2・リーゼロッテ
最終ループのその後。
リーゼロッテとアリスの手紙のお話です。
息子エーリックの初めての誕生日。
まだ一歳と幼く、辺境のフェルダ邸ということもあり大々的なパーティーはまだ開かないけれど、身内や友人たち、取引先等から祝いの手紙や品が続々と届けられている。
そんな中、直々にプレゼントを持参してくる方々もちらほらいる。次期フォルテス公爵シグルド様もそのお一人だった。
相変わらずの、貴公子の鑑のごとき美貌と振る舞いで祝いの言葉を述べてから、おもむろに祝い品の後に差し出されたのは一通の手紙で。
「あなたの異母妹からの手紙を預かってまいりました」
と、爆弾発言をしてくれた。
もっとも、数ヶ月前のお茶会があったのでさほどの驚きはなく、それはソリュード様も同様だった。
「なるほど? 道理で以前、王都のフォルテス邸で見覚えのある侍女がいるなと思っていたが、そういうことだったか」
「流石はソリュード殿、お気づきでしたか。それに、どうやらリーゼロッテ様も?」
「それはそうですわ。曲がりなりにもアリスと私は、一つ屋根の下で暮らしていた姉妹ですもの。ある程度の変装はしていたようですけれど、見破れないレベルではありませんでしたわよ」
そう答えれば、シグルド様も予想済みだったと言わんばかりに肩をすくめた。いつもながら食えないお方だとしみじみ思う。
「あの日の数日前、いえ十日ほど前でしたか。ディオンとロザンナがデートの最中、王都の通りで彼女を見かけて話し込んだのだそうです。そして、現在の心境その他を根掘り葉掘り聞いた結果━━彼女はもう、リーゼロッテ様に合わせる顔がないと自戒していたらしく」
「ほう」
「まあ……」
意外だった。それは、あまりにも。
あれほどしつこく執念深く、私に執着していたはずのアリスが、二年が経ったとは言えそんなことになっていただなんて……一体何があったのだろう。
「その上で唯一、リーゼロッテ様の幸せなご様子を拝見したいと彼女が望んだので、あのお茶会をロザンナが開くことを決めたというわけです」
「ふむ。つまりアリス嬢は、予想外にロザンナ様に気に入られたってわけか。もしかしてディオンにもか?」
「ロザンナほどではないでしょうね。ただそれよりも前、ディオンと私は嫁ぐ前のアリス嬢と、学園の図書館で話をしましたから。その時のディオンも、かつてのアリス嬢とは見違えるほど変わっていたと言っていたので、フラットに近い見方に自然となっていたのかもしれません」
「……それもなかなか、想像しにくいですわね」
アリスの変化が、果たしてどんなものだったのか……気にはなるけれど、今となっては具体的なことなど知りようもない。
受け取った手紙を見ると、見た目も手触りも明らかに高品質なものだ。それこそ公爵家所有の品として相応しいほどの……
思わずかつての後輩に目で問えば、肯定するようににこやかに頷かれる。
察するにアリスは、筆頭貴族家の兄妹に結構な評価をされたのだろう。思い返せばお茶会でも、公爵家の侍女たちの中にあって何ら遜色ない動きをしていたから、その点だけでも大したものではある。間違いなく。
(……本当に努力したのね。あの子は)
感心しながらも手紙を開くと、やや頼りないが心のこもった流麗な筆跡が現れる。
間違いなくあると思った長々と続く謝罪の言葉はなく。それどころか、書かれていたのはほんの一言だけだった。
『どうか末永くお幸せに』
「━━アリス……」
思わず名前をつぶやく。
……どうしてだろう。アリスからは今まで何度も、それこそ嫌になるほどたくさん手紙をもらっていたのに。
ただ一言だけの短い文面が、これほど心に響くなんて……
「『私にはもう、リーゼロッテ様にお会いする権利も、謝る資格もない』━━正確には、アリス嬢はこう言っていたそうです」
「……ええ。それは……否定しませんわ。……でも……」
アリスの顔を直接見たいとは思わないし、今更謝罪をされたくもなく、されたところで許すつもりはない。手紙を読んだ今でもそれは変わらないと断言できる。
けれど……何だろう。この複雑な気持ちは。
隣に座っているソリュード様に見てもいいかと尋ねられ、素直に手紙を渡したものの、気持ちは元に戻ってはくれない。
「ありがとう。……末永くお幸せに、か。何と言うか……俺たちの知るアリス嬢らしくはないな?」
「はい。……あの子は自分の幸せについてはあれこれ考えたでしょうけれど、他者の幸せに関しては……おそらく、考えたこともなかったはずですわ。少なくとも、私の知る範囲では」
つまりはこの一文自体が、アリスが変化したという何よりの証明ということになる。
いや、むしろこれは成長と呼ぶべきだろうか。
「……喜ばしいと思うべきなのでしょうね。アリスの成長を」
「そうだな。でも、それだけに限定されるべきものでもない」
ぽん、と大きな手が肩に置かれ抱き寄せられる。
シグルド様の前なのに、と思うけれど……拒む気にはどうしてもなれなかった。
やがて、ぽつりと本音を口にする。
「モニクス家にいた頃に、こんな風にアリスが成長してくれていれば……と考えてしまうのは無意味ですわね」
「確かに。だが、無意味と分かっていても考えてしまうのが人間ってものだ」
「同感です」
事情を理解してくれている、妹をもつお二人に同意を示され。
先ほどからずっと感じていた、両肩にずしりとかかっていた重みが、ふっと消え去ったような気がした。
それから二十年余りが経ち、エーリックの二人目の子供、初めての孫娘が産まれ。
長男夫婦から名付け親になってくれと頼まれた私は、数日間悩んでから夫とも話し合い、ある名前を孫娘につけることに決めた。
━━アリス、と。
「傲慢の末路」はここで完結となります。
長い話にお付き合いいただきありがとうございました。




