第15話 精霊の竜
ジョシュアを先頭に、地下室内部を進む。周りは暗く、壁は石と砂でできていた。
「これは地下室というよりも地下空洞ですね」
「ディランド卿。さっきから私を突いてるのはわざとか? 私は気が短い方だぞ」
「いやワザとではありませんよ。すみませんユークリッドさん。狭いところだと槍はどうにも……」
「気をつけろ」
彼らは進んだ。道が狭いため、自然と彼らは一列になっていった。
「ふぅ……駄目だもう何も見えない。すまないが灯りを誰か持ってないか?」
ジョシュアは歩みを止めた。もはやここから先はほとんど何も見えなかったのだ。
「なぁミラルダさんの精霊の石、属性火だよな?」
ダンフィルが思い出したように後ろのミラルダに話しかけた。彼は槍を起用に身体に沿わせて持っていたが、やはり無理があったのか、彼の槍の柄のせいでミラルダは腰を少し曲げている。
「そうよ。悪いけど槍ちょっとどけてくれる?」
「んなこと言われてもなぁ。ディランド卿の槍無駄に穂先がでかいんだもんなぁ。先だけ取れねぇのかコレ」
「ダンフィル君、どうしようもなかったらここの留め具を外すと柄と刃が外れますよ。間合いに入られたときは使うといいですよ。あと柄は柄で真ん中で折れます。私は常に二本槍を持ちますから、予備の方は持ち運びしやすくなってるんですよ」
「それ先言ってくださいよ! だぁまったく……ミラルダさんすまねぇ今短くするからよ」
「早くしなさいよ」
ダンフィルが槍の柄をいじると槍から刃が外れた。刃にも持ち手が付いている。彼は柄を半分にたたむと腰のベルトに突っ込んだ。
ミラルダは腰から火打石を取り出した。カチッと一回鳴らし、炎が舞い上がる。
その炎は五つの火の玉となって全員の目の前に浮かんだ。
「私の法力が入ってますんでそのまま数時間は維持できます」
「ほぅ、やるじゃないかミラルダ。中級の精霊の石でよくそこまで属性を操れるものだ」
「い、いえそぉんな! ユークリッド様ほどでは!」
「謙遜するな。ここまでできるやつはそうはいないぞ」
「ありがとうございますっ」
ミラルダは頬を赤らめ俯いた。
彼女は心の底からユークリッドを尊敬していた。ミラルダだけではなく、騎士団の女騎士たちはほぼすべてユークリッドを尊敬していた。
圧倒的強さとカリスマ。ユークリッドは人気があったのだ。
ジョシュアはミラルダの作った灯りを手に持った。その炎は暖かいが熱くはないのだ。不思議な炎だった。
ジョシュアは前を照らしながら一歩進んだ。その瞬間、何かがガコッという音を出した。
「……なんだ?」
「おいこういうところでこういう音って……おいジョシュア足あげてみろよ」
「なんだこれは? 石が円く……」
ジョシュアの足元には丸く形作られた石が押し込まれていた。押し込まれる前は円柱状のもののように思えた。
周囲が震える。
「いけません! 皆さん下がって!」
ベルドルトが声を荒げるのと同時に、ジョシュアの目の前の床が崩壊した。
「やっぱりかよ! おいジョシュア捕まれ!」
ダンフィルは咄嗟に槍の柄を伸ばした。
「ダンフィル!」
ジョシュアは力任せにそれを握った。全くの加減もなく、それを握り、引いた。
「だぁ引っ張んなぁぁ!?」
その引く勢いのままにダンフィルがジョシュアの方へ引きずり込まれた。
「ダンフィルお前がきてどうする!?」
「お前自分のちからを……だぁぁぁああ」
「いけません! ユークリッドさん水の剣をってあれどこです!?」
「上だ上」
「すみませんユークリッド様……」
ベルドルトが上を見上げると、ユークリッドはミラルダを抱えて壁に青い刃を突き刺して立っていた。
「ジョシュアお前やっぱり俺の疫病神だろぉぉぉぉ」
ベルドルトはゆっくりと瞬きをし、ジョシュアたちの方を見た。そこには大きな穴以外は何もなかった。
「ああ……落ちちゃいましたねジョシュア君たち……どうですかユークリッドさん飛び降ります?」
「兄さんは丈夫だから大丈夫だろう。それに悪いが私は暗いのはあまり好きではない」
「私もジメジメしてるのは嫌ですね。槍が痛むんですよ」
そして時間差で金属が打ち付けられる音が響く。ユークリッドたちはそれを聞き、下までかなりの高さがあるということを理解した。
「これは結構あるな。ディランド卿下へ降りる道を探そう」
「そうしましょうか」
ユークリッドたちは穴の傍から離れた。ほぼ一本道の道中であったが、明かりを持っていけば見過ごしている道があるかもしれないと彼女たちは考えた。
そして、穴の下。ジョシュアは立っていた。
「ふぅ……あぶねぇ。おいジョシュア大丈夫かよ」
ダンフィルは空中の風を受け鎧化していた。彼の精霊の石の属性は風なのだ。彼の持ってる石は中級の精霊の石であり、中級は鎧化以外にその属性の恩恵をうけることができない。彼は風を受けることで鎧をつくることができるのだ。
鎧化した者は身体能力に一種のブーストがかかる。彼はそれを利用して着地したのだ。
「問題はない。少し汚れてしまったが」
ジョシュアは白銀の剣を壁に突き刺しブレーキをかけて降りていた。ほぼ無傷で彼も穴の底へとたどり着いたのだ。
「咄嗟だったがやはり感がられない程丈夫だなこの剣……」
ジョシュアは手に持った白銀の剣を改めて見た。岩に突きさした剣が曲がりさえもしなかったことに彼は驚いた。
そして、彼らは上を見上げた。ミラルダの出した炎は身体の傍にあった。ミラルダは灯りを出す時に仲間の身体に付いていくように調整したのだ。
「ミラルダさんの精霊の石も中級だと思ったんだが、今思えば中級でこんなことができるのか?」
「ああ、あんとき使ったのは特別だぜ。なんせリンドール卿から預かってる上級の精霊の石だからな。前のゴタゴタで返しそびれたんだとよ。まぁ上級の精霊の石は鎧化クソ難しいから逆に使いにくいんだけどな」
「上級の石か……お前の石も上級ならその鎧でこの穴を登れたんじゃないか」
「無茶言うなよ。これはさすがに登れねぇぜ」
ダンフィルの鎧が風圧を逃がすようにブワッと風が起こり、そのまま消え去った。また、暗いのも相まって落ちてきた穴の上は全く見えなかった。
「こうしても仕方ない。先へ進もう」
「応よ」
ジョシュアとダンフィルは出口を求めて奥へと進んだ。落ちた先の地下は広く、地下空洞のようであった。
階段や道といった人工物は全く見当たらない。彼らは周囲を慎重に調べながら先へ進んでいった。
「ここ、なんかおかしくねぇか? こんだけでかかったらよ。上の聖堂丸ごと落ちてくるんじゃねぇの?」
「そうだな。まるで上と下が別の世界のようだ」
周りはただただ広く、聖堂の地下から来たとは思えないほどの空洞であった。
岩から水が滴り、足元は砂利と水たまり。そして上への道はなし。
彼らは思った。これは出口はないのではないか?と
「やべぇなこれ。飛んでいくしかねぇかもしれねぇな」
「どうやって飛ぶ?」
「そりゃ鎧化で羽でも生やして飛ぶぜ? まぁ問題はそんなんできねぇってことだけどな」
「まずいな。ミラルダさんから貰った火も弱くなってきた」
「お前の精霊の石属性何だよ? 火起こせねぇの?」
「精霊の石か……剣についてるんだが、属性はわからん。いろいろ試したんだが皆がやってるような感じで動いたためしがない」
「お前相変わらず才能ねぇなぁ」
「そんな才能などいらんとは思うがな。現に鎧化できないことを責めに責めた教官はどうなった?」
「お前に鎧の上から殴られまくって絞められまくって泣いてたよなアイツ。嫌な奴だったがあそこまでやる必要なかったんじゃねぇの?」
「あの程度だから万年教官なんだ。悔しかったら騎士になれというんだ」
ミラルダから預かった灯りの火もじわじわと明るさを失っていくという中で、彼らはそれを気にもせず軽口をたたいた。
彼らの友人関係は騎士の塔にいるころからのものだ。同じ修行をし、同じ飯を喰い、同じ場所で笑いあった彼らはもはや親友とも呼べる間柄であった。
ジョシュアは寡黙な方であり、友人は少なかった。ダンフィルはどこか粗暴さがあったため、友人は少なかった。
その彼らがこうして二人そろって騎士となった。あいつがやってるならもう少しやろうといった形で彼らがお互いにせめぎ合った結果であった。
「ジョシュア聞こえるか?」
「ああ、何の音だ」
彼らの耳に、低い響くような音が届いた。
ドン、ドンとそれは定期的に響いていた。
「なっ!? なんだこいつ! おいジョシュア上見ろ!」
「何……!?」
ジョシュアは上を見上げ、そして飛びのいた。
何かが動いている。弱弱しくなった灯りに照らされてる部分は赤い岩のような物体だった。
ダンフィルは槍を組み立て、ジョシュアは剣を抜いた。
そこにあったもの、そうそれは
――翼を持つ巨大な生物だった。
「なぁんだ貴様らはぁ……ワシの眠りを邪魔するとは相変わらず半人間どもはぁ……」
「喋ったぜこいつ!?」
巨大な顎が動き、その生物は声を上げた。翼が広げられ身体が起き上がる。
翼を広げたそれは城のような大きさをしていた。灯りに照らされてない部分を含めるともはやここの空洞いっぱいに広がってるようだった。
「こんな生物この世にいたのかよ! 初めて見たぜ!」
その生物は背を天井に擦らせ、首を屈めた。
「グウウウウ」
「……動けないのか? もしかして」
「半人間どもめ……口惜しい……」
「お、おいおい、動けねぇのかよ。お前の家だろ? どうやって入ったんだよお前」
ダンフィルが安心した顔で槍をしまう。そう、目の前の生物は一歩たりとも動けないのだ。地下の空洞にすっぽりとはまってしまっている。
ジョシュアはそれを見て、この生物に興味を抱いた。
「言葉がわかるようだが……名はあるのか?」
「ワシの名を貴様らに教えることはない。昔も今もだ」
「どこから来たんだ? まさかずっとここに住んでたわけではないだろう?」
「何を抜け抜けと! ワシを無理やりここに押し込んだのは貴様らであろう! 寝る以外何も出来んようにしおって!」
この生物は怒り狂ってるようだった。背を天井に打ち付けその怒りを表してくる。
きっと自由が利く場所であったならば、ジョシュアたちを丸ごと食っていただろう。口を開け、叫び声を上げている。
「グアアアアアア!」
「だぁぁぁ耳がイカレちまうだろうが! おいジョシュアこんなやつほっといて先行こうぜ」
ダンフィルは耳を抑えジョシュアの左腕を掴んだ。ジョシュアはそれを払い巨大な生物へ話しかけつづけた。
「待ってくれ。俺たちはお前に初めて会ったんだ」
「何をいうか! 魂結晶を持っておるだろうが!」
「魂結晶? 何だそれは」
「その剣に埋まっとる石だ!」
ジョシュアは白銀の剣に取り付けられている金色の石をみた。
「これのことか?」
「そうだァ! 早くここから出せェ!」
「……待て、落ち着け、頼むから聞いてくれ。装備品は忘れろ。まずこれは魂結晶ではない。精霊の石という」
「精霊の石だと? 何を言ってるんだお前は。皮肉のつもりか?」
「何のことかわからない。俺の顔を見ろ。お前を閉じ込めた奴はこんな顔をしていたのか?」
「顔……黒髪だと。まさか、いやまさかここは……」
怒り狂っていた生物の顔から皺が無くなる。この生物は人と同様の知能を持っているようだった。
ダンフィルは先に行くことを諦め、気のすむまでジョシュアにやらせようと思った。彼は壁を背にその場に座り込んだ。
「もしかしてだが、お前を連れてきた男は、身体の大きい金髪の男で、黒い鎧の兵を連れてなかったか?」
「いや、あやつにはそこまではできん……もしやこっちの住民か貴様らは。噂には聞いておったがここまで汚染されておらん者がおるとは」
ジョシュアは核心に近づいていることを感じた。この生物はきっと何かを知っている。
自分たちの世界にはいない生物、そして高度な知性をもつ。きっと何かを知っている。
「俺の名はジョシュアという。ジョシュア・ユリウス・セブティリアンという。お前の名を聞かせてくれ」
「うむ……そこまで簡単に名乗るか。まぁよかろう。ワシの名はヌル・ディン・ヴィング。精霊竜の長である」
「何? 精霊?」
「精霊竜だ。あんな羽虫どもと一緒にするではない」
「羽虫? 待てお前……精霊? ちょっと待て」
「おいおいおいマジかよ! 精霊様ってこんなんだったのかよ!」
「精霊竜だ。どうやら貴様らの世界では精霊は別に意味を持っとるらしいな。信仰はいつの世も虚実まみれになるものであるな」
精霊竜ヌル・ディン・ヴィング。彼の名乗はジョシュアとダンフィルを驚かせた。
精霊の石や精霊を奉る祠や、その他精霊がいたという伝承は残っているが精霊自体はこの世にはいない。そう信じられていた。精霊の名を関する生物が存在してることが彼らを驚かせた。
「まぁ……いいか。珍しいものがいたということだけだろう実際は。それでヌル…呼びにくいな。どれがお前の名だ? いや姓とかいうものがあるのか?」
「ヌルは精霊竜の長を示す名である。我が父や母に名付けられたときは、ただのディン・ヴィングであったが、我らは半人間のように名を省略などはせぬ。ヌル・ディン・ヴィングは全て我が名である」
「わかったヌル・ディン・ヴィング。逆に俺のことはジョシュアでいい。それじゃあいろいろ教えてもらいたいところだが……もう灯りがほとんどついていない。悪いが仲間を連れてくるまで待っててもらえないか」
「夜眼が効かぬか。不憫な者どもよ……」
「ダンフィル急いでミラルダさんを連れてこよう。ランプ代わりにして悪い気もするが」
「応よ」
「ん? 待て人間! いやジョシュアだったか?」
「どうした?」
「その剣を見せよ。抜いて刀身を」
「ああ……?」
ジョシュアは白銀の剣を抜き、ヌル・ディン・ヴィングに見せた。それは灯りの炎を反射し、赤く光り輝いていた。
「マリア……そうかあの者、ついに見放されたか。フハハ!」
「ん? 何のことかわからんが……」
「おいジョシュア早く行こうぜ。ミラルダさん連れてこねぇともう真っ暗になっちまう」
「待て人間ども。良いことを思いついたぞ。その剣を持っているならば貴様であればできるであろう」
「何をだ?」
「ワシをここから出せ。さすれば褒美として貴様に手を貸してやろう」
「どうやって?」
「フハハハハ! なぁに簡単なことよ!」
ヌル・ディン・ヴィングは大きな声で笑った。彼はここから出れることに歓喜の声を上げたのだ。
「さぁジョシュアよ! ワシと契約せよ! なに簡単なことよ!」
「何だと?」
「そしてくれてやろう! 貴様に天駆ける翼を!」




