第28話 精霊の彼者誰
――彼の望みは、ただ一つ、自分が裏切った人に、裁かれること。
逃げ惑う民、叫ぶ兵士、その中に、白銀の剣は輝く。
攻城兵器から放たれる火球と光の束は、空気を震わせ、光の巨人を貫く。だが巨人の歩みは止まらない。
「ザイノトル卿! 戻った騎士は数名しかいません! これでは火力不足です!」
「精霊の石を使える奴なら騎士でなくても撃っても構わない。俺が責任を取る」
「はい!」
「おいそこの、顔色が悪いぞ。法力が出せなくなったんなら次のやつに……いや俺に代われ。他は退け」
光の巨人は手をかざす。指から放たれる光は周囲全てを焼き、避難所に並ぶ兵器の一部を吹き飛ばす。巨人の歩む先は焦土と化し、人は死ぬ。巨人に飲まれた人から死んでいく。
廃墟となったルードの首都にはもはや人はおらず、寝返った黒い鎧を着た神官兵は全て死に、逃げ遅れたルクメリア・ロンドベリア連合軍の兵士も同様に死んだ。
最前線にあった攻城兵器はすでにいくつか破壊され、それを操縦する騎士も何人か死んだ。
死の行進、たった一人の人の歩みが、数百の死を生み出した。
首都より撤退したユークリッドもまた、攻城兵器の残骸の中にいた。
「この兵器も駄目か……おいお前、何をしてるんだ」
「攻城兵器に使われてるでっかい精霊の石を砕いて欠片にしてるんすよ。まぁ即席の地雷ってやつ? ほとんどの兵器は火属性だから火力出ますぜ」
「面白いことを考えるな……っとまた来るぞ。あの指からでる光るやつだ」
「よっしゃ、まぁ壊れたんなら壊れたで使ってやろうってね。いきますかいユークリッドさんよ」
「急げ。あそこまで着けばまだ砲を撃ってる部隊がいる。やられる前に一発でも撃つ……わぁ!?」
ユークリッドは驚いた。瓦礫だと思っていた影が動いたからだ。
それは眼を見開き、彼女を見た。精霊竜、ヌル・ディン・ヴィング。彼は唸り声をあげ、首を上げた。
「ヌウウウ……いかん落ちてしまったか。ジョシュアはどこだ……あそこか、随分離れたものだ」
「お、お前! 何でここに!」
「近くで見ると相変わらずでけぇな」
ヌル・ディン・ヴィングは翼を広げ飛び立とうとした。だが彼の表情は曇り、翼を畳んだ。
「ジョシュアめ気を失っておるな。これではワシはただの的となってしまうな……」
「お前兄さんはどうした!? さっき飛んでいたじゃないか!?」
「む? 貴様は……どこかで会ったな。そちらの小さき男も」
「いや今だから言うけどよ俺そこまで小さくねぇぞ。大概隣にジョシュアがいるからチビ扱いされてたが」
「答えろ! 兄さんはどこだ!」
「向こうの、山にいる。あそこまで飛ばされたようだ」
「何だって!? 迎えに行かないと……いや、どうやって? くそこういう時はミリアンヌがいればいいんだが、あの成金女めいて欲しいときにいないのだから……っ」
ヌル・ディン・ヴィングは周囲を見回した。そして口を開く。
「娘よ。ジョシュアの剣を探せ。あの白銀の剣を。こっちに落ちたはずだ。あれがなければジョシュアはただの人ぞ。筋力は眼を見張るものがあるがな」
「剣? そんなもの今は……いや、そうか。ダンフィルだったか? お前の精霊の石で飛んで探してくれ。見つかったら呼んでくれ。こいつを使って運ぶ」
「応よっ」
ダンフィルは飛び立った。彼が借りている風の属性を持つ精霊の石は彼の俊敏さを上げる。鎧を纏わずとも彼は疾風のように駆けることができる。
「問題は、あれをどう運ぶかである」
「お前が飛べばいいんじゃないのか?」
「娘よ。お前はあの剣を持ったことはあるのか?」
「いや、持ったこと……あっ」
「あれは重い。ワシですらそのままでは運べんよ。ジョシュアが気絶していなければ連れてくるのだが……だがワシの羽ばたきに生身のジョシュアでは耐えきれまい。しかしながら、あの巨人を断てるのはあの剣しかあるまい。あの火砲確かに破壊力はあろうが、表面をいくら削ろうとも同じことよ」
ユークリッドは見た。光の巨人を。攻城兵器で撃たれている場所は光が一瞬はがれていたが、すぐに元の形に戻っている。無駄なのだということを、視覚的にも感じ取ることができる。
「撤退すべきである。あれでは少なからず遠くない未来、全滅するぞ」
「民に被害が出るんだ。騎士団の皆はきっと……もう退けない。ライアノック卿でさえきっと退く選択肢は選べないはずだ。なぁ、私の剣では駄目か? 大分回復してきたからな。一撃ぐらいならやれるぞ」
「無理だ娘よ。如何に魂結晶を使いこなしていると言えども、あれはそういう物ではないのだ」
「そうか……わかった。ならば……」
「おいあったぞ! ジョシュアの剣だ! すっげぇ光ってやがる!」
空中高くから大きな声が響き渡った。ダンフィルが空高く舞い上がり、声を上げたのだ。
ユークリッドはそれを聞き、無言でヌル・ディン・ヴィングの頭に飛び乗ると急げと頭を叩いた。
「ワシの角に捕まれ。低く飛ぶが、衝撃は相当のものぞ」
それを聞き、ユークリッドは無言で鎧を出す。青き鎧を纏った彼女が準備ができたと竜の頭を再び叩く。
「よし、いくぞ!」
竜は飛ぶ、一つの羽ばたいて浮き、二つ羽ばたいて低く飛翔する。その加速にユークリッドは一切の動きが取れなかった。
彼女は思った。この衝撃の中で戦える人などいるわけがないと。
一瞬、竜は轟音を発し、地に着く。そこにあるは一際輝く白銀の剣。
その輝き、その美しさに、精霊竜ヌル・ディン・ヴィングは声をもらす。
「主がために、己を示すか白銀の剣よ」
「よし、抜くぞ。鎧化してれば……どうだ!」
青き鎧に身を包んだユークリッドは、全力で突き刺さった剣を抜こうとした。
だが、びくともしない。白銀の剣は誰の干渉も受けない。その剣は動かないのだ。
ユークリッドは鎧を解き、地面に膝をついた。
「はぁはぁっ……脇腹の傷が……ダンフィルお前もやれ!」
「そんな重いのか? いや普通の剣よりはでかいけどよそれでも両手剣とか大剣に比べたらぁ……う、うん? 何だこれ……うおおおお!」
ダンフィルは剣を引き抜こうと力を込めた。当然のように剣は動かない。
「何だこれ!? 重いとかいうもんじゃねぇぞ! 地面がくっついてるみてぇだ!」
「ダンフィル地面を掘り返せ。何としても持っていくんだ。少しでも浮けば何とかなるかもしれない」
「槍は土掘りの道具じゃ……ああくそ、やってやるよ!」
ダンフィルは地面を掘ろうと穂先を白銀の剣の刺さっている根元に突き刺そうとした。
しかし、刺さらない。力を入れ続けたダンフィルの槍は柄から曲がり、ついに折れた。
「ディランド卿の槍が……な、なんだこれ……普通じゃねぇぞ。あいつ何でこんなもん持ってるんだ……!?」
「刺さっている地面すら固めるのか……!? 馬鹿などうすればいいんだ! ヌル・ディン・ヴィング何か方法はないのか!?」
「ウググ……」
ユークリッドたちは、途方に暮れた。そうこうしてる間にも光の巨人は迫ってくるのだ。攻城兵器の砲撃音も少なくなってきていた。
ユークリッドたちは見上げた。光の巨人がゆっくりと歩いてくる。
「仕方がない。おい兄さんを連れてくるぞ。時間がかかるが方法がない。おいヌル・ディン・ヴィング、近くまで運んでもらう。空は鎧化無しでは耐えれないから帰りは……担いで走るしかないだろう」
「くそっ! あいつ何やってるんだ!」
ユークリッドたちは竜に乗ろうと足を踏み出した。白銀の剣を背に。
ヌル・ディン・ヴィングは顔を上げ、飛ぶ準備をした。
そして、音もなく、白銀の剣は引き抜かれる。
ヌル・ディン・ヴィングは、その引き抜かれる剣に、一瞬我を忘れ、唖然とした。
「娘何者だ!? まさか……もう一人その剣を持てる者が……!?」
「……なっ」
ユークリッドは振り向いた。そこには白銀の剣を抱え、眼を見開く女性が立っていた。
「あ、いや? ごめんなさい、ちょっと困ってるみたいだったから……ってお邪魔だったかなーって? ごめんなさい、あたしは行くから……どこにいるか知らないけどこの剣の持ち主によろしく言っておいてください……」
「ま、待て行くな! 誰だお前は! その格好避難民か!?」
「は、はい。弟が待ってるんで……これ悪いんですけど届けてくれます?」
「何故持てる!? い、いや今はそんなことはどうでもいい……私は精霊騎士第2位、ユークリッド・ファム・セブティリアンという。名は?」
「せ、精霊騎士ってルクメリアのすっごい偉い人の……あ、あたし別に貴族とか関係ないんで……名乗るほどの者じゃありませんので……ってその姓……ええぇ……」
「ま、まてぇ! 名を教えてくれ!」
「カレナ・ラングルージュと申します……うん。なんか、うんごめんなさい」
「ヌル・ディン・ヴィング! こいつを乗せろ!」
「だが見たところ普通の娘ではないか。圧死するぞ」
「大丈夫だ! ほらこっちへ来い!」
「えっ?」
ユークリッドが触れた女性の身体は、一瞬の内に水に包まれた。
そして創り上げられる青き鎧。赤き二股になったマントを羽織ったその姿は、ユークリッドの鎧化そのものだった。
「な、なにこれ!? え、ええ……」
「私の鎧だ。あまり長くは出せないが……あなたに預ける」
「ちょ、ちょっと待って! 話が見えないから! あたしには弟がいます! 両親はいません! 家は鍛冶場の近くで! たまに狩りもして! ご飯は村の武器を売る手間賃とかで買ってきて! あと、あと婚約者もいて! 数か月しかたってないんだけど……それはいいか! あと……だからこんな鎧着て戦うとか無理です!」
「落ち着け、いいか? あそこの山に私の兄がいる。そして、あの巨人を倒せるのはたぶん今のところその剣を持つ兄だけだ。あなたには今からあそこにいるでかいトカゲみたいなやつに乗って、兄さんに剣を渡してほしい」
「兄さんって……ああこの剣……まさかジョシュアの妹さん? えっ20歳いってないの? いろいろ大きくない? 何なのあいつの家系」
「兄さんの知り合いか? 時間がない。私の鎧は身から離すとしばらくすると消える。頑張ってみるが保障はできない。頼む」
「ええぇ……でもこれ……そうか落としたのねあの馬鹿……私のあげたやつを……い、いいわやったげます」
「よし決まった。ヌル・ディン・ヴィング!」
「乗れ娘!」
精霊竜は頭を下げる。頭だけとはいえその大きさは人数人分以上。あくまでも普通の人であるカレナにとって梯子なしには登れない高さであった。
「ど、どうやって?」
「飛んでみろ。鎧が補助してくれる」
「え、ええ……やってやるわよもう!」
カレナは白銀の剣を携え、飛び上がった。自分が思ってる以上に飛んだ彼女は、竜の頭を飛び越さんとするほどの勢いだった。
ユークリッドは鎧を操り、ヌル・ディン・ヴィングの角を握らせた。
「手が今勝手に……たっかい……」
「ヌル・ディン・ヴィングいけ! 飛んでいけぇ!」
「グオオオオオオ!」
「ちょっと待って! 心の準備ぃ!」
竜は飛ぶ、一直線に、その角にしがみ付いている青い鎧を着たカレナは、息ができない程の衝撃を感じていた。
「何だろう、勝った気がする。これで勝った気がする。何だろう、あの女性、不思議な人だ。気が、晴れたよ」
「はぁーしっかし……攻城兵器も限界ですぜ」
「生存に関しては随一のザイノトル卿ならば大丈夫だとは思うが……兵器が持たないか。おいダンフィルいくぞ」
竜は飛ぶ、光の巨人を横目に、巨人は、ロンドはもはやヌル・ディン・ヴィングを気にしてはいなかった。
ロンドは、彼は、人の抗いを楽しんでいるのだ。それは、残酷な遊び。
火を放つ攻城兵器はほとんどが巨人の放つ光によって破壊され、それを操作していた騎士も次々と死んでいく。
空にいるカレナは、逃げていた時には見れなかった戦場をみていた。同じ年ごろの人たちが叫び、死んでいくのだ。その様子は彼女にとって非日常的で、彼女にとっては、忌むべきもので。
だから、彼女は思った。早く、この戦いを止めてほしいと。彼女が抱える白銀の剣はその思いを受け、一層光り輝いた。
その光の中に――白銀の翼を持つを持つ美しい女性が見えた。
――私の、愛しい、あの人
カレナは空高く昇り、剣を手放す。一直線に、風を斬り、光輝き、それは、一直線に飛んで行く。
――愛してます。愛してます。愛してください。
白銀の剣は一直線に、迷いなく、その担い手の元へ飛ぶ。
――止めてください。止まってください。止まってください。
担い手は、起き上がる。ただ、手を伸ばす。彼の意識の在り処は、関係なく、ただそうであったかのように手を伸ばす。
――殺してください。殺してください。殺さないでください。殺してください。殺さないで。
白銀の剣は、彼の手にピタリと収まる。彼の意識が戻る。
――あなたを、愛さなければよかった。
白銀の翼を持つ女性は、泣いている。剣の担い手であるジョシュアと、運び手であるカレナは、その姿を見る。
ジョシュアは誰に言われるでもなく、自然と剣を地面に突き立てた。
剣が震える。山が震える。空が震える。
――愛しています。愛されています。あなたたちは、幸せ、ですね。
白銀の翼を持つ女性が、彼らの前で、笑った。
「娘! どうした!?」
「あ、ああ……ご、ごめんなさい。何今の……なんて……」
「何だこの震えは! 何が起こっている!? ジョシュアは何をしている!?」
ジョシュアの立っていた部分を残し、山が崩れた。
盛り上がる地面、剣を突き立て、一心に彼は、何かにとりつかれたように剣の一点を見ている。
土、岩、山であったものから伸びるのは、二本の柱、白銀に輝く腕。
腕から、肩。
それは、山を崩し、山を組み立て。
巨大な、巨大な
「何、あれ……!?」
「馬鹿な、娘離れるぞ。何ということを、何ということを始めたんだあやつは! グアアアアア!」
「ちょ、ちょっとまって! ひぃぃ!」
竜は羽ばたき、離れる。そしてそれを追うように、伸びる巨大な腕。
光の巨人が振り向く。ジョシュアのいた位置はすでに、巨人の頭よりも高い。
巨人は、立ちどまった。巨人は、その頭の中にいるロンドは、狂喜しているようだった。
山は抉れ、土は盛り上がり、腕は、肩は、胸は、足は、創り上げられていく。
そして岩が剥がれ落ち、現れるは白銀の光。
白銀の巨人。その大きさは、光の巨人の二倍以上。
それを見ていた人たちは、もはや驚愕することしかできなかった。
その頭の上に立つ男は、顔を上げ、白銀の鎧を纏う。そしてジョシュアは叫ぶ。
「異世界から現れた男よ! もう誰も殺させはしない! ここで、ここが! お前の終わりだ! これで終わる! これで終わるんだ! 終われぇぇぇぇ!」
山を一つ、その身体とし、かの巨人は現れる。
後世は、この時の白銀の巨人をこう呼んだ。
『白銀巨神』と。




