第14話 聖堂
ロンドベリア共和国。そこは人民のための国。
そこを収めるのは選挙によって選ばれた各都市の代表者。ルード神国やルクメリア王国とは違う、人々が創った国。
嘗てこの国はどこまでも広がる荒野だった。当時の人々は遊牧民としてその荒野で家畜を放ち、生きていた。
彼らは自分たちの家畜を野獣たちに食われないよう、自然と群れを成していった。その群れは集落を作り、集落は町となり、町は国となった。
各地の遊牧民たちの代表が集まり争った時代があった。彼らは土地の所有といった概念を持っていなかったため、隣国の村々を襲い、奪い続けた。彼らはいつしか蛮族と呼ばれ、隣国からは忌み嫌われていた。
幾万の戦争の果てに、彼らは奪うことをやめ、育むことに費やした。結果として、群れの長たちの集まりは人々の代表の集まりになり、代表の集まりは統治者を生み、すべての民が統治者になりうる共和制の国となった。
嘗ての蛮行から隣国からは常に戦争を求める国であると思われてる面があり、ルードの精霊神教の者たちは彼らを悪の化身であるとし、彼らをどこまでも憎んだ。
だが彼らは今や自然を愛する人々の集まりなのだ。過去の行いはどうであれ、今の彼らはただ平和を求める人々なのだ。
ルクメリア王国は彼らを守る。それは彼らが信頼できる人達であるから。
「ようこそロンドべリアへ。いやお久しぶりですユークリッド様。相変わらずお美しい」
木々に囲まれたロンドベリア共和国首都。その議事堂の正面入り口前、初老の男性がルクメリアから来た騎士たちを出迎えていた。
「そういうのは嫁に言うんだな大総統閣下。どうやら今回の選挙もあなたで決まりなようだ」
「情報が早いですな。ロンドベリア戦線から我が兵たちはもはやあなたにくびったけですよ。ハハハ」
「ふっ当然だな。私は美しくて強いからな。まぁ貴君もよく戦ったよ」
初老の男とユークリッドが対等に話していた。その姿はジョシュアに彼女が本当の精霊騎士であるということを知らしめた。
「おいあのボインちゃん本当にお前の妹かよ? 自信家すぎて逆に引くぜ」
「ダンフィル黙ってろ大事な席だぞ。しかしお前は変わらないな。それに、ミラルダさんはさすがだな微動だにしない」
「へっ……さすがねぇ」
ロンドベリアへの同行者は精霊騎士のユークリッドとベルドルト以外に、ダンフィルとミラルダが呼ばれていた。ジョシュアを含めた彼らはルード神国における一連の騒動の当事者であり、グラーフ・リンドールの部隊員であるため、人選としてはごく普通のことであった。
「ミラルダ、ルクメリアからの贈り物を渡してやってくれ」
「はいぃユークリッド様! きょ、きょうすくです! いえ恐縮です!」
「おい何だその歩き方は。少し落ち着け」
「す、すみましぇん!」
ミラルダはガチガチに緊張していた。彼女はユークリッドに憧れていたのだ。最年少の精霊騎士でありながらもほぼ無敗。その華麗な戦いぶりにミラルダは心の底から憧れていた。
「失敗したわ……ユークリッド様の前で……」
ミラルダは贈り物の入った荷車を兵に運ばせた。運ばれていく荷車には鎧や剣、そしてルクメリアの名産品である染物等が入っていた。
「よぉミラルダさん大丈夫かよ。笑えるほどカチカチだったぜ?」
「何よ。ダンフィル君汗臭いんだからあっちいきなさい」
「ああいいのかよ? ほれ愛しのユークリッド様の兄上が見ているぜぇ? ミラルダさんの失態をよぉ!」
「う、うぐっ! ぐぐぐ! ジョシュア君あなたユークリッド様には黙ってなさいよ!」
「何を黙るんだ……」
ジョシュアは久しぶりにダンフィルたちに会った時、この三か月と数日で彼らは少し仲良くなったなと思った。
ルクメリアまで逃げ延びたあとは常に一緒にいたので当然だったが。
「ははは。やはり若い子はいいですね。何というか活気があります」
「ディランド卿。すみませんうるさくて……」
「いえいえ、ジョシュア君もダンフィル君も、ミラルダ君…はまぁあれですが、皆気負いがないようで何よりですよ。グラーフはやはり人を見る目は確かだ。いい部下をもったものです」
「はいありがとうございます」
「おや、大総統との挨拶もう終わったようですよ」
ジョシュアは言われて顔を上げると、ユークリッドが歩いて近づいてきていた。
ミラルダが固まる。ダンフィルが視線をユークリッドの胸元から顔に上げる。
ユークリッドがジョシュアの横に立ち、口を開く。
「どうやら精霊神教の聖堂は議事堂の裏にあるらしい。総統には帯刀の許可をもらっておいたからもう手ぶらでなくてもいいぞ。もういくかディランド卿?」
「そうですね皆さん武器を持っていきましょう。ダンフィル君は道中で言ってた通り、私の予備の槍をお貸ししましょう。私も君と同じように身体は大きくありませんのでサイズも重さもきっといい感じですよ」
「おおやったぜ!」
ダンフィルたちは皆武器が置かれている馬車へと歩いて行った。ジョシュアは肩に背負っていた布をほどき、白銀の剣を取り出して腰に装備した。
彼の剣は何故か彼が手放すと全くそこから動かなくなるのだ。馬車の中に放置すると、馬車が全く動かなくなる。仕方がないので隠して手で持ってくることにした。
「ちょっと兄さん」
「ん? おいファム」
ユークリッドは白銀の剣に手を掛けると、鞘から抜こうと全力で引っ張った。
「おおおおお! うぎぎぎぎ! ぎー!」
「まだ諦めてなかったのかファム」
「はぁはぁはぁ……気に入った、気に入ったぞ。その剣抜けたら貰うからな兄さん……」
「他のやつに見つかる前に汗を拭いてこい。一応精霊騎士なんだからな」
「はぁはぁ……わかったユリウス兄さん……」
ユークリッドは汗を拭きながら馬車の方へ行った。ことあるごとに布を剥がし白銀の剣を抜こうとするユークリッドにジョシュアは呆れを感じていた。
「中身は変わらないな全く……」
数刻の後、全員軽装の鎧を着て、武器を装備して集まった。
騎士は全員精霊の石を持っているため、鎧化ができる。そのため、騎士の鎧は動きやすい軽装とするのが当たり前であった。
「兵たちは首都前に馬車を寄せて待機所を作ってください。この国は夜は寒いです。暖をしっかりと」
ベルドルト・ディランドの指揮の元、兵たちが散らばっていった。持ってきた機材から即席の屯所をつくるのだ。
「では行きましょう皆さん」
そして彼をを先頭に皆歩き出した。ロンドベリアの首都は人工物と木々が融合しており、見事な情景となっていた。
「こりゃ観光で来たかったぜぇ。なぁミラルダさんよ」
「な、なななにかしら? えっなにかしら?」
「ぶはっ! 面白すぎるぜなんでがくがくになってるんだ。んでさぁジョシュアよぉ、妹さん何であんなに乳でけぇんだ?」
「俺に言うな。あとあんまりそういうことはいうな。人の家族だぞ」
「おぅおぅ。つれないねぇ」
他愛のない話をしていると、聖堂が見えてきた。
森の中にぽつんと建っている白い建造物。大きい建物であった。
「誰かいるようには感じませんね。ユークリッドさんあなた目がいいでしょう? 何か見えますか?」
「少なくとも外には誰もいないな。入ってみようか」
「わかりました。ではダンフィル君そちらの扉を持ってください。合図で私と共に扉を開けましょう。ユークリッドさんたちは飛び込んでください」
「わかった。それじゃ兄さんとミラルダ。ついてこい」
「ああ」
「は、はい!」
ジョシュアとミラルダは剣を抜き、大きい扉の正面に立った。槍が後衛、剣が前衛。
「ファム、剣を抜かないのか?」
「私はいいんだ。こういうスタイルだ」
「そうか」
ユークリッドは剣を鞘に納めたまま腕を組んでいた。
「ではいきますダンフィル君」
「応よ。お任せくださいってなぁ」
ダンフィルは左手で左の扉を、ベルドルトは右手で右の扉を、二人で扉の左右を持っていた。
「1、2……3!」
バンと勢いよく引き開けられる扉。ジョシュアを先頭に飛び込む三人。
そこには、二人の人がいた。
「はい残念! 俺達でしたぁ!」
白い髪を一部赤く染めた一人の男が腕を広げ舌を突き出し挑発的な表情をする。
「法王様はどこかなぁ? でも残念! 君たちはここでバラバラになるから聞いても仕方ないよねぇ! ケケケケ!」
「ということだ諸君。悪いが死んでもらうぞ」
髪を短く刈りあげた男が曲がった独特な剣を持ち口を開いた。
「ビグル兄貴ィ! 女は二人ともくれよォ!」
「何? ずるいぞキリク。だが私は男もいける。あのでかいのはうまそうだ」
「ヒヒ!」
キリクと呼ばれた挑発的な表情を繰り返す男の手には、長い鋼鉄製の爪が付いていた。カシャカシャとならし、なおも挑発を繰り返す。
「ではいただきまぁ」
キリクが動いた。足が地面を離れた。独特の動き、流れるように聖堂内の椅子の間を動いた。
「すぅ」
一声の間、一瞬の内に距離をつめミラルダの傍へやってきたキリクは
「ぅぼあっ!?」
青い刃によって地面に貼り付けになっていた。
「やかましい。虫か貴様は」
「ぶべっ!」
ユークリッドがキリクの顔を踏みつける。キリクはブーツの下で血を吐いた。
「キリぐぼぁ!?」
ジョシュアの拳がよそ見をしていたビグルと呼ばれた男の顔に突き刺さった。椅子に突っ込みビグルは倒れた。
倒れたところにどこからともなく青い刃が二本振り、ビグルを釘付けにした。
「ぐふっ……」
「兄貴! 足が凍る!」
謎の男たちは一瞬で動けなくなってしまった。ジョシュアとユークリッドは互いに目を合わせた。
「な、何こいつら? ユークリッド様こいつらはなんですか?」
突然のことに頭が付いていかなかったミラルダは彼らをみて漸く動き出した。
「わからん。それを今から聞こうと思う。おい貴様ら一体何なんだ?」
「誰が言うか女! 早くどけよぉ!」
「そうか、ところでお前面白い足をしているな」
「ああん? あ、あああああ! 何だこりゃぁぁぁ!」
ユークリッドに言われてキリクは自分の脚をみた。彼の足は異常な情景であった。
赤い刃が大量に突き出している。内側から、靴を破り、服を破り、彼の脚は内側から切り刻まれていた。
「全身そうなりたくなかったら吐いた方がいいと思うんだが。どう思う? 言っておくが、私は強い上に結構容赦ないぞ?」
ユークリッドが眼を細める。キリクは痛みのせいか、もう挑発的な表情は一切していなかった。
「兄さん、そっちの男はどうだ?」
「駄目だな強く殴りすぎた。気絶している」
「そうか、じゃあやはりこっちのやつだな。おいガリ。もう一本の足もいくか?」
「ひ、ひいいい! すみませんでした! 俺たちはぁ法王様のぉ護衛ですぅ!」
「法王はどこにいる?」
「地下です! 地下ぁ!」
「地下か。分かったありがとう。では寝ていろ」
ユークリッドはキリクの頭を蹴り飛ばした。キリクは気を失った。
扉からダンフィルとベルドルトが歩いて聖堂に入ってきた。
入ってくるなりダンフィルが身体を両手で抱き込むようにして震える仕草をする。
「おおぅおっかねぇぜ……ミラルダさんもこりゃあファンやめちまったんじゃ……」
「ユークリッド様凛々しいです……」
「……最初にあった頃のあんた帰ってきてくれ」
「君たち、ありましたよ地下への階段」
法王が立つ高台の裏には階段があった。これが地下への道なのだろうかとジョシュアは思った。
「ジョシュア君。さっき見てましたが君なかなか反応がいいですね。先に降りてみてくれますか? 僕とダンフィル君は槍で屋内はどうも動きにくくって」
「はいディランド卿」
ジョシュアは皆に先駆けて階段を下りた。何やら空気が重く、濁っていた。
何かがいる。彼はそう直感した。
進む、聖堂の地下を進む。奥には何かがあるとジョシュアたち全員が何かを感じていた。




