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今日も魔導士は幼女に耐える  作者: 虎山タヌキ
陽だまりの中で
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08 それぞれの理由

 深夜。


 魔導レギオンの一室で、一人の魔導士が頭を抱えていた。


「このままでは……」


 ヴァンは、机の上に並べられた狂騎士に関する報告書を見て嘆息した。


 あれだけ叩いたにも関わらず、狂騎士の軍勢は減るどころか増えているようにも思える。ヴォラス国王が入国に制限をかけたらしいが、どこまで厳密に行えているのか疑いたくなるほどだ。


 このままでは、世界の均衡を保つために各地へ分散させている魔導士たちをヴォラスへ戻さざるを得なくなる。


 無論、そうならないために、一石二鳥のつもりでロクを戦場へ向かわせたのだろうが、現段階での負傷度合いからすると、そろそろ限界が近い。


 やはり、グレンに直談判するべきだろうか。


 ヴァンは何度かそう考えたのだが、未だに行動には移せていない。


 冷静に考えると、そもそもグレンは本当にロクを戦死させるつもりなのだろうか、という思いが拭い切れなかったからだ。


 自ら望んで戦場に向かい続けた、という理由でいずれ戻ってくるであろうルマ総帥を納得させ、残された小さな魔女をレギオンで保護する。


 グレンが本当にそんな単純な絵を描いているとは到底思えない。


 力の有る一部の上級魔導士たちは、錬金術士の流れを組んでいる者も多いので、オルコスの血族、という絶好の研究材料を前に冷静さを欠くのはわかる。


 だが、グレンはどうだろうか。


 これまでヴァンが見てきたグレンの動向から考えると、もっと強かにど真ん中を行き、中長期的な利を得るような思惑があるような気がしてならない。もしくは、誰もが思いつきもしない何か。


 ともかく、相手の狙いがわからないまま交渉に赴くのは自殺行為だ。


 ヴァンは今、魔導レギオン内部でも数少ない現状維持派である。


 いずれにせよ、ロクが限界に近いのは事実。何か手を打たなくては。


 どうすれば……どうすれば彼を救える。


 ヴァンが思考の渦に身を委ねていき、あらゆる可能性を頭の中に並べたその時。


 ――っ!?


 不意に部屋の隅に異様な気配を感じ、咄嗟に振り返ったヴァンは言葉を失った。


「やっと気付いたか。我輩、結構存在感ある方だと思っていたのだがな」


 そこには、手足の白い珍妙な黒猫の姿があった。


 その黒猫は後ろ足二本で屹立し、人外特有の異様な魔力の波動を漂わせながら、二股に分かれた尻尾をふわりと揺らして、不敵に口の端を釣り上げた。


 ヴァンは、しばらくあっけにとられた後、すぐに魔導士としての冷静さを取り戻していく。


「結界を……どうやって突破した?」


 魔導レギオンの敷地外には、幾重にも結界が張られており、魔導士以外は立ち入れないようになっている。


「結界? ふっ、あのようなこども遊び……と、言いたいところだが、通行許可証があるのでな」


 オルコスの使い魔というその黒猫は言って、複雑な紋様が刻まれた指輪をぴん、とヴァンに弾いて寄越した。それは、一部の魔道士のみに与えられる、レギオンの結界避けの術式が施された魔道具である。


「……これは、フレアの?」


 ヴァンは油断なく魔力を練り上げながら、この突飛な状況を頭で整理していく。


「そう構えるな小僧。我輩はオルコスの使い魔。今日は一つ、取引に来たのだ」


 確かフレアからの報告書にオルコスの使い魔の事が記載されていた。ヴァンは記憶の隅から情報を引き出していく。


「それで、その使い魔が主の側を離れてまで、僕のような一介の魔導士に何の取引が?」


 ヴァンはあくまで冷静を装って、話の続きを促す。


「ふっ。無駄なやり取りは省こうではないか。我輩も時間は惜しい。狂騎士どもに手を焼いているのだろう? 敵の居場所、戦力、お主が知る限りの情報を渡せ。早い話、我輩が討伐を手伝ってやると言っている」


 ヴァンは鋭い眼光と魔力をぶつけてくる黒猫から目を背けること無く、ゆっくりと思考を巡らしていく。少なくとも、あの指輪を持っているということは、フレアからの信用は得ている。


 だが、諜報部に身を置くヴァンとしては、情報不足のまま事を進めるのは思うところではない。


「理由を、聞いてもいいかな?」

「無論。我が主の命を狙う輩の排除もあるが、とある事情で我輩はわっぱ……バックスフィードに死なれては困るのだ。あれが死ねば、我が主は笑えなくなる」


 道理だ。


 ヴァンの中ではもう選択肢は一つに絞られている。


 正直言って、手詰まりだったので願ってもない申し出だ。あとは、このオルコスの使い魔である黒猫にどれだけの戦闘能力があるのかということのみ。


 ヴァンは、改めてそのオルコスの使いまである黒猫の全身を品定めするかのように見据える。


「狂騎士は手強いよ」

「ふっ。我輩なら、ちょちょいのちょいだ」


 オルコスの使い魔である黒猫は腕組みをしたまま、どこまで本気なのかよくわからない言葉を返してくる。


「ちょちょいの……?」


 その黒猫の瞳には迷いも濁りもなく、ただまっすぐにヴァンの体の中心を射抜いている。


「……まいったね。これでも僕は諜報部なんで、悪魔と取引なんて冒険譚の中だけにしておきたいのだけど。それで、仮に僕が情報を渡すのを拒んだ場合、使い魔である君はどうするのかな?」

「知れている。勝手にやるだけだ。少しかかる時間が長くなるがな」


 黒猫は何でもないかのように言って、ふわりとその尾を揺らした。


 大した自信だ。


 だが、原初の魔女に仕えていた悪魔ならば、その魔力は膨大。造作もないことなのかもしれない。


 フレアの報告では、戦闘能力や特性などは不明とあったが、魔女の使い魔ならば取るに足らないポンコツだと周囲を欺くのも容易なのだろう。


「……そうかい。じゃあ、早速だけど色々と確認しておきたい事がある。隠密性は……問題なさそうだね。あとは……ん?」


 机の書類を手に取り、準備を進めようとした手を止めたのは、無言でこちらを見据える、疑問の色を映した黒猫の双眸だった。


「一つだけ訊いておきたい。お前はどうしてそこまでわっぱに肩入れする?」

「なぜ、そんな事を?」


 ヴァンは、書類の束をトン、と机上に打ってまとめると、黒猫と目を合わせないままその意外な質問に質問で返した。


「興味本位、と言うところもあるが、情報元とのある程度の信頼関係は必要だろう?」


 この場において、嘘や体裁は意味を成さない。ヴァンは、ふっと小さく息を吐き出し黒猫に向き直った。


「妹の命を……救ってもらったんでね。よくある話さ」


 ヴァンの妹は幼少期から、原因不明の呪い病に苦しんでいた。ヴァンが魔導士の道を選んだ理由も、ほとんどは妹を救うためだ。魔導レギオンの諜報部に身を置けば、呪い病に関わる情報も多く入ってくるだろうと。


 しかし、思うような成果はなく、妹の余命も僅かに迫ったある日、どこからヴァンの妹の情報を入手したのか、ロクが突如として小さな麻袋を持って訪ねてきた。


 最初は殲滅階級の魔導士が何の用かと思ったが、ロクは「これを妹に飲ませろ。特効薬だ」とだけ告げて去っていった。


 ヴァンは半信半疑だったが、すがるような気持ちで妹にその丸薬を飲ませたところ、その呪い病はたちまちのうちに良くなっていった。


 後にミリヤから聞いた話では、その特効薬を得る代償として、ロクは自身の属性に関する才能すべてを引き換えにしたとの事だった。


 その結果、ロクはあらゆるスキル魔法を使えない体になってしまっている。


 ヴァンは、礼も金も受け取らないロクに対して、何かしらの形で恩を返したいと思っていた。


「……それでもね。本当のところを言うと、僕はあの娘をレギオンで保護するという案には賛成なんだ。原初の魔女の血族。そんな危険な存在を野放しにしておくなんて、魔道士としてできるわけもない。ただ……」


 ヴァンは言いかけて一度口をつぐむと、拳を強く握り直す。


「オルコスの魔女を野放しにはできないが、ロクくんの小さな幸せも守りたい。僕はそんな宙ぶらりんな立ち位置なんだよ」


 ヴァンは、自分でも何を言っているのかよくわからない、といったふうに、眉根を釣り上げる。


「それは、酷く矛盾した話だな」

「矛盾……ね」


 ヴァンは言って、壁に掛けられているタペストリーを一瞥する。


 そこに描かれているのは、剣と盾が向かい合った魔導レギオンの御印だった。それは、一見するとどこにでもあるデザインだが、その本質は矛盾。何でも斬る事ができる神が授けた聖剣と、あらゆるものを防ぐことができる魔神の結界。つまりは、異教を守るために異教を殺すという矛盾。


 そして、その矛盾を遂行する事こそが、世界の均衡を保つ唯一の手段である、というのが魔導レギオンの基本概念だ。


「まあ、そんなわけだから、今回の件は妹の命を救ってもらった事に対する恩返しのようなものだよ。とは言え、君が現れるまでは手詰まりだったけどね」


 ヴァンは自嘲気味に苦笑すると、


「だから、この件が片付いたら、今度はロクくんにとっては都合の悪い存在になるかもしれない」


 そう、小さく零した。


 それはヴァンの本心だ。


「彼を助ける理由はそんなところだけど、納得してもらえたかい? それとも、君の主を幽閉したいと思っている僕を信用できないかな?」

「いや。あの金髪小娘よりはまっとうな理由だな」


 ヌヴィは、ふっと小さく笑みを零し、張り詰めた魔力を緩めた。


 ヴァンはその使い魔を見て得心がいく。


 やはりフレアと繋がっていたか。


 ヴァンは、今更になってこの場で試されていたのが自分自身だと言うことに気付いた。総帥不在の今、フレアにとって何を信用して良いのかは判断が難しい。


「まったく、やってくれる」


 ヴァンはどかっと椅子に座り込んで、背もたれを大きくのけぞらせる。


「諜報、と言うからには影で動く術はあるのだろうな? この話がわっぱに知られると色々と面倒だ」 

「もちろん。そっちの事は何も心配いらないよ」


 一人の魔道士と一匹の使い魔は静かに握手を交わす。


「で、僕としては君の戦闘能力を測りかねるんだけど、これから君にレギオンの機密情報を流すにあたって、その信頼関係はどうやって築けばいいのかな?」

「ふん。とりあえず、一つ戦場を用意しろ。その結果いかんで、その後の事は決めるがよい」


本日より再開しました。

今日は体力が続く限り更新し続けますm(__)m

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