24 外伝 オルコスの使い魔と惹かれ合う輪廻01
ここから外伝的な短編となります。
「じじぃっ、ごるぁーっ!!」
魔導レギオン副総帥室。その扉が突如ノックもなしで、怒号と共に開け放たれた。
「なっ!? ノックぐらいしろよ、クソばばぁっ」
グレンは、突然の訪問者に驚き、汚い言葉を吐き返す。
「あたしが居ない間に、随分と勝手な事をしてくれたみたいじゃないか?」
その訪問者とは、たった今レギオンに戻ってきた、ルマ・ドレイク総帥、その人だった。その剣幕たるや魔神顔負けであり、その手に顕現させた薙刀からは、敵意を存分に含んだ魔力が漂っている。
「待て待てっ。こっちは怪我人だぞっ!!」
グレンは、手を交差して降参の意を示しながら、椅子に座ったまま後ずさり、壁に背をつけるほどに距離を取った。
「フレアから全部聞いてるよ。嬢ちゃんの記憶を無くそうとしたんだって?」
ルマはビキビキと顔を引きつらせながら、間合いを詰めてくる。
「落ち着けばばぁっ! 記憶を奪う薬なんてあるわけねえだろ。ありゃあ、ちぃと細工しただけの砂糖水だよっ」
グレンは、殺されかねん、と自身の命を案じて、たまらず種明かしをする。
「……なんで、そんなくだらない嘘を言うかね、このじじぃは」
ルマも、本当のところでは、そんな薬をグレンが持っていないことくらいはわかっている。聞きたいのは、そんなことをした、その真意だった。
「……はぁ。ロクに足らねえのは覚悟なんだよ。どんな状況でも、どんな手を使ってでも守り抜くってよ」
グレンは、一つ大きく息を吐きだして、その武器いい加減消してくれと、指でちょいちょいと、差した。
「そんな事は、あのバカ魔導士もわかっている」
ルマは、仕方ないね、とその手から薙刀を消失させる。
「わかってねえよ。この世界じゃ、覚悟のねえ奴から何も守れなくなるようにできてんだろ?」
グレンは言って、二度と会うことのできない娘の写真立てを手に取る。
「……ふん。で、術式の方はどうなんだい? 使ったんだろ?」
ルマは特段心配する様子もなく、グレンの二の腕を指差し、見せてみろ、と促してくる。
「まあ、なんだろうな。成功したんだか、失敗したんだかよくわからんが、逃がしちまったみてえだな」
グレンは言って、魔法印の消えた太い二の腕をまくって見せる。
「結局、後にも先にも、この術式成功させるのは、ミリヤだけかも知れねえな……ったく、あのガキはよ」
魔神を封じる禁忌の術式は、ルマとグレンが秘密裏に編み出したものだ。それをどこで身につけたのか、ルマの孫娘であるミリヤが成功させた。それも、他者の命を使って。
「ま、あれはあたしの手落ちさね」
ルマは困ったように頭を掻いた。
「それにしても、あの使い魔には悪いことしちまったな。最後くらい、ゆっくり逝かしてやりたかったが……」
グレンは珍しく弱気な声で言って、顎髭をさする。
「初代のオルコスから代々仕えてきたってんだから、大したもんだよ。そこにどれだけの出会いと別れがあったのか、まったく想像もできないさね」
「まあな。そりゃあ、俺たちでも気の遠くなるような、ずっと古い話だろうな」
ルマとグレンは、そろって虚空へと視線を流す。
それは、ずっと遥か遠く、魔女と使い魔と、もう一人が確かに出会い別れた、今と繋がる一つの物語。




