第2話・リーゼロッテ/アリス
「難しい顔をしてどうしたの、リーゼ? またいつもの定期便かしら」
「ええ、伯母様。今では一日おきくらいのペースですわ。あの娘ったら、こんなに頻繁に手紙を書いていて、当主教育の方は大丈夫なのかと無駄な心配をしてしまいます」
「王都の友人──フォルテス公爵夫人やバーヘイゲン侯爵夫人から軽く噂を聞かせてもらったけれど、モニクス家次期当主の評判ははかばかしくないわね。それでなくとも姉から婚儀間近の婚約者を奪い取った上に、教育にかかりきりで社交界に顔を出すこともないから、もう皆様好きなだけ尾ひれや背びれをつけ放題よ。もっとも、概ね事実そのままの内容だけれど」
ふふふ、と微笑む伯母様──ウォルサル辺境伯夫人は、デビュタントを控えた十四歳の娘がいるとは思えないほど若々しく美しい。
ご夫妻の馴れ初めは、前夫人が流行り病で亡くなった数年後。久しぶりに王都の社交界に顔を出した辺境伯閣下が、たまたま同じ夜会に出席していた伯母様に一目惚れをし、それはもう情熱的に口説かれて嫁ぐことになったのだそうだ。
花形だった二人姉妹の片割れが、よりによって後妻としてコブ付きの辺境伯に嫁ぐなど──と、社交界は大いなる悲しみに包まれたらしい。
……まあ、間違っても花形ではないものの、現在進行形でウォルサル家生まれの男性から猛攻を受けている私には、あまり他人事とも思えない話ではあった。
血は争えないということかもしれないけれど、ならばお母様にも伯母様と同じく、幸せな結婚をしてほしかったと切実に思う。
「それで、今回はどんな内容なの? 例によって『早まった結婚なんて絶対に駄目です』の一点張り?」
「それに加えて、『愛のない結婚なんて不幸になるだけだから、ソリュード様を不幸にしないためにも、お姉様はどうか辺境を離れて王都に帰ってきてください』という、寝ぼけているとしか思えない妄言が書かれていますわ」
「あらまあ、いつにも増して素晴らしい思い込みだこと。ソリュード様が見たらさぞかし激怒しそうね。その分だと、単身でこちらに押し掛けてくるのも近そうだわ。聞いた話では、結婚式は先延ばしになったのでしょう?」
「そのようです。何でも義母が、『アリスのウェディングドレスは、やはり出来合いのものなどではなく、アリスに一番似合うものでなければ!』と、父を説得して一から作り直すことにさせたとか。このままではあと二年半、あの娘が王立学園を卒業するまで式が延期される恐れもあるようで……フレッド様のご実家クライトン伯爵家は、さぞや難色を示されるでしょうね」
「醜聞というものは、変に引き伸ばすことなく既成事実にしてしまう方が、事態の収拾には有効だったはずなのにねえ。モニクス夫人も甘いこと。それともアリス嬢が、既成品は嫌だの卒業までは結婚したくないだのと我が儘を言ったのかしら?」
「どちらもだと思いますわ。アリスの方は、そもそも醜聞だとは思っていないのと、結婚までの時間的猶予が欲しくて適当な理由を持ち出した可能性が高いかと」
「つまりは、本当にこちらに押し掛けてくる恐れが高まったということね。この際、リーゼ。貴女はフェルダ邸に身を寄せては如何? あちらもきっと大歓迎してくれるでしょう」
「それは……その通りでしょうけれど、あの厄介極まる妹への対応を、伯母様だけにお任せするのは──」
「あらあら、そんなことに気を遣わないでちょうだいな。むしろわたくしは、楽しみにしているくらいなのよ。──飛んで火に入る夏の虫と言うけれど、有害でしかない毒虫は、存分に火を焚いて迎え撃ってさしあげなければね?」
それはそれは麗しく微笑む伯母様の背後に、黒い翼のようなものが見えたのは私の気のせいだろうか。
……とは言え私としても、顔も合わせたくない妹と接触せずに済むのはとてもありがたい。あの娘のことだから、父や義母と同行してくる最悪の可能性だって有り得るのだし、そうなれば鬱陶しさは三倍どころか三乗になる。
「……では、よろしくお願いいたしますわ、伯母様」
「ええ、任せてちょうだいな」
「え……ど、どういうことですか?」
ウォルサル家の執事に何を言われたのか理解できず、私はただそう尋ねるしかできなかった。同行してくれたフレッド様も、意外すぎる事態に目を白黒させている。
「ですから、奥様は『モニクス家からの客人が来るという知らせは受けていない』との仰せです」
「そんな……! 私は確かに、お手紙を書きました!『リーゼロッテお姉様にお会いしたいので、今日そちらにお伺いします』と!」
「では、奥様より訪問の許可を得られたということですね? 証拠のお手紙はお持ちですか?」
「それはっ……!」
そんなものはない。家に忘れてきたというわけではなく、最初から貰ってはいないから。
今回に限らず、ウォルサル家に出した手紙に返事が来たことは一度もなかった。全部が全部届いていないなんてことは有り得ないから、無視されているのかもしれないとも思う。……お姉様はきっと、まだフレッド様のことを引きずっているのだろう。私からの手紙なんて読む気にもなれないほど。
だから私は、進まない当主教育に渋るお父様を『辺境伯領ではお姉様に勉強を教えていただくから』と説得し、何とか旅行の許可を得た。そしてフレッド様にも、こうして付いてきていただくよう頼んだのだ。お姉様の真の望みを叶えてさしあげるために。
そんな私の目論見は、第一段階にもならないうちに、意地悪く眼鏡を光らせる執事のせいで頓挫しかけていた。
言葉に詰まってしまった私に替わり、フレッド様が進み出て執事と話をしてくれる。
「無礼な発言になるが、もしかして辺境伯夫人は勘違いをしておいでなのでは? いくら何でも許しを得ることなく、馬車で数日はかかる距離を訪ねるわけがないだろう。証拠と言うが、訪問相手に門前払いをされる可能性など普通は考えるはずがないのだし、許可を記した手紙をあえて持参するような理由はどこにもないと思うが。それに、仮に許可がないとしても、妹が愛する姉に会いたいと願うのがそんなに悪いことなのかい?」
……やっぱりフレッド様は、本当にお優しい方だ。私が先走りすぎた振る舞いをしたなんて思いもせずに、私を信じてフォローまでしてくださるなんて。
お姉様にもこんな風に接していたのなら、お姉様が彼を忘れられないのも分かる。
……こんなにお優しいフレッド様なら、お姉様とよりを戻すよう誠心誠意頼んだら、きっと素直に受け入れてくださるだろう。
そうすればお姉様も傷心を癒して、また我が家に戻ってきてくださるはず。そして私は、心から愛するソリュード様と結ばれることができるようになる。
確かに一度は、フレッド様を愛していると思い込んでしまったけれど、ソリュード様への苦しいほどの熱い恋情を知ってしまった今では、それは間違いだったと理解せざるを得なかった。
そのせいで、本来結ばれるべきお姉様とフレッド様の婚約を駄目にしてしまったことは、本当に申し訳なく思う。でも、今からでもやり直すのは遅くないはずだ。お姉様はフレッド様と元通りになり、私はソリュード様と結ばれれば、八方丸く収まるのだから。
そのためにも、まずはお姉様にフレッド様を会わせなければいけないのに、この執事はどこまでも融通が利かないらしい。
「妹君、ですか。しかしフレッド・クライトン様、拝見したところ、そちらの馬車の紋章はあなた様のお家のものでございましょう。確かにあなた様は、モニクス家のご令嬢の婚約者でいらっしゃいますが……失礼ながらその事実は、そちらのご令嬢がリーゼロッテ様の妹君だということの証明にはならないかと存じます」
「なっ! どこまで無礼なのだ!? お前はこの私が、婚約者以外の女性と数日間の旅をするような、そんな不誠実な男だとでも言いたいのか!!」
「少なくとも、奥様の大切な姪でいらっしゃるリーゼロッテ様との婚約を破棄し、その後すぐさま異母妹の令嬢と婚約を結ぶという、実に見事な早業を披露なさった程度には誠実な御方だと認識しておりますよ」
「ぐっ……き、貴様、言わせておけば……!!」
「フ、フレッド様、どうか落ち着いてください! ……貴方、執事さん! 今の言い方は、いくら何でも酷すぎます!」
あまりのことに、私は相手を鋭く睨み付けるが、ちっとも動じた様子はない。
「では他にどう申し上げるべきだったのか、是非ともご教授願いたいところではありますが……それはそれとしまして、アリス様でしたか。あなた様がリーゼロッテ様の妹君だと証明ができる品物は、何かお持ちですか?」
「勿論です! これをお姉様に見せてください!」
と、私は肌身離さず下げていたペンダントを外し、執事に勢いよく差し出した。令嬢としてははしたないのだろうけど、相手もあまりに無礼なのだからお互い様だ。
きらり、と日の光を弾く見事な輝きに、眼鏡の向こうの瞳が軽く見開かれる。
「これは……どのような由来の品でしょう?」
「お姉様から私への初めてのプレゼントです! お姉様がこれを見れば、私が間違いなく妹であると保証してくださいます!」
「……左様ですか。では確認させていただきますので、応接間でしばらくお待ちくださいませ。侍女に案内させますので」
言葉通りに通された部屋は、モニクス家のそれと広さこそは大差ないが、内装はシンプルながらとても上品で、それでいて何とも言えない居心地の良さを感じさせる不思議な空間だった。
「意外だね。武力に長けた辺境伯の屋敷のイメージとはかけ離れているけれど、とても素敵な部屋だ。夫人のご趣味かな? 結婚後には、僕たちの家もこんな内装にしたいね」
「え……そ、そうです、ね」
「? どうかしたかい? 顔色が悪いけれど、旅の疲れが出たのかな。つらいのなら、私の肩に凭れていいよ」
「い、いえ! 大丈夫です!」
慌てて申し出を断る。
フレッド様の気持ちは有り難いけれど、私としてはもう彼と親しくするつもりはない。私の中では彼は既に近い未来の義兄でしかなく、何よりここはソリュード様の実家なのだ。子爵位を継がれて独立しているとは言え、いつこちらに顔を出されるとも限らず、うっかりフレッド様と近い距離でいるところを見られなどしては一大事だ。そうでなくとも、使用人の口からソリュード様の耳に入る可能性もある以上、最愛の男性に誤解をされるようなことは極力避けたい。
……フレッド様のことはお姉様に任せるとして、私はソリュード様のお屋敷の場所を誰かから聞き出さないと。お姉様にはフレッド様に専念していただきたいから無理として、執事……は、駄目ね。あの融通の利かなさだもの。他に教えてもらえそうな人は……
という思考の結論が出る前に扉がノックされ、お姉様とよく似た雰囲気の年上の美女──随分若く見えるし顔立ちはあまり似ていないけれど、伯母様の辺境伯夫人だろう──が、初対面の時よりも輪をかけて冷たい表情の執事を従えて現れた。
夫人はこの上なく美しく微笑み、とても朗らかにフレッド様に声をかけてくる。
「お待たせいたしましたわね。まずは、ようこそおいでくださいましたわ、フレッド・クライトン様。わたくしの妹の形見を盗んだ泥棒を、こうして連れてきてくださったこと、深く感謝申し上げますわね」
「──はい? あの……ど、泥棒とは一体……」
目をぱちくりさせるフレッド様だったが、またも泥棒扱いをされた私はそれどころではなかった。
「酷いです、伯母様! お姉様に続いて、貴女まで私を泥棒呼ばわりなんて! そのペンダントは、確かに私がお姉様からプレゼントされた物で──」
「控えなさい」
──軽やかで明るい声音はどこへやら。
伯母様がこちらに向けた表情と声は、凍りつくほどに冷たく重々しくて、私の言葉と動きを容赦なく途切れさせた。
「わたくしの姪は、可愛いリーゼロッテただ一人。彼女から母親の形見を始め、ありとあらゆるものを奪い取り、更に心から愛するようになった男性までもを我が物とすべく企む盗人になど、伯母呼ばわりを許すことは未来永劫有り得ないと肝に銘じなさい」
「そんな。酷い……! 確かに私は、お姉様から最愛のフレッド様を奪ってしまうことにはなりましたけど、それ以外のものは間違いなく、お姉様からいただいたプレゼントなのに……!」
「あらあら、本当に自分にだけ都合の良い判断しかできないのね。そもそも、正当な持ち主であるリーゼロッテ当人が『妹に母の形見のペンダントを奪われた』と証言している一方、あなたはそのペンダントの由来や真実を何も知らないまま、ぬけぬけと『プレゼントされた』などと言い張っている。さて、この場合、被害者と加害者、おかしな言い分はどちらになるかしら?」
「ですから、私は加害者なんかじゃありません! お姉様はきっと、何か勘違いをしていらっしゃるんです! 大体、本当にそのペンダントがお姉様のお母様の形見なら、お父様が強引にお姉様に形見を手離させたことになります! そんなこと、誰よりお優しいお父様がなさるはずがありませんもの! フレッド様もそう思うでしょう!?」
「えっ、いや、それは……でもアリス。つまり君は、そのペンダントをリーゼロッテからは直接受け取っていないんだろう? それなら確かに、モニクス伯爵に強く言われれば、リーゼロッテが形見を手離さざるを得なくなった可能性は、私としても否定できないよ。当時の彼女はまだ十四歳だ。父の逆鱗に触れて家を出される羽目になり、次期当主になるために重ねていた努力を不意にするような選択肢を、簡単に選べるリーゼロッテではなかっただろうし……」
「そんなっ、フレッド様まで……!!」
酷い、酷すぎる。やっぱりこんな人と結婚なんてしたくない。お姉様に譲ることにして本当に良かった。
涙目でそんなことを思う私の耳に、伯母様のそれはそれは楽しげな笑い声がくすくすと届いた。
「冷静な判断をしていただけて何よりですわ、クライトン様。さて、ではこのペンダントが、間違いなくわたくしの妹の形見だと証明しなければなりませんわね」
「えっ……そ、そんなことができるんですか!?」
意外すぎることを言われて、すっとんきょうな声を上げてしまう。
「当然でしょう。これは、妹とわたくしの両親がお揃いで作ってくださった、実家の紋章入りの品物ですもの。並べて見てみましょうか。──ある角度で光を反射させると、ほら……」
伯母様が胸元から取り出したペンダントと、私がついさっきまで身につけていたものは確かに、双子のようによく似たつくりをしている。
そのどちらもが、窓から射した光を鮮やかに反射し──柔らかな白さを宿した壁に、複雑で美しい瓜二つの模様をくっきりと映し出した。
「……サイストン伯爵家の紋章ですね。仰る通り、これは紛れもなく、サイストン家の双璧と謳われた姉妹の所有物だという証明でしょう」
「分かってくださって嬉しいですわ、クライトン様。アリス嬢、あなたは何か言いたいことはおありかしら?」
それはもう美しい笑顔で、これ以上ないほどに皮肉げな問いをぶつけてきた伯母様に、私は何も言い返せなかった。
「あ……じゃ、じゃあ、私はっ……! 知らなかったとは言え、お姉様に一体何てことを……!?」
「あらまあ、今に至ってもまだそれだけなの? 結婚を間近に控えた身だとは到底思えない幼さだこと」
「……お、お願いします伯母様! どうか、どうか今すぐお姉様に会わせてください! 長いことお姉様に酷いことをしたばかりか、お姉様の訴えを信じようともしなかったことを、誠心誠意謝りたいんです!」
──ぴたり、と。すがりつこうとする私の鼻先に、閉じた扇がつきつけられる。
「まずは、その『伯母様』というのを即刻訂正なさい。そうでなければ、あなたの頼みは今後一切聞くことはないわ」
「……で、では、ウォルサル夫人! お願いします、どうかお姉様に謝罪を……! その証として、私はフレッド様との結婚は諦めるつもりです。ですからどうか……!」
「アリス!? それは駄目だ、いくら何でも今更そんな……!」
慌てふためくフレッド様とは対照的に、伯母様──ウォルサル夫人は、全く動じず酷く楽しげな笑い声を響かせる。
「あらあら。アリス嬢、あなたはクライトン様と結婚して、モニクス家の次期当主となるはずでしょう? 簡単に諦めると言うけれど、それではモニクス家の後継ぎが存在しなくなってしまうのではなくて? ……まさかとは思うけれど、あなたたちが追い出したリーゼロッテを今になってその座に引き戻そうなどと、そんな馬鹿なことを考えてはいないでしょうね」
「う……で、でも。もともとの次期当主の地位はお姉様のものだったんですから、遅まきながらそれをお返ししようと思うのは、おかしなことではないと思います……」
「…………アリス。君って人は…………」
フレッド様から、聞いたことがないくらい呆れた声を向けられてしまった。
何故だか分からずに振り向けば、優しいはずの婚約者は、深々と溜め息をついて言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「いいかい? 伯爵家当主という地位や立場は本来、そんなに簡単にあちらからこちらに移し変えられるほど、軽々しいものではないんだよ? いくらこれまではそういったことに縁がなかったのだとしても、曲がりなりにも伯爵令嬢である以上は、それを分かった上で私を選んでくれたのだとばかり思っていたのだけどね……少なくとも私は、その覚悟を持ってリーゼロッテとの婚約を破棄し、君の婚約者になったのに」
「……フレッド様……ごめんなさい。でも、私はどうしても、お姉様に許していただきたくて……」
「気持ちは分かるよ。でもね、君がこの婚約を反故にしたとしても、リーゼロッテの許しが得られるとは限らないと思っておくべきだ。君にとっての犠牲が、彼女が求める代償として相応しいものかどうか、決めるのは彼女でしかないからね。──ついでに言うと、君との婚約をここで解消するのはいいとして、私は改めてリーゼロッテと婚約し直そうとは思わない。むしろ、モニクス家とは無関係な未来を選ぼうと思っているよ」
とても静かでありながら、痛烈すぎるその宣言に、私はただ縮こまりながらも、これだけは告げておかなければと思った。
「……お気持ちは、分かります。けれど、お姉様はきっと、まだフレッド様のことがお好きなはずです。ウォルサル夫人も先ほど、『心から愛するようになった男性』と仰っていましたよね? ですから──」
「そこまで。勝手な思い込みでしかない代物を、さも事実のように口に出すのはおやめなさい。見苦しいにもほどがあるわ。わたくしが言ったその男性とは、クライトン様ではなくて、現フェルダ子爵ソリュード様のことよ」
さらりと言い放たれた夫人の言葉を、私は咄嗟に理解できなかった。
「────え。嘘です、そんなこと……!」
「あら、どうして嘘だなんて思うの? ここ数ヶ月間の二人の様子を何も知らないあなたが、そんな判断を下せるはずはないでしょうに」
「た、確かにその通りですけど……でも私は、別の判断なら下せます! これでもモニクス家の次期当主ですから、ソリュード様とお姉様の縁談を認めないように、現当主であるお父様に働きかければいいんですもの!」
「これはこれは。お花畑なだけのお嬢さんかと思えば、意外に悪知恵が働くのね? とは言え、伯爵が認めない理由はどこにもないし、リーゼロッテの後見人は既に私になっているのだから、伯爵がどう言おうとも無関係でしかないのだけれど」
切り札だと思っていたカードは、いともあっさり無効化されてしまう。
……こうなれば、最後の手段だ。
「──っそれなら! 私にお姉様を説得させてください! ソリュード様に嫁がれるより、モニクス家の次期当主に戻る方がよほどお姉様のためになると、きちんと話し合って納得していただきます!」
「お好きにどうぞ。でも生憎と、リーゼロッテはここにはいないの。半月ほど前から、馬車で数時間の距離にあるソリュード様のお屋敷、フェルダ邸に滞在しているわ。わたくしの娘クロディーヌも一緒ですから、二人きりではないけれどね。
もっとも、近道──あまり整備されていない山道の数時間だから、地元の御者でなくては快適な旅路は難しいわ。急ぎでないのなら、本来の街道を一日がかりで行くのをお勧めするけれど……『緊急事態』と顔に書いてあるようね? それなら道案内がてらに、我が家の馬車を出してさしあげましょうか」
「──はい。よろしくお願いします」
頭を下げるのは業腹だけど、こればかりは致し方ない。私は何としてもお姉様を説得しなければならないのだから。お姉様の幸せのためにも、私がソリュード様と無事に結ばれるためにも。
そんな私の姿を、フレッド様が呆れと憐れみを込めて見ていたことや、ウォルサル夫人が笑みの向こうに滴るほどの悪意を宿して見下ろしていたことに、私が気づくことは一切なかった。




