第19話 ルード国解放戦
――高き丘に、騎士は立つ
ルード国境より二軍に分かれたルクメリア・ロンドベリア連合軍は、十数人の騎士と千数名の兵士がルード唯一の港町に迫った。
連合軍の手によりルードの街道は全て抑えている。港町を抑えることで完全ではないもののルードは陸の孤島となるのだ。
連合軍は恐れた。敵の大将であるロンドを逃がすということを。やつは一人で一国を全て覆うほどの兵を作り出せる。やつを逃がしてはこの戦い負けである。
よって連合軍は包囲作戦をとった。その要であるルード神国最大の港町にして唯一の港町、二ルドに向かった。
そしてその街を守るは黒い鎧の兵士たち。その数一万以上。
高き日の元に、黒い集団が並び、連合軍と対峙していた。
中央にはルクメリア騎士団団長にして精霊騎士第5位のシグルス・ライアノック。馬の上より巨大な剣を掲げ、言葉を放つ。
「あそこにいる兵は全て虚像である! 兵数差は10倍以上! だが貴君らには槍の一本たりとも通りはしないだろう! 騎士よ前へ!」
軽装の騎士たちが前へ出る。その数13名。
その中にはジョシュアとダンフィル、ミラルダもいた。
「全員鎧化を果たせ!」
号令が飛ぶ。その号令に従い、次々と鎧姿になっていく騎士たち。
最後に地面に突き刺された白銀の剣から銀色の光が放たれ、ジョシュアは白銀の鎧に赤きマントを羽織った鎧騎士となった。突き刺した白銀の剣は巨大な剣となった。
「これより我らルード神国奪還を果たすべく進軍する! 並居る有象無象を全て薙ぎ払い正義を示せ! 我らが行く道それ即ち平和への道なり! 全軍! 進軍せよぉぉぉぉぉお! 我に続けぇぇぇぇ!」
「ウオオオオオオオ!」
雄叫びを上げ、連合軍は黒い軍団に向かって進んだ。巻き起こる砂埃、そして足音の轟音。
黒い鎧の敵軍も、それを見て動き出す。両軍の距離は加速度的に縮まっていった。
ルクメリアの騎士は単騎の力が飛びぬけているため、陣形を取らない。取れない。足の速い順に敵陣になだれ込んだ。
先頭は馬にまたがったシグルス・ライアノック。馬の上より大剣を振り、一振りで黒い兵士をバラバラにする。
「一番槍は私が貰った! 続けぇぇぇえ!」
黒い軍団の群れ、シグルスを中心にそこへ飛び込む連合軍。
爆炎と共に黒い鎧が飛び散る。赤い鎧に全身を包んだミラルダが剣を振るたびに爆炎が起こり、敵の鎧は砕かれていく。
上へ下へと青く緑の鎧を着た者が飛び跳ねる。動いた跡に風が吹く。ダンフィルの槍は正確に敵兵を貫いていった。
騎士たちは強かった。兵数は圧倒的に敵の方が多い。しかし黒い兵士は彼らをとらえきれなかった。他の数名の騎士たちも様々な光を放ちながら黒い兵士を切り裂いていく。
そして、白銀の巨大な剣を持った男がゆっくりと進む。腕一本でその剣を持ち上げ、腕だけで無造作に横に薙ぎ払う。彼の目の前の兵たちはそれだけでどんどん数を減らしていった。
白銀の鎧が進むたびに、黒い兵の身体は二つに割れていく。彼は他の騎士に比べ、特に強かった。
だが連合軍は皆騎士ではない。精霊の石を使えない兵もいる。兵士たちは黒い兵士の鎧の硬さに手こずっていた。
「鎧化を果たしていない兵士たちは複数人で一人に当たれ! 敵の動きを止めて鎧の隙間を狙え!」
戦場にシグルスの声が響く、彼は戦いながらも全軍を見れる。彼の魅力その視野の広さに会った。精霊騎士順位は彼以上の者はいるが、彼以上の指揮能力がある者はいなかった。
彼の指示通りに兵士たちは動く、数人で一人の敵を囲み、敵の剣を止めてる間に他の者が黒い鎧の隙間に剣を突き刺す。その戦法でゆっくりであるが鎧化を果たしていない兵士たちも敵を倒し始めていた。
そして、精霊騎士第2位ユークリッドは敵軍の中を剣を抜かずにまるで散歩をするかのように悠々と歩いていた。
彼女は何もせずただ歩いているだけ、だが彼女の周りでは青い刃が敵を貫いていった。黒い兵士が剣を振りかぶると、一瞬で刃がその兵の胸を貫いた。
歩いているだけで敵が倒れていくその光景は優雅であり、美しかった。
突風が吹き荒れる、精霊騎士第11位ベルドルトは槍を片手に持ち、背を反らせた。
一歩、二歩、そして三歩、彼はステップを踏み、その槍を力の限り投げた。
轟音と爆風、ベルドルトの投げた槍は全てを薙ぎ払い、黒い軍団の一角に空白を作った。
そしてベルドルトは短めの剣を鞘から抜き、背に背負っていた棒を伸ばして剣の柄に刺す。剣は槍となる。彼は槍の投擲をよく使う関係から、常に予備の槍を装備していた。
「ウオオオオオ!」
雄叫びが彼処から聞こえる。連合軍は騎士を中心に、黒い鎧の兵士を次々と倒していった。
「ふぅー、こりゃ殲滅も時間の問題だぜぇ」
ダンフィルは敵兵を貫くと飛び上がり、連合軍旗が靡く杖の先にしゃがみ込むようにつま先で立った。周囲は倒された黒い鎧の残骸で埋まっていた。
そして、光の欠片となってゆっくりと消えていく鎧の残骸。消えた跡は何も残らなかった。
「ダンフィル。疲れたか?」
「ああ? ああその声はジョシュアか。お前その格好だと威圧感半端ねぇな」
「威圧してるつもりはないんだが……ここら辺は終わったな。ダンフィル向こうの兵の援軍に行くぞ」
「応よ。でも何だなぁ。町民は事前に全員逃がしてるとは言え、人が生活してる町を攻めるってのは気分いいもんじゃねぇよなぁ。お前もそうだろ?」
「正直言うとな。だがあの黒いやつらは国民を攫っては殺していたんだ。害虫駆除のようなもんだと思うしかないだろ」
「まぁなぁ。ただなぁ、これが正義の戦いって何か違和感感じるがねぇ」
「ああそうだな。だが手段を選べるほど俺たちは強くないさ」
「だな。よし行くぜ。負傷者もちらほら出てきてるみてぇだしここが気張りどころだぜ」
ダンフィルは旗から飛び降り、鎧化によって大きな穂先となった槍を頭の上で回した。そして起こる風。それに乗ってダンフィルは苦戦している兵士の方へとジャンプした。
ジョシュアはそれを見送り、赤きマントを靡かせ、敵兵の方へとゆっくりと歩き出した。
数刻後、数十名の負傷者を出し、黒い鎧の兵士たちは一体残らず倒された。
「全軍集まれ! ここに陣を築く! 兵士団団長よ兵を引き連れ屯所を製作せよ!」
「はっ! いくぞ貴様ら! 休むのは屋根を作ってからだ!」
兵士団団長に連れられ二十人ほどの兵たちが馬車から木や天幕用の布を取り出し陣地を作成し始める。
ジョシュアたち騎士は鎧化を解き、騎士団長シグルスの元へ並び立つ。
「よくぞ戦った。見事である。貴公たちの働きによって我が隊の被害は最小限に抑えられた」
「はっ!」
姿勢を正し、騎士全員は声を合わせ返事をする。ズラッとならんだ騎士の中でもジョシュアは一人背が高かった。
「貴公が今回最も敵兵を倒したな。貴公は……ああ精霊会議で会ったな。ジョシュアよ殊勲である」
「はっありがとうございます」
「では屯所ができるまで……」
シグルスが解散の号令を出そうとしたところに、ユークリッドが男を連れてやってきた。
連れられてきた男は一礼した。
「おおザイノトル卿、お主も来たか。これでここに精霊騎士が四人か」
「ライアノック卿、すみませんが私は参戦しに来たのではありません。これを」
「これは……ふむ」
シグルスは受け取った筒を開けた。その中には巻かれた紙が入っていた。
紙には文字が書かれていた。巻かれた紙を広げ、シグルスはそれを読んだ。
「ふむ……リンドール卿が見つかったと? ザイノトル卿確かか?」
「はい、実際に私が会ってきました。ただ……」
「ただ? 何かね」
「少し、重い病にかかっております。郊外の町の……病院に入院しております」
「病? なんと……戻ってこれぬほどか? 病名はわかるか?」
「これ以上は彼の名誉に関わりますので」
「うむ、そうだな。このような場で話す内容でもないか」
「できれば彼の部下をリンドール卿の元へお送りください。あと……ディランド卿を」
「何? どういうことだ?」
「これ以上は」
諜報活動に秀でた精霊騎士第9位であるヴィック・ザイノトルは、それだけを言うともう何も言わなくなった。
根負けしたシグルスは並んでいる騎士たちに向かって口を開く。
「……では命じよう。ミラルダとダンフィル、そしてジョシュアもそうであったな。貴公らはディランド卿と共にリンドール卿の元へ参れ。ザイノトル卿、ディランド卿に場所を教えておいてくれ」
「御意」
「命じた者たちは残れ。他は解散だ。此度はご苦労であった」
「はっ!」
騎士たちは声を合わせて返事をしたあと、思い思いに解散していった。そして、シグルスの元にはジョシュアとダンフィル、ミラルダが残っていた。
「私も行くか?」
「ユークリッド殿はここを守ってもらおう。ザイノトル卿の指示通りこの三名とディランド卿だけでいってもらう」
「そうか、ではな兄さん。私は少し寝てくるから気をつけるんだぞ」
「ああ、大丈夫だ」
ユークリッドはそう言い残し作られたばかりの天幕の方へと歩いて行った。
残った三人はそれぞれ姿勢を崩した。そしてミラルダが口を開く。
「あのザイノトル卿、リンドール卿はそんなにひどいのですか?」
「……生き死にというわけではない。会えばわかる」
「そうですか……でも生きてるってわかっただけでもですね」
それだけを言うとヴィック・ザイノトルは口を噤んだ。彼はどちらかというと無口な方だった。
思い出したような表情をしたシグルスは、口を開いた。
「ところで、ジョシュアよ。貴公の精霊の石、上級だな? どこで手に入れた」
「……上級? これが?」
ジョシュアは剣の柄に埋め込まれた石をみた。それは金色に輝いている。
「うむ、上級の石を使い鎧化を果たした者は、深紅のマントが装備される。マントの形状に種類はあるが。貴公の鎧にもあったであろう」
「そうなんですか……この石は剣についてきた物です。属性もよくわかりません」
「属性は……そうだな。ミリアンヌの例もあるが……たぶん地だと思う。土や石が鎧になったであろう?」
「はい」
「あれは地の属性を持つ石の特徴だ。まぁ私の知らない属性もあるから何ともいえんがな」
「地……か」
「使い込むがいい。かなり便利な属性ぞ。便利さではユークリッド殿の水にはかなわぬがな」
「はい」
「お前の上級かよぉ! くっそいいなぁ俺のと交換しねぇ?」
「ダンフィルは親父さんから貰った石を大事にしろ」
ジョシュアたちが話しているとベルドルトが歩いてきた。申し訳なさそうな顔をしてシグルスに一礼する。
「すみません少し槍を拾いに行ってて……お待たせしました」
「うむ、ではディランド卿、この三名を連れてリンドール卿の元へ急いでくれ。ザイノトル卿」
「はい、ディランド卿これがリンドール卿がいる町までの地図です」
「ありがとうございます。では皆さん急いでいきましょうか。グラーフのやつに遅刻した償いをさせましょう」
ベルドルトたちは港町より出発した。彼らが立ち去った後、港町は連合軍の手によって閉鎖された。
それを遠くの山の上からみている男がいた。彼は口角を上げ、笑うとその場から立ち去った。
ルードはこれにて閉鎖された。街道、港、そして国境に面する山々、そのすべてに連合軍の兵がいる。ルードを救うのはただの武力。港町より離れた場所へ避難させられた市民たちは不満を持ちつつあった。




