07 魔導士と女冒険者の特訓。
「……だから、ほとんど成功する事はないが、魔女が行う術式によっては、世界を大きく変える事になる」
「昔は、一部の人しか魔法って使えなかったんだよね? 今じゃ当たり前だから、不思議な感じ。でも、何で魔女は世界を変えようと思ってるのかな?」
「……わからん。魔女と言っても色々らしいからな」
ロクとリコベルは雑談しながら、灰色の岩壁が延々と続いていく、ひとけのない洞窟の深層部へと向かって行く。
今日は、リコベルが突然ロクに、戦闘の特訓をして欲しいと言い出したので、冒険者の少ない不人気ダンジョンへとやって来ていた。
リコベルは、事情を知っている身として、万が一の場合には自分でアビスを守らなくてはならない、と強い使命感を抱いている。
正直なところ、歳もそう変わらないロクとフレアの魔力を見て、焦りを感じていたのだ。
「ふ~ん。で、アビスちゃんの事は何かわかったの?」
ロクは最近、魔女についての情報を調べ続けている。
「何かの願掛けなのか、オルコスの血族は、代々夏に子を生んでいるらしい。だから、アビスの誕生節が夏だって事がわかった」
「へ~。そうなんだ。アビスちゃん、そんな事一言も言ってなかったなぁ」
「あいつなりに気を使ってるんだろう。ああ、でも内緒にしててくれ。少し、驚かせてやろうと思ってな」
ロクは、珍しくにっと含みのある笑みを浮かべる。
「ぷっ」
リコベルは、それを聞いて思わず吹き出してしまった。二人共考えている事がそっくりで、本当の親子みたいだと思ったからだ。
「なんだ?」
「ううん。何でもない。わかった。アビスちゃんには内緒にしておくね」
リコベルは、ロクとアビスによるサプライズの板挟みになってしまった。
「じゃあ、サプライズパーティーとかやる?」
「そうだな。アゼーレに頼んでみようかと思っている」
「そっか、楽しみだなぁ~。アビスちゃん喜ぶだろうなぁ~」
「あいつには、できるだけ普通のこどもと同じように暮らして欲しい。だが、世界はそれを放っておいてはくれない。俺たちが何としてでも守ってやらなければな」
ロクは、すっと表情を引き締め、思いを新たにする。
「……うん」
リコベルは、その言葉を聞いて、俄然やる気が湧いてきた。
ロクが言った、俺たち、という部分が地味に嬉しかったからだ。
「あっ! でも、この間みたいのはもうやめてよ? あんな事続けたら、また街の人たちに変な目で見られるわよ?」
それは、もちろんロクが突然ロレントにした行為の事だ。
「ああ、すまん。少し気になってな」
「ったく……あ。そろそろ、この辺でいいかな」
気が付くと、人も魔物も居ない、広いフロアにたどり着いていた。
「じゃあ、始めるか。まずは、魔力を見せてくれるか?」
「わかった」
リコベルは、言われた通りに魔力を最大限に練り上げた。
「それが全力か?」
「……うん。これ以上やると、魔力が暴走しちゃうから」
「そこからだな。お前、師匠は居るのか?」
「ううん。適当に先輩の冒険者とかに教わったり、自己流で特訓したりって感じで」
「だろうな。魔力を一定に保つやり方は、教会が世界に流した嘘みたいなもんだ」
「嘘?」
「ああ。魔力ってのはな、暴走させるもんだ」
教会は、聖騎士団より強い者たちが現れないようにと、魔力を暴走させるのは、神から授かった力を冒涜する行為だと謳っている。
「で、でも、暴走させたら、制御しきれなくて魔法も使えないし、魔力が弾けちゃったら衝撃が自分に返ってくるんじゃ?」
「まあ、見てみろ」
ロクは言って、徐ろに魔力を解放した。
瞬間、空間全体が張り詰めていき、敵意が無いとわかっていても、思わず後ずさりしてしまような魔力の波動だ。
「今、俺の魔力の流れは見えるか?」
ロクは、なるべくわかりやすいように、魔力をコントロールする。
「……何か、内側でぐるぐるしてる」
リコベルは、魔力を目に集中して、ロクの全身を注意深く観察する。
「そうだ。魔力を内に内に暴走させ留める。そうする事で、自分が本来持っている魔力量をすべて使う事ができる」
「魔力を……全部?」
「使用するスキル魔法に合わせて、魔力を一定に保つ事に慣れすぎてしまうと、その内に自身の総魔力量もそれが限界となってしまう。これは、早い内に修正しておいた方が良い」
「……て、言われても」
リコベルは、これまでやってはいけない、と言われていた事をやれと言われて、戸惑っていた。
「イメージとしては、体の外側ではなく、内側に魔力を放出する感じだ。とりあえずやってみろ」
「……わかった」
リコベルは、若干の恐怖心を感じながらも、自分の中のリミッターを外して、一気に魔力を練り上げた。
――しかし。
「……わっ!?」
数秒も経たない内に、バチッと、全身を包んでいた魔力が崩壊し、リコベルは吹き飛んでしまった。
「大丈夫か?」
「……ってて、大丈夫」
リコベルは、驚いた表情で自身の体を確認すると、ゆっくり起き上がった。
「こればかりは、いきなりできるもんじゃない。だが、毎日少しずつ鍛錬すれば、いずれは自然とできるようになる。要は慣れだな」
暴走した魔力に少しでも躊躇えば、留めるための魔力が足らなくなり、その反動が自身に返ってくる。
そう言った点から言えば、教会が言っている事もあながち間違いではない。慣れない内に魔力を暴走させると、怪我をすることもあるからだ。
だが、同時にこれを乗り越えなければ、現状の限界を突破できないのも、また事実である。
「よしっ。もう一回っ!」
リコベルは、気合いを入れ直し、何度も地面を転がりながら、特訓を続けた。
ロクは、時折アドバイスをしながら、その様子を静かに見守る。
しばらくして、少しずつではあるが、暴走した魔力を留められる時間が伸びてきていた。
その上達の早さは、ロクの目から見ても、かなりのものだ。
そうして、何度目かの失敗を見て、再びリコベルが尻もちをついた頃、ロクは機を見計らって切り出した。
「今日は、これぐらいにしとくか。体を壊してしまったら、元も子もないからな」
「……うん。あーっ!! これは、しんどいわーっ」
リコベルは、特訓を終えて、脱力するように大の字で地面に寝転がった。
「俺もフレアも、習得するまでには、相当の時間が掛かった。焦らずじっくりやる事だ」
「ん。頑張る」
ロクは、倒れたままのリコベルに手を差し伸べ、起き上がらせてやった。
「じゃ、そろそろ戻るか」
「あっ! ちょっと待って! せっかくだから一応クエスト受けてきたんだ。少しだけどお金になるし、いいでしょ?」
リコベルは、すっかり忘れていた事を思い出して、ロクを引き止める。
「構わないが……」
「あんたさ、魔物とかって戦闘してた?」
「いや、あまり経験はないな」
「そっか。まあ、私の言うとおりにしてれば間違いないから」
リコベルは、にひひ、と不敵な笑みを浮かべる。純粋な戦闘力では劣るが、冒険者としてのダンジョン攻略に関しては、自分の方が上の筈だ。
負けず嫌いなリコベルは、少し先輩風を吹かそうと企んでいた。
「はいっ。じゃあ、これ。今回受けたクエストの一覧だから」
「俺もやるのか?」
ロクは、ぐっと、押し付けるように数枚の紙を手渡され、少し面倒くさそうに頭を掻いた。
「いーじゃん。たまには」
リコベルは、強引に言うと、特訓の疲れを全く感じさせない足取りで、ダンジョンの奥へと歩き出した。
ここのダンジョンは、魔物も少なく、人を見ても襲ってこないものがほとんどだ。
二人は、クエストにはない魔物は無視しながら、地図を頼りに進んでいくと、少し先に巨大な亀の群れが見えた。
「ん? あいつは、これじゃないか?」
ロクは、紙に描かれた絵と魔物を見比べて、そう当たりをつける。
「そうそう。あれの魔石を十個が、一つ目のクエストだね」
「なるほど」
ロクは、聞くやいなや、魔力をぐっと脚に集約する。
「あいつは、チェインタートル。防御力が凄く高いんだけど、甲羅の形の中で、赤くなってる部分があるでしょ? あそこを狙えば――って、あれ?」
リコベルが気が付いた時には、既にロクの姿は無かった。
――バシュっ!
次の瞬間には、ロクの魔力を纏った拳の一撃で、チェインタートルの群れは霧散していた。
「ん? 何か言ったか?」
ロクは、魔物からドロップしたたくさんの黒い石を抱えて、ゆっくり戻ってきた。
「いや。あはは。まあ、今のはここのダンジョンでも最弱の奴だから」
リコベルは、ロクの背中をぽんぽん、と叩き、受け取った小さな黒い石をポシェットに入れた。これは、魔導具作りの基本材料になる、魔石という冒険者の飯の種である。
「よし。じゃあ、次行こっ、次っ」
リコベルに促されるまま進んでいくと、今度はフロアの天井に、夥しい数のコウモリが飛び交っているのが見えた。
恐らく、クエスト一覧にあった、バロンバットという魔物だろう。
ロクは、視認すると同時に魔力を掌に込めた。
「こいつらは一見すると、無茶苦茶に飛び回ってて、討伐が難しいんだけど、一定周期で地上へ――」
「ルート・ゼロ」
ボトボトボトボト。
ロクの術式魔法によって、動きを封じられたコウモリの群れは、牛の糞のように地に落ちてきた。
「はっ!」
バシュっ。
ロクの一撃により、バロンバットの群れも、瞬時に魔石へと姿を変えた。
「ああ、悪い。なんだっけ?」
「……え? ああ、何でもない。次いこっ」
しばらく行くと、今度は壁から生えるように、人型の魔物が出現した。
「この岩型の魔物は――」
バシュっ。
「よし。次行くか」
「……うん」
更に進むと、下り坂になっている通路で、地を這うように移動するトカゲの魔物が顔を覗かせた。
「こいつは火を吐くから、正面に――」
バシュっ。
「……」
バシュッ。
ロクは、リコベルの存在を無視するかのように、クエストの一覧を確認しては魔物を討伐し、ダンジョン攻略を少し楽しんでいた。
リコベルは、そんなロクの背中を覇気の無い眼で見ながら、無言であとを付いて来る。
そして、ふと気が付くと、全てのクエストを完遂していた。
「ん? もう、クエストの依頼品は全部手に入れたか。つい夢中になってしまったな」
ロクは、クエストの一覧を確認して、背後に居るはずのリコベルへ言ったのだが、何故か返事が無かった。
「……なにしてんだ?」
振り返ると、リコベルは膝を抱えて地べたに座り、口を尖らせていた。
「……つまんない」
「えっ?」
「つまんない、つまんない、つまんなーいっ!! 私の方が冒険者として先輩なのにぃっ! もっと、敬え、ひれ伏せよぉ~っ!! 教えを請えよーっ!!」
リコベルは、座ったままジタバタしながらそんな駄々をこねた。
「こどもか、お前は……。よくわからんが、悪かったからもう行くぞ」
「……無理。おんぶして」
「はっ!?」
「最強の魔導士様なんでしょ? い~じゃん。おぶって行けばい~じゃん。しがない冒険者の一人や二人抱えてたって余裕なんでしょ、どうせ」
リコベルは、すねていた。
ロクは、その様を無言で見つめる。
「…………」
(めんどくせえ)
結局、ロクのダンジョン攻略にとって一番厄介だったのは、リコベルだった。




