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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
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第36話 極光の夢

 その道は、険しく、ただ険しく、歩くたびにその足は傷つき、血で染まる。


 力を得るために、自らの妻の墓を掘り返し、その身体を刻み、溶かし、剣を打つ。


 狂気に落ちる覚悟、全ては世界を救うために。


 始まりの日、争いの無い世界を求めて旅立ったあの日。あまりにも眩しいあの日。


 きっと、世界から争いを無くすという夢は、彼にとっては通過点でしかなかったのだろう。戦えば、戦い続ければ、それは自ずと叶い、その先へいけると彼は信じていたのだろう。


 足りないものは何だったのだろうか。機会はあった。確かに、彼らの歩みは人々を救ってはきたのだ。確かに、彼らは世界を救ってはいたのだ。


 足りないものは何だったのだろうか。強さ? 方法? 意志? 彼は自問自答し続ける。


 足りないものは何だったのだろうか。きっと、それは――


「単純に、運が足りなかったのではないでしょうか? ふふふ……」


 黒い服の少女は真っ直ぐに、その言葉を彼に放つ。残酷で、しかし的を得ているその言葉は、アークトッシュの心を砕いた。


「ふふふ、はははは! はははははは! ああ! 何て! 何て! 残念でした! 残念でしたね! ははははははははは!」


 狂ったように、黒い少女は笑う。ジョシュアの使徒である彼女は笑う。


 彼女の声が周囲に響く。その声に、極光の騎士は怒りを覚えた。


「ふざ、けるな……お前が、お前如きが、笑っていいものではない。笑っていいものではない!」


 隻腕の騎士は光を放ちながら左手に握る極光の長剣を振り回す。黒い服の少女はただ、無抵抗に切り刻まれる。


「ふざけるな! ふざけるなぁぁぁ! 俺が! 俺たちが! 俺達だけが! 何でこんな目に合うんだ!? 死んだぞ! 死んだんだぞ! 皆死んだんだぞ! あんなに強かったのに! あんなに強かったのにぃ!」


「死んだのならば弱かったのでは? ははははは!」


「ああああああ! ふざけるなぁぁぁぁ! あの、あの暗黒の時代に! 何で俺達なんだ! もっと、もっと前に誰か、動けよ! 俺達がやらなくてもいいように、しておけよ! ああああ……」


 極光の騎士はそのヘルムから溢れるほどの涙を流しながら、剣を振る。もはや八つ当たり、黒い少女を斬って、斬って、斬って。


 だがそれでも、彼女は死なず、細切れになってもすぐに目の前に現れて、まさに悪夢のよう。


「帰りたい、返りたい、還りたい、あの村に、あの日に、あの時に、俺を……俺を殺してくれ……誰か、あの時の俺を、殺してくれ……」


 極光の騎士は、両膝をついて、天を仰ぐ。それでも流れ出る彼の涙は、鎧を濡らし続ける。


 消え去った腕から、漸く血が流れ出た。黄金の血が、輝く鎧からも血が流れ続ける。ジョシュアに貫かれた腹部の傷が開いたのだ。


 彼のひざ元はあっという間に黄金の血であふれた。


「俺の、せいだ……みんな、みんな俺の、ああ……ミストリア、ミストリアぁ……俺を、もう一度、抱きしめてくれ……ミストリア……」


 黄金に沈む極光の騎士の前で、歌う、黒い少女は高らかに歌う。それは誰に向けられたでもない讃美歌。美しく、ただ美しく歌う。


「レイスもう十分だ。身体は治った」


「あ、ああ……意外と心臓吹っ飛んでも治るもんなんだなぁ……ってばあちゃんがこれ見たらえらいことになってた気がするぞ。お前本当に不死身かぁ?」


「自分でも驚いた。もしかして本当に不死身なのかもな。さぁどいてろ。英雄譚の最期は、どんな時代であっても英雄の死で幕は下りる」


「わぁった……じゃあ頑張ってね」


 常勝の騎士の傍らにいた精霊は、彼から離れる。その白き翼と白銀の翼で彼を撫でて。


 どこからか現れた黒い少女たちは、ジョシュアを囲む。皆はそれぞれ異なる声で、歌を歌う。


「知ってたんだ。俺は知っていた。あの村で見た夢は、きっと、叶わないと、最初から、知っていた」


「何故目指した。アークトッシュ」


「だって、綺麗だったからさ。俺は、俺の言葉が綺麗だったから、それに、すがった。人は、分かり合える、争いは、なくなるって言いたかったんだ」


「何故言いたかったんだ?」


「だって、楽しかったんだ。実際に、争わずに、馬鹿みたいな会話をして、馬鹿みたいに好きな女を追いかけて、馬鹿みたいに笑い合うのが、楽しかったんだ。だから、楽しいから、楽しいことだけを、言いたかった」


「後悔しているのか?」


「ああ……している。それは旅だったこと……ではないな。俺の後悔は……世界は、あまりにも、あまりにも、汚れきっていたということを、信じられなかった俺の……人は、精霊は……欲望は……」


「何故、何故今をみれなかった。今は、暗黒の時代は終わっている。それは間違いなく、あなたたちの働きの結果だろう? ルクメリアも、精霊の世界も、それは、あなたたちの……ここは、少なくとも、幸せがある世界なんだ」


「無くなっていない……無くなっていない……争いは無くなっていない……だから、ああ、いや、そうか。そうだな。確かに、争いは減ったかな……」


「無くすことはできない。だが減らしてみせた。今を生きる者たちが、今までの者たちが、それで、どうして、あなたたちの歩みが無駄になったと言えるんだ? 世界を憂う騎士は今存在している。産んだのは間違いなくあなた達だ」


「……ああ、そうだな。でも、な、知ってるかい? そこに、俺のあの日は、もうないんだよ。だから、俺はもう今を生きれない」


 歌は広がる。空は光り輝く砂となって、領域は光り輝く砂となって、彼らと、歌う少女たちの上に降り注ぐ。


「この、俺の、アークトッシュ・ベルゼ・ルクメリアの、物語の本を閉じてくれないか。もう、俺は、自分では閉じれないんだ」


「哀れな英雄よ。世界で一番世界を憂い、そして一番戦い続けた英雄よ。この讃美歌は、あなたのために、我が剣は、あなたのために、さぁ待たせた。あなたを送ろう。友の居る場所へ」


 常勝の騎士は、讃美歌を背に、六枚の翼を広げる。


 死して三度、起きて三度。たとえ、幾度倒れようとも、常勝の騎士は立ち上がる。ただ、己が剣で敵を討つために。


 身を白銀の鎧で包み、その鎧は七色の輝きを放ち、世界を照らす。もはや光は、狭い領域に収まることは無く。


 光の砂となって砕ける領域の先で、七色の輝きは世界を照らす。星の中心、大樹は彼らを迎え入れる。


 神の領域が全て消えたことで世界に現れた大樹の島は、彼らを受け入れ、その葉を輝かせる。中心には七色の石。願いの石、星の魂結晶。


 常勝の騎士は、翼を八枚に、翼は背より離れ、円を描いて騎士の背後を舞う。それは魂の回路、輪廻の輪。


 翼は十二枚。常勝の騎士はその七色の鎧と、翼を輝かせ、願いの石と共に降臨する。


 輝きは世界を包み、奇跡を魅せる。


 少女たちの讃美歌を受け、降臨するその騎士が魅せる夢は『極光の夢』


 世界が見た『極光の夢』


 それは、儚き戦士の夢。

 それは、叶うことのない人々の夢。

 それは、叶うはずのなかった彼の夢。


 騎士が握る白銀の剣は、七色の輝きを放つ巨大な剣となり、常勝の騎士の手へと収まる。


「ああ、暖かい、これが、君の光か。それに綺麗な歌だ。ああ、俺への讃美歌にはもったいない……」


 もはや剣を振う力もなく、アークトッシュは纏う極光の鎧を溶かしながら、浮かぶ常勝の騎士を見ていた。


 常勝の騎士は、彼を送るために、輝く七色の剣を振りかぶった。そして、ゆっくり、ゆっくりとその剣を前へと降ろす。


 膨大な光全てが人と、精霊の生。これまで生きて、そして死んでいった魂の光。


 アークトッシュはその光に包まれる。光の濁流は、一瞬で彼を飲み込み、身は魂へと還る。


 消え去る瞬間、アークトッシュは見た。手を広げる妻の姿を。微笑みかける仲間たちの姿を。


 それは夢、それは幻、違う、それは――


「おかえりなさい」


 ミストリアの声に彼は涙する。聞きたいと思っていたその声に、アークトッシュは顔を歪め、泣いた。止まらない涙の中で、彼が見たのは自分を包む妻の姿。


 暖かさと、柔らかさ。失った幸福。


 その光の中に彼は消えていった。1000年もの間戦い続けていた英雄は、今、仲間たちの下へと還ったのだ。


 残るのは七色に輝く常勝の騎士のみ、彼の背には、願いの石が輝いていた。


「こんな終わり方しか俺にはくれてやれなかったが、でも、まぁ、いいだろう? どんな終わりでも、幸せならそれで、いいだろう? なぁアークトッシュ」


 迷うことなく、ジョシュアはその七色の剣で願いの石を砕く。


 枯れる大樹。後悔は無い。ジョシュアの欲しかったものはもう手に入ってるのだから、このようなものが褒美だとしたら、それは何とも拍子抜けだ。


 全ての神は消え、領域は人の世を残すのみとなる。極光の夢は、ただ優しく英雄に夢を魅せる。




 あの日に帰りたかった。あの日に返りたかった。あの日に還りたかった。


 彼は光の中で、妻に会っていた。仲間に会っていた。息子に会っていた。


 笑って交わす言葉は、彼が本当に欲しかったもの。魂の座にて、彼は笑う。心の底から、忘れてしまったと思っていた笑顔を、彼は取り戻す。


 長い長い旅路の果てに、彼の夢は叶う。欲しかったものは皆の幸せではない。彼自身の幸せ。


 アークトッシュは救われる。その笑い声は、魂の座にて永遠に。暗黒の時代を終わらせた英雄は高らかに、そこで笑っていた。ただただ、笑っていた。

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