第29話 輝きの空
――その男は、ただ、笑った。
巨大な光の人は、より巨大な白銀の人に覆われた。影は巨人を覆い、輝く光は遮られ、空一面に星の海を映し出す。
巨竜にしがみ付く青い鎧を纏ったカレナは、満天の星の中、白銀の巨人をみる。神々しいその白銀の巨人から彼女は眼が離せなかった。
地にいる兵士たちも同様に、その美しい白銀の巨人、白銀巨神に対して、皆一様に見上げていた。
「あんなの……人が創っていいもんじゃねぇぞ……遠近感がおかしいだろ……」
「なんて綺麗なんだ兄さん……」
ユークリッドと、ダンフィルは白銀の光に吸い込まれるように、その巨人を見ていた。
「もういい。攻城兵器は、いや何もかも全部、もういい」
「はい」
ヴィック・ザイノトルは、ただ静かに、その光を見続けていた。
「リンドール卿見えますか? あれを」
「ああ……ミラルダ君。こんな光があるなんて……ジョシュア君……君は……僕なんかよりもずっと……」
ミラルダとグラーフは、満足げに、光を見上げていた。
「私は、この光景を忘れません」
「くくく、ゼッシュめ。いい息子を持ったよ。まさに伝説となるにふさわしい光景よ。ワシも子供を作っておけばよかったのぉしかし」
ベルドルトと、シグルスは、その光を誇らしげに見ていた。
白銀の光は、ロンドの光の巨人を包む。もはやそこには絶望はなく、全ての兵は、民は、ただ見ていた。
後世が伝える『白銀巨神』
それは人の危機に現れ、悪しき巨人を倒す者。
それは白銀の光を放ち、絶望を滅ぼす者。
それは絶対的な守護者。
今、白銀巨神は、光の巨人に襲い掛かった。
「うおおおおおおああああ!」
ジョシュアは、腕を掲げる。その動きと同じ動きで白銀の巨人は腕を掲げる。
ジョシュアは、腕を突き出す。白銀巨神は光の巨人の身体をその拳で撃ち抜く。
まるで、藁が飛ぶように、光の巨人は吹き飛んだ。光の巨人の光は弱弱しくなり、ただ赤い灯りのようになった。
白銀巨神は、ゆっくりと歩く。吹っ飛んだ光の巨人は四肢が粉々になったが、その身体は再生する。
光の巨人の四肢再生が終わり、巨人は立ち上がる。白銀巨神は再生した腕を両手で握る。
まるで、人形の腕を外すかのように、巨神は巨人の腕をいとも簡単にもいだ。
赤い鮮血のような光がもがれた腕から放たれる。
「ハ、ハハ……ハハハハ! ハーッハッハ!」
ロンドは笑う。もはや彼には何もできない。自分の巨人姿よりも二倍以上も大きい巨人が自分を解体せんと迫ってくるのだ。もはや彼には笑うことしかできなかった。
彼は何を思うのか。彼の笑い声は何を意味するのか。
白銀の巨神は、光の巨人の頭を両手で挟んだ。
「なんと! なんと素晴らしい! マリア! そしてジョシュア!」
光の巨人の頭が割れる。ロンドは両手を広げ、殻を破られ、広がる外の世界の光景に、ただ笑った。
「ハハハハハ! そうだ! ジョシュア! お前はここまでの力を出して尚、一切の!」
光の巨人の頭は白銀巨神の手によって二つに割れる。
「一切の汚染もない! ハハハ! 何という者を選んだんだマリア! ああ! これで、これで!」
白銀巨神の頭からジョシュアは、飛び降りる。白銀の鎧を纏って、深紅のマントを靡かせて。
「これで……我は死ねる……」
一直線に飛ぶ白銀の騎士は、その鎧化によって巨大化した白銀の剣を持ち落ちる。
「エスメルア、カイツォネ。私は……」
そして、その剣はロンドの身体を貫いた。剣が貫くは身体の左半分。彼の、心臓。
「ロンドォォォォォォオ!」
「ぐおおおおおあああああ!」
光の巨人は一瞬の輝きの後、光の粒子となって砕け散る。
白銀巨神はその身を土や石に戻し、降り注ぐ。巨神のいた場所は高き丘となった。
まるで、そこに初めからあったかのように、ルードの首都に高き丘が出来上がった。
決着。
巨人の光は消え、周囲は夜の闇が広がった。
この光景を見ていた人たちは、ある人は喜び、ある人は涙を流した。各地で思い思いの喜びと、悲しみの声が上がった。
竜の角に捕まり、カレナは見ていた。落ちていく白銀の騎士の背に、白銀の翼を持つ女性がいるのを。
「ロンディアナ、あなたは……どうしてそんなことしか……」
「すまないマリア。でも、人として私は死にたかったんだ。あそこは……ああ、何でここに呼ばれてしまったんだろう。いやよくぞ呼んでくれた……」
「あなたが……あなたならあの人を……」
「私では無理だ。あいつの夢は、もう、叶わないんだ。あんなに夢を求めていたのに……」
「どうして……」
「人は、壊れるよ。一人で長く生きちゃいけないんだ。千年は長すぎるよ」
「悲しい人」
「お互いにな」
白銀は、消える。ジョシュアの鎧は解け、剣は元の形に戻り、そして巨神が創った丘の上にジョシュアとロンドは落ちた。
ジョシュアは寝たままの姿勢で眼を見開く。そこに移るのは夜の空。
「今のは……何だ? 誰だ? 若いロンドと女……」
白銀の翼を持つ女性とロンドの姿は今は幻、剣を杖に、ジョシュアは立った。
ジョシュアが顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。
「ロンド……」
ロンドは立っていた。片腕を失い。胸に大穴を開け、赤く金色の血を流しながら立っていた。
もはや立っていることが奇跡。ロンドは、平然と、ただ立っていた。
「終わってみれば……貴公は無傷。私はこの通り、もうすぐ死ぬ……か」
「ロンド、最後に聞かせてくれ」
「うむ……」
「人を攫って……儀式をしたのは何故なんだ? ただの殺人者であればそのまま虐殺でもすればよかったじゃないか」
「……理由か。何を考えていたのであろうなぁ。いやたぶん……ふふ、よそう。女々しいな。一つだけ言っておこう。あの儀式、実は失敗していない。すべて成功している。失敗したのは最初に私を召喚した時だけだ」
「何だと?」
「ふふ、まぁ、これからだ。少し大きな課題を私は残したよ。貴公が、貴公たちが、これからどうするか、期待しているぞ。では、いくか」
「……ああ」
ロンドは、ボロボロの自分の服から、一つの石を取り出した。それは白色で、それは澄んでいて、とても美しい石だった。
石が光る。ロンドは一瞬の内に白い鎧を纏った。白い鎧に深紅のマント。
ジョシュアは剣を突き立てる。石が白銀の鎧となり、ジョシュアを覆った。そして深紅のマント。
「精霊騎士第3位、ロンディアナ・ベルディック」
「ルクメリア騎士団、ジョシュア・ユリウス・セブティリアン」
二人は互いの剣を掲げ、空で交錯させた。それは、決闘の儀。
これにて、遺恨なく、生き死を問わず。ただ、決着を。
二人は高き丘にて、剣を構える。お互いの深紅のマントが靡く。
時間は暁。空は赤く染まり、日が昇り始める。
――ジョシュアが口上を述べる。
「これより、我ら決闘を行う」
――ロンドが応じる。
「一切の恨みなく」
――ジョシュアが応じる。
「一切の後悔もなく」
――二人の声が重なる。
「ただここに、お互いの勝利を賞賛し、ただここに、お互いの敗北を賞賛し」
――そして、二人の心が重なった。
「これにて、決着の時とする」
一閃、二人の剣は、二人の身体は交差する。
時が止まる。風が流れる。日が昇る。
ジョシュアの白銀の兜が割れ、彼の顔が露出する。
そして――
「両腕があれば、最初からその鎧を纏っていれば、あなたは俺なんかに負けることはなかった」
「くく……かもしれぬなぁ。だが、所詮我が剣は白銀の鎧にしか、届かないのだ……よ……」
ロンドの身体は、肩の位置で、斜めに滑り落ちた。
「見事だロンディアナ。俺はあなたを忘れない」
両断されたロンドは応えることはなかった。その顔は満足げで、そして、笑っていた。
ジョシュアはその姿を、最上級の敬意を示す、剣を胸に当てる姿勢でみていた。彼は、彼らは今、決着の時を迎えたのだ。
ジョシュアは何故か涙を流していた。何故かはわからない。ただ、彼の眼から涙が流れた。
ジョシュアは鎧を解き、振り向いた。そこにはユークリッドが、ダンフィルが、ベルドルトが、シグルスが、ミラルダが、グラーフがいた。
そして、ヌル・ディン・ヴィングと、カレナがいた。
「変な感じだけど……お疲れさま。ジョシュア」
「カレナ、君がいることが、最高の報酬だ」
ジョシュアは笑みを浮かべた。
「兄さん。なんだか遠くへ行ってしまったみたいに感じたけど、笑うとやっぱり兄さんだ」
ユークリッドは笑いかけた。
「おっまえなぁ……力づくも程があるぜ」
ダンフィルは困ったような顔をした。
「いやぁライアノック卿が引退したらもう次の精霊騎士はジョシュア君で決まりですね」
「何を言っている。ワシは……私はあと十年は現役だ」
ベルドルトとシグルスは笑った。
「何かあっという間に置いてかれた気分よ。やるじゃないジョシュア君」
「僕も早く身体を治さないとダメだねこれは……はぁ」
ミラルダは誇らしげに、グラーフは苦笑いをしていた。
ジョシュアは皆を見ると、カレナを見て笑いかけた。
「カレナ」
「何?」
「ありがとう。君がいてくれてよかった」
「な、なによ改めてもう。当然でしょ?」
「……ありがとう、皆。そして、さようならロンディアナ」
ジョシュアは、ロンドの死体にもう一度剣を胸に敬礼をした。騎士たちは皆、それに倣ってロンドに対し剣を胸に、敬礼した。
ガシャンという鍔成りが周囲に響く。今ここにすべては決着した。
その丘の下では幾多の兵が眠っている。彼らは幾多の犠牲の下、勝利したのだ。
「さぁ兵たちよ! 勝鬨をあげよ!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!」
シグルスの号令の元、丘の下にした兵たちが声を上げる。彼らの声は周囲に轟き、避難していた民たちにも届く。
戦いはここに、終わったのだ。
――あの日、ある男が故郷を失ったあの日。
その男の友人の一人は、復讐をしよう、と言った。
その男の友人の一人は、もう戦いは終わったんだ、と言った。
そして、その男は――彼らの分まで生きようと言った。




