第1話 始まりの森
――世界はただ、美しくあればいい。そこは人が創る人の世界。
晴天の中であっても薄暗いとある森の道、道を示す看板の前に大きな身体の男が立っている。
彼は看板の文字を読み、目的地への道が正しいことを確認すると足早に歩きだした。
一般の成人男性よりも頭一つ、いや頭二つ分は背が高く、服の袖から見える鍛え抜かれた腕はこの男の力の程をはかるには十分である。
彼の背に荷物袋と隠しようがない巨大な両手剣が見える。
「おいおい道はあってるみたいだけどよ。いつ着くんだよ。ガキの頃はもうちょい近く感じたもんだがなぁ。だから馬車借りればよかったんだよ。」
男の巨体に隠れていた小さな男が声を上げた。彼らは対称的で、一人は逞しく大きな身体を持ち、一人は絞られた小さな身体を持っていた。
彼らは、道を歩く。大柄の男は堂々とした面持ちで、小柄の男は飄々とした面持ちで、道を歩く。
木々の隙間から漏れる光は、彼らの歩みを映し出していた。
「っていうかお前肩凝らねぇの? その剣。 俺みたいに腰にさせるやつ貰って来ればよかったのによ」
小さな男は腰をひねり細身の剣を見せる。その剣は装飾が派手で、かなりの高価さがうかがえた。
「ダンフィル……その剣、訓練場にあったものだろ。かっぱらったのか?」
「もらったんだよ。いや……借りた?」
「知るか」
ダンフィルと呼ばれた小さな男が煌びやかな剣に視線を落とす。
「貰っといてなんだけどよ。こんな剣で戦えるのかねぇ。細いしすぐ折れそうだぜ。俺実は剣っていうよりも槍なんだよな得意なの。まぁお前には一回しか勝てなかったけど」
「……知らなかったのか? それは儀式用の剣だ。実戦用じゃない」
「なに!?」
ダンフィルの足が止まった。彼は実戦用としか思ってなかったのだろう。がっかりしたあと速足で大男を追いかけた。
「だぁー! 剣を買う金が浮いたと思ったのに儀式用かよ。何だって訓練場に置いてあるんだよ!」
「卒業式典で聖母様が持ってただろう。お前は目の前で振られた剣も見てないのか」
「見てねぇよ。俺はお前みたいに刃物そんなにこだわりねぇんだよ。ジョシュアの家みたいに金がねぇんでな。塔に行くまで槍の先はずっと丸いと思ってたしな」
ダンフィルは細身の剣の上からマントを羽織った。季節は春、まだ森は肌寒い。
身体を丸め、ダンフィルは両手で身体を抱えると、口を開いた。
「ジョシュア……お前どうするんだ王都についたら」
「騎士の塔にて10歳から10年、卒業できたものは皆同じ道をいくものだ」
ジョシュアと呼ばれた男は巨体な身体を縦に振り、ずれた肩の荷物を上げる。
「お前は余裕だったかもしれねぇけどさ……俺はギリギリだったんだよ卒業試験。師範のおっさんが腹下してなかったら……持久戦できなかったら……おお俺ついてるぜ」
「ダンフィルは騎士にならないのか?」
「いやなるぜ。前に言ったろ。俺の親父は守備兵なんだぜ。それに精霊の石使うの得意なんだよな俺。もうすでに自分の持ってるしな」
「精霊の石か。俺は法力はさっぱりだったし、石はほとんど使えなかった」
「お前腕力だけで卒業したようなもんだしな。ははは。まぁ属性相性とかあるらしいぜ精霊の石?」
「鎧化すらできなかった。ダンフィルはそこはうまかったな」
「『そこは』に何か悪意を感じるが、まぁガキの頃から石はいじってたしなぁ」
そう言ってダンフィルはマントの隙間から緑色の石を取り出した。淡く発光している。
「お、森を抜けるぞやっと。遠かったなぁおい!」
「まて、慌てるな。おいダンフィル!」
「おおぅ? おおっ」
道がぬかるんでいたようだ。森の木々が少なくなってきたことに興奮したダンフィルは走り出したが、転んでしまった。
ジョシュアの大きな手が差し出される。
「大丈夫か?」
「ああ慌てちまったぜ。これだから皮の靴は……」
手を取りダンフィルの身体を軽々と引き上げる。そして前を向いた彼らの眼に飛び込んできたのは晴れわたり澄んだ空と草原、そして遠くに見える家々と巨大な城だった。
「着いたぜ。10年ぶりだなぁ。ちょっと感動するぜ」
「そうだな。王都ルクメリア。変わらないものだ」
城から鐘の音が聞こえた。町の活動する音がかすかに聞こえた。
彼らの、ジョシュアの長い長い戦いは今始まった。




