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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
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最終話 白銀の剣と黄金の世界

 ――10年後




 ルクメリア王国が貴族街にある大きな屋敷の中、屋根裏部屋に大きな身体の男がいた。


 彼は煌びやかな貴族服を汚しながら埃まみれの中何かを探している。


 箱をどける、手を伸ばす、目的の物を見つけたと思ったらそれは全く関係のない物。がっかりしながら奥へとそれを投げ捨てる。


「奥にしまうんじゃなかったなぁ」


 彼は愚痴りながら、古びた箱を軽々と持ち上げ、次々と横へ積み替えていく。


 ひょこっと、屋根裏部屋へと続く階段から赤い髪の女が顔を出す。溜息をつきながら、彼女は急かすように彼に話しかけた。


「ユリウス、まだ見つからないの? 馬車出ちゃうよ?」


「待て、ちょっと待たせててくれ。確かにしまったはずなんだ」


「もう、お義母様たち先に行っちゃったわよ。諦めて後で探して送ったげなさいよ」


「あれはそんな簡単に人が持てるもんじゃないんだ。ん? この箱……」


「あった?」


「あったあった」


 その白い服を黒く汚しながら、ジョシュア・ユリウス・セブティリアンは長い箱の前に立つ。それは厳重に鎖で封印されており、簡単には開くことが無いように見える。


「さぁて、魂の座から帰ってきてるかな。まぁ大丈夫だろう」


 その鎖をいとも簡単に手で引きちぎったジョシュアは、その箱の中から真っ赤な布に包まれた物を取り出した。


 それを片手に、彼は屋根裏部屋から続く階段を降りて外へと出る。傍らに真っ赤な髪となったカレナを携えて、彼女の服装は煌びやかなドレス姿だった。


「嫌がってた割にはしっかり着こなしてるじゃないか。何着ても似合うなカレナは」


「まぁね、さすがに学びました。あなたもばっちり……だったのに何で埃まみれになるかなぁ。だから昨日探しておきなさいって言ったのに」


「すぐ見つかると思ったんだ。さぁ行こう。シリウスが待ってる」


 彼らは歩く。賑やかな街を。


 ルクメリア王国城下町、今日はいつもよりも賑やかだった。


 今日はルクメリアにおける有望な少年少女が騎士の塔へと向かう日。子供たちとそれを送り出す騎士たちを一目見ようと大人も子供も皆が街の大広場に集まっていた。


 皆は談笑し、笑い、そして夢を語る。大広場にはいくつかの馬車が並んでいて、その馬車の前には子供たちが緊張した面持ちで立っている。


 彼もまた、その一人。


「叔父上、あの……僕ちょっと緊張しちゃって……」


「わかるわかる。僕もそうだった。でもジークは姉さんたちの子供なんだからしっかりしないとさ。ほら結構見られてるぞ? あの、セブティリアン家の一人息子だって、皆知ってるんだ。ははは、羨ましいな有名人、これは泣き顔なんてみせたらどれだけがっかりさせちゃうかなぁ?」


「そ、そんなぁ……叔父上……僕もう馬車に入りたいですよ……」


「はははは、ごめんごめん」


 その少年に語りかけるのは、腰と背中、合わせて六本の剣を身に着けた赤毛の男、さわやかな顔と、その声。逞しく成長したその男は、ケイン・ラングルージュ。カレナの弟である。


 彼はただ一人、少年に対して笑顔で元気づけていた。


「叔父上、あの、母上たちは……」


「ああ、姉さんたち遅いなぁ。義兄さん何か探し物してたんだけど、まだ探してるのかなぁ。あの人騎士団で最高位のくせに時間全然守らないからなぁ。ああ、きっとすぐ来るよ。騎士団長たちもまだだし、きっと時間は大丈夫だろ」


「そうですか……あっ、叔父上あそこ」


「うん?」


 ケインが顔を上げる。すると、人混みをかき分けながら歩いてくる三人の女性、一人は白い翼と銀色の翼を持つレイス、一人は煌びやかなドレスに身を包むユークリッド、一人は修道服に身を包むマリィメア。


「ああもう! 何だこの人の多さぁ! あ、いたぞあの背の高い無駄に剣持ってるやつ! ケインだケイン! また剣増えてる!」


 レイスが背伸びをしながら人混みの先にいる騎士を指さした。指を刺されたケインは苦笑して、手を軽く挙げる。


 三人が走り寄ってきた。少年の頭に手を置くユークリッド。彼女はしゃがみ込み、彼に声をかける。


「なかなか立派じゃないかシリウス。どうだ? 石反応させれたか?」


「叔母上、いえ、その、光るところまでは行けたんですけど……」


「なに、上出来だ。10歳でそこまでできればな。ちなみに私は、11で水の剣を創ったぞ。ははは」


「が、がんばります」


 微笑んで、彼女は少年の頭から手を離す。すぐさま、マリィメアが少年を抱き寄せる。


「あっという間ねぇ大きくなるのは。辛くなったらいつでも連絡するのよ? 私は暇だから、いつでも騎士の塔行ってあげるわ」


「あ、いや、ファリーナ御婆様……家族連れで騎士の塔とか馬鹿にされちゃいますよ……」


「そうかしら? ケイン君そうなの今時の子供って?」


「あーまぁ……さすがに、保護者連れってのは、無いですね」


「ええ? 面倒なのねぇ最近の子は」


「は、ははは」


 ケインは苦笑することしかできなかった。見た目は何も変わっていないマリィメアも、こうしてみるとただの孫をめでる祖母でしかなかった。その見た目と行動の差に何ともいえない笑いが漏れた。


「ははは……レイスさんもジークに何か言ってあげてください」


「ああ? あー……まぁ頑張れよな。たまに何か美味しい物作って送ってやるから」


「ありがとうございますレイスさん」


「精一杯やってこいよ。とびきりかっこよくなってこい」


「はい」


 三人は少年から離れる。家族の言葉に、少年はより一層の決意を抱いた。


 騎士の塔は騎士になるための修練場、10歳から10年、騎士の卵である子供たちはそこで育てられる。


 卒業するのはごく一部だが、卒業できた者には須らく騎士の栄光が与えられる。


 彼も、ジョシュアとカレナの息子のジークフレッド・シリウス・セブティリアンもまた、その道を目指す一人。


「ユークリッドさん、姉さんたちは?」


「ああ、兄さんが探し物をしててな。先にいってくれってさ。何探してるのか知らないが、まさか出立に間に合わないんじゃないだろうな兄さんたち」


「しょうがないなぁ。よしちょっと、僕呼んでくるよ」


「ああ」


 ケインが困ったような顔をして、走り出そうとする。待っても来ないなら呼んで来ようと彼は思ったのだ。


「あ、待て」


 ケインはその声に止められる。彼が振り返ると、レイスが笑いながら人混みを指さした。


 指の先には大量の人、人々よりも一人大きい男がいた。その人混みの中でも目立つその姿を見つけた皆は、皆一様に笑顔を見せた。


 人混みをかき分け、その大きな男は進む、片手に赤毛の女の手を引きながら、反対の手に赤い包みを持ちながら。


「父上、母上、遅かったですね」


「悪い悪い、人が多くてな」


「人ってここ来るまでそこまで多くなかったじゃん……シリウス、こんな言い訳する大人になっちゃ駄目よ」


「悪い悪い。ははは」


 ジョシュアは笑う。だだ優し気に。彼の子供のジークは、その顔に安心感を得た。


「シリウス、それなりにきついと思うが、ファムに鍛えられたお前だ。そこまで辛くないかもしれない。ただ忘れるな。シリウス、お前以上の才を持つ者はこの世にたくさんいる。常に上を見て、常に鍛えることだ」


「はい父上」


「食事はしっかりするのよ。レイスさんのご飯みたいに、美味しいものはあんまりないだろうから口に合わないかもしれないけど、それでもしっかり食べるのよ」


「はい母上」


「シリウス、旅立ち前に、これをやろう。さぁ受け取れ」


 そういうとジョシュアは自分の息子に赤い布で巻かれた物を渡した。


 それを受け取ると、ジークは赤布をはぎ取る。少しずつ、固く結ばれたそれを回しながら剥がしていく。


 回す、回す、そして、その布から現れたのは黄金に輝く剣。それは日の光を受けて、眩しく輝いていた。


「父上、これは?」


「黄金の剣ミストリア。嘗て英雄が持っていた剣だ。これからはお前の剣だ」


「あ、ありがとうございます父上。大切にします」


「ああ、ま、持てる時点で、もう大切にするしかないんだけどな」


「どういうことですか?」


「そのうちわかるさ」


 ジークはその黄金の剣を背に紐で固定した。その剣は小さな彼の身の丈には合わない大きさで、背に斜めにかけることで辛うじて持ち運びできる長さだった。


 それを装備して、ジークはどこか誇らしげに立っていた。ジョシュアたちは微笑ましくそれを見る。


 鈴が鳴る。出発の鈴が。子供たちは皆家族に最後の別れを告げて、馬車へと乗り込んでいく。ジークもまた深々と頭を下げてジョシュアたちに最後の挨拶をした。


「行ってきます。必ずや父上に負けない騎士になってみせます」


「ああ、行って来い。頑張ってな」


「はい!」


 ジークは誇りを胸に、馬車へと乗り込んだ。馬車から顔を出して、彼は自分の家族に手を振る。


 ジョシュアたちはそれに答え手を振る。馬車がその広場から全ていなくなるまで、ただ彼らは手を振った。


「さぁて、それじゃ、俺達も行くか。母さん、ファム、レイス、準備したらうちの裏に出るんだぞ」


「やはり、建国式だ。ドレスの方がいいかな兄さん」


「適当でいいさ適当で。ランディルトとシエラは文句なんか言わないだろう。国王と姫が文句言わないのならもう何だってかまわないだろ?」


「それもそうだな。でもどうせなら着飾りたいな……精霊の国か……どんなかっこうがいいんだろうなぁ。お母様、準備しに行こう」


「はいはい、レイスさんも着飾ってあげるから、いらっしゃい」


「あーあんまり堅苦しいのは嫌いなんだけどなぁ」


 ユークリッドたちは家へと向かって歩き出した。三人はどのような服装がいいかと会話しながら、微笑ましく歩いていく。


 大広場にはもう人はいなくなっていた。主役である子供たちが出立したのだ。長居しても仕方がない。


 ジョシュアは見る、周囲を見る。そこには文字通り平和があった。


「ねぇユリウス、精霊の国ってどれぐらいかかるの? お弁当でも持っていった方がいい?」


「ヌル・ディン・ヴィングで向かえばすぐさ。だが、空の上での昼食も悪くない。持っていこうか。カレナすぐ作れるか?」


「すぐは無理ね。だから屋敷戻ったらあの黒い女の子だしてよ。ユリウスの使徒。いつもの子がいいわ。笑い上戸だけど、料理は彼女が一番うまい」


「わかった。しかし神の使徒がすっかり使用人扱いだな。まぁ、いいか」


 ジョシュアとカレナは手を繋ぎ、歩き出した。手に伝わる互いの暖かさは、心の温かさ。


 ただただ、彼らは平和を満喫していた。もはや大きな戦争は無い。賊も騎士の強さの前に、最近はめっきり減った。


 それは嘗て、英雄が夢見た世界。争いの無い世界。


 まだまだ課題は多いが、確実に、確実にその世界に向かって人々は進んでいた。


 二人は歩く、平和な街を歩く。アークトッシュという英雄が創り上げた道の上を、二人は歩く。


「ダンフィルさんも精霊の国の建国祭、来るかしらね。ユリウス連絡してみたら?」


「どうだろうなぁ。今やロンドベリアの大総統だからなあいつ。外交官は来るかもしれないが……まぁ、あいつ、自分の娘を来年騎士の塔に登らせるみたいだから、その時に会えるだろうさ」


「ふふふ、一番出世したのって、もしかしてあの人じゃないの?」


「間違いなくな。人間わからないもんだ」


「ふふふ」


 ここからの道は険しさは無い。ただただ、真っ直ぐに平和な道が続いている。


 嘗て、世界を救おうとした男がいた。その男は争いを無くすために、争いしかなかった世界に挑んだ。


 傷つき、倒れ、それでも彼は進んだ。進んで、進んで、行き着く果てに見たものは、戦いの終わり。


 彼はある意味、いや、間違いなく英雄ではあったが、それでも果てには終ぞ行くことは無かった。


 果てを見せたのはジョシュア・ユリウス・セブティリアン。彼こそは英雄を救った者。


 さぁ、先へ進もう。ただ先へ進もう。その先が、不明確だとしても、彼らがいれば先へ進めるだろう。


 常勝の騎士は英雄を救い、英雄の夢を語り続ける。




 ――さぁ、もう一度夢を魅せてやろう。白銀の剣で、幸福で美しい黄金の世界を魅せてやろう。




 夢を抱いて命をかけて成したことは、それが正しいことならば、報われる。英雄の夢は、これからも続いていくのだ。




 白銀の剣と黄金の世界 完

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