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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
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第34話 夢の終わり

 誰よりも希望を抱いて、誰よりも夢を語って、誰よりも未来を見ていた彼は、時の流れにすり減らされて。もはや前を向くことしかできずに。


 ただ、前を向いて、進むしかできないその飾り物の王は、黄金の剣を握る。その剣は眩しく、美しく、彼の傍らで一人輝き続けていた。


 黄金の剣は、彼に残された最後の。


 輝きは空を映し、それはただ、アークトッシュの夢を叶えんとする。


 その黄金色の剣、黄金色の髪、そして赤き眼。その眼は虚ろ。生きるための力、活力と言うモノを失ったその眼は、ただ目の前の男を見ていた。


「これは……君がいなくなってから、探し出した、俺の……マリア、やはり、君では彼女の代わりになれないんだ。なれないんだよ」


 黄金の剣を撫でながら、彼は静かに告げる。その言葉は、寂しげで、だがそれの意味することは狂気。狂いきっていた。


 白銀の剣、彼が告げる事実に、ジョシュアはただただ、哀れさを感じた。


「これは、ミストリアの身体から創った。もう一つの選ばれし者のための剣。1000年の長き年月にわたって、ありとあらゆる魂を吸った魂喰いの剣」


 そう、彼は、力を得るために自らの妻の墓を暴き、その身体と魂を利用して剣を創った。自らの妻の肉体を切り刻むんだ彼は、もはや狂気以外に形容する言葉を持たず。


「ミストリアは壊れていた、壊れていたんだ。だが、それでも俺を裏切りはしない。俺を見捨てはしない。俺が何をしようとも。ああ、大好きだ。君が、好きだ。君を手に、俺は夢を掴む。一人残った俺が、夢を掴んでみせる」


 その長身のままに、アークトッシュは黄金の剣を構える。全てを失っても尚、希望を追い求めた者の果てがここにある。


 諦めるなと、人は言う。振り返るなと、人は言う。


 諦めず、振り返らなった男がここにいる。


 きっと、これは英雄の姿なのだろう。人は誰もがどこかで諦める。だが彼は、あまりにも強かったために、そのままここへきてしまった。


「もう、もう、もう、いいだろ? ここで、ここで、ここで、ここで、終わりに、終わりに、終わりに、終わりに」


 哀れすぎる、ジョシュアはそう感じる。人はここまで、壊れることができるのかと、彼は自分に問いかける。


 全てを失い、それでも自らの使徒として最愛の仲間たちが現れ、彼をそれでも進ませようとする。


 自分への厳しさは時に、自分を壊すのだろう。


「くれよ……俺に、くれよ。頼む、ここまできたんだ。俺に……俺を、幸せにしてくれる世界を、くれよ!」


 アークトッシュはその一言を持って、ただ真っ直ぐに走り出した。


「あなたを、ここで、死なせてみせる。魔を超えた先で、魔に飲まれた王。もういい、眠ってくれ。夢をみることなく、ただただ眠ってくれ。いや、眠らせてみせる」


 ジョシュアはただ、その白銀の剣を構え、同じように走りだした。もはや誤魔化しなど無し。ただただ、前に進み、彼を斬る。


 世界の危機、星の意志、そのすべてを二の次にし、ジョシュアはただ、眼の前の男を救うがために白銀の剣を振う。


「オオオオオオアアア!」


 叫ぶ、アークトッシュのその声は、石像立ち並ぶ彼の領域に響く。


 自らは、ただ物言わぬ石像のように、引きずっていたつもりが、いつの間にかただ引きずられて、ただ道だけを残して。


「ウオオオオオオオオ!」


 叫ぶ、ジョシュアのその声は、墓標立ち並ぶ彼の領域に響く。


 自らの歩いた跡を残した墓標は、一つの名も無く、自らの剣で命を奪ったという事実だけがそこに映し出されて。


 互いの領域は混じり、そして世界を同じくする。彼らの道は、ここで重なった。


 音、すさまじい音が鳴り響いた。それは低く、高く、まるで二つの別の楽器を叩き付けあったかのようで。金属の振れる剣戟音とはまた違う。独特の音。


 それは、精霊の肉体を核として創った。世界で二振りしかない剣同士の激突。ジョシュアとアークトッシュ。二人の剣は、一合ごとに音を出す。会話をしてるように。


 ジョシュアは驚愕していた。アークトッシュの剣は、すさまじい重さをもっていたのだ。一合ごとに、それは彼の手をもっていかんとするほどの重さ。


 二人は高速でそれを振りあう。音が、世界に鳴り響く。空が揺れる。


 誰もが、それを息を飲んでみていた。


 ルクメリアの騎士たちは、各々血を流しながら、治療をしながら、それを見ていた。


 今生の精霊騎士たちもまた、それを見ていた。ただ黙って、彼らを見ていた。


「星は混沌を是とし、人に知恵を授けました。人は自らの心に、それぞれ領域を持っているのです」


 静かに、黒い修道服を着た女は語る。ジョシュアの使徒である彼女は、その微笑みを絶やさす、しかし、冷たい眼で、微笑みは、ただ、微笑みの形の顔をしているだけで。


「神は星より生まれ出た人の極。人と言う種を制し、そして導くための奴隷。そう、彼らこそは、人という種を次の場所へと導く開拓者」


 彼らの戦いを見下ろして、彼女は手を広げ、クルクルとその場で回る。彼らの戦いの音を浴びるように。


「領域への案内人バランドール、歴史の語り部マリィメア、建国の雄ラム、国崩しシーケルタ、主様が出会った神は、皆その任を担ってきました。個人の選択にかかわらず」


 そして止まる。彼女は止まり、その顔から笑顔を消し、そして告げる。


「果たして、主様は、何を行いますか? さぁ、お見せになってください。記憶するだけの星に、くだらないただの石の塊に、主様と言うモノを見せてください。届くのならば、それは現れるでしょう。星の意志、願いの石が。ふふ、ははははは!」


 笑う、彼女は笑う。ジョシュアの使徒の彼女は、ただただ笑う。全てを見通して、笑うその声は、戦う二人にはとどかない。


 白銀の剣は、黄金の剣は、ただその領域で、互いの身を削りながら歌を歌う。


 二人の足はもはや退くことをせず、ただ前へ、前へと剣を振りながら進む。それは剣の間合いを超え、鍔を打ち付けるほどに。


 それは異様な光景だったが、退くことをしなかった二人にとっては自然なことで、ついには額が打ち付けられるほどの距離となった。


 歯を食いしばり、ジョシュアはアークトッシュを見る。


 表情を崩すことなく、アークトッシュはジョシュアを見る。


「その歳で、ここまで極められる。やはり、間違いない。お前たちは、そこまで俺を否定するのか。そこまで神種の世界が大事か。くだらん神の遊び場に、人と精霊の混血である俺は踏み入れないのか?」


 アークトッシュは剣を押し込んで、そしてそれを離した。白銀の剣に乗る黄金の剣の圧倒的重さに、ジョシュアは押しつぶされそうになる。ジョシュアは白銀の剣を離さざるを得なかった。


「ならば、ならば、それを打ち砕いて見せよう。ミストリア、俺はお前のために、あの日々は意味があったと証明してみせる。誰にも、決して、無駄死にとは言わせない!」


「なっ」


 空中で、アークトッシュは一度手放した黄金の剣を握る。白銀の剣を蹴り飛ばし、そして彼は足元から一気にその剣を振り上げる。


 白銀の剣は空へ、黄金の剣は下へ、超近距離で、地面を這うかのようにアークトッシュの背から加速して、黄金の剣は速度を上げる。


 咄嗟に、ジョシュアは腰にしていた曲剣を抜いた。それは、マリアの形をした使徒に持って行けと言われた剣。


 叩き落すことはできない。黄金の剣は、もはやそれができる速度ではなかった。だから、ジョシュアは身体を捻り、腰の回転だけで曲剣を前へと突き出した。


 それは音も無く、アークトッシュの胸に突き刺さる。血を出るよりも速く、曲剣は貫き、背にその刃が飛び出す。


 だが、それでも尚、下から来る黄金の剣は止まらない。それはジョシュアの右足を断ち、高々と空へと掲げられた。


 あまりに一瞬で断ち切られたために、痛みはない。ジョシュアの身体は、横に倒れる右足を下に、倒れ込んでいった。


 掲げられる黄金の剣、遅れて流れる赤い血と、アークトッシュの腹部から吹き出す黄金の血。ジョシュアは倒れ込みながらも、アークトッシュの胸に刺さった剣を引き抜いたのだ。


 それでも、アークトッシュは止まらない。手を返し、とどめをささんと彼は剣を両手で握る。掲げられた黄金の剣が振り下ろされんとしていた。


 痛み、足が分断されたことへの痛み、それは集中というものを消す。


 振り下ろされれば終わるというその一瞬で、ジョシュアは手に持った曲剣を離し、倒れ込む自分の右足を持った。そしてそれを、自分の足があった場所へと引き寄せる。


 踏みとどまる。ジョシュア・ユリウス・セブティリアンの身体と魂は、治癒の力を持つ精霊と繋がっている。純白の翼と白銀の翼を持つ精霊に。


 斬られたはずの右足でジョシュアは踏みとどまった。振り下ろされる黄金の剣を彼は間一髪で躱し、アークトッシュの剣が刺さっていた腹部を殴りつける。


 体格差は圧倒的。ジョシュアの一撃で、比較的小柄なアークトッシュは後方へと吹っ飛んだ。


 落ちてくる白銀の剣。それを取り、ジョシュアは体制を整える。


 咄嗟に使った曲剣が地面に落ちる音が鳴り響く。


 もはや瞬間と呼ぶこともできないほどの瞬間。彼らは一瞬のうちに、それだけをやってのけ、そして離れた。


 そして疑問が生まれる。ジョシュアはそれを聞かずにはおれなかった。


「マリア、何故お前が蹴り飛ばされるんだ。おかしいだろう。お前は動かせれない剣のはずだ。昔の持ち主への未練か?」


 その問いかけに、白銀の剣マリアは答える。


『ごめんなさい。少し、同情してしまった』


「……そうか、なら仕方がない」


 アークトッシュは自らの腹部から流れる血を止めるために、服の袖を破りそれを強く腹に巻き付けた。


「ふ、ははは……はははは!」


 巻きながら彼は笑う。すさまじい痛みのはずだが、彼は一切の震えも、怯みもない。


「ああ……よくもまぁ、貫いてくれたものだ。それに、君の足、確実に分断したはずだが、もう繋がったみたいだ。治癒の魂結晶か? いや、あの反応の良さ。契約か? 運のいいやつだなぁ」


 一瞬で彼の腹部を覆う布は黄金の血で染まり、血は端から滴る。だがアークトッシュはそれを気にもせずに、黄金の剣を握り直した。


「さて、お待たせした。では、二戦目といこう。十分に身体は温まった。次は、あの程度ではないぞ」


 アークトッシュは剣を胸の前に構え、眼を瞑った。呼吸音、ゆっくりと吸い、そして吐く。アークトッシュは呼吸と共に、光が彼を包み込む。


「世界は変わらないというのならば」


 光の粒は、一つ一つが命。黄金の剣、その元となったミストリアの魂の形。それは渇望。黄金の剣は、魂喰いの剣。それに斬られた者は、その魂を奪われる。


 渇望の属性を持つ魂結晶を核に、黄金の剣は輝く。今まで吸った命を放出しながら。


「そんなものは、無意味だと言うのならば」


 光の色は様々で、赤、青、緑、黄、紫、白、黒。その光は、彼を包むように。


「変えてみせると、何度でも言おう。さぁ、変えよう。世界を変えよう」


 そして光は形を成す。肩に、胸に、足に、腰に、それは様々な色を放ちながら、鎧となる。


「皆、旅に出よう。皆が共に歩める世界を創るんだ。皆で、できるさ。きっとできるさ。俺達なら、できるさ」


 そして顎に、顔に、虚ろな眼をしたアークトッシュは、自ら光り輝く鎧に身を包んだ。遅れて背に現れるは深紅のマント。まるで太陽のように、うっすらと色を残し光るその身体は、まぎれもなく神々しかった。


「……できるんだよな」


 黄金の剣は姿を変え、長い長い剣となった。その全長はそこらの槍よりも長い。


 奪った命を鎧として、彼は現れる。極光の鎧をまとって、世界に挑んだ男アークトッシュは立つ。世界を救うために、世界を破壊するために。


 美しきその光は、命の光、禍々しく美しいその姿に、ジョシュアは自らの剣をもって答える。世界を守るために。


 この戦いを、人は語ることはできない。領域の外は平和そのもので、だからこそ、ジョシュアは全力を出すことができるのだろう。


 ジョシュアの剣は輝いた。白銀の剣は、白銀の鎧を産み、それは一部が黄金に変わり、そして背には巨大な白銀の翼が広がる。


 領域の外、ある島で、巨大な樹が葉を鳴らす。彼らの戦いを見るその樹は、静かに、佇んでいるのだった。

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