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今日も魔導士は幼女に耐える  作者: 虎山タヌキ
陽だまりの中で
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03 リコベルの女子力

「はい。じゃあ次、これわかる人~」


 主なき材料屋に少女の声が響く。


 普段は薬草や鉱石の仕分けをする作業場には、所狭しと机と椅子が並べられており、北区で暮らすこどもたちがその席を埋めていた。


 今日は、ロクが採取に出かけている間、店の中を学校として使用させてもらっているのだ。


 先生役はリコベルである。


「簡単な数字の計算だよ。解けた子は手を挙げてね~」


 こどもたちは、皆数字が苦手なのか、押し黙ったまま難しい顔をしている。そんな中、獣耳と尻尾を生やした一人の生徒が堪え切れずに吹き出した。


「……ぶふっ」


 その誰かとは、やっとの思いで計算が終わって、手を挙げようとしたアビスである。


「あははははっ」

「アビスちゃん?」


 リコベルは、突然笑い出したアビスを怪訝そうに見たあと、すぐにその原因がわかった。


 それは、アビスの視線の先、リコベルの背後に立つ黒猫が、二本の尻尾を鼻の穴に入れて、変顔を決めていたからだ。


 その黒猫とは当然ヌヴィである。ヌヴィは現在、不可視の術式を使用しているため、自身と関わりのあるリコベルとアビス以外には見えない状態となっている。


「…………」


 リコベルは、なにしとんじゃこいつ、と呆けた顔でしばらくヌヴィを見つめたあと、邪魔者を排除する事にした。


 こんな調子では授業にならない。特にアビスが。


「あーっ、みんなごめん。ちょっと自習してて」


 リコベルは、こどもたちにそう告げると、ヌヴィの首根っこを掴んで、奥の方へと連れて行く。


「何をするのだ、小娘」


 ヌヴィは、不服そうにリコベルを見上げる。


「それはこっちのセリフよ。学校の邪魔しないでよヌヴィ」


 リコベルは、不思議そうにこちらの様子を窺う生徒たちに愛想笑いでごまかしながら、小声でヌヴィに注意をする。


「む。いや、なに。オルコスが難しい顔をしていたのでな」


 ヌヴィは、当然の事をしたまでよ、と誇ってみせる。


「勉強してるんだから当たり前でしょっ」

「当たり前? 何を言っている。オルコスは、笑顔の方が良いに決まっておる」


 ヌヴィはどこか使命感めいた表情で、まっすぐにリコベルを見据えてくる。


「わかったから、そういうのは授業が終わってからにしてよね。アビスちゃんが変な子だと思われちゃうでしょ?」


 リコベルは、小さくため息をつき、こいつとまともに取り合ってはいけない、と話の主軸を変える。


「ふむ……奇異の眼差しを受ける、か。そういう事ならば善処しよう」

「……もう邪魔しないでよね」


 リコベルは、まったくもう、と呆れたような眼でヌヴィをひと睨みすると、再び授業を再開した。


「みんなごめんねっ。じゃあ、続き始めるよ。次はこの問題解いてみよ~」


 ヌヴィは、事あるごとにアビスを笑わせようとする。今回のような変顔はもちろんの事、サーカス顔負けのアクロバットなお手玉を披露したり、眼鏡をかけてみたりとそのバリエーションは豊富だ。


 リコベルだって、もちろんアビスが笑っていた方が良いと思うが、正直時と場合を選んで欲しい。


 念の為にちらっと、背後を肩越しに見ると、ヌヴィは言うことを聞いてくれたのか、こどもたちが、問題に夢中になっているのを腕組みして眺めていた。


 何にせよ、これで少しはアビスも集中して授業を受けられる。そうリコベルは安堵したのだが。


「はい。じゃあ、これはちょっと難しいけどわかる人いたら――」

「……ぷふっ」


 再びアビスが吹き出した。


 まさか。


 リコベルは、恐る恐る振り返ってみる。


 そこには、三角倒立を決めながら、二つの尻尾でハート型を作る馬鹿猫の姿があった。


 ……もう、面倒くさい。


 リコベルは、気にしたら負けだと思い、色々と諦めることにした。


 結局、その後もヌヴィは笑いを仕掛け続け、アビスは小刻みにぷるぷると震えながらその日の授業を乗り切ったのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「やっぱり、この辺はオシャレな服がいっぱいあるわね……」


 リコベルは、街の若い娘たちが群がる服屋の一角にて感嘆の声を漏らす。


 ここはエスタディア中央区にある、流行に敏感な若い町娘たち御用達の衣服店が軒を連ねる一角だ。


 リコベルたちは、学校が終わってからロクが帰ってくるまでの間、時間つぶしがてら可愛い小物や衣服などを物色していた。


 リコベルは冒険者なので、普段はこういったお店よりも武具店を見て回る機会の方が多い。


 しかしながら、リコベルだって魔物討伐から一歩身を引けば、ただの一人の少女である。


 無論、自分には似合わないとわかっていても、可愛い衣服に興味津々だ。


 リコベルは、次々と衣服を手に取っては自分が着ているところを想像して、これはあの服に合うかも、と歳相応の思考に身を委ねていく。


「これ、おしゃれ?」

「ん?」


 そんな中、リコベルにオシャレなものを探そうと言われていたアビスが、ひょこっと衣服の山から顔を出した。 


「おっ。中々可愛いスカートだねアビスちゃん。お目が高いっ」


 アビスが手にしているのは、丈の短い赤と黒のタータンチェックのスカートだった。


「ん~、でもリコ。これすぐぱんつ見えちゃうね?」


 アビスは、何となく赤を貴重としたそれがリコベルに合っていると思って持ってきてみたものの、何故こんなに丈が短いのか、と小首を傾げる。


「ふっふっふ。見えそうで見えない。それが大人の女子力ってもんなのよ、アビスちゃん」


 リコベルは、自分で言っておきながら、アビスから手渡されたスカートをまじまじと見て、いや……でも、これは自分が着るとなると……と、及び腰になってしまった。


「ふ~ん。冒険者の割に意外と良いセンスしてますわね」


 すると、すでにいくつかの衣服を購入したフレアが、すっと横から顔を出して、リコベルの手にしているスカートに目を落とした。


 フレアは、レギオンからアビスの監視役兼保護役の任を受けているので、ここ最近は行動を共にする事が多くなっている。


「へっ? ま、まあね。でも、これはちょっと丈が短かすぎるかなぁ……なんて」


 リコベルは、後半部分をゴニョゴニョと喋ったあと、フレアの装いを改めて見て絶句した。

(こいつのスカートの丈短かっ!?)


「……ん? 何ですの?」


 フレアは、まじまじと全身を見てくるリコベルに首を傾げる。


「いや……」

(やっぱりそうなのっ? 女子力ってそういう事なのっ?)


 リコベルは混乱していると、不意に通りからこちらへ向けられている視線と声に気が付いた。


「おい、あの子見ろよ? 超美人っ」

「おっ、おれ、話かけてみようかな」

「やめとけって、多分どこかの貴族の娘だ。相手にされねえって」


 通り行く男たちが立ち止まり、フレアを見て色めき立つ。それにフレアが微笑を返すと、男たちは骨抜きになっているようだった。


 フレアは、リコベルから見てもすごく美人だ。そして、とてもスタイルが良い。


 程よくくびれた腰に大きすぎず小さすぎない胸。そして、何よりすらっとして細くて白い綺麗な脚。そのどれもが、リコベルの中に凄まじい劣等感を生み出してくる。


 リコベルは、隣で可愛らしいクマの小物を手に取っているアビスに小声で話しかける。


「ア、アビスちゃん。その、私の脚って太い……かな?」

「うん?」


 アビスは、真剣な顔でリコベルの脚を観察して、はむむむと唸ると、


「う~ん。わからない。でも、アビスみたいにぷにぷにじゃない。強そう」


 そんな結論を出した。


「つっ、つよっ? あ~、あはは。そっか~……」


 リコベルは、小首を傾げるアビスの頭を撫でながら、がっくりと肩を落とす。


 実際のところリコベルもスタイルは良い方だ。街の商人や冒険者から求婚を受けた事だって何度かある。それでも、自分よりも上位存在を認めてしまうと、どうしても劣等感を覚えてしまうものである。


 まあ、自分がおめかししたところで、ロクが何かを想うとも思えないし、とリコベルが悩んでいると、急に背後から声をかけてくる者が居た。


「何だ、買い物か?」

「っ!?」


 その誰かとは、たくさんの薬草が積まれた荷車を引くロクだった。


「えっ? ああ、うん。ちょっと時間があったから――」


 その会話の途中、ビュッと一迅の風が吹く。


「せんぱ~いっ! 今日もたくさん採りましたのね。さすがは私の先輩ですわっ」


 フレアは、人目も気にせずロクの背後から大胆に抱きついた。


「わかったから、くっつかないでくれ。暑い」


 ロクは、フレアに抱きつかれてもまったく動じる事なく、鬱陶しいとでも言わんばかりだ。


「照れなくてもいいんですわよ?。先輩っ」

「照れてねえ。離れろ」


 ロクとしては、妹にじゃれつかれているような感覚なのだが、リコベルにはそうは映っていなかった。


 胸の奥がきゅっとなる。


「それでは、私は雑務など有りますので失礼しますわ」

「ああ」


 リコベルは、フレアが去って行ったのを見て、何故か普段ではありえない行動を取ろうとしていた。


「じゃあ、晩飯でも買いに――」

「ロク。見てこれ。すっごく可愛い。買ってみよっか?」

「ん?」


 アビスは、ロクのシャツの裾をくいくいと引っ張って、クマの小物を見て見て、とアピールしている。


「いや、買ってみよっかって言われてもな」

「これは、すごくお買い得だと思う。さきものがいなので」

「お前どこでそんな言葉覚えた? 意味わかってんのか?」


 リコベルは、何やら二人が話しているのを見て、今だ、と後先考えず行動に移してしまった。


「ロ、ロクーっ」


 リコベルは、あろう事かフレアよろしくロクに背後から抱きついた。


「何だ、まだ居たのか。暑いから……って!?」


 ロクは、フレアだと思い肩越しに声をかけると、それがリコベルだと気付いて咄嗟に突き飛ばしてしまった。


「っ!?」

「なっ、何してんだお前はっ?」


 ロクは、少し慌てた様子で驚きの表情を見せる。


 拒絶された。

 

「あ~、いや冗談冗談。いつもヌヴィが面白い事やってるでしょ? だから、私もそういうのやってみよっかな~、なんて……」


 リコベルは、血の気が引くようなショックを受けながらも、何とかそうごまかした。


「何だそりゃ? よくわからんが、もう行くぞ」

「あっ、私ちょっとまだ見たいものあるから、先に行っててよ」

「……ん。そうか。じゃあ、また晩飯の時にな」


 リコベルは、引きつった愛想笑いで二人を見送った後、店の奥の方へと入っていく。そして、試着用の部屋に入り。


「やっちまったぁーっ!!」


 頭を抱えた。


 何であんな事をしてしまったのか。フレアにあてられたにしろ、恥ずかしさと後悔で爆発しそうだった。


「……はぁ」

(そりゃ、そうだよね。私はフレアみたいに美人じゃないし、あんなにスタイル良くないし……)


 馬鹿なことをした。


 リコベルは、激しい自己嫌悪を抱えて店から出ると、突如ヌヴィが目の前に現れた。


「ふっ、色恋ごとか。人間は飽きもせず良くやるものだ」

「へっ!? なななな、何の事?」


 色恋と言われて、リコベルはしどろもどろになりながら、ごまかそうとする。


「隠さずとも良い。あの一部始終を見ていてわからぬ訳なかろう。我輩はこれでも悠久にも似た時を生き、多くの人間を見てきている」


 ヌヴィは、いつものおちゃらけた感じではなく、真面目な様子でじっと見つめてくる。


 どうやらこの悪魔に隠し通せそうにない。


 リコベルは、直感的にそう感じて観念する事にした。


「……この事は内緒だからね?」

「案ずるな。バラしたところで、我輩には何の益もない」


 ヌヴィは、落ち着いた声色でそう言うと、それよりも、と言葉を続ける。


「我輩的には脈ありだと思うのだが」

「それは無いよ。さっきの見てたんでしょ? ……突き飛ばされたし」


 リコベルは先刻の事を思い出して、大きく嘆息する。 


「ふむ。例えば、テッドとかいう小僧に抱きつかれたとしてどうだ?」

「え? どうって……多分うっとおしいなぁ、って感じだけど?」

「では、わっぱに抱きつかれたらどうだ?」

「へっ!?」


 見る見るうちに、リコベルの頬が紅潮していく。


「ななななっ、何を言ってんのよぉっ!!」

「ごふっ」


 恥ずかしさのあまり放たれたリコベルの拳がヌヴィの横っ面にクリーンヒットし、木箱の山の中へとぶっ飛ばされた。


 近くの商人が、なんだ? 急に崩れたぞ、と驚いた顔を見せる。


「あーっ!? ごめんヌヴィ。大丈夫?」


 リコベルは、慌てて木箱の山へと駆け寄って行く。


「ま、そういう事なのではないのか?」


 ヌヴィは、けろっとした顔で木箱から這い出ると、何でもないかのようにそう言った。


「……?」

「小娘にとってのテッドとか言う小僧は、わっぱにとっての金髪女と同じ、という事だ。その先は言わんでもわかるな?」

「……あ」


 リコベルは、じゃあもしかして、と考えたところで、そんなまさかと頭を振って浮かれそうになる心を振り払う。


「まったく、相も変わらず人は聡いが疎いな。まあ、あのわっぱが自覚しているとも思えぬが」


 リコベルは、呆けた顔でヌヴィをじっと見つめる。


「ん? どうした?」

「いや、何か意外だなって思って。ヌヴィが、こういう話がわかるように思えなかったからさ」

「ふっ。我輩は悪魔だぞ。色恋ごとにも通じておる。成就しやすくなるまじないぐらいなら教えてやらんこともないぞ」


 ヌヴィは少し得意になって、そんな事を切り出した。


「うそ? どんなの?」

「一度しか言わぬから、しかと聞けよ?」


 ヌヴィは、真剣な面持ちで一拍の間を持ち、リコベルはごくりと喉を鳴らす。


 そして、その悪魔である黒猫は、キリッとした表情で重々しく口を開いた。


「おっぱい触らせとけ」


 …………。


「わからんか? 胸でも揉ませておけば、大概の男は――」


 今度は狙いすました鉄拳がヌヴィの横っ面にめり込む。


「ごふっ」


 ヌヴィは、再び木箱の山に埋もれていった。

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