13 召喚者と悲劇の魔女。
本日は、4話連続投稿となります。
ひとけのない北区の裏通りを、一人の青年が頬を緩ませながら颯爽と進んで行く。
ロレントは、全ての計画が順調に進んでいる事に、快感を覚えていた。
魔導士は遠ざけた。街の冒険者たちも教会が後ろ盾にあるとなれば、そう簡単には動けないだろう。
しかし、最後の瞬間まで、油断するわけにはいかない。わかってはいるのだが、頬が勝手に緩んでくる。
あとは、あの小さな魔女が、きっちり術式を発動させれば、念願の勇者へと昇華できる。今すぐ大声で勝利宣言をしたいくらいだ。
勇者になるための術式には、多くの魔法印と起点となる魔法陣が必要となる。本来ならば、そこに暮らす者たちにも影響が出るため、ひとけのない山などで行うのだが、ロレントは、ここ北区を一枚の紙に見立てて、術式を構築させていた。
自分と関係のない人間がどうなろうと、知った事ではない。名誉も名声も、勇者になってから好きなだけ手に入れる事ができる。
ロレントは、高鳴る鼓動を抑えながら足早に通りを抜けて、ひっそりと佇む古ぼけた建物の前で立ち止まった。
ここは、北区に居を構える教会の分所である。
エスタディアでは、布教活動が認められていないため、大きな両開きの扉の隅に小さく十字の刻印が施されているのみで、とても教会とは思えない外観だ。
ロレントは、無感情に北区の街並みを一瞥してから、静かに教会の扉に手をかけた。
さて、大詰めといこう。
ロレントは、ゆっくりと扉を開らき、アビスを監禁している地下室へと向かって行く。
地下へと続く階段を静かに降りて行くと、一人の女の子と床一面に描かれている巨大な魔法陣が視界に入った。
完成まで、もう少しといったところだろうか。
「……ん?」
ロレントは、階段の途中で足を止め、アビスの行動を見て怪訝に思い、そっと様子を観察する。
魔法陣を描いていない。
アビスは、何やら夢中で紐状の物を弄っている。
ロレントは、首を傾げて、あやとり遊びでもしているのか? と、眉をひそめた。
アビスには、何よりも魔法陣の完成を優先するよう、弱い精神魔法をかけてある。
しかし、彼女の中にある大好きな人への想いが、無意識の内に自身を蝕む魔力へと抵抗していたのだ。
それは、ロクへのプレゼントである、銀のネックレス作りだった。
「……ちっ。ガキでも魔女ってことか」
ロレントは、苛つき舌打ちをして、ゆっくりとホール状になっている、広い地下室へと下りていく。
「アビスちゃん。早くしないと、間に合わなくなってしまいますよ?」
ロレントは、背後からゆっくりと近付き、感情を抑えてあくまでも穏やかな口調で声をかける。
「っ!?」
アビスは、突然話しかけられ、驚いた様子で、慌てて作りかけの銀のネックレスを後ろ手に隠した。
「う、うん……」
「どうかしましたか?」
「あっ、あのっ、少しお腹が……空いて」
アビスは、誤魔化すようにそう言ったが、半分は本心だった。邪教改めにより連行されたのが昼食前だったので、朝に小さなパンを一つかじったきり、何も食べていなかったのだ。
ロレントは、どうしたものか、と逡巡して、今更ながらに気が付いた。
もう、良い人を演じる必要がない事に。
「……そうか。じゃあ、これでも食っとけ」
「っ!?」
ロレントは、嗜虐的な笑みを浮かべると、魔法陣を描くために使う黒い石が詰まった麻袋を逆さにして、アビスの目の前にじゃらじゃらと落として見せた。
それは、魔石と呼ばれる鉱石で、全身に痛みと痺れが出る副作用はあるが、体内に入れる事で、少し魔力を回復する事ができる。
「……これ、でも……石?」
「腹も膨れるし魔力も回復できる。まさに一石二鳥だろ?」
ロレントは、元居た世界で、自分も同じような事をされたっけ、と思い出して、にやりと口の端を釣り上げた。
アビスは、ロレントの言っている事に小首を傾げて、不安そうに魔石を見つめる。
「……でも、これ食べて頑張ったら、魔女やめられる? あびす、魔女やめたい」
アビスは、まったく美味しそうに見えない黒い石をじっと見つめて、げんなりするが、魔女を辞められるのなら、と強い意志を持ち直した。
だが、その想いは、すぐに打ち砕かれる。
「ぷっ……くくっ。あははははっ。やめられねえよっ。やめられるわけねえだろっ」
ロレントは、ついに堪え切れず、種明かしをする事にした。
「えっ!?」
アビスは、ロレントの変貌に目を丸くする。
「あー、気持ちいいっ! いいか? 魔女ってのはな、世界から嫌われて、周りの奴を不幸のどん底に叩き落す呪われた存在だ。お前が居るだけで、みんな地獄なんだよ。触れただけで呪い、関わった人間をすべて火炙りにする。それが魔女だ」
ロレントは、これまで我慢してきた鬱憤を晴らすかのように、声高に言い放った。
「で、でも、印つけるのすれば……あびすは、魔女じゃ……ないって」
アビスは、震える全身に耐えながら、掠れるような声を絞りだす。
「嘘に決まってんだろっ。魔女に生まれた奴は、ずっと魔女のままだ。お前はな、生まれてきたことが悪なんだよ。あれだ。生まれてきてすみません、ってやつだな。いや、リアルにそんな奴が居る世界とか、最高に笑えるよなぁ?」
ロレントは、耳につく高笑いをして、アビスに見下すような目を向けた。
「そ、そんな、これやれば、魔女やめれるって」
「ああ、うぜえな。嘘って言ってんだろっ」
「……なんで、あびす……魔女やめられるってっ、思った……から」
アビスの双眸にじわりと涙が浮かぶ。
何のために、これまで我慢して、頑張って……。
何のために、ロクに嘘までついて……。
腹の底がすとんと抜けるような絶望が、小さな体中を駆け巡っていく。
「あ~、泣くなよ。僕はガキが泣いてんの見ると、イライラするんだ。まあ、もういいか。飽きちまった」
ロレントは言って、アビスに向けて手をかざし、魔力を強める。
「っ!」
すると、アビスの瞳の色は徐々に薄れていき、僅かに体が硬直した後、まるで機械じかけのように魔法陣を描き始めた。
「あ~、ちょっとスッキリした。あとは、やれる事をやっておくか……ん? なんだこれは?」
ロレントは、魔法陣完成までの残り時間を計算し、北区につけさせた魔法印の最終確認をしに行こうとして、ふと、アビスの背にある、銀色に輝く物を見つけて首を傾げた。
銀細工のネックレスだろうか。どうしてこんなものが。
「……さっき、弄くってたやつか。まあ、よくわからないもんは、放置しておくと後に何があるかわかんねえからな。危うきべきのもは、事前に排除っと」
ロレントは、徐ろに魔力を練り上げ、ネックレスへ向けて放出した。
粉砕。
そのたった一撃で、アビスが一月かけて一生懸命作ったロクへの想いは、一瞬にしてバラバラになってしまった。
「よし。行くか」
ロレントは、満足気に頷き、階段を上がっていく。
アビスは、最高位の精神魔法に操られながらも、視界の端に砕け散ったプレゼントだった破片を捉えて、頬に一筋の雫を伝わせたのだった。




