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今日も魔導士は幼女に耐える  作者: 虎山タヌキ
陽だまりの中で
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16 固有結界。

「……あれ? ここにもいなかった……こっちかな」


アビスは、バタバタと狭い店内を駆けまわり、壺や棚や物陰を調べて回っていた。


「何してんだ?」


 ロクは洗濯物の籠をひっくり返そうとするアビスの首根っこをむんずと掴んで、怪訝な顔を向ける。


「ロク。ヌヴィ見なかった?」

「いや、見てないが……」


 そう言えばここ数日ヌヴィの姿を見てないような気がする。ちょいちょい姿をくらませる奴だが、こんなに間隔が長いのは初めてかも知れない。


「あびす、ヌヴィの尻尾ふんじゃって、怒らせちゃったかもだから、あやまりたいんだけど」

「あ~、こないだのか。ありゃ冗談だと思うんだがな」


 ロクは、う~んと首を捻って否定する。あの時、見ていた感じからして、ヌヴィは怒っている様子はなかった。


 それに、あの超が付くほどの過保護溺愛使い魔が、尻尾を踏まれた程度で主の前から姿を消すなど考えられない。


 ロクは、ヌヴィが言っていた尻尾を踏まれたら姿が消える、という言葉を信じてはいない。 


 とは言え、ここ数日間ヌヴィを見ていないのも事実だ。


「何か他に理由が……ああ、確か彼女が居るとか言ってたな。そっちに行ってるんじゃないか?」


 ロクはしょんぼりとするアビスを何とか元気づけようと、他に思いつくヌヴィが姿を消した理由を提示する。


「それなら……いいけど」


 アビスはロクの言った理由に納得がいってないようで、はぁ、と小さくため息を漏らして獣耳を垂れさせる。


「何やってんだか、あの馬鹿猫は……ほら、とりあえずご飯食べちゃお?」


 アゼーレから教わったシチューを作ると意気込んでいたリコベルが、台所から料理を運んでテーブルに並べる。


「……うん」


 良い匂いがもくもくと漂うにも関わらず、アビスはスプーンを手にしたまま萎れている。


「そうだ、アビスちゃん。仲直り大作戦やろっか?」


 リコベルは、そんなアビスを元気づけようと、前向きになれる提案をする。


「仲直り! やりたいっ」


 アビスは、それだっ、とスプーンを握る手に力を込めて、リコベルの方へ身を乗り出した。


「じゃあさ、ご飯食べたらヌヴィが喜びそうな物、手作りしてみようか?」

「うんっ! やってみるっ」


 アビスは仲直り大作戦に希望を見出したようで、少し元気を取り戻してリコベルお手製のシチューに意識を向けた。


「いただきますっ!」


 リコベルが召し上がれ、と口にしようとしたその時。


「先輩のフレアが来ましたわよっ……あら、ご飯時でしたか」


 勢い良く扉を開けて、すっと入ってきたのはフレアだった。


「お前、こんなに毎日来てて大丈夫なのか? 他の魔導士に見張られてるんだろ?」

「ふふっ。問題ありませんわ。そっちの事は片付きましたので」


 フレアは、嬉しそうに言って、そんなことよりも、と言葉を続ける。


「この料理、あなたが?」


 フレアは怪訝そうな顔をしてリコベルを見る。


「そうだけど?」


 リコベルは、何か文句あるの? と、フレアの言葉に不満気に返す。


「……ちゃんと食べれるのでしょうね?」

「失礼ねっ! 爆発的に美味しいわよっ」


 リコベルは、むきーっと怒ってフレアを睨む。


「それなら良いのですが」


 フレアは、すぐにテーブルに並んだ料理から興味をなくしたような目をして、懐から書類の束を取り出した。


「先輩。これ、頼まれてた物、お持ちしましたわ」

「ああ、悪いな」


 フレアから渡された書類は、ここ最近の狂騎士の動きなどがまとめられた魔導レギオンの報告書だった。


「……」


 ロクはしばらく書類に目を通して黙考し、違和感に気付いた。ところどころではあるが、歯抜けになっているように思える。そう感じさせないように補完されてはいるのだが、その部分だけ言葉の使い方が他と微妙に異なっていた。恐らくは、元々の報告書に他の誰かが加筆したのだろう。


「フレア。お前、何か俺に隠してないか?」


 ロクはすっと真剣な眼差しをフレアに向ける。


「隠す? 私が先輩に隠し事なんてするわけありませんわ。何なら今すぐに私の全てをお見せになっても構いませんのよ」

「だぁっ!? ちょっと、あんた何してんのよっ!!」


 リコベルは、徐ろに服を脱ぎ始めるフレアを全力で止めに入る。


「なら……良いんだが」

「ふふ。それでは私はこれで」


 フレアは言って、ロクの怪訝そうな視線をするりと躱すと、出て行ってしまった。


 その後、食事を終えたアビスとリコベルは、仲直り大作戦の打ち合わせを始め、ロクは何度もその報告書を見返していた。


 それからしばらくの時間が流れ、もうじき陽が沈み始めるという頃。


「よしっ。じゃあ、あとはここ縫っちゃおっか?」

「うんっ」


 アビスはヌヴィと仲直りするために、リコベルに教わりながら手作りのポーチを作っていた。


 それは、アビスなりにヌヴィが好きだろうなと考えたお魚型で、傍らには何度も書き直した絵が散らばっている。


「……なかなおり、したいな」


 アビスはおぼつかない手つきで布を縫いながら、小さくつぶやく。


 リコベルは、そんなアビスを微笑ましく見ながら、未だにフレアから渡された報告書に額を突き合わせているロクをちらりと見やる。


「ねえ。あんたもヌヴィがどこ行ったか探しといてよ? 私も見かけたら、ふんづかまえておくからさ」

「ああ。……っ!」


 ロクは空返事したあとでとある事に気付いて、報告書の束を手にしたまま徐ろに立ち上がった。


「そうだ……ヌヴィだ」


 ロクは胡乱な眼を向けてくるリコベルに構うことなく、改めて報告書を読み直す。


 そして、書き直されたであろう部分の日付と、ヌヴィが居なくなっている日が見事に重っている事に気付いた。


「リコ。ヌヴィを探すぞ」

「へ? 探すったってどうやって?」


 リコベルは間の抜けた返事をして、首をかしげる。


「あいつ、普段は二階に居るよな?」


 ロクは言って、慌てた様子で梯子階段を登っていく。


「何なのよ急にっ」


 不思議そうに小首を傾げるアビスを横目に、リコベルもロクの後に続いて階段を登っていく。


「……居るな」


 ロクは、ベッドの前で立ち尽くしたまま、静かにそう言った。


「え? どこにも居ないじゃん」


 リコベルは、きょろきょろと狭い屋根裏然とした二階の寝室を見回す。


「恐らく固有結界の中だろう。高位の使い魔は自身の世界を構築してそこに住まうと聞いた事がある」

「固有結界?」

「とにかく手当たり次第だな」


 ロクは言って、突如魔力を開放した。


「えっ? あんたどうする気?」

「固有結界は微力だが魔力を帯びている。向こうへ行くことはできないだろうが、自分の結界が触られてると、気付かせることはできるかも知れない」

「よくわかんないけど、そういうもんなのね」


 リコベルは半信半疑ながら魔力を開放し、ロクに倣って壁や棚をぺたぺたと触る。


「……ダメか」

「私、なんかバカみたいなんだけど……」


 リコベルが魔力を帯びた手を虚空に振りかざして、恥ずかしそうに言った瞬間。


「っ!?」


 バチッと稲妻が走るような感覚を得た後、一瞬視界が暗転した。


「えっ!? なになに?」


 数舜して気がつくと、そこは見慣れた材料屋の寝室ではなく、丸太で組まれた狭い木こり小屋の様相を呈していた。


「固有結界の中に……入れたのか?」


 ロクも驚いた様子で、辺りを見回しすぐにそれを見つけた。


「居た。呑気に眠りこけてるわね」


 この狭い部屋に唯一置かれた古びたベッドの上で、ヌヴィは丸くなっていた。


「起こす?」

「ああ。少し聞いておかなきゃならない事があるんでな」


 ロクとリコベルは恐る恐るベッドに近づき、寝息を立てる小さな黒猫へと触れる。


「おい、ヌヴィ。起きろ。すまないが聞きたいことが……っ!?」


 ロクは言いかけて、すっとヌヴィの体から手を離した。


「どうしたの? 起きない? ほらぁ、バカ猫ぉ、起きろよ~……って、なに!? ヌヴィ傷だらけじゃ――っ!?」


 ロクとリコベルが、その満身創痍とも取れるヌヴィの姿に驚愕した瞬間、不意に頭の中が黒く塗りつぶされ、二人の意識は闇に飲まれていった。


 そして、しばらくの間、二人はとある記憶に触れる事となる。


 それは、一匹の黒猫が生き抜いた、壮絶な一つの物語。


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