第17話 精霊竜との契約
「神官長! 法王様がお疲れですよ! もっと老人をいたわってください!」
「いたわってるよ!? この馬私のだからね!? っていうか何でお前が馬に乗ってて私が走ってるの!?」
「神官長が馬一頭しか持ってなかったからでしょ! 速く逃げないとあの金髪のおっさんにまた法王がえらいめにあいますよ!」
「私も乗せてくれよ!」
聖堂から離れた森の中、馬を引き走る数人の男たちがいた。
馬の上では神官が一際目立つ格好をした老人を背負い、手綱を持っていた。
老人はルードの法王、精霊神教最高位、ハルバート・ルード13世。
「法王様! 法王様! いけませんまだ死すべき時ではありません! 歪みを直さねば!」
「何としても法王様を助けるんだ部下よ! 法王様が死ねばルードはもはや奴らの物になってしまう!」
「致し方ありません……神官長、ルクメリアの騎士団に法王様を……」
「ぐ、ぐぐ……法王様にそんな屈辱的なことを……」
「あいつらよりはマシでしょう! そんな半端な判断しかできないからその年になっても結婚できないんですよ!」
「お前こんな時でもいつも通りだな! ああくそわかったよ! 法王様は絶対に守るぞ!」
森の中、馬を引き連れている神官たちは町の外に立つルクメリアの騎士団旗に向かって走り出した。
馬の背にいる法王は息を切らせ、身体を痙攣させている。
「私は……間違った……私は……すまぬ国民よ……すまぬ……」
老人が途切れそうな意識の中、つぶやくのは謝罪の言葉。彼は悔いていた。彼自身が行ったことを彼は悔いていた。
――彼は、間違えたのだ。方法を間違えたのだ。
一方、聖堂のあった場所では巨大な精霊竜、ヌル・ディン・ヴィングが天を仰ぎ、歓喜していた。
「グアアアアア! 何と美しい空の世界だ! 青い空! 白い雲! そして一つしかない太陽! ああ何と美しい世界だ!」
響き渡る声、精霊竜の足元には鎧化を解いたジョシュアとダンフィル。そして駆け寄るユークリッドたち。
「兄さん。大丈夫だったのか?」
「ああ何とかな。こいつに助けられてな」
「わりぃジョシュア……ちょっと気持ちわりい」
「座ってろダンフィル」
ユークリッドが見上げる先には、一つの城のような巨大な生物。それは人語を話し、人のように喜び、叫んでいる。
「兄さん、お母様からもペットは飼うなとは言われてないが、さすがにこれは無理じゃないか?」
「何!? ペットだと女!」
ヌル・ディン・ヴィングは首を下げ、ユークリッドを睨みつけた。ペット扱いされたことに怒ったのだ。彼は誇り高い生物である。
「何だ耳はいいんじゃないか。おいお前、はしゃぐのはいいがいきなり飛び出てきて何なんだ?」
「ぬぅぅぅ態度のでかい女よ……ワシは精霊竜が長、ヌル・ディン・ヴィング。最強の精霊竜にして最高の竜族である」
「ほぉ、では私は精霊騎士第二位、ユークリッド・ファム・セブティリアンという。よろしくなヌル」
「我が名は三節合わせて名である。省略するではない」
「ややこしいな。ではヌル・ディン・ヴィング。よろしくな」
「うむ、よろしく頼もう」
ユークリッドはヌル・ディン・ヴィングの顎を撫でた。精霊竜は息を吐き、それを受け入れた。
「ユークリッドさん、ちょっといいですか?」
「なんだディランド卿」
「いえ……ほら、いませんよ」
ベルドルトは床を指さした。そこは少し前までいたはずの倒した金髪の男がた場所だった。
「ああ、まだ動けるとはな。すまないディランド卿、少し探してきてくれないか?」
「わかりました、あと法王も探さないと。周辺の生命反応を探ります。ミラルダさんも手伝ってください」
「はい」
ベルドルトはミラルダを連れて、緑色の精霊の石を光らせ聖堂から離れていった。
見上げるジョシュアとユークリッド、そして座り込んでいつの間にか寝息を上げているダンフィルはヌル・ディン・ヴィングの足元に残った。
「咄嗟だったが、うまくいったなヌル・ディン・ヴィング」
「うむ。やはり聖剣として名を馳せたマリア。石をまるで水を断つかのように裂けたな」
「ああ、切れ味だけはいいんだ」
ジョシュアは腰の白銀の剣を半分だけ抜き、そして納めた、カチンという鍔成り音が響く。
「ところで、契約とか言っていたが……」
「うむ、ジョシュアと言ったな。精霊竜は嘘はつかぬ。貴様にワシと契約する名誉をくれてやろう」
「それをするとどうなるんだ?」
「お前の声が、ワシを呼ぶ笛となる。まぁそうだなわかりやすくいうと……呼べばワシは貴様の元へ来るということだな」
「そうか……いや特にいらないな。お前を呼んでどうするかよくわからないしな」
「兄さん、何を言うんだ。こいつは飛べるんだぞ。こいつがいれば世界中どこへでも飛んでいけるんじゃないか?」
「そんな乗り物じゃないぞ。可哀想だろう」
「そうだな……兄さんがそういうならそうだな可哀想だな乗り物扱いは……」
「む? いやそれが望みならば構わぬぞ? ワシは精霊竜の長、穴倉より助け出された恩義は忘れぬ」
「契約か……具体的にどうするんだ? 痛いのか?」
「これを見よ」
精霊竜は首を上げ、胸を張った。そこには結晶のような石が埋まっていた。
「ワシの魂結晶だ。精霊竜は精霊種の中でも飛びぬけた魂結晶ができる。ワシはもう1万年近く生きとるからな。大きさもこの通り身体を突き破るほどだ」
「……魂結晶? ファム知ってるか?」
「いや、聞いたことあるような……」
ジョシュアとユークリッドは二人とも手を組み、片手を顎においた。二人とも全く同じ仕草をしていた。考え込むときはこの仕草をしてしまうのが二人共通の癖であった。
「貴様ら兄妹はあまり頭が良い方ではないのか? 魂結晶は貴様らの世界では精霊の石と呼ばれておるものだ。ジョシュアは先ほど言ったであろう」
「言ったか? よく覚えていない」
「って何!? この大きいのが精霊の石なのか!? おい兄さんこれ使ったらいったいどんなすごいことができるんだろうな!?」
「娘よ。ワシの魂結晶はワシが死なぬ限り力を持たぬよ」
「そ、そうなのか? う、うん……? ああ、すまないそもそも精霊の石って何なんだ? 世界中に無造作に落ちてて何気なく使ってるが……」
「……知らんのか? 待て貴様ら地下で話したときから会話のかみ合わなさを感じとったが……もしやフェリシオンの世界を知らんのか?」
「ファム知ってるか?」
「いや……」
「待て、また考え込むな。ぬぅ……ワシは話し上手なわけではないのだがな。よかろう、少し長くなるが語ろう」
ヌル・ディン・ヴィングは話した。精霊の石のことを、そしてフェリシオンの世界のことを。
フェリシオン、そこは精霊の生きる世界。多種多様な翼を持った精霊は、精霊竜、精霊、精霊獣という大別すると三種類に分けられる。
精霊竜、翼を持ち、強靭な顎と爪を持ち、火や氷を吐き出す精霊たちの長。
精霊、様々な形をした翼を持つ人、集落を築き暮らしている。
精霊獣、家畜として精霊人に飼われる生物。その主な役割は農耕の補助、乳、肉などである。
そして、精霊の石、魂結晶と呼ばれるその石は精霊の体内に作られ、ゆっくりゆっくりと周囲の環境に馴染みながら成長していく。そして精霊が死するときに体表に出て、様々な属性を持ち、それを持つものは精霊としての力を発揮する。
彼はそこから来たというのだ。ジョシュアとユークリッドはそれを聞き、まるで絵本の中の話のような実感のなさを感じた。
「どうやらはっきりと理解はできぬようだな」
「あ、ああ……その世界、どうやっていくんだ?」
ジョシュアが口を開く。単純な興味からの質問だった。
「行く方法などはない。嘗て人間どもが攻めてきた際に、精霊の王は門を閉じたからな」
「お前はどうやって来たんだ?」
「わからん。ワシは捕らえられ、地下深くに幽閉されておった。それが気が付けばここの下だ。全く分からん」
「不思議な話だ。よかったなファム。お前昔精霊の国にいきたいとかいってたじゃないか。少なくとも存在は確認できたぞ」
「いつの話だ。というよりも何故覚えているんだ兄さん」
「しつこかったからな。で、ヌル・ディン・ヴィング。契約はどうするんだ?」
「うむ、ワシの魂結晶に手を当てよ」
ジョシュアは言われるがまま、ヌル・ディン・ヴィングの胸にある魂結晶の塊に手を当てた。
手を当てた瞬間に何かがすっと抜けていくような感じがした。
「これで契約完了だ。ジョシュアよ貴様の魂の一部、我が石に封じた」
「魂の一部? それは……どうなんだ? 俺の身体に影響はないのか?」
「ない、魂という物は生きる者であれば常に身体から抜け出ているものだ。少しずつな。それを貰っただけの事」
「そういうものなのか?」
「人はその溢れる魂の力を法力と呼んでおったな。そちらの方が理解しやすいか?」
「俺の法力を貰ったのか。ああわかりやすい」
ジョシュアは納得した。なじみ深い言葉を使うとこんなに理解しやすいのかと彼は思った。
「兄さんに法力があったのか?」
「失礼なやつだな。鎧化してるんだからあるに決まってるだろう」
「いや、ワシがいうことではないかもしれんが、ジョシュアよ。貴様の魂の力は弱い。魂自体が弱いわけではなく、溢れ出てくる力が極端に弱い。どういう理屈で弱いのかはワシにはわからんがな」
「弱いのか? 道理でいろいろ苦労したな……」
「ふ……さぁて、ではワシはこの世界を空高くからみさせてもらおう。ジョシュアよ。この契約を成すには天高く我が名を呼ぶがいい。ワシはどこにいようとも、貴様の前に瞬時に姿を現すであろう」
「ああ、ありがとう」
「だが忠告しておこう。精霊竜の契約は簡単だが深い、ワシが死ぬということは、貴様も死ぬ。逆もまた然り。命を無駄にするではないぞ」
「ああ……? いやちょっと待て。お前が死んだら俺が死ぬ? 何だそれは」
「兄さんがこんなでかいトカゲと心中しなければならないだと! ふざけるな!」
「ふざけてなどおらんよ。精霊の契約とは本来そういうものだ。まぁ死ぬ寸前に契約を破棄すれば引っ張られることはないがな。即死だけには気をつけるがいい」
「契約破棄の方法は?」
「ワシの魂結晶を砕け。それで契約破棄は完了する。まぁそうなるとワシは死ぬがな」
「助かりたかったらお前の命を奪えと?」
「然り」
「……わかった。外へ出しただけだが、そこまで重い契約を交わしてくれるとはな。ありがとうヌル・ディン・ヴィング」
「ふ……マリアを持っていなければもっと慎重になったわ。ではワシはこの広い大地を堪能させてもらうとしよう!」
ヌル・ディン・ヴィングは翼を広げる。それは大きく、強かった。
羽ばたきその巨体は浮いた。羽ばたくたびに精霊竜の身体は空高く浮かび上がり、そして消えていった。
「兄さんさっそく呼んでみたらどうだ? あれだけ言って去ったんだ。すぐ戻ってきたらどんな顔をするのか見てみたい」
「やめとけ。あいつが死んだら俺も死ぬんだ。といわれると……な。いや怯えてるわけじゃないんだが……簡単に呼ぶ気になれないなもんだな」
「まぁそうだろうな。どれディランド卿と合流しよう。何か見つかっていればいいんだが」
「ああ、おい起きろダンフィル行くぞ」
「ああ? 終わったのか? おいちょっと待てよ」
ジョシュアたちは歩き出した。新たな力と情報を得て。
世界は今、少しづつ前へと進み始めた。




