第33話 夢の終わり 第2位
「終わらせたいか? なら超えてみろ。世界最強の前にお前たちはいる」
眩しいほどの黄金の翼は、覇王の証、世界の八割を一人で征服した男は、最期の壁として立ちはだかる。
始まりの精霊騎士第2位にして精霊の王、レーン・レック・ジークフレッド。その身体程もある巨大な刀身に、長い長い柄を付けた独特の武器は、一振りで容易く人の命を奪い取る。
それは世界を制覇するための武器。悪人善人を問わず、有史以来最も生物を殺した武器。
向けられて生きてる者は皆無。対峙しては無敗、ついに、その生を終わらすことは誰にもできなかった。
その若々しい肉体と、自信にあふれた顔は、まさに全盛期。
暗闇を断つその翼は、例えルクメリアが精霊騎士と言えども断つことはできず。すでに二人の男が彼の前に倒れていた。
精霊騎士第6位と第7位、バルガス・エルフレッドと、ヘクティル・カインネル。粉々に砕かれた鎧と、飛び散る赤い血は彼らの敗北を示している。
一刀の下に叩き斬られた二人に対し、ジークフレッドはその巨大な剣を担ぎ上げ、つまらなそうに顎を上げた。その長い黄金の髪は、風に舞い、黄金の翼は大きく広げられる。
「何だかなぁ。なぁお前ら、本気って何かわかるか? 全力だぞ全力、死ぬ物狂いではないぞ。それをやれば死ぬ、それが全力だ。わかるか俺の言ってること」
その言葉を聞く者はいない。辛うじて息をしているだけの二人に対し、ジークフレッドは独り語る。
「覚悟、してるのか? 俺は他のやつとは違う。俺は失敗した男だ。だからな、アークのやりたいことは全力で協力する。全力だ。わかるか? わからないなら、そのまま死んでおけ。遊びではないんだ。騎士ごっこは他所でやりな。俺がやりたいのは、そんなんじゃねぇんだよ。なっ?」
その黄金の翼に、向かうは白銀の剣。彼は、ただその剣を抜き、ただただ王の前に現れた。
ジョシュア・ユリウス・セブティリアンのその剣は、領域に差し込む日の光を受けて、強く輝いていた。
「ああ、待ってた、とは違うか。よぉ偽物の英雄さん。俺の魂はうまかったかい?」
ジークフレッドは微笑む、自虐的に。眼を細め、笑いながら、彼はその巨大な武器を眼の前の敵に向ける。
「お前の名前、俺知らねぇんだ。だがそれでいい。名乗るなよ? お前は、誰よりも俺寄りだから、それでいい。さぁ来い。全力で、お前を殺しアークの夢を叶えてみせる」
ジョシュアは纏っていた深紅のマントを脱ぎ捨てた。手には白銀の剣、腰にはマリアの記憶より受け継いだ曲刀。
剣を構え、腰を落とし、強く、強くジークフレッドを見る。その視線に迷いなどなく。感情の動きもなく。
「俺の後ろにアークがいる。俺が最後だ。だが最高でもある。まっ、経験済みかい? ではやろうか、二回だ。一度は俺が勝ち、二度はお前が勝った。三度目はどうだ? 見せてみろ」
白銀の剣は、黄金の脈をうち、それを持つ男の眼は一層黄金に輝き。
「ただ、お前が消えるだけだ。もう茶番はいい。記憶は、記憶のまま、消えていろ。もう十分だ。これ以上アークトッシュを苦しめる必要はない」
「くくく……まぁ、そう言うなよ。お前も繋がりかけてるからわかるだろう? この星は、最高に、無垢で、残酷だ。星の意志に、神域に至った俺を、まるであざ笑うかのように利用しているこの星は、最高に残酷だ」
ジークフレッドは両腕を、伸ばし、翼を広げ、極端な前傾姿勢となった。もはや脚で地面を蹴る気は無く。
翼は上へ、広がり、そして上へ。
「だからこそ、進む価値がある。これが、本当に願いというモノならば、きっとそれは叶う。この果てに、それはある」
王は語る。星に触れた王は語る。
「果てに至れ。我が夢よ。願わくば、それが友の夢となれば、もはや言うことは無い。いくぜ? 悪いが、加減はできねぇぞ」
「来い精霊の王よ。王の記憶よ」
ジークフレッドは、真っ直ぐに、黄金の翼を強く地面に打ち付け、空を舞った。地面と水平に、真っ直ぐに、それは飛ぶと言うよりも、跳ぶに近く。
巨大な武器は巨大な質量を持つ。受け止めることは並みの武具では不可能。だが、それを振り下ろさんとする相手は並みの武具ではないのだ。
白銀の剣。嘗て、ある精霊の女の身体を使って創り上げた剣。それは、不思議なことに世界から一歩外れたかのように、圧倒的質量を持っていた。
受け止められるジークフレッドの武器。足が地面に沈む。ジークフレッドの振り下ろしは、ジョシュアの身体を地の底へと埋めんが如く、強く打ち付けられた。
ジョシュアは見切る。短時間で仕切り直して二度戦った相手、その経験が彼にジークフレッドの剣の軌道を読ませたのだ。
白銀の剣目掛けて打ち付けられた武器はいつの間にか横に払われ、ジークフレッドは自分の武器の質量に負けてその払われた方向へと身体を傾けた。
真っ直ぐにジョシュアの剣がジークフレッドの首に襲い掛かる。その振りは速く、もはや人の眼に捕らえられるものではない。
受けきれないと咄嗟に判断したジークフレッドは長い武器の柄を返した。巨大な刃先が柄を中心にグルンと向きを変え、白銀の剣を叩き付ける。
だが、その剣は何の迷いも無く、止まることも無い。ジークフレッドは身体を強引に屈め、首元まで迫っていた白銀の剣を躱す。武器の振り、そして回避、全てを同時にできる王の技術。それは最強と呼ぶにふさわしい。
武器を振ることで、その重量を利用して高速で体制を立て直し、ジークフレッドはジョシュアに再び襲い掛かる。武器は振り下ろされる。
迎え撃つ。当然斬り上げて。ジョシュアはジークフレッドの武器を叩き落すつもりだったが、それは叶わなかった。空中でそれらはぶつかり、爆音と火花を放つ。
二度、三度、上と下を入れ替えて、二人は武器を打ちあう。
互いの超重量に押されて、一合ごとに二人の距離は離れていった。もしどちらかの力が足りなければ、たちまち押し負けていただろう。
だが二人の力はほぼ互角。あまりにも互角過ぎて、ぶつかった瞬間に互いの武器は一瞬空中で止まるほどだった。
さらに打ちあう。さらに三度。あまりの衝撃で、地面は割れ、土は捲れる。
距離ができたことでその武器の長さを利用できるようになったのか、ジークフレッドは翼を広げ、空を舞うように身体を回転させ、より威力を高めて打ち込んで来た。
より深く、ジョシュアは踏み込んでそれを迎え撃つ。少しジョシュアが押し負けてきた。
笑う。ジークフレッドは笑う。勝ちを確信した笑み。ジークフレッドは自らの武器の柄を、一気に引き抜いた。
先についていた巨大な刃は形を変え、6本の剣となる。剣の集合体、それが彼の武器。
さらに柄を引き、剣を空へと撃ちだした。柄の先に7本目の剣が現れる。
一つ、柄の先についた槍。まさに神速。強くしなり、その槍はジョシュアに襲い掛かる。
虚を突かれても、彼は動じはしない。槍をその白銀の剣で上から滑らすように抑え込み、一歩踏み出す。
構える。ジョシュアのその構えは、武器を失ったジークフレッドの首を取らんが如く。
落ちる。二つ目、三つ目、ジークフレッドは二本の剣を受け止めて、ぐるぐると回すように振り回す。四つ目、五つ目、六つ目、七つ目。カンカンとその剣に受け止められ、そして浮かされ、ジョシュアの周りに複数の剣が舞った。
一瞬嫌な感じがした。ジョシュアはその悪寒に、白銀の剣を振るのをやめ、防御の姿勢を取る。
ジークフレッドは翼を広げ、羽ばたく。それだけで彼はジョシュアの前から消える。彼が持っていた二本の剣を残して。
一刀、二刀……合わせて六つ、六刀一閃。
ジョシュアの周りに浮いていた剣は、少しの差を持って、ほぼ同時にジョシュアに襲い掛かる。腕、腹、足、肩、首、その剣は全て同時に斬らんと襲い掛かる。
受け止めることなどできない。剣は真っ直ぐに、ジョシュアに向かってくる。
いや、彼は受け止めることなど最初からする気はなかった。
白銀の剣は一瞬光を放ち、光は一瞬で彼の姿を変える。
白銀に、黄金が乗った鎧。一歩も動くことなく、ジョシュアはその鎧でジークフレッドの剣を受け止める。
剣が鎧にぶつかる音は完全に一つ、全ては重なって、大きな大きな音となって、そして、剣は宙に弾かれた。
ジョシュアの纏った鎧に弾かれて、六本の剣は空へと再び舞い上がる。
遅れて白銀の騎士の背に巨大な白銀の翼が広がる。その鎧を砕くことには、精霊の世界における全ての魂の欠片を吸ったそのよりを砕くには、ジークフレッドでは役者不足で。
ジークフレッドの剣は空中で重なり元の巨大な武器となった。ジークフレッドもまた、彼に対抗して黄金の鎧をまとう。
「俺の切り札を、ここまでの力、やつにはなかったはず……」
精霊の王は、ジークフレッドは見た。巨大な白銀の翼を持つ騎士が、巨大な黄金の旗を握っているのを。
鎧を着て、ジークフレッドはその武器を使って防御の姿勢を取る。
「これにはお前の魂も入っている。防げるか? たかが記憶風情に。防げると思っているのかジークフレッド」
静かに、ジョシュアは翼を広げ空を舞い、その旗を、ジークフレッドに向けて投げつけた。
旗は、風に負けることも無く、ただ真っ直ぐにジークフレッドが身体の前で構えている武器の腹へと向かっていく。
「それは人では……まさか」
防ぐことはできない。その旗は、全てを貫いて、突き立てられるものなのだから。
そこに何もないかのように、ジークフレッドの武器を砕き、そして身体に旗は突き刺さった。
大きく、大きく旗はなびく。ジークフレッドの身体を地に落としながら。
「もう、終わっていた……だと……残酷すぎる、だろ」
旗はジークフレッドの肉体を消し去り、地面に向かって落ちていく。
その黄金の旗は、白銀の大剣となって、ジョシュアの手に収まる。鎧を解くと共に、その剣は白銀の剣へと戻る。
最強を容易く屠り、ジョシュアは地に立った。目の前には始まりの男、アークトッシュ。
「さぁ、決着をつけるぞアークトッシュ。お前の夢は、ここに潰える」
ジョシュアは告げる。アークトッシュは無言でそれを聞く。
これでアークトッシュの使徒は全て消えた。あとは彼を倒すのみ。
ジョシュアの後ろで、多数の騎士たちが傷つき倒れている。目の前の男一人を倒すために、彼らは倒れたのだ。
アークトッシュはそんなルクメリア騎士団を前にして、自虐的に笑った。そしてゆっくりと、口を開く。
「そうだな。遊びは、ここまでにしよう」




