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今日も魔導士は幼女に耐える  作者: 虎山タヌキ
陽だまりの中で
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26 外伝 オルコスの使い魔と惹かれ合う輪廻03

 丸太で組まれた小さな木こり小屋にヌヴィとオルコスは居た。


 ヌヴィは膨大な量の書物が乱雑にしまわれている本棚を整理しながら、ふと一冊の本が目に止まって、その中身を読み始める。


 それは、神を題材に描かれた絵本だった。


 ヌヴィは、飛ばし飛ばしそれを立ち読みしたあとで、一つの疑問が浮かびオルコスに訊いてみることにした。


「ねえ。オルコスって神様見たことある?」

「ん~? 何よ藪から棒に」


 オルコスは年若い町娘のように毛先をつまんで弄びながら、その質問者に視線を向けることなく、手にした本の綴をめくる。


「だって、教会のやつらはずっと昔から神様に祈りを捧げてるんでしょ? それなのに何で姿を現さないのかと思って」

「そりゃ……あれじゃない? 神様ってのはきっと照れ屋なのよ」


 オルコスは面倒くさそうに言って、本の文字を追っていく。


「もぉ。僕、真面目に聞いてるのにっ」


 ヌヴィは、真面目に答える気が無さそうなオルコスに口を尖らせて、沸かしたお湯で紅茶を入れる。


「そんなことより、僕はやめてって言ってるでしょっ? そんなだから立派な悪魔になれないのよヌヴィは」


 オルコスは紅茶のカップを手に取り、ふーふーと冷ましながら、ヌヴィに不満そうな眼を向ける。


「そんな事言われても……そもそも悪魔ってどうやったらなれるのさ」


 ヌヴィは横にちょこんと座って、紅茶をすするオルコスの顔を覗き込む。


「激しい感情の高ぶり。ほとんどの悪魔は憎悪とか妬みとか、しみったれたもんで昇華するんだけど、ヌヴィには楽しいとか嬉しいみたいな、愉快な感情で悪魔に昇華して欲しいわ」

「どうして?」

「そりゃあ、面白そうだからよっ」


 オルコスは至って真面目に、そんなふざけた答えを返す。


「まあ、自分のことを僕、なんて言ってる内は、悪魔になんてなれっこないわね」


 オルコスは、嫌がるヌヴィを暇つぶしにからかうように、無邪気な笑みを向けてくる。


「無理だよぉ。我輩なんて恥ずかしいよ」

「恥ずかしくないっ! 偉大なる魔女の使い魔が僕なんて言ったらかっこわるいじゃないの。はいっ。我輩って言ってみて」

「え~。僕は僕でいいよぉ。オルコスが勝手に――っ」


 瞬間、オルコスの頭の奥で耳鳴りのような音が短く響いた。


「しっ。ちょっと待って、誰か来たわ」


 オルコスは急に真剣な顔になって、ヌヴィの口に人差し指を当てる。


「私の固有結界に入ってくるなんて、只者じゃないわね」


 オルコスは、戦乙女のような凛々しい表情を作って、外に続く扉を睨みながら、ヌヴィの背中をぐいぐいと押した。


「えっ!? ちょっ、なにするのさ?」


 ヌヴィは緊張したまま、小声でオルコスに囁く。


「ほら、何してんの? ヌヴィ、早く見て来てよ」

「え~。僕一人で行くの?」 

「いつだってネズミを捕まえるのは猫って相場が決まってんのよ。ほら、早くっ」


 ヌヴィはしぶしぶ了承し、緊張を隠しきれない様子で油断なくドアの取ってをひねった。


「っ!?」


 ヌヴィは視界に映ったものに驚き、ぴょいっと一歩飛ぶように後ずさりする。


「なにっ!? 何かいるの?」


 そこには、扉の前で倒れている傷だらけの騎士の姿があった。


 どんなやられ方をしたら、こうなるのか、銀の鎧はそのほとんどが千切れたように綻んでいる。更には体の真下から広がっていくように、下草を血で赤く染めていた。


 ヌヴィは、生前の記憶が鮮烈に蘇り、強烈な嫌悪感が体中を支配していた。


「なんなのよ? 龍のこどもでも落ちてたっての……っ!?」


 オルコスは、物言わぬヌヴィにしびれを切らして、背後からひょいっと開け放たれた扉の先に視線を向け言葉を失った。


「オルコス……こいつ教会の人間だ。ほら、ここに銀の十字がある」


 ヌヴィはおっかなびっくりではあるが、ぴくりとも動かない死体然とした騎士の胸元を震える手で差した。


「ちょっとどいて……ほうほう。…………ほうほうほう。まだ息はあるわね」

「オルコスっ!?」


 オルコスはヌヴィを押しのけると、あろうことか倒れている騎士の全身をぺたぺたと触り始めた。


 そして、不安気に見守るヌヴィに構わず、ぽんっ、と手を叩く。


「よし。治療しましょう」


 そう言って、手頃な木の枝を拾うと、騎士を囲うように地面に治癒の魔法陣を描き始めた。


「ちょっ!? 何言ってんのさ? オルコスは魔女なんだから、教会のやつは敵でしょ? 殺されちゃうかも知れないんだよっ!」


 ヌヴィは過去の経験からそう思い、慌ててオルコスの術式を止めに入る。


「ん~。いやさ、この魔力の波長。多分戦闘に特化したタイプの~……あれよっ。聖騎士だと思うのよね」

「えーっ!? じゃあ、尚更危険だよっ!」

「そうなんだけどさ。こいつらって頭の中も筋肉でできてるって聞いたことがあるの。興味あるわ」


 オルコスは爛々と目を輝かせて、魔法陣の続きを描き始める。


「オルコスっ! ダメだってばっ」


 ヌヴィは何とかして止めようと、オルコスが持っている木の枝を両手で掴む。


「ヌヴィ。魔女は好奇心に逆らえないのっ。それに、ちゃんと策はあるから安心して」


 オルコスは、にひひといたずらな笑みを浮かべてヌヴィの額を小突くと、やはり言うことを聞いてくれないようで、術式の準備を始めてしまった。


 こうなってしまうと、もう止めようもない。


 ヌヴィは諦めて、万が一の事態に備えようと小屋へ戻って行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 オルコスの治癒術式が終わってから半刻ほどが過ぎた頃、ヌヴィはベッドの上に寝かされた騎士を油断なく見張っていた。


「ヌ~ヴィっ。そんなに心配しなくても大丈夫だって」

「……」


 ヌヴィは何を防ごうとしているのか、お鍋のふたを構えたまま、オルコスの言葉を背中越しに聞いた。


 魔女だとばれなければ大丈夫かな。


 ヌヴィが目を覚まさない事に少し油断した時、不意に騎士の目が開かれた。


「ねえっ!? オルコス、目覚めたみたいだよっ」


 ヌヴィは慌てて鍋のフタを放り投げると、呑気に読書をするオルコスへ知らせに行く。


「ん……っ。ここは……?」


 騎士はベッドから半身を起こすと、まだ癒えてない傷が痛むのか、包帯の巻かれた腹部に触れながら眉をしかめた。


「目が覚めたようねっ」


 オルコスは好奇心に満ちた表情で、ぱたぱたとベッドへ小走りで駆け寄る。


「……君が、これを?」


 騎士は施された治療の技術の高さに驚きながら、目の前でしたり顔をする少女へ怪訝な目を向ける。


「うんっ。あんた、あとちょっとで死ぬところだったんだからっ。ほら、薬湯よ」

「そうか……恩に着る」

「ああっ、まだ起きたらダメよっ。」


 騎士は少し考えるような素振りを見せて、木のコップに注がれた緑色の薬湯を口に運んだ。これが毒なら傷を癒やす必要はなかったはずだと。


「ねえ、オルコス」


 ヌヴィがそわそわしながらオルコスに話しかけた瞬間。


「っ!?」


 騎士はヌヴィを見て、口に含んだ薬湯を吹き出してしまった。


「猫が喋ったっ!?」


 騎士は驚いた顔で、目の前の少女と黒猫を交互に見る。


「そりゃあ猫くらい喋るわよ。なんたってこの私は偉大なる――っ!?」

「オルコスっ!?」


 ヌヴィは、オルコスが自身を魔女だと自称しそうになったところで、何とか口を抑えて止める。


 だが、騎士からすればこの状況だけで証拠は十分だった。


「お前……魔女なのか?」


 騎士は傷口のある腹部を押さえながら瞬時に起き上がると、壁にもたれたまま体中から敵意を剥き出しにして、オルコスを睨みつける。


「いかにもっ!! 私はいずれ後世に名を残す偉大なる魔女オルコスよっ!」


 オルコスは、その慎ましやかな胸を得意気に張って、にんまりと笑みを浮かべた。


 ヌヴィは、ああ言ってしまった、と頭を抱えてじわりと肉球に冷や汗を滲ませる。


「なぜ……俺を助けた?」


 騎士は油断なく身構えたまま、理解できない状況に整理をつけようとする。


「へっ? なぜって……怪我してたから?」


 オルコスはよくわからない質問にはてな顔になって、何でもないことのように答えた。


「なっ、お前ら魔女は人の死と破壊と混沌を好むんじゃないのか?」

「なにそれ? 人が死んだら悲しいじゃない」


 オルコスは何いってんだこいつ、という表情で言ったあと、頭も怪我してたのかしら、と心配そうな目で騎士を見る。


「幻術……ではないか」


 騎士は自身の二の腕をつねって、痛覚が生きていることで現実であることを再認識する。だとするならば、こいつはなんなんだ。


 騎士は目の前で小首を傾げる理解できない対象に思考が追いつかなくなる。


「……よくわからないが、助けてくれたことには感謝する。だが、次に会う時は命の保証はしない。じゃあな」


 騎士はオルコスと一定の距離を保ちながら、半ば逃げるように外へと続く扉の方へじりじりと移動する。


「ちょっ――」


 オルコスが何かを言おうと口を開いた瞬間、騎士は扉を開けて外へと飛び出した。


 騎士の視界に広がったのは、深く茂った木々が延々と続く森だった。騎士はこの段になってようやく記憶を思い返してみる。


 確か邪教徒たちが召還した魔獣と戦闘になって、自分は刺し違えるように討伐を終えた。その後の記憶は曖昧だが、帰還途中で意識を失い、理由はわからないがあの魔女に拾われ介抱された。


 騎士は、ぼんやりと心を落ち着かせながら、勘だけを頼りに鬱蒼と茂る森の中を進んでいく。


 魔女をあのまま野放しにしておいても良いのだろうか。


 騎士の中で、そんな迷いが生まれた時、灰色の煙が辺り一面を覆い尽くす広場へと出た。


 これは、何か危険な感じがする。


 騎士が直感的にそう判断し、迂回しようとした瞬間。


「っ!?」


 灰色の煙は突如として騎士の全身を捕縛し、その意識を奪った。


 ……っ!?


「どうなってんだっ?」


 ふと意識を取り戻した騎士の視界に入ったのは、先程飛び出した筈の魔女が居た木こり小屋だった。


 幻術の類だろうか。


 民を苦しめる術式に関することか、あるいは自分を使った何かの実験なのか。


 魔女の思惑はわからないが、これが魔女の危険な研究の一端なのは明白だ。


 騎士は、やはりあの魔女をこのまま放置するわけにはいかないと、痛む体にムチを打って戦闘準備をする。

 

 魔女はあらゆる呪いと術を操り、戦闘にも長けていると聞く。この負傷した体でどこまでやれるかはわからないが、民に危険が及ぶ前に排除しなくては。


 騎士は自身の胸に掲げる純銀の正義を握りしめ、覚悟を決めるとその扉に手をかけた。


「お前が魔女だってことはよくわかった。だが、俺の血が一滴でも残っている内は――っ!?」

「ん? ああ、やっぱり戻ってきたのね? どう? 今日は森に魔獣出てた?」


 オルコスは、やっぱりまだ時間が必要かぁ、と零して、顎に手を当てて子犬のように低く唸る。


「……ん? どうしたの? 入れば?」


 オルコスは、呆けた顔で固まる騎士を見て、不思議そうな顔をする。


「何を……している?」


 騎士の目に映るのは、想像していた危険な研究に手を染める邪悪な魔女ではなく、小さい木製の丸いテーブルを猫と囲んで質素な食事を取る少女の姿だった。


「へ? 何ってお腹すいたからご飯食べてるんだけど……あんたも食べる?」

「だっ、ダメだよ、オルコス。この騎士いっぱい食べそうだよ? 食料もう底をつきそうなのに」

「だって、お腹が空いてたら可哀想じゃない。空腹が地獄なのヌヴィも知ってるでしょ?」

「そ、それは、そうだけど……」


 そんなほのぼのとしたやり取りをしていると、不意にどすん、と尻もちをつく音が部屋に響いた。


「……もう、だめだ。よくわからん」


 騎士が手のひらで自身のこめかみをぐりぐりとしながら、扉にもたれかかっていた。


「お前……魔女じゃなかったのか?」


 騎士は大きくため息をついて、俯いたままオルコスに訊く。


「え? 魔女だけど?」


 オルコスは口の端にパン屑をつけたまま、あっさりと答える。


「俺に幻術をかけたのは何が目的だ?」

「幻術? そんな面倒くさい術使ってないわよ?」


 オルコスは、剥いた豆の皮をヌヴィに投げつけて遊びながら答える。


「じゃあ、どうして俺はまたここに戻ってきた?」

「ああ、んとね。実は今、固有結界の実験中でさ……」


 オルコスは照れたように頬をぽりぽりと掻くと、


「まあ、何ていうの? 私たちもこっから出れないのよねっ」


 オルコスは困ったもんだ、と笑ってみせる。


「はっ? なんだそりゃ? お前、馬鹿なのか?」


 騎士は、よく見ればあまり頭の良さそうな顔をしていないな、とオルコスをまじまじと見る。


「失礼ね。馬鹿騎士に馬鹿って言われたくないわ」


 オルコスは、むっと頬を少し膨らませて、こどものように言い返す。


「……で、具体的にはあとどれくらいこっから出れないんだ?」

「う~ん。そうね、ざっと30日くらいかしらね?」

「なっ!? 30っ?」


 騎士はそれを聞いて、とうとう頭を抱えてしまった。


「まあまあ、考えたって結果がかわらない時は、考えるのをやめるのが一番よっ。ほら、あんたの分もあるから食べちゃいなさいよ?」


 オルコスはカラカラと笑って、麻袋からなけなしのパンとチーズを差し出してくる。


 騎士はしばらく項垂れていたが、結界を築いた本人が出れないのならば、時間の解決を待つしかないか、とこの突飛な状況を許容せざるを得なかった。


 それに、いざとなれば、この程度の魔女ならば問題ないだろう、と高を括る。


 しかし。


「……? 魔力がっ!?」


 騎士は、刺し違えてでも魔女を討つ覚悟を示そうとしたところで、それに気が付いた。


 どれだけ意識を集中しても魔力が練れなくなっていた。


「ふふん。ここは私の固有結界だって言ったでしょ? この中で私に危害を加えることはできないのよっ」


 オルコスは徐ろに立ち上がると、呆然と立ち尽くす騎士の頬を、このお馬鹿さん、とその細い指でつついた。


 騎士は、ようやくどうにもならない事を察したのか、大きく一つ嘆息すると、どかっとテーブルについてあぐらをかいた。


「施された物は、外に出たあと必ず返す」


 無愛想にそうとだけ言って、パンとチーズを手に取り、空腹を満たすことを選んだ。


 オルコスは、騎士が食べるところをにんまりと笑みを浮かべて見たあと、本題を切り出すことにした。


「ねえ。あんた、私が拾わなかったら、死んでたわよね?」

「……何が目的だ?」


 騎士はオルコスへ胡乱な目を向ける。


「話を聞かせて欲しいの」


 オルコスは少女のように爛々と目を輝かせて、騎士に迫る。


「話? まあ、一飯の礼もある。答えられることなら構わないが」


 騎士は、その質素な食事を早々に済ますと、オルコスの質問を促した。


「神様って本当に居ると思う?」

「居るに決まっているだろ」


 騎士は、そんなことか、と神職者からすればくだらない質問に馬鹿馬鹿しそうに答える。


「ならどうして罪のないこどもたちが飢えて死ぬの? どうして、毎日欠かさず神に祈りを捧げた人々が災害で死ぬの? 神様が居るなら彼らを見殺しにする道理が知りたいわ」


 だが、オルコスの質問攻めは、純粋に、単純に、ど真ん中を進んでくる。


「……中には、魔女の呪いもあるだろ?」


 騎士は、少し嫌そうな顔をして、そんな言葉を返した。


「だとするなら、神様よりも魔女の方が上ってことになるわよね? 私って神より強いのかしら」


 オルコスは言って、自身のぷにぷにの二の腕をつまんでみる。


「つまり……何が言いたいんだ?」


 騎士は、よく居る神を否定したいだけの邪教徒と同じか、と辟易して結論を急ぐ。こういう輩との問答は総じて時間の無駄だ。そう思ったのだが。


「言いたい事なんて何もないわよ? 私はただ真実が知りたいだけ。正直、神様が居ても居なくてもどっちでもいいし」


 オルコスは、あくまでも好奇心の塊の子猫のような表情で言って、真っすぐに騎士を見据える。


「……くくっ」


 騎士は、そんな純真無垢なオルコスを見て、少し吹き出すような含み笑いをすると、建前を守ろうしていたのが馬鹿らしくなってしまった。


「むぅ。何よ?」


 何だか馬鹿にされているようで癪に障る。


 オルコスは不満気に目を細めて騎士を見た。


「いや、すまん。まあ、これでも読んで少し理解出来たら、また話を聞いてやるよ」


 騎士は言って、後ろポケットから、小さな本を取り出して、オルコスへ手渡した。


「えっ? なにこれ? くれるの?」


 本の虫であるオルコスは、その読んだことのない教会の聖典に目を輝かせる。


「それを読んで神を信じる気になったらな」


 騎士のそんな軽口も、もはやオルコスの耳には届いていなかった。


 オルコスは、聖典を受け取ると、そのままその場にぺたんと座り込み、凄まじい集中力で文字列を追い始めていた。


 騎士はその姿を見て、まるで敬虔な修道女のようだと思ってしまって、本当にこいつは魔女なのだろうか、という疑問を抱く。


 普通の人々の暮らしの中に彼女を置いたとすれば、男は皆振り返ると思うほどの見目麗しい少女だ。


 そんなことをつらつらと考えていると、不意にオルコスがばっと本から顔を上げた。


「……あっ。そうだった」

「なんだ?」


 オルコスは思い出したかのようにそう言って、自分の手のひらをローブでごしごしと拭った。


「しばらくの間だけど、一緒に暮らすことになるからよろしくね」


 オルコスは無垢な笑みを浮かべて、その細い手を差し出してくる。


 騎士は、魔女の手を取ってしまったら、元には戻れないかもしれない、と思い。


「世話になる」


 とだけこぼし、じっと見つめてくるオルコスから、目を逸らした。


「じゃあ、早速だけどさ、何か食べられそうなもの取って来てくれない?」

「……は?」


 オルコスは言って、きゅるるるる、と間抜けな腹の虫を鳴かせたのだった。

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