①ー3
「ちょっ、離してください! 私はまだ、お姉様にお話があるんです!」
じたばたもがくものの、執事の力はこれっぽっちも緩まない。
それでなくとも成人男性の力に、十代半ばのか弱い少女が敵うわけはなくて。
「大変申し訳ございませんが、当家においては泥棒猫やその類いは見つけ次第、即刻処分する決まりとなっております。昼食への同席許可があったこと自体がクロディーヌお嬢様のご温情だったのだと、是非ともご理解いただけますように」
「どっ、泥棒猫って……! 私はそんなんじゃありません!」
「ほう。リーゼロッテ様から婚約者を奪ったご立派な実績をお持ちの上、先ほどはお嬢様に咎められても、姉君とソリュード様との間を引き裂くおつもり満々でいらした御方のお言葉は、やはり説得力が段違いと申し上げるべきですね」
「────っ!!」
ソリュード様の使用人のくせに、ウォルサル家の女性陣と同じような冷ややかさで皮肉をぶつけてくる。
──溜まりに溜まっていた不満と憤りが、頭の中で爆発した。
「いい加減にしてっ!! みんな揃って私のことを、『加害者』だの『泥棒猫』だのと、一方的に悪者にして!! 確かに私はお姉様に酷いことをしたわ! 何度謝っても許されない、それだけのことをしたのは認めるわよ! でもだからって、どうして──
どうして私がお姉様のために、したいことを我慢したり、欲しいものを譲らなければいけないの!?」
広々とした玄関ホールに、私の渾身の叫びがこだまする。
伯爵令嬢になってからは出した記憶がないくらい久しぶりの大声に、肩で息をしながら胸を抑えて、赤くなっているに違いない顔と呼吸を何とか静めようとしていると。
「──ふっ。いやはや、素晴らしく分かりやすい主張だ」
ぱちぱちぱちぱち。
玄関扉が開き、拍手とともに現れたのは──
「ソリュード様!!」
「お帰りなさいませ、ソリュード様。お留守を預かる執事の身でありながら、騒ぎが起こるのを防げなかったばかりか手早い収拾もままならず、誠に申し訳ございません」
「あら、キールのせいではないわ、お兄様。わたくしが我が儘を言って、こちらのイモウトモドキさんと一緒に昼食を取らせていただいたのですもの」
「だろうな。あまり気にするな、キール。クロディーヌには後で、リーゼと一緒に軽く説教をしておくから」
「恐れ入ります」
深々と頭を下げる執事だけれども、その手の力は全く変わらず私を拘束したまま。
「……ソリュード様! お願いします、私を解放するよう彼に命じてください! 私はただ、お姉様やソリュード様とお会いしてお話をしたくて伺っただけなのに、こんな扱いはあんまりです!!」
「ああ、そうだな。キール」
「はい」
と、私の頼みを快諾してくれたソリュード様は、執事に目で合図をした。
それに答えて彼はまた歩き出し、私をソリュード様の背後、玄関扉の方へ──
「ちょっ、やめてくださいっ!! ソリュード様っ! お願いです、私をお姉様に会わせてください! 私は、お姉様にこれまでしたことをきちんと謝って、それから──」
「どうして?」
「…………え?」
あまりにもシンプルすぎる問いかけの意味を理解できず、想い人の前にあるまじき間の抜けた顔を晒してしまう。
質問の主であるソリュード様は、おもむろに振り返って私に向き直った。
──その顔は、貴族の割に表情豊かな彼らしくない、口元にだけ笑みの浮かんだ威圧感漂う表情で。
「あ……の、ソリュード様……どうして、と言うのは……」
「だってアリス嬢。君はリーゼに対して、謝罪の気持ちなんて砂粒ほども抱いていないんだから、形ばかり頭を下げたところでパフォーマンスにもならないだろう? 何せついさっき、あんなに堂々と宣言したばかりだ。『どうして私がお姉様のために、したいことを我慢したり、欲しいものを譲らなければいけないの』と。──つまり君はこれからも、リーゼの所有物を欲しいと思ったら、我慢したり譲ったりせず、遠慮なく取り上げるという意思表明をしたに等しい」
「あ──!」
「それなのに『これまでしたことを謝りたい』? 君が一体何を言ってるのか、どういうつもりで何をしたいのか、これほど矛盾だらけで理解に苦しむものもないな。
まあ、理解したいとも思わないが。リーゼにさえ近寄ってこなければ、こちらから関わるつもりは全くないし」
……広い肩をすくめるソリュード様は、本当に私のことなどどうでもいいと思っているようだった。
そしてもう一つ、悟らざるを得なかった──腹違いとは言え妹である私を、お姉様の側に近づける気は、少なくとも彼の中にはどこにもないのだと。
でもそんなこと、絶対に受け入れられない。納得できるわけがない。
「あんまりです、ソリュード様!! 私はお姉様のことをこんなにもお慕いしているのに、そんな私のお姉様との再会を阻む権利なんて誰にもないはずです!!」
「『こんなにも』がどのくらいかは知らないが……何より大事で大切に思っているはずの相手から、持ち物やら立場やら婚約者やらを奪うのに、遠慮や罪悪感を欠片も抱かずにいられるのが、君にとっては『慕う』や『愛する』ってことなのか?
──なあ、アリス嬢。そんなろくでもない代物の一体どこを、胸を張って『愛』や『好意』と呼べるのか、是非とも俺に教えてくれないか」
真っ正面からの問いかけは、あまりにも厳しいものだった。
──つまりソリュード様は、私が抱いているのは本当の愛などではないと言いたいのだろう。
でも、それは違う。だってお姉様と私は──
「確かにお兄様はお知りになりたいですわよね。何せ現在進行形で『アリス様に愛されている殿方』ですから、全く他人事ではありませんもの」
「クロディーヌ様っ!! どうしてそれを、ソリュード様ご本人にわざわざ言うんですか!?」
横手から、大切な恋心をあまりにもデリカシーなく暴露され、頬が一気に熱を持つ。
……けれど肝心のソリュード様は、驚きも動揺も何一つなく、またも無造作に肩をすくめた。
「それは別にどうでもいい。彼女の『愛』とやらが一方的に奪うものでしかない以上、リーゼのことがあろうがなかろうが、受け入れる余地はどこにもないからな。うっかり血迷った結果、この領地や屋敷を洗いざらい手放す羽目になったら笑えないだろう?」
「大丈夫ですわ。お兄様がそんな事態になる前に、お父様やレイナスお兄様が喜んで根性を叩き直してくださいますから」
「やめろ、想像するだけであちこちが痛い」
「それも家族愛による痛みですわよ、きっと」
「あのなあ」
兄妹のやり取りはとても気安いけれど、明確にソリュード様への恋心を拒否された私には、ショックなどというものではない。
でも、ソリュード様は一つだけ大いなる誤解をなさっている。
「……あの、ソリュード様。一方的に奪うなんて、酷すぎる誤解です。実は私は、お姉様にモニクス家次期当主の立場をお返しするつもりでこちらに伺ったんです。だから──」
「それは別に誤解じゃないな。クライトン殿と別れた君にとって、その立場はとうに要らなくなった、最早大事でも何でもない代物だろう? 今更そんなものを返されたところで、家を出たリーゼは困るだけだ。彼女はゴミ箱じゃないんだぞ?」
……子爵という立場でなくとも、伯爵家当主の地位をゴミ扱いは、いくら何でも失礼すぎると思う。
そんな私の内心など知らず──もし知られれば、「ゴミ扱いをしてるのは君だろう」と言われるに違いないという結論は思い浮かびもしなかった──ソリュード様の言葉は続く。
「実際問題、リーゼにとって大事なペンダントは手元に戻ったし、頭痛が酷くなるからと現モニクス夫人に捨てられるところだったサイストン家ゆかりのピアノは、義母上が間に合って今は無事にこの家にある。
つまり、アリス嬢。リーゼが君や君のご両親から返してもらいたかったものは、全て彼女のもとにあるんだ。──だからもう、彼女の方から君たちに関わるべき理由は、綺麗さっぱり完全になくなった。その事実を理解した上で頭に叩き込んでおいてもらえると、リーゼと俺は勿論、ウォルサルやフェルダ、ついでにサイストンの人間にとっても非常にありがたいんだが」
「そ、んな……そんなおかしな話、理解なんてできるわけがありません! 私はお姉様の妹なんですよ!? 血の繋がったれっきとした家族に、『関わるべき理由』なんて関係ないじゃありませんか! 会いたいから会う、姉妹でゆっくりお話をしたいのでそちらに伺う、その何がいけないんですか!?」
「そうしたいのはあなただけだからに決まっているでしょう、アリス様。大体、リーゼお姉様が妹とゆっくりお話をしたくなった場合、相手に選ばれるのは間違いなくわたくしよ? 血縁でしか繋がっていないあなたではなくて」
「────は?」
ふふん、と可愛らしくも小生意気に勝ち誇ったクロディーヌ様の言葉は、意外すぎて耳を疑った。
……一体どうして彼女は、こんなおかしなことを言ったのだろう。
「あの、クロディーヌ様……貴女はリーゼロッテお姉様の従妹ですよね? それなのに実の妹の私を差し置いて、さも自分がお姉様の妹のように振る舞うのは、明らかにおかしいと思うんですけど」
「あら、どのあたりが? わたくしがお姉様の実の妹同然であることは、ウォルサル家周辺だけでなく、社交界の重鎮の方々も既に事実としてご存知ですのよ。それでなくとも親しい親戚なのだから特におかしなことでもないし、何より当のお姉様が笑顔で受け入れてくださっている以上、あなたに文句を言われる理由が分からないわ」
「そんなの決まっています。お姉様の妹はこの世でただ一人、血の繋がった唯一のきょうだいであるこの私、アリス・モニクスだけだからです!」
「ぶふっ!!」
拘束されたままの精一杯で胸を張り、堂々と言ってのけたのに、何故かクロディーヌ様には失笑されてしまった。
ソリュード様は声こそ上げていないが苦笑のような表情をしていて、背後を窺うとこの屋敷の執事は、どちらかと言うと主人の妹の反応に近く、吹き出すのを必死にこらえているようだった。
「……ど、どうして笑うんですか!? 私は何も間違ったことは言っていないのに!!」
「あー……つまり、だ。アリス嬢、君は小説や物語は読むかい?」
「それは、はい。流行りのものや恋愛小説がほとんどですけど……」
「よ、要はっ、ね……ぷふふっ。あなたが今主張したことは、そういった作り話に出てくる、あるタイプの人物とそっくりなの」
「……? それは、どんなタイプですか?」
「いや、そこは是非とも自覚しておいていただきたかったのですが……っ。もっとも、自覚済みならこれほどおかしな発言は誰もなさいませんね、ええ」
目の前の兄妹にも腹は立ったけれど、執事にまでこんな言い方をされるのは、怒りを通り越して屈辱だ。
しかもぷるぷると震えているくせに、手の力が一向に緩まないのがまた憎らしい。
「おかしな発言とは何よ!? 一体何が言いたいのか、分かるように説明して!!」
「はあ……よろしいでしょうか、ソリュード様?」
「構わないさ。ご指名に応えてやればいい」
「ではそのように。
ミス・モニクス。物語にはよく、『王家や貴族の長子で、血筋と顔は良いものの立場に相応しい努力は何もせず、その癖当然のように後継の座を自分のものだと考える人物』が男女問わず出てくるでしょう? 才能はあったりなかったりで様々ではありますが、どちらにせよ努力というものを怠った挙げ句に不味いことをやらかし、兄弟姉妹や親戚に地位を脅かされた結果、最後には『正当な跡継ぎは私だ! 当主の地位に最も相応しい血筋は私なんだ、だから皆は私を敬え! 尊敬しろ!』と見苦しくわめいて失脚するような」
「ええ。……………………待って。よりにもよってそんな人物が、私とそっくりだって言うの!?」
失礼にもほどがある例えに憤慨するものの、執事はちっとも動じない。
「仰る通りです。先ほどからあなた様は、『血の繋がった家族』という一点でしか、リーゼロッテ様の妹だという事実に説得力のある根拠を示せていらっしゃらない。確かに血の繋がりは重要ではありますが、家族の絆とは、それだけで無条件に育まれるものではありません。
あえて声高に主張なさるほどの間柄であれば、血筋の点以外にいくらでも姉妹仲について提示できることがおありなのでは? 例えば手紙のやりとりを頻繁になさっているとか、ちょっとした機会にプレゼントを贈り合っているだとか、姉妹でお揃いのアクセサリーやドレスをいくつもお持ちだとか。お二人の間だけの、ささやかながら大切なエピソードがあるというのもありですね」
──並べ立てられた内容が、私に強烈すぎる衝撃と驚愕をもたらした。
お揃い……そうだ。子供の頃、仲良しの姉がいた友達が、「見て見て、これお姉ちゃんとお揃いなの!」と、とても嬉しそうに髪飾りを見せてきたことがある。
お姉様の存在はモニクス家に入るまで知らされなかったので、自分は一人っ子という認識だった私は、その友達を微笑ましくも羨ましく思っていた。
だから、当初は本当に姉ができたことが嬉しくて……
(仲良くなれたらあの子みたいに、「お姉様とのお揃いの何かが欲しいです」って、お父様に頼んでみよう)
そう思っていた。──いた、はずなのに。結局お姉様は、仲良くしてくださるどころか、私に笑いかけてくれることすらほとんどなくて。
だから。だから私は──
「意地悪ね、キール。アリス嬢がそんなことを一切していないのは、話の流れからも分かりきっているでしょう? だって彼女は、気に入ったものはただお姉様から取り上げるだけで、姉妹でお揃いの何かを買ったり作ったりしてもらうことなんて、ただの一度もないはずですもの」
「それは当然、キールも分かった上での例えだろう。ちなみにアリス嬢。今の事例は、ドレス以外のことはほぼ全部、リーゼとクロディーヌの間ではとうに経験済みだと理解しておいてくれ。エピソードの件は俺が知るものじゃないから断言はできないが」
「お姉様とわたくしは容姿の系統が違うので、どちらにも似合うドレスとなるとなかなか難しいのよね。年齢差もあるから仕方ないのだけれど」
と、残念そうに端整な美貌に手を当てたクロディーヌ様だったが。
……その手首にきらりと光る、銀に小さなアメジストをあしらった華奢なつくりのブレスレットが、否応なしに私の目を惹いた。
シンプルながらとても美しく、明らかに高価だろうそれは、かつてお姉様にいただいたアクセサリーと、デザインは全く違うものの雰囲気がとてもよく似ている。
と、いうことは──
「……クロディーヌ様。もしかして、そのブレスレットが……?」
「あら、やっぱり目敏いのね。その通り、これがお姉様とお揃いで作ったものの中で最新のアクセサリーよ。間違ってもあなたに差し上げはしないけれど」
「え」
「……アリス嬢。『え』って何だ、『え』って。まさか君は、家族や近しい親戚でもなければ無論友人でもない、更には二歳も年下のクロディーヌ相手に、そのブレスレットを自分にくれるようねだるつもりだったのか? リーゼにしたのと同じように」
「それは流石に有り得ないでしょう、ソリュード様。ミス・モニクスがいくら厚顔無恥で非常識かつ傲慢を極めておいででも、伯爵令嬢たるお方がよりにもよって、格上かつ年下の辺境伯家ご息女の所有物を、面と向かっておねだりするなど……十にも満たぬ子供ではないのですから」
「────っ!!」
子爵とその執事による、確認を装った明らかな嘲りに、色々な意味で頬が酷く熱を持つ。
確かにクロディーヌ様の言う通り、私は彼女のブレスレットを欲しいと思ってしまった。リーゼロッテお姉様とのお揃いの品物にとって、ただ一人の正式な妹である私以上に相応しい所有者など、この世に存在しないのだから。
そこは間違いのない事実で、譲る気は全くない。……でも、彼らの言い分にも一理なくはない。仮にも次期伯爵家当主だった娘が、家族相手ならまだしも、仲良しでも何でもない他家の令嬢に対して、ただ欲しいからと子供のように弱みを見せるなど、誉められたことでは決してないのは事実だ。
──けれど、私はどうしてもあのブレスレットが欲しい。他の何よりも、何を引き換えにしても──と強く思う。
とは言え、足下を見られてはたまらない。どの道、このまま素直に手に入れられるはずはないのだから、何か適当な交換条件を──とまで考えて、
(そうだ!)
と閃いた。それはもう、品物の取引として至極真っ当な方法が。
でもそれを話すには、執事に拘束されたままでは具合が良くない。
「──執事さん。もう暴れませんから、離してもらえませんか? これからクロディーヌ様と交渉をさせていただきたいので。おかしなことは絶対にしないと約束しますから」
「……そもそも人様の物を見境なく欲しがり、譲らないと断言されているのに交渉に持ち込もうとすること自体が、まず『おかしなこと』なのですが」
「いいわよ、キール。せっかくだもの、話くらいは聞いて差し上げるわ」
「……左様ですか。では」
ようやく解放された私は数歩踏み出し、年下なのに同じくらいの身長の少女と向かい合う。
「では、クロディーヌ様。……そのブレスレットについて、購入時と同じ料金をお支払いすれば、私に譲っていただくことはできますか?」
私の申し出に、彼女は開いた扇の向こう、あからさまな驚きに目を見開いた。……それはもう、少し失礼すぎるのではと私が思うくらいに。
やがて口を開いた辺境伯令嬢は、すっと目を細め、改まった口調で問いを発する。
「……今までの言動からは考えられないほどまともな申し出ですわね。けれど、失礼ながらあなたは今、それだけの手持ちがおありなのかしら?」
「勿論ありません。ですがお父様、いえモニクス家に頼めば、すぐにではなくとも代金は用意できるはずです!」
「ああ、なるほど。……本当にどこまでも、父親頼みということね」
「えっ?」
後半のつぶやきを聞き取れずに尋ねるが、教えてはもらえなかった。
「何でもありませんわ。
さて、正規の料金ということであれば、考慮の余地はなくもありませんけれど……問題は、その正確な額をわたくしは知りませんの。調べるにはウォルサル邸に帰らなくてはならないので、申し訳ありませんけれどアリス様。これからあちらにご同行いただけます? その方が何かと話も進めやすいでしょうから」
「はい、喜んで!……あ。でも私は今日は、お姉様に会いに──」
「先ほどお教えしましたわよね? お姉様は本日、お疲れなのでお部屋でお休みだと。それでなくとも、これだけ言われてまだリーゼお姉様に会いたがるなんて……本当にあなたは、『合わせる顔がない』とか『罪悪感』という言葉に砂粒ほどの縁もないということが、心の底からよく分かりましたわ」
「ひ、酷いです、クロディーヌ様! 何もそこまで言わなくとも──」
じろり。
抗議の声は、クロディーヌ様の一睨みであっさり封じられる。
……年下なのに、どうしてこんなに迫力があるのかしら、この人。
「そういうわけなので、わたくしはしばらく失礼いたしますわね、ソリュードお兄様」
「ああ、リーゼにも伝えておく。それと、ブレスレットのことだが、この際モニクス伯爵には早馬を出して、直接ウォルサル邸に来ていただくのがいいんじゃないか? それなりに多額の金が絡む話なんだから、さっさと片付けるべきだろう。愛娘からの簡単な手紙があれば、きっとすぐに駆けつけてくださると思うぞ」
「そうですね! ご助言ありがとうございます、ソリュード様!」
嬉しさに破顔してお礼を言った私の頭からは、いくつもの大事なことが消え去っていた。
まず、私が他家の令嬢の所有物を欲しがり、売買交渉までしたという事実を、お父様がどう思うのかということ。
次に、クロディーヌ様がフェルダ邸を去ることで、実質この城にはソリュード様とお姉様が二人きりになるのに、それを誰も問題にしないのは何故なのか。
また、このタイミングで早馬を出せば、既に帰途についたフレッド様の馬車を追い越してしまう可能性が高く……その結果、お父様が早々にこちらへ向かった場合、婚約破談を知ったクライトン家が違約金等の交渉に訪れても、お母様や使用人たちだけでは対応が不可能になること。
そして、何より──問題のブレスレットの代金を払えるだけの余裕が、私の結婚式やウェディングドレス等で多額の出費が続いていたモニクス家にあるかどうかを、私自身が全く把握さえしていない事実が何を意味するのか。
そのどれもこれもを、主にお父様のお力であらゆる希望を叶えてもらっていた私が、意識することなどは一切なかった。
結果──




