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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第一章 白銀の剣
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第27話 紅鏡の華

 ――数百の国を滅し、数千の心を滅し、数万の命を滅し、数億の魂を滅する。それは覚めない悪夢。


 

 それは、神聖な光。彼の者から放たれる光はある者には希望を与え、ある者には絶望を与える。


 光り輝く巨人は笑う。低く、高く、笑う。


 彼の者がその光り輝く手を広げた時、その指から放たれた光の束は、神殿を焼き、街を焼く。


「建物が地面ごと消し飛んだぞ!」


「退け! 街から出るんだ!」


 光に照らされた兵たちは叫ぶ。山のように巨大な人は、手を握りしめる。広げる手には光の玉。その巨人は光の玉を落とす。


 怒り、悲しみ、全てを光の玉は抱擁し、それを焼く。


「兄さんたち下がれ! 剣じゃ無理だ!」


「ジョシュアこんなん無理だぜ! 攻城兵器だ! 大砲を出すんだ!」


 騎士たちは叫ぶ。光を躱しながら。


「うおおおおお!」


 光を断ち、白銀の騎士は駆ける。彼の持つ白銀の大剣は、巨人の足を削る。彼の手に伝わる感覚は、光り輝く岩を断つかのような硬さを感じた。


 そして削った箇所はすぐに戻る。硬い霞をきるかのような感覚に、彼は、ジョシュアは思った。


 これでは駄目だと。


「兄さん下がれ! ミラルダこっちへ来てくれ! リンドール卿を運んでくれ!」


「は、はい!」


 巨人の足が動く、光を放つ足が、一歩、小さな歩幅で一歩動く。


 それだけで足元にいた白銀の騎士は、衝撃で飛ばされた。彼の鎧は彼の剣は超重量ではあるが、それを無関係に彼を吹き飛ばした。


「うおおおっ!? 一歩歩くだけで……この衝撃なのか!?」


「ジョシュア! いくら硬いからって踏まれたら死んじまうぜ! 騎士団全員でやるんだ! おい聞いてんのかよ! ああくそっ駄目だあいつ……こんな時に、悪い癖がでてやがる……」


 ダンフィルは知っていた。彼の友人は、変な頑固さがある。ここで倒すと言ったからにはきっともう誰もここから退かせることはできない。


「無理だっつってんだろ! 何かの拍子に鎧が解けたら死ぬんだぞ! 俺の鎧じゃあそこまで近づけねぇ……!」


 巨人は笑う。その声は、足元で奮戦するジョシュアにしか届いていないが、巨人は笑っていた。


 ルードの街は崩壊し、神殿はもう残骸すら残っていない。闇夜であった周囲はもう昼間のように明るくなり、避難民たちはその様子を遠くの避難所からみていた。


「皆遠くへ! ロンドべリア兵は誘導しろ! 食糧なんか捨ておけ!」


「ザイノトル卿……街が……」


「怯むな! お前たちが怯んだら民が不安に思うだろう!」


「は、はい!」


「騎士団の兵たちは攻城兵器を出せ! とはいってもさすがに山を削ったことはない……効果があるとは思えないな……」


 避難所から伸びる街道は、避難民たちでいっぱいになっていた。


「姉さん……大丈夫かな?」


「大丈夫、大丈夫よケイン。きっと大丈夫……」


「新神官長よ……攻城兵器って何だ?」


「何で知らないんですか新法王様。城を落とすための大砲とか投石機ですよ。特にルクメリアのは精霊の力使ってるとかで城ごと吹き飛ばせるぐらいすんごい威力なんすよ。あんたほんと馬鹿っすね」


「いやだって城攻めなんざ指示すらしたことはないし……っておい一言多いわ!」


 街は焼かれる。光の巨人から放たれる光は全ての区別なく、街を、周辺を焼き払った。焼き払われたモノには自らの部下である黒い兵士たちもいる。もはや、全ての区別なく彼は破壊の限りを尽くした。


 光の巨人の頭の中で、男はみていた。逃げ惑う人々、足元で抗う騎士、全てをみている。


「くくく、恐怖と焦燥、感じるぞ。よい、よいな。我に怯え竦むがいい。そして願わくば、我に……刃向かってみるがいい。人ならば、できるはずである」


 ロンドは呟く。彼は願っていた。己の全力を、受けきれる者が出るのを。


 光の巨人の足元では一人の騎士が飛び回っていた。白銀の光を放ち、彼は光を削る。削った光はすぐ直るとはいえ、彼は光を削り続ける。


 彼は立つ。光の巨人の正面に立つ。そして彼は叫ぶ。巨人に抗うために、ある者の名を呼ぶ。


「ヌル・ディン・ヴィィィング! 来いぃぃぃ!」


 彼の声は天に届き、巨大な翼を呼ぶ。天より降りる巨竜。


 風圧を纏い、轟音を鳴らし、かの竜は舞い降りる。


「グアアアアア! ようやく呼んだか! 忘れられているのではないかと思ったぞ!」


「ヌル・ディン・ヴィング! 俺を運べ! あいつをこの馬鹿でかいやつの頭から穿り出して叩き斬る!」


「乗れィ。おっと剣はしっかり支えよ。ワシの背に落とすとワシは落ちるぞ」


「わかってる!」


 巨竜は羽ばたく、翼を広げると城の如き大きさである竜とは言え、光の巨人の大きさの前では鳥のようなものであった。


 竜は飛ぶ、背に白銀の騎士を乗せて。


 白銀の竜騎士、彼は空を行き光の巨人の正面に浮遊する。白銀の大剣を突き付け、彼は叫ぶ。


「待っていろ貴様! 今すぐそこから叩き出して、斬る! 次は腕一本で済むと思うな!」


「精霊竜か。まさか、何という……面白い……さぁ我はここだ。来るがいい」


 巨人の腕が動く、すさまじい風圧と、速さ、竜をはたき落さんと腕が振るわれる。


 巨竜は羽ばたく、腕を躱す。その勢いでジョシュアは振り落とされかかる。


「ヌル・ディン・ヴィング! 指だ! あの光を放つ指を落とす!」


「グオオオオオオオオ!」


 巨人の左手は、いまだに光を放ち街を焼いていた。その光の元へ竜は叫び、飛ぶ。


 光の指に対し、ジョシュアは白銀の大剣を構える。全身の力を込め、剣を振りかぶる。


「うおおおおおおお!」


「グオオオオオオオ!」


 ジョシュアは叫ぶ。竜は吠える。剣は光の巨人の指に届く。


 勢いに乗り、四本の指を第二関節から斬り落とす。時間差で爆発する光。炸裂した光は、空を、さらに白く染めた。


 切断した指は落ち、地面に着くと光の粒子となって消えた。切断面はすぐさま新しい指が生えた。


 巨人の足元では走って逃げる騎士たちがいる。その中に巨漢を担ぎ走るベルドルトがいた。


「う……夜が明けたのか……」


「ライアノック卿、お目覚めですか。まだ夜ですよ」


「ディランド卿、すまんな抱えてもらっていたか……これは、これは何だ何故明るい? いやあれは……?」


「敵ですよ。あのロンドとかいう。鎧化させたらあんな風になりました」


「なんと……あれでは剣などでは文字通り太刀打ちできまい。攻城兵器は?」


「用意してると思います。ほとんど避難所の方に待機させてましたから、そっちにはザイノトル卿がいますし、彼ならばすぐに用意してくれるでしょう」


「うむ……なんだ、何か飛んでおるぞ。何だあれは? あれも敵なのか?」


「いえあれは……ジョシュア君です。もう彼しかまともに戦えませんよ」


「なんと……」


「ライアノック卿、援軍は本国には頼みましたか?」


「念のためな、どこまで通じているかわからんが……ミリアンヌを引きずり出せればすぐに来れるとは思うんだが。あやつ気まぐれであるからな。アイレウス殿下を連れてこれなければこの戦、負けよ」


 そして、一方で、グラーフを連れ走る女が二人。


「はぁはぁ……」


「ユークリッド様まだ痛みますか?」


「いや……大丈夫だ。リンドール卿の傷に比べれば……かふっ、うっ……」


「肺かどこか、痛めてるみたいですね。でも……あれ、ユークリッド様……血、えっそれ血?」


「これは違う……何でもない」


「は、はい」


「兄さんと……ダンフィルとかいうやつはまだ残ってるのか?」


「ダンフィル君は退きました。ジョシュア君、いえ兄上様はまだ戦ってると思います」


「まだ、あんな戦いを……私は……何をしてたんだろうな……剣しかできないのに……少し周りよりも強いからと、慢心して、結局役立たず、悔しい……な」


「そんなことありませんよ。リンドール卿の治療だってほぼ完璧じゃないですか。何でもできるんですから、あなたは素晴らしい才能と、努力を積んできたと私は思います」


「ありがとうミラルダ……少し、好きになってきたぞ。さぁ避難所まで行くぞ。街の騎士が残ってるかわからない今、私たちの法力で攻城兵器を撃つんだ」


「は、はい!」


 騎士たちは集う。避難所より出る武器の元へ。彼らは諦めず、そして、前を向く。彼らは知っている。今こここそが、この国のみならず、世界の命運を握ってるその時であると。


 何度か指を落としたジョシュアたちは、敵の腕を掻い潜り、空を舞い続けている。


「駄目だ。これでは、やはりロンドを直接討つしかないのか」


「ジョシュアよよいか。やつは年老いたのちに精霊に汚染された人間だ。生命力は比類なし。人の心臓を断て。やつの心臓を断て。さもなくばこの光の鎧、消えんぞ」


「わかった」


「届くか?」


「届いてみせる」


 竜は羽ばたき、空へ舞う。巨人は仰ぎ、手を伸ばす。


 全てを焼き尽くす光の道が竜を囲む。竜は道を行かない。全ての道を外れ、ただ一直線に、巨人の頭に飛ぶ。


「グオオオオオ!」


 竜の羽ばたきは、風を生み、白銀の騎士は大剣を肩に担ぐ。力の限り、風に逆らい、一点を見る。


「いる。笑っている。あそこだヌル・ディン・ヴィング」


 光の巨人、その頭に、隻腕となった男が立っていた。眼があう二人には、もはや何も言葉はなかった。


 自然と、まるで吸い込まれるかのようにジョシュアは飛び降りた。竜の背から頭に向かって。


 赤いマントが風にあおらる。竜は離れる。


 大剣を両手で握りしめ、巨人の頭ごと貫かんと彼は降り注ぐ。白銀の矢となって。


 轟音を発し、巨人の頭に刃が届く。周囲の光は一瞬かき消され、燃えるような赤い光が剣の刺さった部分から発せられる。それは巨人の血のようだった。


「ぬうううううおおおおおお!」


 力の限り、ジョシュアは剣を押し込んだ。


「く、くくく……さぁここだ、来てみよ」


 光の中にいるロンドは自らの心臓を差し出すように、腕を広げ剣の先に立っていた。


 白銀の大剣は頭に食い込む。力強く。


「ぐ、ぐぐ……何て硬さだ! ウオオオ!」


 ジョシュアは己の持つすべての力を込めて、剣を押し込んだ。だがその剣は動かない。一つも動かない。


 彼の剣は光の巨人の頭に刺さり、それ以上は一切動かなくなった。


「日の光に勝るほどの光でここは創られている。如何にマリアの強靭な刃と言えども、所詮は物、か。どうした? 貴様がそれを押し込めねば、人が死ぬぞ? ここからは逃げ惑う民がよく見える。指一つで、皆焼けるぞ?」


「ぐうううう! 馬鹿なっ! 何の得がある! 人を焼くことに何の得がある!」


「ない、人は殺し殺されるものである。そこに、理由などはいらんと、思わんか? 結局はまやかし、全ては、滅びた後に残ったものが語る。それはただの理由づけ、理由がなくとも人は語る」


「馬鹿な……お前は何なんだ……そんなに偉いのかお前は……利いた風な口を……叩けるほど……!」


「そこまでか。では去るがいい。この国は、ここより滅びる」


 巨人の手が動く、それは頭の上に乗った白銀の騎士を剣ごと払った。


 騎士は落ちる。一閃となって、流星のように落ちる。


 その勢いにジョシュアは気を失う。剣を手放し、落ちる。剣と騎士、二つの流星は別れ、落ちる。


「グオオオ! いかん!」


 竜は追いかける。その竜を追うは巨人の手。


「ヌオオオオオオオ!?」


 竜は叩き落される。真っ直ぐ落ちていく騎士を追っていた竜は、成すすべなく落ちていった。


 首都より外れた山を揺らし、白銀の騎士は落ちる。剣が離れ、ジョシュアの意識が途絶えたためにその鎧は消える。


 彼の身体には傷は一つもなかったが、その衝撃は彼の身体を走った。ジョシュアの意識は今、遠くへと追いやられたのだ。


 そして白銀の剣は遠く離れた地へ突き刺さる。周辺には逃げ惑う民たち。眼を見開き、その剣に皆の視線が集まる。


 巨人は笑う。そして、ついに光の巨人は歩き出した。ゆっくりと、踏みしめるように、一歩ずつ歩き出した。


 崩れ落ちる神殿への道、嘗てジョシュアが流された川も、商店の並んでいた広場も、全ては巨人の足に踏みつぶされ形を失う。


 ゆっくりと、ゆっくりと、巨大な人は歩き出した。


「ここまでか人よ。いや……まだあるか? ふふ面白い」


 その巨人に対し今、ルクメリアの誇る最強の兵器、攻城兵器が向けられた。


「交代で撃て! 法力が切れた者はすぐに次に移るんだ! 第一射!」


 精霊騎士が第9位、ヴィック・ザイノトルの号令の元、火が放たれる。放たれる火は爆音とともに光に叩き付けられる。


 巨大な光の人は、炎を払い進む。その歩みは一切の躊躇もなく、ただ進む。


 燃える炎は華と化し、光は全てを照らす。今、最後の力をぶつける。ルード神国攻防戦、最終決戦。


 今ここで、全ての兵は、覚悟を決めた。

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