第16話 聖堂の戦い
地下空洞にてジョシュアたちが穴に落ちた後、上層にいたユークリッドたちは聖堂まで戻っていた。
一本道で地下へ行ける道などなかったからだ。彼女たちは聖堂に置いていた法王の護衛に道を聞こうとしたのだ。
そして聖堂に付いた彼女たちは縛り付けて床に転がしていた護衛達を探した。
「ユークリッド様、こちらを」
ミラルダがユークリッドを呼んだ。ユークリッドは呼ばれた方へ椅子をよけながら歩いて行った。
「ユークリッド様」
「ああ、こうなると哀れに思えるな」
そこで彼女たちが見たものは、肉片、人であったものが無残にも切り裂かれ、ただ白く赤い肉辺が散らばっていた。
そこにベルドルトがやってきた。転がっている肉片をみて、ベルドルトは眼を瞑り、この者たちの冥福を祈った。
「名前しか聞いていませんでしたが、あとで彼らを集めて埋葬してあげましょう」
「ああ、しかし誰がここまで……」
ユークリッドは周りを見た。気配は感じない。死体以外は人のいた痕跡もなかった。
「ユークリッドさん、ジョシュア君たちが心配です。長いロープか何かを探してあの穴を降りてみましょう」
「そうだな。最悪街に買いに行く必要があるだろう」
「ユークリッド様、私が行ってきます!」
「ああ、頼む」
ミラルダは急ぎ、入り口の方へ走った。彼女が扉に手をかける。
「あれ? 開かないわ」
「ミラルダ君扉から離れなさい!」
「え?」
瞬間、扉が内側にはじけ飛んだ。破片を押しつぶし、突き進んでいく刃。
ミラルダは咄嗟に倒れ込んだ。頭の上を刃が通り過ぎていく。
扉の破片を押し出し、刃に続いて人の影が飛び出してきた。ミラルダのすぐ横をその人のような影は通り過ぎていった。
遅れて響く扉を破った音、その影は一直線にユークリッドの方へと突っ込んできた。
そして鳴り響く金属のぶつかり合う音。その影の突進は突然現れた青い刃に止められていた。、
「誰だ貴様は? 罠を仕掛けるとはくだらんやつだ」
青い刃を払い、その影は聖堂の中二階に飛び移った。
「……なるほど、楽をしたかったが。なかなかどうしてやるじゃあないか。貧乏くじつかまされたかなこれは」
埃を払い、金色の髪をした男は幅広の剣を肩に担いでユークリッドたちをみた。彼は片目が潰れているようであり、その傷だらけの顔は戦闘経験が豊富であることを伝えるのに十分であった。
「ミラルダさん大丈夫ですか?」
「すみませんディランド卿」
ベルドルトはミラルダを助け起こした。助け起こす時彼は一瞬たりとも上にいる男から目を離さなかった。
「あーあ、法王のお守で楽できると思ったんだけどなぁ。こんな強そうなやつらが来るなんてなぁ。ロンドのおっさんも人が悪いぜっと」
中二階にいた男は一階に飛び降りた。何の躊躇もなく、綿のようにフワッと降りてきた。その身のこなしにベルドルトはこの男が相当強いことを悟った。
「いきなり斬りつけてきたんだ。名乗れ。貴様の墓に名を刻むのに苦労したくはない」
「いうねぇ姉ちゃん。ガキのくせにいい気迫してるねぇ。だが年上に名乗らせたかったらまず自分から名乗るべきじゃあないのかい?」
「貴様に名乗る名は無い」
「いい教育受けてんなぁ……まぁいいか。さぁてお前たちぃ誰から死にたいね? それともまとめてくるかい?」
「面白いな。私が相手をしてやろう。ディランド卿、ミラルダ、二人とも手を出すなよ」
「ユークリッドさん。ああ見えて彼かなりやりますよ。いいんですか?」
「問題ないさ」
ユークリッドは剣を抜いた。その剣は片刃の曲刀だった。それを右手に持ち、胸の前で構え、そして右に払った。
「さぁこい。私が相手をしてやろう」
「ほぉーいい気迫だなぁ。こりゃ骨が折れるかもねぇ……っと!」
男は飛び込んで来た。一瞬でその男の身体が飛び込んでくる。
周りにある椅子を意にも返さないすさまじい突進力だった。
一瞬でユークリッドの前まで飛び込んで来た男はそのまま幅広の剣を打ち下ろしてきた。
ユークリッドはその打ち下ろしてきた剣を横から沿うように払い、方向を変えた。地面に叩き付けられる男の剣。
その剣の先、剣が叩き付けられた床は火薬でも爆発させたかのようにはじけ飛んだ。
ユークリッドが剣でその破片を払う。
「ここだ貰ったねぇ!」
その破片を押し分け男の剣がユークリッドに迫った。
「おっ!?」
ユークリッドの胸元に届こうとしていた男の剣は、寸前で青い刃に止められていた。
そして降り注ぐ大量の青い刃。それを払いのけながら男は五歩引いた。
「水の刃……おいおいおいこっちの騎士はもっと弱いんじゃなかったのかよロンドのおっさんよぉ……」
男は一瞬下を向いてつぶやいた。その瞬間をユークリッドは見逃さなかった。
男が顔を上げた時、彼の目の前に写るのは剣を振り下ろすユークリッドの姿
そのユークリッドの周りには四本の青い刃が続いていた。一瞬で襲い来る五つの刃
男はユークリッドの剣を弾き、その勢いに任せて身体を回転させて青い刃を凄まじい勢いではじいた。
ユークリッドは続く、一歩下がる男に合わせて青い刃を飛ばす。
男は青い刃を弾きながら、壁まで下がった。
ユークリッドは剣を右手に持ち、胸の前で構え、右に払った。
「ユークリッド様……やっぱりいい……」
「彼女やはり対人戦だと圧倒的ですね」
見ていたベルドルトとミラルダはユークリッドの強さに対して安心感を抱いていた。そう、精霊騎士第二位のユークリッドは強い。誰も勝てない彼女の強さの秘密は、自在に繰り出せる水の刃にあった。
無数の刃が同時に襲い掛かるのだ。彼女の刃の前には何人の歩兵であってもすぐさま無力化されてしまう。
「こりゃあ……マジもんだな。使うか」
男は劣勢であることを察すると、胸元から黄色く輝く石を出した。
男は剣を頭上に掲げる。空気が振動する。空気が放電する。バリバリと音を立てて青白い光が剣の周りに集まっていく。、
そしてその光が男の身体に集まった。光の中から輝く黄色い鎧姿の男が現れた。
「おおし……じゃあいくか姉ちゃんよ! 二回戦の始まりだぁ!」
「鎧化を!? ユークリッド様!」
狼狽えるミラルダと対照的に、ユークリッドは冷たい表情を崩さなかった。
電撃を纏いはじけ飛ぶ鎧化を果たした男。その速さは雷光のようであった。
ユークリッドは青い刃を盾のように集め、下がった。その刃の盾を砕き男の身体が迫ってくる。
鎧化に呼応した男の幅広の剣は、斧のようになっていた。振り下ろされる戦斧。
ユークリッドはそれを紙一重で避けた。斧を振り下ろした鎧男の側頭部を蹴り、彼女は飛びのいた。
ユークリッドは飛びのいた先で両手で剣を真正面に構えた。浮かび上がる青い刃。
浮かび上がった大量の青い刃は一瞬で向きを変え、ユークリッド自身の方へと刃先を向けた。
「ユークリッドさん……なりますか。彼女が出し惜しみしないとは、珍しいですね」
ベルドルトは知っていた。この構えを取ったユークリッドは何をするのかということを。
そして、浮かんでいた青い刃は広がり、大量の刃はそのままユークリッドを貫いた。
貫いた刃は刃としての形を失い、青い水の塊となった。水の塊はユークリッドの身体に合わせて形を変え、固まった。
弾ける水の塊、広がる赤い翼のようなマント、頭からつま先まで青い甲冑に覆われたその姿。ユークリッド・ファム・セブティリアンの鎧化した姿。その姿は美しかった。
彼女の持っている剣は鎧化に伴い、青く透明な刀身になっていた。
「マジかよロンドのおっさん……こいつの魂結晶……最高密度じゃねぇかぁ……こっちの世界には無いんじゃなかったのかよおい」
ユークリッドは青い刃を浮かびあがらせる。その刃は鎧化する前に比べより金属的で、もはやただの無数の剣であった。
ユークリッドが剣を前にゆっくりと突き出す。彼女の周囲に浮かんでいた無数の刃は、雷を纏う男の方へと向きを変えた。
「……ちぃ、しかたねぇ。やるだけやってみっかよ」
男が斧を構えた。迸る雷。全力で斧を構えた男は雷の煌めきと共にはじけ飛んだ。
すさまじい早さだった。その男の動きはもはや光の線にしかみえなかった。
浮かんでいる刃はユークリッドの周囲を囲むように並びかわった。
「どおおおりゃああ!」
男の叫び声が上がる。真上、斧を大上段に構えた男が雷のように降り注ぐ。
ユークリッドの周囲の刃が一気にその男めがけて飛んだ。一本、二本、雷に邪魔されてバラバラとはじかれるユークリッドの飛ばした刃。
ユークリッドは上から頭を割ろうとしてるその男から眼をはなさなかった。彼女は一歩も動かない。
迫る戦斧。ユークリッドは一歩も動かない。
「ちぇええええああああ!」
そして、爆散した。舞い上がる破片、抉れる地面。圧倒的爆音。
その一撃で聖堂の窓は全て割れた。ステンドグラスも砕け散り、椅子もすべて壁に叩き付けられた。
雷を纏った男は、この瞬間に勝利を確信したのだろう。その仮面に覆われた顔は笑っていた。
「うごっ!?」
そして、その顔は歪められた。黄色い鎧を貫く大量の刃。
一瞬何が起こったのかわからなくなった男は、自分の斧がえぐった部分には誰もいないことを確認した。ユークリッドの姿はなかったのだ。
爆ぜる雷光、男を覆っていた黄色い鎧は雷光と共に消え去った。
そして、現れる生身の男、吹き出す黄金色の血。彼の血は黄金色をしてた。
「う、ううっ!? そんな馬鹿な!」
ゆらりと空間が歪み、少しずれた場所から翼のような先の二枚の赤いマントを羽織った鎧姿のユークリッドが現れた。
蜃気楼、彼女は水の濃度差を利用して自分の姿をずらしていたのだ。
そう、彼女の精霊の石の属性は水。空気中の水分を使えるため、ほぼ無制限にことをなすことができる。火打石がいる火や風を巻き起こさないと使えない風に比べるととても汎用性の高い属性だった。
ユークリッドの鎧が水に戻り、蒸気となって散った。彼女の剣は男の首に当てられていた。
「くそ……こんなガキに負けちまうとは。俺も歳を取ったなぁ……」
「待て貴様気を失うなよ。まだ聞きたいことが沢山あるんだ」
「命惜しさに口を割るほど落ちちゃいねぇよ。殺せ」
「だと思ったよ……」
「待ちなさいユークリッドさん。まだよくわかっていないことが多すぎます。まだ殺すべきではないでしょう」
ベルドルトはユークリッドの剣に手を置き、引かせた。ユークリッドはそれに従い剣を納めてさがった。
「へっへへ……生かすかい?」
男に刺さっていた刃は消えていた。全身から血を吹き出し、男はその場に座り込んだ。
「ええ、あなたにはルクメリアの牢屋に入ってもらいましょう。あなたのような人の歓迎が得意な人がいましてね。しかし少し止血した方がいいかもしれませんね……この色、あなた人間ではないのですか?」
「どうかねぇ……」
ベルドルトは自分の荷物に入ってる糸と針を出し、止血縫合をしようとした。
その時、轟音が鳴り響いた。
「グオオオオオオ!」
何かの唸り声、聖堂の床が盛り上がる。ベルドルトは咄嗟に飛び退き、ユークリッドはミラルダを抱え盛り上がる床から離れた。
床が割れる。飛び出す巨大な生物の頭、そして翼、身体。
聖堂の床を突き破り、巨大な生物が姿を現した。
「ゴアアアアアア!」
「何だこいつ。聖堂の下にこんなものを飼っていたのか」
ユークリッドはミラルダを下し剣を抜こうとした。しかし、彼女は剣を抜かなかった。
ユークリッドは見たのだ。巨大な生物の背に白銀の鎧を着て、大剣を持った男がいることを。
「兄さんか? もしかして……」
「脱出方法って天井突き破ることだったのかよ! できるんなら一匹で出れたんじゃねぇの!?」
生物の首にぶら下がっていたダンフィルが叫んだ。彼は鎧化をしてた。青く、緑の鎧に身を包んだ彼は必死にぶら下がっていた。
「グアアアッハッハ! 出れた! 出れたぞ! ワシは自由だ!」
巨大な生物が歓喜の声を上げる。聖堂は崩壊し、天井からは空が見えた。
響き渡る声、兄の美しい鎧姿に眼を奪われたユークリッドも含めて、今この瞬間に気付く者はいなかった。
倒した男が消えていることを。誰も今この瞬間には気づいていなかった。




