第23話 審判の刻 雷光
日が落ち、夕を通り、夜となる。
暗闇の中、神殿への続く道が歪み、周囲の露店や建物といったものが姿を消す。
そこに出るはもう一つの神殿。形は同じ、だが周囲は違う。高台の上に神殿は建っていた。
その神殿を見るのは三人の騎士、大剣を地面に突き刺し力強い眼光で立つ精霊騎士第5位シグルス・ライアノック。
穂先の巨大な槍を片手に佇む精霊騎士第11位ベルドルト・ディランド。
そして、両手を組み、風に髪を靡かせる精霊騎士第2位ユークリッド・ファム・セブティリアン。
三人の騎士たちは時間とともに変わっていく神殿を見ても尚、眉一つ動かさずに立っていた。
日が落ち、街中から雄叫びと剣が触れ合う音が鳴りだした。それでも尚、彼らは一言も発さずに立っていた。
神殿から人が歩いてくるその姿を、三人の男が歩いてくるその姿を、彼らは黙って見続けた。
向かってくるのは顔を仮面で半分覆った男、幅広の剣を担いだ男、そして
禍々しい剣を片手に、黄金色の髪と赤い眼をもつ、壮年の男。
三人の男たちはシグルスたちの前に立った。その堂々とした立ち姿はその男たちの自信と、異質さを物語っていた。
壮年の男は口角を上げ、笑顔を見せた。その顔は、嬉しさを隠せないといった表情だった。
「その覇気、よくぞ磨き上げた。見事である。名乗ろう、我が名はロンド・ベルディック。貴公らのような者たちが我の前に現れて、実に嬉しく思う」
ロンドはゆっくりと、まるで食事会で名乗るが如く、自己紹介をした。その表情は笑顔であった。
シグルスが大剣を地面から抜き、肩に担いだ。そして左手を胸に当て、頭を垂れた。
「私はルクメリア騎士団団長にして精霊騎士であるシグルス・ライアノックと言う。まず貴公の兵を多数切り捨てたことを詫びよう。そして、私の頼みを聞いていただきたきたく思うが、いかがかなベルディック殿」
「ほぅ頼み? 言ってみるがいい」
「貴公はもはや生かしておくことはできませぬ。その首、貰いたく存じまする」
シグルスはそう言うと顔を上げ、力強くロンドを見た。シグルドの表情には怒りの感情が表れていた。
「くく……そうか、欲しいと申すか我が首を。交渉もなく、ただ死んでくれとは実に乱暴よ」
ロンドの両隣の男たちの空気が変わる。男たちは剣をゆっくりと抜いた。
「だが、いい。そう我は言われたとき、必ず答える言葉がある。それを貴公に送ろうぞ」
ロンドは、そういうと異形の剣を片手で持ち、剣先をシグルスに向けた。
音、臭い、そして視野、その剣先を向けられたシグルドは一瞬世界が狭くなったかのように感じた。
凍る時間、向けられる狂気。
「やってみせよ。貴公の手で、我が首取ってみせよ。見事獲れたならば貴公はそう、英雄であるぞ」
シグルスは、言葉を終えるのを待たなかった。ロンドがそう言い終わる前に、大剣を大上段に構えロンドに襲い掛かった。
シグルスは地面を蹴り飛ばし、巨大な剣を掲げ、空中へ飛んだ。
一点の迷いもなく、その剣はロンドの頭に向かって振り下ろされる。その勢いはまさに、暴風。
剣は加速し、ロンドは笑う。
「よい振り下ろしである。虚を突かれたぞ」
剣は停止し、ロンドは笑う。
振り下ろされた大剣はシグルスの身体ごと、ロンドの剣に止められていた。ロンドが剣で防ぐ姿はシグルスの眼には映らなかった。
シグルスはその一瞬であることを悟った。大剣を払い、距離を取ったシグルスは地面に剣を突き立てた。
「よいか?」
「わかっています。僕は仮面のやつをやります。ユークリッドさんは向こうを」
「わかった」
「ぬぅん!」
シグルスは力を込め両手で大剣を地面に押し込んだ。
地面震える。地面が盛り上がる。
柱のように地面が隆起し、走った。その地面は三人の敵の間に壁を作った。
ロンドは笑う。壁に囲まれたロンドは一人剣を肩に担ぎ、笑う。
「ほぅ、分けるか。荷が重いぞ? 気づいておろう?」
「わかっとる。私は騎士団団長である。無様には負けん」
「良い覚悟だ。ああ、それでいい。力を、限りを、見せるがいい」
壁に遮られ、三人は分断される。神殿前の道で、対峙する。
そして分断された壁の向こうで、鞘から峰の反った剣を抜き、右に払う。ユークリッドが剣を構える。
「俺の相手はお前かぁ……できれば遠慮したかったなぁ。あんたは俺に会いたかったかい?」
相手の男は幅広の剣を鞘から抜き、鞘を捨てた。聖堂で対峙した二人はまた、神殿の前で対峙する。
「おおすげぇなこの壁、ただの岩じゃないなぁ。壊せねぇよ簡単に。手助けはなしかぁ……つれぇな。なぁちょっと話さないかい? やりあうだけじゃ寂しいだろう?」
ユークリッドはそれを聞き流す。その表情は冷たく、一切の情もない。彼女は戦いの前に、敵に思いを馳せたりはしない。それが彼女なりの、戦いへの姿勢。
「……ちっ。俺もいろんなやつとやりあった。殺されかけたことも何度もある。だが、なんだ。やっぱり騎士なんだよな。できれば相手とこう、何だろうなぁ。分かり合ってから生き死にを懸けたいっていうかな。違うのかい?」
ユークリッドの周りに青い刃が浮かぶ。一切の問答を拒否し、彼女は構える。
「おう、分かった。俺はお前の名も知らない、そして俺の名もお前は知らない。それがいいというならば、それがいいんだろうな。全力で、なれば全力で参ろう」
その男はそういうと、上着を破り捨てた。彼の胸には石、輝く黄色い石が埋まっていた。
「お前の実力は知っている。普通にやっては勝てん。ならやろうか。翼無しとはいえ俺に流れるのは金色の血。そして胸にある雷の魂! みせよう我が生涯の全て!」
男は、血を流した。金色の血を。握りしめた拳に血が流れる。彼は胸にその手を当てた。
その血は彼の、胸にある石を染めた。金色の血は黄色い石を染め、石は黄金色の光を放つ。
光は、雷光となり、雷光は鋼となる。雷鋼となる。
「久しく会えなかった強者、そして俺の全力、今こそ我が生涯の、輝きの刻。さぁそのままでいいのか? その程度でいいのか? どうする? どうする!」
胸の石の輝きを払い、その男は姿を現した。その姿は巨大な野獣のようであった。
巨大な腕、足、胸、そして獣のように顎を開く頭。二本足で立ち、雷を放つその姿は、まさに雷獣。
「百年ぶりだ。この姿、嘗ての羽虫どもはこう呼んだ、雷鋼魔獣と。人は恐れ、そして敬う。お前は美しい女だ。少し勿体ない気もするが……まぁ、いいだろ?」
ユークリッドはその姿を見た。そして剣を両手で胸の前に構えた。
水の華のように、水の剣が彼女の周りに集まる。刃が彼女を向く。
そして貫く、一切の躊躇なく自分で自分を貫く。その刃は身体を通り、水に戻る。
水は弾け、青き鎧が表れる。そして羽のように伸びる赤い二本のマント。
青き鎧に身を包んだユークリッドは水のように鋭く透明の刀身となった剣を構えた。彼女の顔は青い仮面に覆われる。赤い目を光らし、雷を放つ魔獣の姿を睨む。
「準備万端か。そんじゃまいくかぁ……」
魔獣は両手を掲げる。巨大な腕に、爪が生える。
そして、その身体は、光り輝き雷光となった。
ユークリッドは仮面の中で、初めて表情を変えた。
彼女の周りに浮かぶ青い剣は一瞬で数を増やす。全てをの刃の腹を正面にし、ユークリッドは飛び退いた。
輝く雷光、敵は光。魔獣は突進し、ユークリッドを弾き飛ばした。
砕ける青い刃の束。細身の彼女の身体は空に投げ出される。
「飛んじまったか! ぬおおおおお!」
爪が突き出される。巨大な爪は、ユークリッドを貫かんとする。
その爪は辛うじて、青い剣に防がれた。ユークリッドは止めた爪に乗り、指の間に向かって剣を突き刺した。
巨大な手は硬かった。貫けないと一瞬で判断したユークリッドは爪を蹴り、さらに空へと飛びあがった。両手を広げ、空に多くの剣を出す。
剣は降り注ぐ、雷光の魔獣に向かって。甲高い金属音と共に、それは弾かれる。
「違うんだなぁ。厚さが違うんだなぁ。そんな剣で貫けると思ってるか?」
ユークリッドは思った。相性が悪いと。シグルスの大剣やベルドルトの槍ならば貫けたかもしれないと思ったが、今は自分が相手をしているのだ。
「全開で行くぜ! うおおおお!」
雷が迸り、魔獣は光り輝いた。その動きは雷、一歩歩くごとに地面がえぐれ、弾ける。
魔獣は飛んだ。雷の弾丸となって飛んだ。
その弾丸はユークリッドを貫いた。無常に、一切の抵抗もなく貫いた。
そして消えた。貫いたその姿は消えた。ユークリッドの砕けた姿は周囲に消え去った。
「小細工を……おおおお!」
雷は広がる。周囲を貫く。周囲全てを貫く。
雷に弾かれユークリッドは姿を現した。その表情は少し、曇った。
「よぉしわかった。お前、俺と相性悪いな? その浮かんでる剣が効かないってなると、ただすばしっこいだけの剣よ。技術だけではなく筋力も鍛えるべきだったなァ? 女には酷かい?」
空中で一回転すると、ユークリッドは地面に立った。そして浮かび上がる青い剣。
ユークリッドは口を開いた。戦いには言葉は不要と考える彼女は初めて、口を開いた。
「はぁ……お前、派手だがそれで終わりなのか?」
「何? お前、この姿に怯んでるんだろう? 爪に触れたらもうお前は終わりだぜ?」
「少し……まぁほんの少し、イラついた。だから、ほんの少しだけ、本気になろう」
「まだ見せれると? 面白いなお前」
「精霊騎士第二位の称号、私にはお前は届かない」
ユークリッドは、剣を正面に構えた。周囲には多数の青い剣、その身体は空に、ゆっくりと浮かび上がる。
「兄さんがいなくてよかった。これは見せれない」
魔獣は浮かび上がるユークリッドのその姿を、ただ見ていた。何をするのかということに興味があった。そして単純にその姿は美しいと、感じた。
浮かび上がる彼女は青い刃に囲まれて、空高く浮かび上がった。
ふと見下ろすと、壁の向こうではシグルスたちの戦いが目に映った。そしてベルドルト、赤い炎。
ユークリッドは鎧を解いた。鎧は水に戻った。
彼女は両手を広げる、大きく。
そして天高く浮かび上がった彼女の周囲には、無数の刃が現れた。空を埋めるほどの刃。
「ヌウウウウウ! 数で来るか!」
魔獣の身体は再び光る。その身体は空に飛びあがり、天へ向かって雷となって飛んだ。
空で強い風に舞い上げられる髪は、広がる。腕を空へ掲げたユークリッドは、ゆっくりと手を下した。
飛び上がる雷。降り注ぐ水の剣。
「そんなもの通用するか! 鎧も解いて……諦めたか!?」
雷と剣の雨がぶつかる。
そして、雷は、貫かれる。
魔獣となった男は、理解できなかった。何度もはじいた敵の攻撃、通用しないと思った敵の攻撃が、自分の身体に穴をあけたということを理解できなかった。
魔獣は口から金色の血を吐く。遅れて痛みがその男に迫りくる。
剣の雨は、魔獣を貫く。上から降り注いでいた雨は、いつの間にか横から降り注ぎ、そして下から降り注いだ。
魔獣は眼を見開いた。身体を雨が通り抜けていくさなか、その男はみた。
空に浮かぶ女が勝ち誇った顔をして笑みを浮かべているということを。
雨は魔獣の眼を貫いた。魔獣は消える瞬間雷光を発し、そして消え去った。
空高く浮かび上がったユークリッドは、静かに地面に落ちていった。
「硬いだけのやつにここまでしないと倒せなかったか。まだまだだな私も。はぁ……」
ユークリッドはつぶやき、そして地面にゆっくりと背中から落ちた。




