00 序幕
急激な魔脈の活発化により、潤沢な資源とそれを有するダンジョンが増え続ける発展途上都市エスタディア。
その日々賑わいを増し続ける中で、多くの職人工房と材料屋を内包した街の北区は、今日も忙しない一日を終え、静かに眠りについていた。
点々と酒場の灯りも落ち始め、にわかに通りからひとけが無くなっていく。
しんと静まる暗闇の中、とある建物の屋根の上には、一つの黒い塊が佇んでいた。
その黒い塊は、闇夜に光る二つの瞳を妖しく煌めかせ、じっと対面にある材料屋を見つめている。
その表情は、感慨深くどこか憂いを帯びているようでもあった。
尻尾と獣耳が生えてはいるが、間違いない。見れば見るほど良く似ている。
黒き者は、一人の女の子の寝顔を屋根の上から盗み見て、込み上げる感情をぐっと飲み下した。
このまま見守るのも良いが、とそこまで思って頭を振る。
何を今更弱気になっているのだ。それに、あの傍らに居る守護者も何だか頼りない。まるで隙だらけだ。
これは、自分が行かねばなるまい。
仕方ない。ならば仕方ない。
黒き者は、女の子の姿と自身の手の甲で淡い光を放つ魔法印を交互に見て、爛々と輝く瞳をすっと細めた。
その姿は、どこか寂しげでもある。
そうして間もなく空が白み始めようかという頃、生来闇夜に溶けるその姿は、静かに屋根の上から消え去っていた。




