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今日も魔導士は幼女に耐える  作者: 虎山タヌキ
二章:魔女を狙いし者たち
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10 ロレントの計画実行前日。

本日は、9話と10話の連続更新となっております。

 エスタディアからほど近い、とある小さな街の古ぼけた教会の一室に、ロレントは居た。


 小窓一つ無いその薄暗い部屋は、牧師がお布施金を誤魔化すには、調度良い塩梅の密室である。


「状況はどうなっている? 本当に上手くいくんだろうな?」


 ロレントを睨むような顔で、矢継ぎ早にまくし立ててくるのは、司祭服の上から灰色のローブを纏った小太りの男だった。


 その見てくれは、いかにも若い町娘が嫌いそうな、脂ぎった中年男性である。


「万事順調です。少しは落ち着いてください」

「落ち着いてなどいられるかっ。今日まで、どれだけの金を使ってきたと思ってるんだ? もし、失敗したら……」


 そう言って、そわそわしながら額に汗を浮かべるこの男は、教会に属する大司教であり、ロレントの共謀者である。


「大丈夫ですよ。僕たちの計画は完璧です。何度も打ち合わせてきたじゃないですか?」

「……ぐっ。だが、万が一という事は無いのか?」

「ありません。魔女も魔導士も、僕の掌の上です」


 ロレントは、安心させるような穏やかな笑顔の奥で、小物の豚が、と見下すように罵ってやる。


「……本当に、その亜人が魔女に間違いないのだろうな?」 

「ええ、それは間違いなく」

「だが、どうやって気付いた? 亜人でこどもの魔女など、聞いたこともないぞ」

「わかるんですよ。僕にはね」


 ロレントの眼には、大司教の頭上に文字列が映っている。



デロン・ラットマン/アークビショップ

男/49歳

――――

――――



 ロレントのギフトは二つ。一つは、魔力の波長を打ち消す『ミスト』。そして、もう一つが、対象の簡易的な情報を可視化する事ができる『アナライズ』だ。


 ロレントは、『ミスト』を隠れ蓑にして、『アナライズ』を誰にも秘密にしている。


 その能力の価値を誰よりもわかっているので、知られれば必ずいいように利用されて、最後は殺されるだろうと踏んでいるからだ。


「こればかりは、信用して頂くしかありません」


 男は、当初交わした、能力の詮索はしない、という取り決めを思い出して、歯噛みをする。


「それよりも、邪教改めじゃきょうあらための件は問題ありませんか?」

「ふん。こっちは、ぬかりない。何せ、他の大司教を三人も買収したのだからな。財産の半分が消し飛んだわ」

「そんなもの教皇になれば、いくらでも取り戻せるでしょう」

「……だが、わかっているな? レギオン加盟国で勝手に邪教改めを行えば、魔導レギオンだけではなく、教会からもその非を問われる事になるんだぞ」


 男は、自分で言って、血の気が引いていくのを感じていた。


「勇者になってから、いくらでもねじ伏せますよ」


 ロレントは、何でもないかのように言ってのける。


 邪教改めとは、魔女の魔力を感知した時に教会が行う、抜き打ちの調査である。街の区画ごとに、教会最大の結界術式『聖域結界』で封鎖して、一人一人踏み絵や魔力の鑑定などで調べていく大掛かりなものだ。


 本来は、対象がレギオン加盟国の場合、国王と魔導レギオンへ事前に話を通さなくてはならないが、ロレントは時間稼ぎと目眩ましの為に、無断で行う事を計画していた。


「それで、魔導士の方は何かわかったか? こちらも手は尽くしているが、情報が無くてな」

「レギオンとの繋がりが無い、という事は以前に報告した通りです。恐らくですが、はぐれの魔導士でしょう。情が移ったか、或いは他に狙いがあるのかはわかりませんがね」


 魔導レギオンも、魔女を危険な存在だと認識しているので、まさかこんな街中で暮らさせるとは到底思えない。あんな小さなこどもが魔女だと気付いているのならば、とうに監禁されている筈だ。


 なのでロレントは、アビスに対する接し方などから判断して、ロクの事をレギオンに所属していない、元魔導士であると考えている。


「どうするつもりだ? 戦って勝てるのか?」

「まあ、勝てるでしょうけど、僕は男との戦いで汗をかくのが嫌いでして……」


 ロレントは言って、不敵な笑みを浮かべる。


「何か、手を打ってあるのだな?」

「ええ。万全を期しています」


 明日、ロクには北区の職人を通して、ロレントが仕組んだ採取の依頼がいく予定になっている。


 その帰り道で、ロレントが雇った、闇の世界に生きる冒険者たちが、ロクを待ち伏せして襲う算段になっているのだ。


 雇った全員、誰一人とっても、単独で幻獣を討伐できるレベルの使い手たちである。


 最悪、殺せなかったとしても、間違いなく無傷ではいられない筈だ。


「おかげで、僕はすっからかんですよ」


 ロレントは、困ったように両手を広げて、眉を釣り上げた。


「全て計画通りですので、安心してください」

「ふん。だが、もし裏切れば、わかってるだろうな?」

「裏切れませんよ?」


 ロレントは、どこまで用心深いのだ、と辟易して手の甲を示す。


 そこには、術者だけが認識できる魔法印が刻まれていた。


 本来ならば、これを施された者は、術者に逆らう事ができなくなる。


 もちろん、ロレントはその気になればいつでも外す事ができるが、あえて首輪を付けられている振りをしてきた。


 支配しているという優位性を相手に握らせることで、この疑り深い大司教から多くの情報を引き出すそうと、耐えてきたのだ。


 男が、ロレントの顔と手の甲を交互に見て、大きく息を吐き出すのと同時に、狭い室内に小さくノックの音が響いた。


「大司教様。そろそろ」

「……わかっている。ではロレント、頼んだぞ」

「次会う時は、僕は勇者。あなたは教皇です」


 男は小さく口の端を釣り上げると、迎えの者を伴って、静かに部屋を出て行った。


「やっとだ……やっと、始まる……僕の世界だっ」


 ロレントは、一人残された薄暗い部屋の中で、堪え切れず拳を握りしめる。


 術式に時間がかかる以上、事を荒立てるわけにはいかなかったので、誰にも気付かれぬよう、細心の注意を払ってきた。


 だが、それも明日で終わり。


「……大丈夫。僕の計画は完璧だ」


 ロレントは、今更になって高鳴る鼓動に、そう言い聞かせた。


 明日、勇者に。


 しかし、ロレントは一つ、大きな誤算をしている。


 それは、ロクを平均的な魔導士の強さより、少し上程度だと想定していた事だった。


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