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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第一章 白銀の剣
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第11話 約束

 朝の日が眩しく大地を照らす。人々が動き出す。


 いつも通りの朝。村では男たちの声と、鉄を打つ音が鳴りだした。


 そして、窓が一枚割れた家から包帯に身を包んだ男がでてきた。日の光を浴びて白銀に輝く剣を腰に携えて。


「ジョシュア。これも持っていきなさいよ」


「これは銀貨か? こんなにどうしたんだ?」


「馬を買うのにいるでしょ? あとほら、村の人たちが朝早くにいっぱい来てね。置いてった分もあるわ。何だかんだで夜に来る気持ち悪いやつらを蹴散らしてくれたんだから。皆感謝してるって」


「そうか、ありがたく貰っておこう」


「あ、そうだ一応割った窓と壊したベッド代は抜かせてもらったから」


「抜け目ないなカレナは」


 ジョシュアの顔がほころぶ。彼は目の前の彼女に対して、心の底から感謝を感じていた。


 川に落ちてから三か月と数日、彼の心と身を癒し、そして彼が生まれてからほとんど感じることがなかった充足した気持ちをくれた彼女に、感謝を感じていた。


「この剣と鞘、ありがたく貰っていく」


「うちの倉庫で眠るには勿体ない剣よ。何たって初代の精霊騎士が使ってたっていう剣だしね。千年経っても未だにこれ以上のものはうちの鍛冶場の男衆も作れないのよ。大事に使いなさいな」


「ああ、わかった。ケインはまだ寝てるのか?」


「ケインは昨日窓割った時の怪我がちょっとあるから。医者の所に朝早くに連れて行ったわ」


「そうか、別れを言いたかったんだがな」


 ジョシュアはルクメリアに帰ることにした。黒い兵士たちが跋扈するこの国の現状を伝えるために。


 一人で神殿へ攻めることも考えた。だがジョシュアは仲間たちのことも気になったのだ。いろいろ知らなすぎると感じた彼は国へ戻ることにした。


 旅立ちの準備は整った。あとは街へ出て馬を買い、そのまま国へ帰るだけとなった。


 だが彼の脚は重かった。動こうとしない。ジョシュアは口を開いた。


「カレナ、昨晩も言ったが……一緒に来てくれないか? この国は危険だ。カレナとケインの部屋ぐらいは俺の家にある。」


「ジョシュア悪いけど……私の家はここで、ここが私の村なの。私たちだけ他国に逃げるなんてできない」


「……そうか、そうだな」


 彼女の意志が強いのはジョシュアはよく知っていた。一度聞いた答えは二度とは変わらないということはよく知っていた。


 だがもう一度共に来てほしいことを伝えた。


 ジョシュアはカレナたちに自分の家に来てほしかった。それは夜になると現れる黒い鎧の兵士のことだけではなく、ただ彼自身が自分の家にカレナたちを置いておきたかったのだ。


「……すまない、一つだけ頼みがあるんだ。それを聞いてくれないと俺は動けないかもしれない」


「何なのもう、身体でかいんだからサクッといきなさいな」


「黒いやつらを全部斬ったら迎えに来る。頼むその時は来てくれ。俺の家に、来てくれ」


「え? だから私たちだけで逃げないって」


 呆れるほどのあきれ顔、ジョシュアの心はもう決まっていた。彼は寡黙だが、心を隠せないのだ。だから口を閉じることを覚えたのだが。


 ジョシュアは平静をたもっている。表情の崩れは全くなかった。だが彼の身体は冷たく、頭の先まで震えを感じていた。頭に浮かんでいる言葉が、彼が生まれて初めて人に聞かせる言葉が、彼の身体を震えさせていた。 


「違う、そうじゃない。ここでの三か月が、生活が、もう駄目だ手放せない。頼む俺と暮らしてくれ」


「ええ? 何それよく意味わかんないんだけどさ」


「父と母はめったに家に帰らないし、妹は数年間会っていないが、きっと君とケインを受け入れる。俺はこんなんでもルクメリアの貴族だから、きっとルクメリアの市民権は簡単にとれる。ルクメリアは他国民を排除したりしないから許可もすぐに下りる」


「は、はぁ? いやだから私はこの家にいるって何度言ったらわかるの? 子供じゃないんだからさぁ」


「今は諦める。だが俺は必ず帰ってくる。必ずだ。俺の人生で約束を破ったことは一度だけあるが、これだけは本当に守る


 ジョシュアは眼を、心を真っ直ぐに彼女に向けた。言葉で飾ることができないからこその、真っ直ぐな視線だった。


「頼む俺と、俺と結婚してくれ。必ず迎えに来る、その時は一緒に帰ってくれ」


 時が止まる。心が震える。ジョシュアの言葉は、カレナに様々な想いを呼び起こさせた。


 まずは驚き。


「は…ぁ? なっあんたちょっとまだ会って三か月なんだけど!? 冗談はそのでかい身体だけにしなさいよ!」


「冗談は得意じゃない」


 次に疑問。


「あー? えーちょっと待って。何でこうなんの? えーと?」


「もう、答えろ。悪いが回りくどいのは俺は駄目だ。ああ、思い出したよ。回りくどいのは駄目だったんだ」


 そして、怒り。


「普通の顔していうかそれぇ! ちょっと待ってまだ私は18だからそういうのは早いかなって……あなたもこんな田舎者よりももっといい人いるんじゃないの?」


「いない。頼む。あと俺は20歳だ。もう少しで21だが」


「えっそうなの!? 本当に!? 20後半だと思ってたんだけど!? ルクメリアの20歳ってそんな顔してるの!?」


「いや今は歳はどうでも……駄目なら駄目と言ってくれ。もう引っ込めない」


 移り変わる心をカレナは抑え込んだ。


 カレナはこの村に住む女の中でただの一人、結婚をしていない若い女性だった。彼女は今まで若い男に想いを寄せられたことは何度かあるが、一度としてその想いに応えたことはなかった。


 彼女は自分がケインの姉で、母であるという思いが強かった。自分が誰かと一緒になると、ケインが一人になってしまう。その思いが彼女に恋愛感情が湧くことを阻止した。


 だが、揺れている。カレナは目の前の大きな男に、父の包容力と、母の強さを感じていた。ジョシュアの姿は、ジョシュアの言葉は、行動は、ある一つのことを信じ切れるということに至った。



――この人は何があっても死なない。死なないでいてくれる。皆を、私を守ってくれる



 彼女の移り変わる感情は一つの想いに至った。嬉しいという想いに、至った。


「え、えーと……ああうん、ちょっと……あーわかった。わかりました。何がいいんだかわかんないけどさ。町に武器卸しに行く以外は私はこの村から出たことありません。あと私の父と母はもういません。あとうちは鍛冶師の家系だけど私は鍛冶できません。家事はできるけどってバカ今はそれはいいのようん」


「……ああ」


「あと、えっと? 得意料理は野菜のスープで、苦手な物は菓子作り、あと油虫、油虫は駄目。趣味は川で泳ぐのと、えーっと弓で狩りとかもたまにします。最近はあなたがしてくれてたから私はやってないけど。あとはえっと? 好きな物は肉鍋と豆の甘煮、難しいのようん。あとは……なんかあったっけ何もないか馬鹿」


「あ、ああ?」


「そんなんだけど……そんなんでいいならいいようん。いいよジョシュア」


「……うん? 何だよくわからないな。俺と一緒になってくれるのか?」


「はい、あなたが次に来た時は、あたしは……私はあなたと結婚します。ああケインは一緒にいくかわかんないよ? あいつああ見えて鍛冶師になりたがってるし、ああでも……まぁしっかりしてるし大丈夫かな……」


「本当か? いいんだな?」


「いいっていってるでしょこの馬鹿。くっそぅ三か月でこんなんってどんだけ……ちょっともうやめてその顔やめて。ああやめてうれしそうな顔やめてぇ! すっごい恥ずかしいからやめてぇ!」


 ジョシュアの顔は満面の笑みだった。生まれて初めてするような、顔だった。


 もう笑いを抑えることはできない。彼は大きな声で叫んだ。


「ありがとうカレナ! ありがとう! やったぞ! こんな……こんなに幸せなのか! もっと早くいえばよかった!」


「やめろ馬鹿!」


 カレナはジョシュアの脛を蹴り上げた。だがジョシュアにとって痛みなど何も感じなかった。


「ああ、カレナ。待っててくれ必ず迎えに来る。必ずだ! そうと決まったら出発だ! ありがとうカレナ! 本当にありがとう!」


「はいはいはい……待ってます待ってます。はぁもう何こいつ……」


 ジョシュアは路銀の入った袋を腰にくくり直し、食糧と地図や着替えの入った鞄を背中に背負った。


 彼の顔はもう満足で一杯だった。きっと彼はまた一つ前を向けたのだろう。


「じゃあ行くぞ。すぐにこの国を平和にしてやるからな。あと夜は家から出るなよ」


「言われなくても、早く寝ちゃえば平気よ。ケインも気を引き締めただろうしね」


「ああ……じゃあ、カレナ行ってくる。土産話を期待していてくれ」


「はい、行ってらっしゃいジョシュア。早く戻ってきてね」


 ジョシュアは村の外へ歩き出した。その心は満足で一杯だった。


 彼の腰には白銀の剣、胸には幸福感。ルクメリア王国への旅路が始まった。

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