。観客はその力に疑問を抱いていた。
数人を除いて。
闘技場からみていたグラーフは笑顔でジョシュアを見ていた。最上階から見下ろすカレナはつまらなそうな顔でジョシュアを見ていた。
キラッグは霧を出し、数人に増えた。ユークリッドも使っていた技、蜃気楼で姿を増やす技だ。
流れるような動きでキラッグはジョシュアに襲い掛かる。それは決して早くはなかったが、騎士としてはそれなりの技量を持っていることをジョシュアに伝えるには十分な動きだった。
複数のキラッグの剣がジョシュアに襲い掛かる。
「もぉらった!」
キラッグは、勝利を確信した。自分の剣は複数本、ジョシュアの剣は一本。いくら刃をつぶしてるとは言え鉄の剣で頭を殴れば誰でも気を失う。
当たれば。
ジョシュアは両手剣を手離す。
その瞬間、キラッグの時間は止まった。キラッグの繰り出した複数の剣は無造作に、無作為に、まとめてジョシュアの両手に左右から挟まれ止まった。複数あった剣は一瞬で一本になり、実態以外の剣は霞となって消えた。
キラッグは鎧化している。つまり彼の腕力は水の圧力を利用することで普段の数倍にもなっているのだ。
だが挟まれた剣は全く動かない。生身の男に、素手で、自らの必殺剣を止められている。
「は、はぁあああ!? な、なんで!?」
「筋力が無駄か。ほら動いてみろ。どうしたキラッグ? 俺は素手だぞ?」
「ふ、ふざけ……ふざけんな! そんなでたらめ!」
「もう一度精神修行からやり直せキラッグ」
ジョシュアはキラッグの剣を離した。急に離されキラッグはよろけた。
その一瞬で、ジョシュアは地面に落ちた自分の両手剣を取り、キラッグのフルフェイスの兜に向かって全力で斬り上げた。
その勢いでキラッグは宙に浮き、そして彼の意識は空へと消えていった。
ジョシュアは踏み込み、両手剣を振り下ろす。ゴム毬のようにキラッグは上から下へ叩き落され、そして跳ねた。
キラッグの鎧が消える。消えた後の彼の顔は、白目をむき口を開けていた。
キラッグは決して弱いわけではないが、彼は相手が悪かった。ジョシュアは一年の鍛錬でさらに強くなったのだ。新米騎士では相手にならない程に。
一瞬、あまりに一瞬。観客は無言となった。鎧化した騎士があしらわれるのを彼らは精霊騎士以外での戦いでみたのだ。それは誰にとっても衝撃だった。
「はぁ……品がないやつだったな。すまない審判。俺の勝ちでいいんだな?」
「は、はい! それまで! 勝者ジョシュア・ユリウス・セブティリアン!」
歓声が沸く。無音だった観客が審判の一声で一気に沸き上がった。ジョシュアは手を上げ、歓声に答えた。
そしてカレナは彼に向って当然でしょという顔をした。ジョシュアは眼で彼女に向かって笑いかけた。
ジョシュアは控室に戻る。キラッグは医務室へと運ばれていく。
「うん、まぁこんなもんだろうね。鎧化と言っても中級だし、何よりも石に頼ってたんじゃあね。水の石は便利なんだけどユークリッドさんと比べるとなぁ」
「はい、正直なところ、ちょっとがっかりしました」
グラーフがジョシュアに話しかけ、ジョシュアはそれに答えた。控室ではその二人以外は信じられないものを見たという風な雰囲気であった。
「ではリンドール卿。妻が待ってますのでこれで」
「ああ、僕は一応命令だからね。一回戦最後まで見ていくよ。それじゃまた明日。明日は僕とやれるといいね」
「はい」
ジョシュアはカレナと合流し、闘技場を後にした。
闘技大会、それは騎士にとって実力を高め、披露する場。一回戦すべての戦いが終わった後、翌日に備え皆身体を休めるのだった。




